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第226話 横やり

 コーディリアによる二度目の召喚が行われている戦場を確認し、私はロザリーを視界から大きく外す。彼女に任せておけば余程の事がない限り大丈夫だろう。

 それよりも心配なのは、未だ姿を現さないリサの存在である。


 視界の切れる岩陰を通って私達に近付く場合、どの方向から来るのが最も簡単だろうか。

 一瞬そんな事も考えたのだが、すぐに思考を放棄する。死角が多すぎるので、下手な先入観はむしろ邪魔になる可能性の方が高かった。


 そして、私がその結論に達するのと同時に、異質な音が耳に入った。

 それはまるで金属が硬い何かとぶつかったような、硬質な音。その正体に気付いた瞬間、私は“上”を見上げて名を叫ぶ。


「コーデリア!」

「!」


 柄の長い斧槍を高々と掲げた人影が、私達が背にしていた兵器の残骸を蹴って飛び上がる。私は反射的にその着地点を予測して麻痺の魔法を設置した。


 高速化された魔法は彼女の着地前に発動したが、どうやら耐性装備を身に着けているようで、彼女が動きを止める事はない。

 私の叫びに僅かに反応したコーディリアだったが、肩口から脇腹に掛けてを穂先によって斬り裂かれる。召喚直前だった詠唱は止められ、颯の動きも一瞬止まる。


 そして、この時を虎視眈々と待ち続けたロザリーは当然その隙を見逃すはずもなかった。

 大鎌を器用にくるりと回転させると、直線的に飛行する颯の首を的確に捉える。流れるような連続攻撃を颯は距離を取る事で回避したが、少し前から一転してとても安心できるような状況でもなくなってしまった。


「悪いけど、取らせてもらうわよ!」


 コーディリアに肉薄したリサは、普段の得物に比べて圧倒的に軽量な槍を振り回す。

 コーディリアの装備は短剣だが、それは接近戦を考慮した攻撃力を持っていない。この二人がこの距離で戦えば、結果は火を見るよりも明らかだ。


 ……こうなってしまっては仕方がないか。私は魔法によってこの状況を切り抜ける事を諦めると、こちらに向かって後退するコーディリアと入れ替わる。


 おそらく、コーディリアはロザリーとの一騎打ちなら負けないはずだ。それをリサが邪魔するというのなら、私が何とかするしかないだろう。ロザリーを急いで片付けてもらった後に、リサをどうにかするとしよう。

 私の役割は結局、いつも通りの時間稼ぎである。


 私はリサの顔目掛けて、手にした白い傘を突き出す。

 もちろんそれは紙一重で躱され当たる事はなかったが、彼女の目標をコーディリアから私に変更させることはできたようだ。


 コーディリアは自身が危機から解放されたことを確認すると、詠唱ではなく颯の指示へと集中する。この状況で次の召喚は不可能だろう。そうするしか選択肢がないのだ。

 情けない限りだが、ここは彼女に何とかしてもらうしかないな。


 私は迫り来る槍を防ぎ、リサに向かって笑って見せる。


「急がなくて良いのですか?」

「……」


 私程度を即座に倒せなくてどうするのだと安い挑発をしてみるが、リサは少し眉が上がったくらいで特に反応を見せない。戦い方も変わった様子はないのだから、本当に意味はなかったのだろう。


 何度目かの攻撃を回避した私は傘の中軸を這わせて切っ先を遠ざける。予想よりも戦えている。少しずつだが目が慣れてきているのかもしれない。


 私がこうして、リサにあしらわれない程度に戦えている理由はいくつかある。

 最も大きいのは、私の接近戦の技量が上がっている事。ここ数日で格闘学部と一騎打ちなんて状況は何度も経験したし、流石に入学直後の様な無様を晒さない程度には強くなった。

 それらの経験はもちろん、彼女を相手にしても有用だったのだ。


 そして次に、リサの攻撃が大振りで単調な事。“鋭さ”があるので侮れないのは確かだが、はったりやブラフとは無関係の戦い方をしている。その素直さはそのまま御しやすさへと変換可能だ。

 予想でしかないが、こちらはコーディリアが原因だろう。彼女は意図的にリサの視界の中に入り、届くかもしれないというギリギリの位置に立っている。その上ロザリーが押されているのだから、彼女への支援としてコーディリアを狙いたくなるというのは当然だ。


 結果として私への対処は、攻撃の重さで押すような形になっている。その選択はレベルが試合専用の数値になり、その上耐久用に防具を揃えた私には効果的とは言い難い。

 そして、リサにとってまだまだ使い慣れない武器であるはずのこの槍は、その状況を最大限まで助長させるのだ。


 尤も、これだけの好条件が揃っていても私の体力はガリガリと削れているし、本当にただの時間稼ぎにしかなっていない。もちろん反撃など夢のまた夢だ。

 そして、その時間稼ぎはロザリーの予想外の奮闘によって無意味となりつつある。


 颯の動きに慣れて来たのか、それとも味方が来て精神的に安定したのか分からないが、彼女の動きは目に見えて良くなってきている。至近距離では目で追えない程の速度が出る颯を相手に、十分に戦えていると言っていいだろう。

 そして、速度で圧倒する事が出来なければ、ただの一召喚体でしかない颯には分が悪い戦いだ。


 さて、どうしようかな。逃げるにしても、リサの方が足が速いのでどうしようも……。


 そんな考え事をしていたからか、それとも単純に技量の差なのか。

 すくい上げるような攻撃を横へと躱した、その直後の危機に気付くことが出来なかった。


「っ……!」


 する必要もない呼吸が止まり、体が宙を舞う。

 何事かと視界を巡らせれば、リサが槍の石突、つまりは刃の付いていない柄を私に向かって突き出しているのが見えた。完全に意識の外から突き上げられた私は、後に居たコーディリアを押し倒しつつ地面へと激突する。


 そして当然、彼女はその隙を見逃すはずもない。

 リサは私に向かって追撃の刃を振り下ろそうと構えている。


 しかし、私は彼女の姿を見て、再び笑った。

 それは何も強がりだとか諦めだとか、そう言った物ではない。ただの偶然かもしれないが、逆転手が見えてしまったのだ。


 偶然? 私は自分の考えにどうでもいい疑問を抱き、そしてそれを嗤って見せる。

 我ながら、これが“偶然”とはとんだ勘違いをしてしまったな。この状況は私が時間を稼いだおかげだ。時間を掛ければその分可能性は高くなる。そしてそれがこうして死の直前に間に合ったわけだ。


 私は詠唱破棄で昏睡の魔法を発動する。もちろんリサの攻撃に間に合う事はなく、それより先に私の体を槍が貫くだろう。


 しかし、そうはならないのだ。

 私は“彼女の背後へと迫る”刃の軌道と、それによって大幅に変わるであろう矛先の動きを予測し、地面を転がる。少しでも死から逃れようと、全力で。


「っ!」


 その結果、私に迫っていたはずの槍は逸れて何もない荒れ地を削り取り、リサの首元に細長い短刀が差し込まれる。


 乱入だ。第三者の攻撃。

 バトルロワイヤルではお約束の戦略であり、おそらくは数字上最も“稼げる”戦法。


 私達もこれを一応考慮して戦場を決めたりするが、乱入がある事を見越して逆転手にする事は大変難しい。

 そもそも敵の敵であって味方ではないのだから、第三者の考えを読み切る事が困難なのだ。決着が付いてから乱入するのか、途中で割って入るのか。弱っている方を優先的に狙うのか、優位に立っている方を蹴落とすのか。


 しかし、今回乱入した彼らは非常に読みやすい。

 この期間中に何度か見た顔である。現在ランキング一位。まだ期間中だというのに、二位以下を圧倒的に引き離した彼らの戦い方は実にシンプルだ。


 “自分達が多く殺せば勝てる”。彼らが考えているのはそれだけだ。

 決着が付いてしまえば獲物が減る。強い方を残せば時間がかかる。だから狙うのは私じゃない。


 リサは予想外の乱入者を前に、状況を把握するために振り返る。

 そこに居たのは迷彩服を着込んだ中背の男。長い布で顔を隠しているのと、手にした暗器は怪しさ満点だ。

 確か名前はカゲ……何とか。何だったかな。コーディリアに聞いた覚えがあるのだが、忘れてしまった。


 私はそんな若干呑気な事を考えつつ、見事に昏睡の魔法で眠りに落ちる彼を見送ったのだった。



 日付変わっちゃった……。

 更新が遅れて申し訳ない。

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