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第224話 既視感

「ん?」


 私は目の前の大きな残骸を見上げて小首をかしげる。

 壊れた兵器の中に、何か輝く物が見えるのだ。それは僅かに外れた装甲の間から、小さくその光を吐き出している。

 いつもならば残骸などこうして詳しく見ようともしないし、そもそも欠損表現のないこの世界では“壊れている”と言っても動かなくなったと言うだけなので、装甲が外れる事も珍しい。


 しかし、今回は前脚から崩れ落ちた衝撃が原因なのか、僅かに機体下部の装甲が外れて内部の状態が確認できた。


 私達は興味本位でその装甲を覗き込むと、そこにあったのは金属の大きな箱。おそらくこれはこの兵器の本体なのだろう。

 この箱は歯車やワイヤーで各所に動力を送っているらしく、どうやら動力源兼制御装置になっているらしい。まぁ見た限りでは、という話なので他にも何かあるのかもしれないが。


 かなり大型なこの兵器の内部構造の大半はこの箱で埋まっており、ややアンバランスにも見える機体の外観を間接的に決定してしまっているようにも見えた。これが小型化できなかったからこそ、こうして“外側”を大きくせざるを得なかったのだろうか?


 そんな金属製の箱には細い通気口の様な物が備え付けられており、どうやらそこから僅かに光が漏れているようだ。魔力というのは活性化、つまり魔法を使う状態となると光る事も多いので、これ自体にはおかしな点はないのだが……。


「何でしょうね、これ」

「これは……思っていたよりも奇妙な構造ですわ」


 内部の整備を行うためなのか、中の箱にはハンドルが備え付けられており、私は興味本位でそれを回す。

 くるくると予想通りの動きをしたハンドルは内部のロックを少しずつ解除し、完全に外れると軽く金属同士の擦れる音を立てつつ私の腕の動きに従って開いていく。


 衝撃で外れないためなのか、厚く重い扉をやっとのことで開くと、ついに箱の中身、光っている物の正体が顔を見せた。

 そして、私はその中身を覗き込んで小さく声を上げた。


「これ……!」

「まさか……これって」


 見覚えのある内部の構造を見て、私達は思わず顔を見合わせる。

 思い返してみれば動力源と制御装置が一緒に置かれているという時点で予想は出来たかもしれない。私達はこの形式の“兵器”を知っているのだ。

 一体彼らはこの技術をどこで……いやもしやこの技術は現在に受け継がれて……?


 茫然とする私達の視界の端で、黒い蝶がひらりと動く。その動きにはいつもの力強さはなく、風と重力に従う様にただただ“落ちて”いった。地へと落ちた黒い影はすぐに、目に見えぬ魔力となって消えていく。

 私はそれが視界に入るのと同時に、残骸を背にして即座に振り返った。


 ……少し気を抜き過ぎていたな。もっと詳しく見ておきたいのだが、繰り返し試合に参加していればまたいい機会はあるだろう。桜月がいるとはいえ、ここは戦場なのだった。


 私が振り返った先に居たのは、大鎌を構えたローブの女。赤い瞳に白い髪、そして私達の目線の高さにある大きな胸。見慣れた人物ではあるのだが、今は……いや、常日頃からできれば会いたくはないと考えている相手だ。

 彼女は私が振り返った先で、歪な霊と首のない侍を従えて不敵に微笑んでいる。


 視界に居るのは召喚体と術者が一人だけだ。

 しまったな。状況はかなり不味い。もちろん彼女は知り合いではあるが、見逃してくれなんて口にするのは不可能だ。なぜなら、そんなの格好が悪いから。それと試合中に他のチームと談合するのは、正確に言えばルール違反である。


 私は直前の戦闘終了から何十秒が経過していて、どの魔法が使えるのかを意識しつつ、すっかり見慣れた格好である彼女を迎える。


「くっくっく、ここで出会うとはな……盟友よ。我らは運命で結ばれている。戦いの宿命からは逃れられんぞ」

「戦闘が終わるのを待っていたかのように来ましたね。卑怯ではありませんか?」

「こちらとしては、奇襲しなかった事を喜んで欲しいのだが……」

「しなかったではなく、失敗したの間違いでしょう?」


 私は敵対しているロザリーとのんびり会話しつつ、視線を僅かに左右に振る。

 しかし、その先に特に何かを見つける事は無い。お互いに会話を望んだという事は……あまり考えたくないが、時間さえも私達に味方してくれないと考えた方がいいだろう。


 正直、これは大変よくない状況だ。

 今、コーディリアは変身の魔法を使う事が出来ない。そのための詠唱時間を稼ぐのが難しいのはもちろん、そもそもさっき使ったばかりで再使用時間も過ぎていない。

 そして、私も今回の試合の奥の手を使ってしまった所だ。召喚体が居るので狙い目なのだが、再使用まではもう少し時間が必要だった。


 万全な状態で奇襲を算段していた向こうに対して、こちらは奥の手をどちらも封じられている状態と言っていいだろう。

 兵器に対してあまり時間がかけられなかったとはいえ、もう少し出し惜しみするべきだっただろうか。いや、そうすると結局彼女達は途中で割り込んできただろう。それでは私達の形勢は更に不利となってしまっただろうから、この状況はむしろ考えられる中では最善と言えるかもしれない。まぁ、最高の出来を目指すならば、兵器との戦闘前に彼女達を見付けておきたかったが、それを言い始めると何にでも反省しなければならなくなってしまう。


 コーディリアは敵の出現と同時に、消えて行く桜月へと一瞬視線を向けた。

 そういえば彼女には専用の迷彩魔法があったはずなのだが、それはロザリーには見破られていたらしい。透明化と同じく魔法視で一発とはいえ、敵対状態でもない限り魔法視は遮蔽物の影響を受ける。

 対象が小さいのもあって、意外に見つけるのは困難なはずなのだが……いや、私達が居ると分かれば(くま)なく探すか。居ると分かれば見つけるのに苦労はしないだろう。


 こうしてロザリーが顔を出してまで桜月を倒したのは、桜月に自分達の居場所を報告される前に何としても倒してしまいたかったからだろう。

 もちろん、そちらの方が戦略的に優位に立てると踏んだからそうしている訳で、それは言い換えれば奇襲というアドバンテージを捨ててまで桜月に報告させない方を選んだという事である。

 更に、それが意味するのは彼女の相方の存在である。


 リサの姿をざっと探して見るが、私の場所からはそれらしい人影は見えない。もしかすると退路を断つ形で挟撃する算段なのかもしれない。

 おそらく桜月はリサの事も目撃していて、彼女の居場所が私達に発覚するのをロザリーが咄嗟に避けたのだ。


 ……最悪なのは桜月も彼女達を発見できずに二人に同時に奇襲されることだった。斥候としての桜月の活躍によってそれを避けられたとはいえ、こちらとしては既に良くない状況に陥ってしまっているのも確かだ。


 具体的に何が良くないのかと言えば、最大の問題はコーディリアを一人にするのにリスクが出来てしまう事。

 私は比較的一人でも戦えるのだが、彼女は誰にも邪魔されない場所で召喚時間を稼ぐ必要がある。リサがいつどこから来るのかが分からない以上、彼女を一人にすることが難しくなっている。

 その上、今のコーディリアは魔力の方も心許ない。かく言う私も邪法を使ってしまったので余裕があるわけではないが。


 ただ、向こうも対話から開始して召喚体をけしかけて来なかった。……リサは近くにいないのだろうか。彼女が近づく時間を稼いでいる?

 ……命を賭るには少々疑問が残る推論だが、結局私達に残された選択肢はそう多くはない。


 私は残骸を背にしたコーディリアの前に出ると、この場に留まる様に彼女へ合図をしておく。彼女も私と同じ考えなのか特に反論はなく、私の指示に従ってその場で詠唱を始めた。


「させんぞ!」


 それと同時にざっと荒れた大地を蹴る音が響き、ロザリーの召喚体が前進を始める。彼女の指示に従って動いたのは、両脇にいた二体。


 速度の違いから、侍の姿をしたデュラハンが先行し、爪の大きな幽霊がその後に続く。本人はと言えば、次の召喚のための詠唱に入ったようだ。

 どちらかと言えば本人も一緒に来た方が厄介だったので、それ自体は助かるのだが……未だにリサの姿は見えない。一体どこから襲ってくる気なのか。


 本人が来ないという点から考えても、やはり目的は時間稼ぎからの挟撃の可能性が高い。私達が常に兵器の残骸を背にして戦えば、挟撃はその分難しくなるはずだ。


 私は迫り来る騎馬武者に向かって、混乱の魔法を発動する。

 比較的速度があるので当たりを付けるのが難しいが、目標が私達である事を考えれば難しくはない。この程度は一定の実力があれば、魔法学部の生徒として当然の技量だ。

 とりあえずの問題は、ロザリーが私に黙って混乱耐性なんて物を召喚体に付けていない事くらいか。


「ふっ……」

「……?」


 しかし、ローブの奥の赤い双眸が私の魔法陣を捉えると同時に、彼女は小さく微笑む。それはまるで計画の通りに事が進んでいる事に安堵したような、敵対しているこちらからすれば大変不気味な物だった。


 その表情を見て一瞬だけ、何か自分が決定的な間違いをしているような感覚に陥るが、すぐに考え直す。

 彼女にこの短時間で魔法陣を読むような頭はない。分かったことと言えば、精々これが付与魔法であるという事くらいだろう。状態異常への完全耐性など付けられはしないのだから、それが分かったところで意味はない……はず。


 私は拭い切れない不安を抱きながら、その魔法を発動した。



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