表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
230/277

第227話 嫌がらせ

 リサは突然の乱入者からの奇襲を受けても、そこまで動じる様子を見せていない。私達と同じ様に、そこそこに勝率を稼いでいる彼女にとってもこんな出来事は茶飯事であるのだろう。流石に毎試合あるというわけではないのだが、それでも無視できる程の遭遇率ではないのだから。


 リサは私の魔法によって一瞬の内に眠らされた男を即座に視界から外すと、岩場から僅かに顔を覗かせているもう一人の乱入者を見定める。それは今しがた転がされた男の仲間だった。

 当然だが、彼らもまた二人一組で行動している。もう一人がこの状況を前に何もしないわけがないのだ。


 片膝を地に着けてリサを狙っていた彼は、既にほぼ失敗と言っていい奇襲の結果を認識しながらも、狙いを澄ました一撃を放つ。

 攻撃と敏捷性に割り振られた彼らの能力は、無防備な状態で戦場に転がされる事を想定していない。こうなった時点で襲撃者の方は脱落する事は確定している。恐らく一人でも多く自分達の手で生徒を殺し、点数に変換したいのだろう。


 大型の銃から放たれた魔力弾は、凄まじい速度でリサへと迫った。

 しかし、それが彼女に当たる事はない。リサはなんと眼前へと迫り来る弾丸を、僅かに身を逸らす事で回避して見せたのである。

 もちろん、質量兵器でも光線銃でもないこの世界の“魔力銃”は、それなりに弾速が遅いのは確かだ。しかしそれでも回避するというのは並大抵の事ではない。少なくとも私には、例え銃口が見えていたとしても不可能だろう。

 リサも十回やって十回とも避けられるかは怪しいと思うが、それでも凄まじい反応速度で避けて見せたのだ。


 私と同じく、まさか自分の攻撃が躱されるとは思っていなかったのか、狙撃手の表情が僅かに動く。

 そして、リサは手にした斧槍を振りかぶり……それを投げた。彼女の手を離れると同時に、弾丸にも勝るとも劣らぬ加速を見せたその槍は、狙撃のために姿勢を低くしていた男の胸を貫かんと飛んで行く。


 そんな、目まぐるしく変化していく戦況を前にした私は、自分の置かれた状況をじっと考えていた。

 私はどう行動するのが最善なのだろうか。


 私にはこちらに背を向けているリサを倒すのは不可能だ。

 乱入者二人が倒してくれればそれでも良かったのだが、片方は昏睡中だしもう片方も狙撃を失敗。リサさえなんとかなれば後の連中は“二人で”どうとでもなると考えていたのだが、どうにもうまくいかないな。


 ここから私が勝利するにはリサを何としても足止めする必要があるが、麻痺も昏睡も先程使ってしまった。その上対象は耐性持ちであり、例え使えたとしても一発で逆転は不可能。

 私の手札の中で唯一この状況を打破できそうなのは石化だが、石化の魔法は範囲化が出来ない。私の魔法陣の改造についての実力や知識がどうこう以前に、根本的に石化という状態異常が広範囲化の改造に対応していないのである。

 そしてそんな魔法では、銃弾を避ける女に通用するとはとても思えない。


 ……以上の事から答えを導くと、私の状況は既に詰んでいるとしか考えられなかった。少なくとも単独では。

 二人ならどうかと考えてみても、事実としてロザリーは未だピンピンしている。それに応戦しているコーディリアの支援は望めない。


 しかし、何もできないわけではないのだ。

 私は一つの魔法を選択し、やや不安になって来た残りの魔力を振り絞る。


 投げた槍で男の脇腹を見事に貫いた、リサの足元に陣が展開される。

 詠唱破棄の影響で大幅に削られた私の魔力は既に空。これ以上私は魔法を使う事が出来ない。これは文字通りの最後の魔法だ。


 全身の力で勢いを付けた彼女の投てきは、自身の姿勢を大きく崩すものだった。如何に彼女でも、この状況での範囲魔法は避けられまい。

 尤も、直撃したからと言ってすぐさま逆転するような、何か素敵な事が起こるものでもないのだが。


 狙撃手は追撃を恐れて近くにあった岩陰に隠れた。襲撃者は私の魔法で寝ている。

 この今の瞬間だけ、状況は再びリサと私の一騎打ちへと戻っていると言っていい。既に私は体力も魔力もほぼ空の満身創痍といった状態であり、元々耐久力が高くはないリサも奇襲を一撃受けてやや疲弊気味。一人目の襲撃者は何らかの魔法でも使っていたのか、彼女の体力は大幅に削られている。


 リサは避ける事の出来ない足元の魔法陣を無視すると、腰に下げてあった剣を引き抜き荒れ放題の岩場を力強く蹴る。


 しかし、一切の躊躇をしなかった彼女よりも、私の魔法の方が少し早かった。刃が私へと届く直前、目の前の女が淡い光に包まれる。

 その光は彼女の行動を一切妨害する事はなかった。足止めでもなければ、妨害でもない。それでいてそれは、彼女の命運を文字通り決定してしまうのに十分な威力を発揮するだろう。


 私は片目を閉じて自身の“嫌がらせ”が達成された事に満足した。


 そして、私の首を鉛色の刃が両断したのだった。


「……これじゃ引き分けじゃない」


 暗くなる視界に、そんな悔し気な声が聞こえた気がする。

 私はそれを聞いて、小さく笑ったのだ。



 ***



 今回の試合、死んだ生徒は即座に消える。魔法体の蘇生待ち受け時間という物が存在しないためだ。

 それというのも、今回のルールでは復活行為がほぼ禁止されていると言ってもいい。


 現在蘇生魔法を持っているのは、魔法医術科という超ドマイナー学科の生徒のみ。彼らは回復に特化した魔法使いであり、能力強化系の支援すらも神聖術科に劣る性能だ。


 そんな彼らしか蘇生魔法は使えず、全員道具の持ち込みが制限されている以上、味方の復活を行えるパーティは極めて稀だ。

 私の勝手な予想でしかないが、多分レート1500超で蘇生持ちの生徒は一人もいないだろう。少なくとも私は試合で一度も見た事がない。魔法医師自体は一度だけパーティを組んだ記憶があるが、よくよく考えてみると彼の戦っている姿を私は見た事があっただろうか。


 呪術師と並ぶほどの不人気学科……というと少し言い過ぎだが、今回は特に二人一組という制限があるため、多くの生徒にとって求められていないのが実状だろう。


「ふふっ……」


 私はいつになく賑わう大広間で、光の神の像を見上げて笑みを溢す。

 今までこれほど楽しかった死に様はあっただろうか。時間稼ぎという役割を持っている以上、私はコーディリアを残して先に死ぬことが多い。むしろ、こちらが生き延びてしまっては役割を果たせていないという事になるので、それは仕方のない事だと言い切れる。


 しかし、それでいて自分の死というものは、私に退屈な時間と拭えない不快感を与える事が多かった。

 立派に戦って立派に死んで、いい戦いだったと笑って負ける様な心意気は私の中には存在しないのだから当然だ。


 しかし、今回ばかりは違った。最後の最後に嫌がらせを通す事が出来たというだけで、秋の日の青空のような清々しさを心に抱いているのだ。


 堪え切れない笑顔のまま、大広間の出入り口で待つことしばらく。私の予想した通りの時間に、その人物は顔を見せた。

 私とは対照的な仏頂面で。


「何か嫌な事でもありましたか?」

「……よく言うわ。態々待ってたなら、どうやって死んだのかも想像付いてるんでしょうに」


 リサは高めに結んだポニーテールを揺らし、人の波に乗って大広間を後にする。コーディリアがすぐには帰って来ない事を何となく察した私も、リサに続いて広間を後にした。


 私が最後に使った魔法は毒の魔法。それも影響力が一発で300を超えるという、超影響力特化の物。

 他の影響力があまり必要ない今回の試合、ロザリーと防具屋に頼んで毒の影響力だけを高める装備にしてもらったのだ。そして自動魔法、つまりパッシブスキルも毒を強化するようにしてある。

 そうして完成したのが毒の影響力300という、私にとっては超有能魔法である。


 尤も、いつもはここまでしない。端的に言って非効率だからだ。

 なぜなら私には、それを補助するための毒液がある。初期の目的とは違ってきている毒性学の産物だが、その効果が失われているわけではない。他の状態異常を犠牲にしてまで優先する事ではないのだ。


 しかし、今回の試合で毒が一発で300入るというのは強力な意味を持つ。

 状態異常の解除も体力の回復も限られている今回の試合、一度毒になったら回復する手段を持たない生徒が参加者のほとんどだ。

 つまり、深度2の毒によって最大体力の45%が確定で失われるのである。


 毒は未だに無耐性の生徒がほとんどである上に、道具も制限されている。この特殊な状況では、一発で深度2に到達する影響力300という数字は大変重要な意味を持つのだ。


 それこそ私がリサに命を賭して施した嫌がらせの正体であり、リサがすぐにこちらに戻って来る事を予想した要因だったのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ