第220話 英雄伝
明かりの消えた部屋で、陰鬱な音楽と共に男の声が響いている。
部屋の唯一の光源である一枚の画面から溢れ出す光は、乱雑に脱ぎ捨てられた衣類が扉の前で放置されているのをちらちらと照らす。ゴミ屋敷と呼ぶと大袈裟だが、それでも物が放置されたままになっており、綺麗とも言い難い。
そんな部屋の主は入浴中だ。動画の編集という目を使う作業から解放され、今は全身を湯船で脱力させている頃だろう。
主に放置されたパソコンは、一人の男の姿を映し出している。有名な動画サイトにアップロードされている一つの動画のようだ。その閲覧数は100を超えるか超えないかという所。
動画ではよれた白衣を着た、血色の悪い男が呪術について語っている。
ジミーの呪術研究所と題されたその動画は、その名の通り賢者の花冠の呪術科の運用方法や分かりづらい仕様等をまとめた動画である。
尤も、その内容はやや古い。サクラどころか他の攻略ブログにすら情報の鮮度という一点で劣っている。既に調べれば出て来る内容であることが多かった。
しかし、情報の正確さを重要視しているという自信を強く持っているので、白衣の男、“ジミー”はそれを気にしたりはしないのだ。
この動画サイトでは動画の閲覧時間に応じて“おすすめ度”という値が加算される。
今はまだ知名度が不十分なので、これからもっともっと人気が出るようにと、動画の制作者であるこの部屋の主は、自分の入浴中にもこうして動画をパソコンで流しているのである。
パソコンはそんな涙ぐましい努力の隣で、賢者の花冠の攻略掲示板も表示していた。こちらは特に思惑があったわけではない。部屋の主であるジミーが、途中まで閲覧していた物を消し忘れて行ったのだ。
そこで語られている話題はもちろん、現在開催されている対人イベント、試合についての話が中心となっていた。画面は自動で最新の書き込みを表示していく。
『マジで1500から一向に上がらんのだが?』
『本当に門番が強過ぎる
もう一段階クラス分けしてくれないと1500から上がれん』
『って言っても1500に一回でも到達したら得点報酬全部取れてるじゃん
それ以上はランキング上がるだけの自己満足の世界でしょ?』
『分かってないな
対人コンテンツってのは“面白いからやる”っていうのが大前提であり、そしてその上で“やるからには勝ちたい”というのが目標なのだ
自分が今ランキングのどこにいるかなんて関係ない』
『遅れて今日イベント走り始めたんだけど、何?
これ門番なんて居るの?』
『門番は1500以上の生徒の事
実際に番人が居るわけじゃない』
『結構面白いからこの試合常設して欲しいなー
期間限定なのが残念
まぁ期間限定だからみんな走ってるのは分かるんだけど』
『なんで生徒が門番?
先生とか出るランクだよね?』
『強すぎて1500上がりたてのプレイヤーじゃ歯が立たないから』
『今回の試合、上に行けば行く程にレートが近い生徒の同時参加人数が増えてくんだけど、1500以上がひとまとめにされてるんだよ
だから1500上がりたての生徒も、レート5000超えとか言う化け物がうようよいる戦場に放り出される
俺もようやく1600まで盛れた』
『やば
そんなんが居る中で教師も相手にしなくちゃいけないとか、生き残れる気がしないんだが』
『いや、実は教師陣は参加する確率が低い上に、ポイントが美味いとか言って強豪生徒に真っ先に狩られるから実は大して障害になって無いという……
連戦で戦力的な余裕がない時に出会っても、運が悪かったと思ってガン逃げで何とかなる事も多い』
『そもそもあれ全学科の中から二人ずつランダムで組んで参加するから、組合せによっては普通に対応できるし、そこまで怖がらなくていいよ
あと先生は学科章つけてるから、何の魔法使うのか分かりやすい(超重要)』
『まず強化機械兵倒せないんだけど』
『朝から晩までイベント走っている俺が個人的に思う最悪門番7選
第一位、景隆
第二位、三首席
第三位、メガトン』
『強化機械兵は普通に能力値高いので、近接なら対人の技量上げるしかない
後衛なら即殺して相方の負担を減らせ』
『最悪門番とか景隆以外居ねぇだろ』
『誰ぞ?
全員分からん』
『景隆はハゲタカトカゲ
超高速近接と超高速銃撃の二人組
平地ならまだしも森とかで出会うと最悪
姿見る前にヘルスが消えるという……』
『あー、カゲさんハゲさんか……そりゃあの二人は強いわ
今の実技首席と次席やん』
『三首席はあれだろ?
初期の中級試験の首席組
個人的にここは一人だけずば抜けておかしい奴が居る気がするんだけど……』
『金さんも聖女も、別に適性あるわけじゃないのに普通に勝ち上がってて凄いよな
相性とかゲームバランスとか言われてるけど、やっぱり実力ってあるんだよなーって思う』
『主席は三人とも待ち伏せ型で、姿を見て即座に回れ右すればあんまり追ってこないから、最悪って程じゃない気がするが』
『一回だけ聖女と戦ったけど、無限回復で持久しながら安地側の道を塞いでくとか言う恐ろしい事されて死んだわ
崖から突き落とすのってあれキルポイント入るのな……』
『ああいうのは相手せずに突っ切るしかない』
『メガトンって何かと思って調べたらあれか
サイクロプスの城壁ってサークルの二人』
『眼帯着けてる騎士と突進狂戦士
景隆もそうだけど、高機動火力型は上手い人に使われると勝ち目ないんじゃ……』
『ここまで誰も魔女子さんに触れないという……』
『あれは……だってあれは、何なの?
結局あれ何がどうなってんのか一切分からんから語り様がない』
『え?
サクラちゃんってこのイベント出てるん?
あんまり活躍する所想像できないけど』
『いや、今回の試合呪術師最高にウザいだろ
意外に人数居るし、あいつらの魔法弱耐性くらいじゃ余裕で貫通して足止め通してくるから、状態異常装備整えない限り試合に出たくなくなる』
『サクラちゃん以外の呪術師一回も見た事ないが?
お前レートいくつだよ』
『結局サクラちゃん何してるの?
名前上がってるって事は厄介なんだよね?』
『それは本人にしか分からん
なぜか一人で戦ってる事ばっかりだし、幼女組で出てるっぽいけど相方の目撃証言少な過ぎてどういう作戦なのかすら分からない……』
『いや、相方は普通に蠱術師でしょ?
隠れて裏から召喚して数で押すっていう、露骨でよくある召喚戦術
ただし、サソリが強過ぎて放置してると上位の生徒が吹き飛ぶし、先に逃げた蠱術師を探そうとすると耐性貫通して足止めが飛んでくる』
『初見だと絶対に対応し切れなくて死ぬ
二度目は警戒して裏目に出て死ぬ
結局一番うまくいきそうなのが、目の前のサクラちゃんを召喚前に倒す事なんだけど、あいつ逃げるのは普通に上手いという……』
『よく分からんのだが、一時的に一対二になるって事でしょ?
状態異常耐性装備持てば勝てるんじゃない?
呪術師ってウザいだけで強くないし』
『そうすると能力値が足りなくなるからなぁ
参加者全員強い上にレベル固定だから強化系の装備品抜きたくないのよ
そもそも出現率が低いし、出会ったら事故と割り切る方が楽
逃げ切れたらラッキー』
『というか、耐性付けてても普通に足止め通してくるんだよな
5倍耐性抜いて麻痺った時は死ぬ程ビビった
いや、そのまま死んだけど』
『戦闘ログに詳細が記録されないから、あの人は特に何されてるのか分かんない』
『蠱術の方も意味不明だよな
レベルの固定化で召喚体の能力値も制限されてるはずなのに、なんであそこまで強いのかと』
『強さがその辺のボス級な上に判断が的確で、遠距離か囲むかしないとまともに戦えん
確実に倒すなら五人欲しい』
『景隆、レート6000超えたってよ
他の参加者はそんな稼ぎの速度出せないから、まだ期間半分あるけどもう優勝決まっただろ』
『高速で動き回る高火力だからな
あいつら崩落中の足場に突っ込んで、死亡確定してる奴からも得点奪ってるぞ』
『負けなしとかじゃなくて、好戦的な紙耐久で普通に死にやすいんだけど、それ以上に走り回って殺すから合算すると何も問題ないというね……』
『あの人達金さんに一回も勝った事ないってマジですか?』
『逃げたら絶対に追い付けないから、まともに戦った事自体少なそうだな』
『多分最終の足場中央に陣取られたら重さと耐久のせいでもう取り返せないだろうし、逆に陣取っても押し戻されるから、そもそもの相性が悪い説』
『生き残りの順位が上げられないからこそ、キルポイントあれだけ稼いでるわけだしな
そりゃあそうよ』
動画の再生が終了し、一定時間の操作を受け付けなかった事によって画面が休止状態に移る。
唯一の光源を失い、暗闇に染まった部屋。その夜、それ以上その画面が掲示板を映す事はなかったのだった。
ご感想、そしてご愛読ありがとうございます。ここ最近まともに更新できず申し訳ありません。
勘のいい方は気付いたかもしれませんが、現在例のリメイク版を購入してプレイしています。モンスター育成モノの金字塔ですね。
育成に満足するまで一旦更新が滞るかもしれませんが、遅くとも一週間後には連載を再開いたしますので、気長にお待ちいただければ幸いです。……ただ、厳選や育成がクソ面倒に戻っているようで、剣盾に慣れ切った今、無駄に時間がかかるかも……王冠使おうにもレベリングが……。




