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第20話 依頼と湿地

「まぁ、最大倍率って書いてありますからね」

「1.8倍出れば十分なのに、毒だけじゃ1.2倍止まり! これじゃ他の武器使った方が強いの!」


 広い部屋に彼女の言葉が響く。

 かなりの大声に周囲の生徒の注目が集まっているのを感じる。彼女が来る前から他の生徒も相当うるさかったとは思うが、今の彼女はそれ以上。普通に会話している分には使わない音量なのだろう。


 別に私は良い……というか自分以外の所為で注目を集める状況を諦めているが、話を聞く限り彼女は有名人なのでは? 目立っていても大丈夫なのだろうかと一瞬考える。その後すぐに、私が気にしても仕方のない事だと考え直したが。


「これじゃ大金を払った意味がないのよ」

「実際に使ってみないと分からない……先駆者の宿命だな」


 ロザリーの言っていることも半分は分かるが、実際には表記が嘘を吐いている訳でもないと思うが。……いや、だからこそ彼女は絶滅危惧種の呪術科専攻生徒を探していたのか。

 つまりこの武器、仰々しい見た目に反して“狂戦士だけ”では最高性能を発揮できない要介護装備、と言う訳だ。


 この武器の性能、追加効果の内容について少し考え込む。

 毒だけでは1.2倍らしい。現在アイテムで付与できる状態異常は毒が基本なので、毒液を使ったのだろう。状態異常を付与するアイテムというのは意外に珍しく、今のところはとある副専攻で毒液を作れるようになる程度の情報しかない。


 しかし最大倍率は3倍と書かれている。ここもまた間違いではないのだろう。

 単純に、一つの状態異常効果につき2割ずつ攻撃力が増えると考えた場合、10種類の状態異常で最大倍率に届く計算だ。

 対して今の私が扱える状態異常は、毒、麻痺、昏睡、封印、暗闇、恐怖、混乱の7種類。これらは現状私達生徒が確認できるすべての状態異常の数と等しい。


 私の仮説が正しかった場合、私が知らない、そして未だに発見すらされていない状態異常が3種類はあるという事になる。

 もちろん威力が単純な比例関係ではない可能性もある。あくまでも楽観的な予想でしかない。

 ……それでも、呪術師の活路として中々参考になる情報ではあったな。


 私はそう考えを纏めると小さく頷く。それを見ていたのか、ロザリーが突然くくくと笑い出した。

 何だこいつ。思い出し笑いは気持ち悪いので止めた方がいいと思いますよ。


「確かに、この武器で最大ダメージを出すには狂戦士と呪術師の二人(ペア)しかなかろう。我が盟友よ、この者の頼みを聞いてやったらどうか」


 何か含みがありそうなロザリーは、突然そんなことを言い出す。彼女のことなので、格好だけ付けて案外何も考えていないのかも知れないが。

 それに対する私の返答は、半ば決まっている様なものだった。


「は? どうしてですか?」


 どうして私がこんな奴の頼みを聞いてやる必要があるのか。

 そもそもロザリーと組む話が先約。それを反故にしてまで、どうしてこの見知らぬ女と一緒にやり込みのおまけとして付いていくと思うのか?


 私がそう答えると、ピタリと二人の動きが止まる。

 意外にも最初に反応したのは、依頼主ではなくロザリーだった。


「いや、いやいや、このコンテストはな、ダメージ計算式の算出のためのデータ集めとしてそれなりの注目度があって、そこで呪術師が活躍すれば今までの不名誉など一発で吹っ飛ぶかもしれなくてだな……」

「私が呪術科全体の人気なんて気にして、何か得があるとでも?」

「それは……面子が揃う、とか?」


 疑わしいな。そもそも呪術師の汚名を返上できるかという点から、だ。

 かなり高額な武器を入手して、絶滅危惧種の呪術師を確保して、それで得られる恩恵は物理通常攻撃の火力の上昇だけ。それも制限時間付きだ。

 確かに振れ幅は大きいのかもしれない。しかし最大ダメージへのチャレンジなどという特殊な条件下でしか活躍しないんじゃないか?


 大体、狂戦士の火力を伸ばすためだけの人気など、人気と呼んでいいのかすら疑問だ。


 そんなことを語って聞かせると、ロザリーは碌な反論も思い付かなかったのか黙り込む。

 しかし、会話が停滞するという事はなかった。


「……つまり、善意の協力は得られないってことで合ってる?」


 黙って私とロザリーの話を聞いていた少女が、そうぽつりと発言する。

 どうやらこちらの言葉の意味をしっかりと理解して受け取ってくれたらしい。


「そうだとしたら?」

「ふん、報酬があればいい訳ね。何が望み?」


 そう。別に私に積極的にやる理由もないというのが私の断りたい理由だ。逆に言えば“やる理由”さえ用意してもらえれば、こっちも断る理由はない。

 この人が私の願いを叶えてくれると言うのなら、それはありがたい申し出であった。ロザリーとの先約? 別にこいつは雑に扱っても構わん。


「言っておくけれど、お金は今持ってないわよ」

「そんなに警戒する程、大した物を対価として貰おうなんて考えていません」


 ……別に、欲しい物なんてなかったのだ。ついさっきまでは。

 それまで私は、ただただ普通に遊べればいいかなと思っていた。実際彼女の話を聞いた限りでは別にやりたくもなかったが、ロザリーにやってみればと言われた時点で私は()()()()()()()()


 相談役の彼女が言うのならば、実際話としては本当に悪くないのだろう。注目度も本当にあって、彼女の実力も本物で。そういう人にこの頼み事をされるという“名誉”が労力と釣り合っている。


 私にはよく分からない感覚だが、少なくとも彼女はそう判断した。だからこそ自分を放っておいてもいいという判断をして、彼女と行くことを勧めたのだろうから。

 少し心配なのがロザリーが妙に強引に推してきたことだが……正直こっちのこいつの振る舞いは未だによく分からない。もしかすると私の考え過ぎという可能性もある。


 ただ、無料のお手伝いで終わるのはあまりにも安過ぎる。もっと言えば今回得られる名誉と単純な遊びの時間の他にも、欲しい物が出来てしまったのだ。

 具体的にはついさっき、課題の一覧を開いた時に。


「私がそれに手を貸す代わりに、この課題手伝ってもらえませんか」

「課題? 変なのじゃないでしょうね……」


 失敬な。別に変な物ではない。

 ただまぁ報酬は、人によってはあってないような物だが、内容は至ってシンプル。特に最大ダメージ出して遊んでいるような野蛮……いや、豪気な女にはうってつけの、粗野で無骨な内容である。


 私はさっきから開いたままだった、課題一覧のとあるページを彼女に見せる。

 思った通り彼女は眉を顰めたが、すぐにそれでいいと頷いた。


 そんな私達をじっと見ていたのがもう一人。


「何だそのやり取り、かっこよすぎだろ……」

「……」


 いや、違う。そういうのではないんだよ? 話の流れとしてね?

 変な所に感心しているロザリーの誤解をどうするか少し悩み、そして結局言葉を返すこともせずに放置する事にしたのだった。



 ***



 依頼の狂戦士、リサ・オニキスの背中に付いていくこと数分。辿り着いたのは草の生い茂る湿地帯だった。


 泥で足場は悪く、背の高い草の所為で視界も悪い。私は綺麗な靴が汚れることを内心不満に思いながらも、慣れた様にずんずんと進んで行く背中を追っていた。


 どうもこの湿地に、ダメージコンテストに最適な魔物、“センキ”が生息しているらしい。

 センキ、と聞くと脳裏に一発で出てくる単語は戦記だが、魔物の名前としては些か不釣り合いに思える。雷馬(ライバ)から考えると、少し連想しやすいか。

 戦鬼か戦姫か……どうも姿形の想像がしにくいな。


 そんなことを考えていると、前方に魔物が現れる。私からすると突然現れたように見えたが、多少は身長のあるリサには草の揺れがばっちり見えていたらしい。転ばず歩くことに集中していた私と違って既に戦闘態勢だ。


 現れたのは大きな蛇だ。

 センキ、センキ……と頑張ってそれっぽい漢字を当てはめるが、特に思い付かない。もしやこれはセンキではないのだろうか。名前しか聞いていないのでどうも判断がつかないな。


 私は取り合えず毒の魔法を、その細い目標に放つ。リサは動きづらい足場を気にしてか、相手が近づくのを待ち構えるつもりのようだ。


 姿を現した魔物を魔法視で確認すると、私からはばっちり赤判定。普通にやれば勝ち目のない強敵という判定だが、リサからはどう見えているのか。尤も、どうせサポートしかやらないので私の視線はあまり関係がない。

 私にとってそれ以上に面倒なのは、毒の影響力が蓄積しているようには見えない点だ。まさか直撃したのに外れた判定と言う訳ではないと思うので、無効化されたと考えるべきだろう。


 ずるずると距離を測る様にゆっくりと近付く大蛇。思った通り私の投げかけた毒は気にしていないように見える。さて、どのように動くべきか。


 この戦いは接近戦に特化した狂戦士がダメージソース。そして彼女が待ち構えているという事は、この微妙な距離では恐怖も麻痺も昏睡も恐怖も今一つ。

 封印……は攻撃魔法と拘束魔法しか持って来ていない。私の攻撃魔法など大した火力は出ないし、拘束魔法も格上相手には無意味だろう。

 残った手札は混乱と暗闇のみ。やはり普通の戦いでは、こういう風に手札というのは限られていくのだな。面倒この上ない。


 私は暗闇の不確実性を嫌って混乱の魔法を詠唱し始める。それとほぼ同時に、リサと大蛇はお互いに行動を開始した。

 先に動いたのは大蛇。一瞬で距離を縮めると、その毒牙を彼女に突き立てようと迫ったのだ。

 もちろん開いていた距離を飛んだわけでも走ったわけでもない。体を前へと伸ばしただけだ。それでもその体は凄まじい勢いでぐんと伸びる。


 リサはその長い体躯のリーチに驚くこともなく、足さばきでそれを躱す。その動きは冷静で、ロザリーとは違ってかなり様になっているように見える。

 そして反撃で、脇構えで持っていた斧を軽やかに振り回した。


 刃は大蛇の腹を撫でるように滑る。鱗に遮られて攻撃が通っていないようにも、べりべりと腹を裂いたようにも見える角度だ。

 しかし、どちらだろうなとダメージを確認する暇はなかった。


 私は混乱の魔法が組み上がった瞬間に魔法を発動し、大蛇に風の弾丸が直撃する。さて混乱は通ったかなと次の魔法の詠唱を始めるが、それはすぐに止めざるを得なくなってしまう。


 鼻先を風でくすぐられた彼の次の標的が、斧で攻撃をしたリサではなくまともに戦っていない私だったのだ。



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