第19話 ダメージレース
がやがやと騒がしい周囲も気にせず、私達二人はパラパラとページをめくる。
私が読んでいるのは未だに調べ終わらない図書室の本。ロザリーが読んでいるのはどこからか見つけてきた古文書だ。
なぜ私達が読書などしているのかと言えば、他にやることがないからである。
ここは生徒から課題置き場と呼ばれる部屋で、正式名称は生徒準備室という。場所は万象の記録庫と教員室がある棟の間で、記録庫からは隣の部屋と言ってもいい距離感だ。
ここでは生徒たちに課せられた課題を受けることが出来る他、購買の出張店舗やパーティメンバーの募集掲示板など、冒険に必要な一通りの施設が集まっている。文字通り生徒が準備を行う部屋なのだ。
課題と言っても数学のドリルをここからここまで解いておけとか、次回の授業の予習を済ませろとか、そういう話ではない。
課題とは、そのほとんどが万象の記録庫の調査依頼。他のゲームで言う所のミッションやクエストに該当する物だ。
例えば、特定の魔物を指定した回数討伐し、その戦闘ログを提出する。あるいは、特定のアイテムを提出するなど。特徴的な所では、特定のフィールドにある遺跡や住民の調査なども課題になることがあるようだ。
私達以外の生徒達は、掲示板と自身の魔法の書にずらりと並んだ課題の内容を読んでいる。
複数人でパーティを組み、同じ課題に取り組むことを推奨されているので、わいわい何とかかんとか話し合っており広い部屋の中は非常に賑やかだ。壁にある掲示板は誰が読んでも一緒だが、魔法の書に書かれている課題は個人毎に内容が異なるので、誰の課題が最も効率的なのかを相談しているのだろう。もしかすると、ただただ仲良しとお喋りを楽しんでいる生徒もいるかもしれない。
私達?
今の所課題に手を出すつもりはない。選ぶ段階にすら到達していないと言ってもいい。何せこの作品の最大パーティ人数は5人。そして私達は2人。
その戦力は少々心許ないと言える。なのでとりあえず一緒に戦ってくれる仲間を探している最中なのだ。
もちろん私達の初陣のように二人でもフィールドには出られるし、課題だって受けられる。
しかし、この編成ではいつかは限界が来てしまうだろう。この弱クラス二人では攻撃、防御、補助、どれを取っても今一つな上に、回復に至っては完全にアイテム頼り。心配事は山ほどある。
他にもメンバーが欲しいと思うのは当然だろう。
そう思ったからこそ、掲示板にパーティの募集を貼り出してこうして待っている訳なのだが……。
ぱたりと音を立てて古文書のページが閉じられる。どうやらロザリーの本は外れだったらしい。その表情は優れない。
彼女は人で溢れているはずの周囲を見回して、一言呟く。
「……誰も来ぬな」
「……」
返す言葉はない。
私もまさかこれほど人が集まらないとは思っていなかったのだ。
パーティ募集を行うと募集した生徒達の専攻学科、レベル、名前が貼り出される。ちなみに各種マーカーの履歴は名前とセットだ。現役だと募集すらできない。
募集する側の生徒はその募集用紙に書かれた番号の卓に集まり、参加したい他の生徒を待つことになる。参加したい生徒は手ごろそうなパーティを貼り紙から読み取り、その紙に書かれた番号の席に向かう。これで双方が納得すれば晴れてマッチングとなる。
アナログで、尚且つ簡単なシステムだ。仕様が分からずに迷っている様子の者もいない。
それなのに私達の元へは一向に誰一人として来ない。
こちらから募集する生徒のクラスなども指定できるが、そちらも特に指定はしてない。
初心者OK、誰でも歓迎。パーティの目的もレベル上げと課題の消化など無難な物を選択したはずだ。
それなのに、生徒がこのテーブルに近付く気配は一向になかった。
私達の両脇の23番テーブルと25番テーブルは、既にそれぞれ4パーティが即席のチームを組み、記録の中へと旅立っていった。
それほどここを訪れる生徒は多いはずなのだ。多いはずなのだが……。
「……諦めて二人で行きましょうか」
私の前には既に7冊の本が積み上がっている。これらはここに来てから検証を終えた本だ。
改めて見るとその山はロザリーの恰好以上に、他のテーブルに比べて明らかに異様な雰囲気を醸し出している。もしや、近寄り難いと感じさせる要因の一つになっているのだろうか。
読み終えた本を片付けつつ、自動マッチングでパーティを組むか二人で行動するかを少し考える。そして私は迷わず二人でいることを選択した。
ここまで誰も来ないという事は、完全自動マッチングで強制的にパーティに入っても、他の募集に参加しても、結果は見えているように思うのだ。
私達は誰にも求められていない。
とりあえず今日の所は適当に課題を見繕って、二人でお金と評価、経験値を稼ぐとしよう。
そう結論を付けて、私は魔法の書で課題のページを開く。
適当にパラパラとめくっていると、とある課題が目に留まる。何とその報酬は……
と、私がある課題に気を取られていたその時だった。
喧騒に紛れていた、良く響く靴音が私のすぐ後ろで止まる。
「あんた達ね、呪術師のパーティって」
「……そうですが、何か」
ようやくやって来たパーティへの参加希望者、と言う訳ではなさそうな物言いに、私は若干の苛立ちと共に振り返る。
彼女の口調はまるで難癖を付けに来たとでも言いたげな、やや刺々しいものだったのだ。
どんな奴かと顔を見れば、いつかどこかで見たような顔立ち。
一瞬本当にどこかで会ったかとも考えてしまったが、私の知り合いなど片手で数えられるのだから直接の知り合いではないのだろう。
おそらくはどこかですれ違ったか、もしくは現実の誰かに似ているかのどちらかだ。そして後者には心当たりがない。
意志の強そうな瞳に、やや高めの位置のポニーテール。
何とも生意気そうな女。見た目年齢は高校生くらい。身長はそこそこあるので、若手美人スポーツ選手と言われればそうなのかと思ってしまいそうな見た目をしている。
動きやすさ重視なのか、制服の上着は脱いでいる。胸の学科章は荒々しいクマのマーク。これは確か狂戦士のシンボルだったか。
この作品、防具と見た目は別に設定できる。
逆に言えば、制服を着ているからと言って初期装備とは限らない。
むしろ学院では雰囲気を優先して制服を着ている生徒が大多数だ。そうなるとそれ以外の服は目立つようになり、拘りがなくとも目立つのを好む生徒以外は制服を着るようになる……とかなり制服派が優勢。だから別に彼女の格好は珍しくもない。
ちなみに例外がすぐ隣にいるが、私は制服どころか装備すら更新していない見た目通りの初期装備。制服を着崩しているなんてこともなかった。
とにかくそんな仕様なので、防具は数値上の防御力と重さだけを残して、見た目装備の見た目を優先して設定できる。
絵筆から聞いた話では、これはVRゲームではかなり珍しい仕様らしい。おそらくこのような仕様になっているのは、学校で制服着てないとイメージ通りの学生っぽくないというのが一番の理由だろう。
「こっちのチビが呪術師ってことであってる?」
名も名乗らぬ彼女は椅子を引いて荒く腰を下ろすと、真っすぐ私を見る。見るからに死霊術師っぽいロザリーのことはあまり気にしていない様子だ。もしかすると私の胸の学科章を見たのかもしれない。
……彼女の発言を言葉通りに受け取れば、呪術師に用事があるという事か。益々嫌な流れだ。知らないやつに突然文句を言われたら通報してもいいのかな。
しかし、私のそんな予感は見事に外れることになる。
彼女の目的はパーティに参加しに来たわけでも、私に難癖を付けにきたわけでもなかったのだ。
「私とパーティ組んで欲しいのよ。あ、二人でね」
「……は?」
彼女のあまりの突拍子のない発言に、ロザリーと顔を見合わせる。突然やって来て何を言ってるんだこいつ。
そもそも私達二人がパーティ募集している所に割り込んで、呪術師と二人でパーティを組みたいというのが、何とも怪しさ満点だ。
何か私を騙しているとか、裏があるのではないかと疑ってしまうのは仕方のない事だろう。
君子危うきに近寄らず。
ここはお引き取り願うとしよう。そうロザリーと目配せし、アイコンタクトで通じ合う。
「すみません、他を……」
「ふむ、小娘。面白いではないか。詳しく聞かせてみろ」
「……」
……どうやら私達の心は通じ合っていなかったようだ。
私の言葉は無視し、ロザリーの言葉に当然とばかりに頷いた彼女は、自身の魔法の書に挟み込んであった一枚の用紙をテーブルの中央に置いた。
初めて見るが、もしかするとこれはビラと呼ばれるものではないだろうか。何かの告知のように見えるが、その内容は私が予想もしていない物だった。
「……ダメージコンテスト?」
「ああ、あったなこんなの」
私はそんなイベント一切知らなかったが、ロザリーは知っていたらしい。
曰く、とある生徒が自主的に行っているイベントで、現状出せる最大ダメージを皆で探ろうという話から始まった催しらしい。戦闘で与えたダメージ量を戦闘ログとして主催の生徒に提出し、ランキングにしているそうだ。
簡易的なランキングの集計は30分毎にあるようだが、正式な集計は一日の終了時点。開催期間中は毎日集計し、その日のランキング一位にはちょっとした報酬もあるらしい。個人主催とはいえそこそこの注目度らしく、どちらかと言えば名誉の方が大きそうな話だ。
その開催期間は丁度今日まで。明日の午前0時時点で集計し、最終的なランキングを公開する予定だ。
イベントのあらましを聞き終わったところで、彼女がバンとコンテストのビラを叩く。
「これの私の記録が抜かされたのよ!」
彼女の瞳に映るのは強い苛立ち。元々釣り目がちなのもあってそれなりに迫力のある形相になっている。
曰く、そのイベントの通常攻撃部門で現在2日連続首位になっているのが、この目の前に居る彼女らしい。
しかし、その記録を抜かされたため、何としても追い抜き返したいのだとか。
「通常攻撃というと確かに、狂化と気合持ちの狂戦士の独壇場だな」
話を大体聞き終えたロザリーは、何か納得したように頷いて見せる。
狂化はスキル使用不能の代わりに能力値の上昇だったか。気合については知らないが、話を聞く限りおそらくは威力の増加なのだろう。
私はそんな風にロザリーは彼女の話をふんふんと聞いていたが、正直気になっているのはそこではない。通常攻撃が誰が強いなんて話に興味はないのだ。どうせ呪術師ではないことは分かっている。
私は結局一番気になっている事が話題になってくれないと判断すると、自分からその点に触れる。
「それで、どうして私に? どう考えてもバフ持ちの支援役連れて行った方がいいでしょう」
「はぁ……あんた全っ然分かってない」
私の疑問に対し、返って来たのは落胆のため息だった。
そんなことを言われて思わず眉間にしわが寄る。いや、分からんから聞いているのだが……。
「いい? パーティ人数補正ってのがあるの」
「人数補正?」
「パーティの参加人数が多ければ多い程、与えるダメージにマイナスの補正が入るのよ。サポーターが多ければダメージが増えるってのは幻想よ。だから基本的にソロじゃないと最大ダメージは出せないわ」
思いもしていなかった話を聞いて、どうして人数を増やさないのかについては理解する。
なるほど。サポーターの攻撃能力値バフが現状弱すぎて、そのマイナス補正を上回らないのか。能力値バフを撒けるサポーターでもそんな扱いだとは知らなかったな。
しかし、それでは益々私に声をかけた理由が分からない。呪術師は攻撃バフを乗せられない上に、人数補正はしっかり入るんだぞ。どう考えても連れて行くだけ無駄だ。彼女の話はむしろ不要な方への理由の強化にしかなっていない。
もちろん話はそこでは終わらなかった。半ば崩れ落ちるように一気に体の力を抜くと、彼女はやや悔し気に話を続ける。
「私、レベルは上限でスキルもステ振りも攻撃特化なの。それなのに抜かされた、というか抜き返せない記録が出て来たってことは……」
「装備の性能差だな」
「そうなの! ホンット許せない!」
ロザリーの指摘に、彼女はテーブルをバシバシと叩いている。別に不正をしているわけではないので、許せないという事は無いと思うが……どうやら彼女は何かが気に入らなかったらしい。
「だからこれをお金借りてまで買ってきたの!!」
そう言って憤慨した彼女が取り出したのは、巨大な斧だった。
それを私達が座るテーブルへと放る。当然かなり鈍い音を立てるが、見た目に反して意外に頑丈なテーブルはその程度ではびくともしなかった。
禍々しい刀身……と言ってもいいのか分からないが、その刃の怪しい輝きにロザリーが興奮している。……のは置いておいて、これだけでは何が何だか分からない。
そう視線で問えば、彼女はついでとばかりに自身の魔法の書のとあるページ、その斧の性能を私達に見せた。
記載されている性能はどこを取っても私の初期装備とは比べ物にならないものだが、最も目を引くのはその特殊効果の記述だった。
「状態異常の対象に最大3倍ダメージ……」
へぇーこんなのあるのか。強そうだな。詳しく見ると、物理の通常攻撃にしか乗らないような記述になっているので私は絶対に使わないが。
しかし彼女の表情は優れない。それどころか柳眉を逆立ててここが本題とばかりに声を荒らげる。
「これがあれば絶対に勝てると思ったのに、全っ然ダメージ出ないのよ!」




