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第229話 市場

 一先ずの厳重注意を終えたガードナーと別れた私達は試合の受付をせずに、四人で学院の裏門を出てすぐの坂道を下っていた。正門前の道とは違い、こちら側の道は勾配を気にしてか九十九(つづら)折りになっている。当然道の左右に店が建ち並ぶというわけでもなく、ただただ林の中を降りて行く形だ。

 ティファニー曰く、市場に行くにはこの道が最短なのだとか。


 外にあまり出ない私は、学院の裏門からこんな道が続いているなど、聞いた事すらもなかった。それなのに良くもそんな事を知っているなと話題に出すと、ティファニーは何度かここへ来た事があるらしい。その時に道を見付けたのだとか。


 彼女がなぜ市場に何度も足を運んでいるのかと言えば、“市場では珍しい生地が買える”事があるとの事。

 今までに見せられてきたいくつもの服の内、何点かはそこの生地を使用した物であるのだという。尤も、大半は私も袖を通していないので、それを着用した可能性はかなり低そうだが。


 九十九折りの曲がり角を折れる度に、(まば)らになっていく木々。

 何とはなしに坂の下を覗き込めば、木の間からちらりと目的地が確認できた。


 この島で市場と言えばここ……らしい。私はこの先の地区については本当に何にも知らないので、ティファニーから聞いただけだが。

 私は魔法世界と学院、そして今回の試合で足繁く通う事になった学生街くらいしか行動範囲がないのだが、この学院のある島にはその他にももちろん施設や町がある。


 その内の一つに、商業用の小さな港に面した街があった。

 学院の裏口から出た先であるこの場所は、海底に潜む複雑な岩礁の影響で、大きな船が停泊する様な場所がない。いや、より正確に言えば“なかった”という表現が正しいのだが、最近でもこの港に大型船が来ることは稀なのだとか。

 現在では整備が進んだ結果比較的大型の船も入港できるようになっているが、それでも学生街にある港の方が大型船の場所には困らないからだ。好き好んでこんな所に止める必要はないだろう。


 しかしこの世界にあるのはもちろん大型船だけではない。長距離の航行に適さない小型船は昔からあったようだし、現代は航行距離の長い小さな船舶というのが開発されて久しい。

 この学院が建ってしばらく経つ頃に、浅い海底でも座礁しない、特殊な中型高速船が魔法の力によって造船されたのだ。大型船が入って来られないこの小さな港が、大いに発展を見せたのはそれからの事。


 初期投資費用が比較的安価である小型や中型の高速船が一般に広まると、この島に目を付けていながらも、船を買う()()がないために手が出せなかった商人たちがやって来るようになったのだ。

 彼らはこの小さな港に自分の船を停めると、規模の大きな商人達が手を付けなかったような地元の珍品を売り捌き、その金で学院の知識によって生み出された魔法の品物を買い漁った。彼らはそれを繰り返しては少しずつ資金を稼ぎ、長い目で見た時に安上がりになる大型船を手に入れようと夢見ていたのである。


 その文化は現代でも受け継がれており、この市場では学生街に店を持てない様な小規模な商人たちが商いをしているのだ。学生街や他の街は、それなりに長い歴史の中で店舗や商品がほぼ固定化されてしまっているが、ここだけは違う。

 この市場で商売をしている商人は、ほぼ全員が現役の“行商人”なのである。彼らは自分達で旅を続けているため、ここでは品揃えも顔触れも目まぐるしい程の速度で変わっていくのだ。


 ……と、市場へ度々通っているらしいティファニーが、カンニングペーパーを読み上げて解説を締めくくった。

 彼女にしては詳しい知識だが、これらはコーディリアや私に聞かせるために調べていたのだとか。まぁ移動時間の暇潰し程度にはなったかな。


 坂を下りる度に視界に入る緑の密度が減っていき、その雑多な街並みが徐々に姿を現していく。息を大きく吸い込めば、学院にいると不思議と感じない潮の香りが肺を満たした。

 私とコーディリアがそんな光景を横目で見ていると、隣に居るティファニーとリサは小さく言葉を交わしていた。


「よく分かってないかもしれないんだけど、学生街の方が大きいのよね。じゃあ大した物は期待できないのかしら」

「いや、そうでもないよ。実はこの島の中での流行は、ここから始まるんだよね」

「どういう事?」


 リサも私やコーディリアと同じく市場にあまり馴染みがないようで、小さく疑問を呟く。

 しかし、それをティファニーはきっぱりと否定した。更に問い返したリサを見て、彼女は今度はカンペを見ずに自分の言葉で得意気に語る。


「この市場で売れた商品は、学生街に店を持ってるような大手も仕入れるようになるんだよ。採算が取れると判断した品物を安く大量に、それこそ大きな船を使ってね」

「……なるほど。つまり、ここには流行前の“掘り出し物”が眠ってるわけね」

「そういうこと」


 ティファニーの話を隣で聞いて、この市場の持つ役割をようやく理解する。

 ここには幅広い商人が、流行を先取りして何とか儲けようと様々な商品を持ち寄っているわけだ。大きな商会が先に陣取っているこの島で、行商が一攫千金を狙うならそれしかないし、何より多少の勝算はあるように思う。

 この島は魔法研究の最先端。何が必要になるのかなんて、研究者本人にしか分からないのである。


 例えば、分かりやすい所で言えばエル式の冷却管がある。

 あれは少し前まで大した利用価値もないと思われていた鉱物を使って完成したそうだ。現在は魔力への反応性とその採掘難易度から、文字通り値万金の代物として扱われているようだ。

 最初にこれを島に持ち込んだ行商は、当時の魔法毒性学の研究員から破格の金銭を受け取ったのだとか。必要ない人間にとって屑鉄以下の鉱石が、ここに来た事でそれ以上の金へと変わったのだから夢のある話だ。


 大手にとってもこの市場はそういった儲け話が転がっている場所であり、何より島の外の流行について知る事が出来る場所でもある。何と言うか、規模の割りに意外に重要な場所であるようだな。


 私達が坂を降り切ると、やや雑に敷かれた石畳の街が姿を現す。

 道幅は広く、両脇には屋台店が建ち並ぶ。そこに並べられた品物は事前に聞いていた通りの雑多さだ。鉱石や武器、布等の比較的分かりやすい物から、どこかから盗掘してきたらしき遺物まで。


 中には明らかに詐欺であろうと思しき“魔法の水”なんて物も置かれていた。

 かなり高額で、正面から見ると一点物であるかのように置いてあるくせに、屋台の裏側に大量に並んでいるのだから怪しさ満点だ。その小瓶は魔法視で確認しても、特に何かが見えるわけではない。魔法視力がすべてだとは言わないが、あれが何か特別な力を持っている様には見えないな。


 屋台ではない、比較的大きな建物も思っていたよりも数がある。

 学生街や他の地区に店を持てなかった商人の店舗だったり、行商人を狙っているのであろう宿泊施設や娯楽の店なのだ。花街としての役割も持っているようで、それっぽい看板がちらほらと確認できた。

 旅先で羽目を外したい人や、予想外の収入を持て余した人も多いだろうし、格好の狙い目なのかもしれない。何せ他の地区の住民には自分の住居があり、それなりの確率で家族が居るわけだし。

 ……何と言うか、学院の隣にあるのは如何な物かと思うが、まぁ正門から出た先でなくて良かったと思おうか。


 街に入ってから明かに一部の店から視線を逸らし続けるリサをちらりと確認し、それとは対照的にまったく興味がなさそうなティファニーを振り返る。


「それで、目的の場所はどこなんですか?」

「えっとね、わたしも話に聞いただけだから具体的にどこってのは分からないんだけど……そんなに広くない街だしちょっと回って見ない?」

「……まぁいいでしょう」


 私達はそんな頼りない案内役に従い、知らない街の散策を始めたのだった。



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