第222話 標的
「レート700前後……」
「らしいですよ。ティファニーも直接会えていないんだとか」
私は試合会場をある程度見渡せる、小高い丘の上から崩落していく島の端へと視線を送る。狙撃できない狙撃銃のスコープには、命からがら崩落を逃れた先で襲われる不運な生徒二人組が映し出されていた。
私がそんな悪趣味なのぞき見をしている隣では、コーディリアもまた桜月からの報告を受け取っているところだ。ざっと確認したが、この周囲に即座に戦闘になりそうな敵影はない。試合の最中とは思えない、のんびりとした時間が流れている。
私はそんな空いた時間に今朝、というかついさっき萌から聞かされた話を彼女にも伝えておくことにした。
「まぁ、そもそも私のレートが1300を超え始めた辺りで、どっちにしろレートを合わせてマッチングするなんて芸当は出来なかったわけですけど」
「今回の試合、安定した勝率さえあればそこそこ点数を稼ぎ易いですものね」
私達が気楽に会話をしている内容、それは今回のイベントに私が参加することになった原因の三人組についてだった。
正直に言えばあの話を聞かされた段階から、私はそもそも彼らに大した興味も持っていなかったのだが、呪術師の最強を決めるなんて言っていた呪術科の後輩達は、争うどころか私達と争える程のレートを稼げていない。レート1500を超えていないとそもそも本番にすら辿り着けていないとさえ言われる今回のイベントで、その半分程度なんて自慢できない数字なのは間違いなく、最強を競い合うはずだった三人は自分のレートを公開していないそうだ。
そしてすべての事の発端となっている喧嘩の勝敗も、何となく全員が結果を黙ってしまった関係で半分以上流れてしまったような感じであるらしい。……というのが、例の呪術科の生徒から話を聞いて来たティファニーの言である。
何とも情けない話だ。流石にもう少し頑張って欲しい。何しろ私がいるレート帯には呪術師が私しかいないので、呪術科が増えている実感がまるでない。私は相変わらず孤独なままである。
コーディリアはそもそもランキングで勝てればそれでいいと考えていたらしく、それ以降件の三人を気にすることもない。話題が何とも言えない空気と結論で終了し、二人しかいないこの空間にやや気まずい沈黙が流れ出す。
私は戦闘中だった二組がこちらに流れて来ない事を確認すると、移動を再開する事にした。
とりあえず次の崩落から逆方向へ向かってみようか。今回は開始してから一度も戦闘をしていないので、そろそろ消極的な行為に対するペナルティが入る時間だ。確実に人のいる場所を目指してもいいのだが、私達はあまり機動性に長けているとは言えない。こちらから何も出来ずに逃げられたら損になってしまうし、それを繰り返すと不利になって行くのは私達の方だ。
私はマップを開き、コーディリアとこれからの道筋を軽く話し合いつつ歩みを進める。この道中で適当な、それこそ学外所属の魔法使い(今回のイベントの歩く点数。いわゆる雑魚)でもいれば楽なのだが、そう簡単にはいかない。レート1500超えのマッチングでは明らかに数が減らされているので、ペナルティのお気楽解除は難しくなっている。
では、私達の狙い目が何かといえば、逃げることがなく比較的簡単に討伐できる存在だ。
私達が移動を始めてしばらく。先行していた桜月がひらひらと風に乗ってコーディリアの腕へと舞い戻る。まだまだ彼女の召喚時間には余裕があるはずなので、おそらく何かを見つけたらしい。
「……これは」
そしてそれは、コーディリアの表情を見る限り、私達にとって望ましい物であるらしかった。
***
丘を抜けて南へと真っすぐ降りていくと、その先にあるのは荒野だ。見渡す限りに岩肌と僅かな岩生植物しかないのだが、それでも“戦術的”に見れば何もないわけではない。遮蔽物になりそうな岩山が多く点在している。試合のある浮島ではよくある事だが、見通しはかえって悪いと言っていいだろう。
私はその岩に体を半分隠しながら、スコープ越しに目標を確認する。
「大丈夫そうですね」
あれはそこそこの強敵ではあるのだが、このレベルまで来るとほとんどの生徒にとって狩りの対象だ。今回も狙っているのは私達だけではないだろう。
それ故に競争率は高く、横取りや漁夫の利など警戒すべき要素は多い。その上短時間で倒し切るのも少し難しいのだが、今見た限りではあまり警戒の必要はなさそうだった。
まだ島の崩落が開始したばかり。最終局面まで生き残る事の多い私達にとっては序盤も序盤だ。おそらく誰にも発見されていないのだろう。
私は後ろで詠唱を続けるコーディリアに合図を送り、彼女の準備が整うのを待つ。
そして、岩陰に隠れていた大蜘蛛は、跳躍するようにしてそれに襲い掛かった。
その図体からは想像も出来ない程の機敏さで跳びかかられた標的はと言えば、防御姿勢もできずに鋏や尾の針によって傷を負う。
私は最初の奇襲の戦果を確認しつつ、待機してあった魔法を発動した。
黒い大蜘蛛となったコーディリアが襲い掛かったのは、大きな機械だ。
どこで使う想定なのか白っぽい迷彩を施されたその機械は、高さ4m、全長はその倍ほどはあるだろう。後ろ半分をこれまた大きな車輪で支え、前半分を二股に分かれた爪のある脚で支えている。それらに支えられた本体には、詳細不明の火砲や近接戦闘用と思しき刃が備え付けられていた。
これは兵器だ。どこの誰が作っているのか、なぜこの試合に出て来ているのかもよく分からない、大型兵器である。
見ての通り金属製の強固な装甲と火力を持っているのだが、何と戦う事を想定しているのか、人間サイズの物体に攻撃を当てるのが苦手という決定的な弱点を持っているので、多分落ち着いて何度か戦闘を繰り返せば多くの人が撃破できるようになる強さに設定されている。
ちなみに、状態異常系の耐性が非常に高いので、私はその多くの人には含まれていない。よくあることだが、呪術科は例外のようだ。
鋏の拘束と尻尾の針の攻撃を受け止めつつも、その鉄の塊は意外にも軽い駆動音で砲や刃をコーディリアに向ける。
いくら人間にとって避け易い攻撃だからと言っても、あれだけ大きな図体をしていれば直撃は免れない。そして、避け易い攻撃というのは往々にして攻撃力が高い物である。
流石にあの姿になったコーディリアでも、何度も受けたいと思う攻撃ではない。
まぁ、そのために私が居るのだが。
大怪獣対決の様相を呈している戦場で、その足元にうろちょろとしている人影を見付ける。見慣れた格好だ。
軍服の様な恰好をしているが、おそらくはあの大型兵器の整備士か何かなのだろう。試合の途中で殺されたりしていない場合、確定で兵器と一緒に配置されている兵士である。パーティ判定なのか必ず一組で行動しているようだ。
私は最初の魔法の標的を彼に決め、歪な形の魔法陣から鎖を飛ばした。




