第215話 攻略法
本日二話更新の後半です。
ロザリア・P・ソウルズベリーこと、新丁 絵筆の朝は早い。働いている友人たちに比べればそんな事はないのだが、少なくとも彼女は自分の事をそう考えていた。
今日も朝の八時に起床し、朝の身支度をしながら情報収集に励んでいる。
朝食は取らない。とある喫茶店で砂糖を入れた紅茶や、残高が許す限りの甘味を注文するのが日課となっていた。
学生時代からの何となくの習慣で点けっ放しになっているテレビからは朝のニュース番組が流れているが、彼女の視線はそこには向いていなかった。
いわゆるテレビ番組というものが消え、ネット配信が主流となった今でも続く生放送の報道番組は、とある舌禍事件によって糾弾される政治家の顔を映しているが、彼女にとっては全く興味のない話題である。
親友の桜子は家柄の関係で多少政治の事情に強いので、逆に敬遠しているという部分もあった。
絵筆の視線の先にあるのは、大型の画面ではなく携帯用の端末。いつも財布としてもゲーム機としても大活躍の代物なのだが、今回はとある掲示板の書き込みを表示していた。
その掲示板は、彼女が今最も熱心にプレイしているゲームの一つ、賢者の花冠に関する小規模な情報共有サイトだ。もちろん小規模と言ってもゲーム関連サイト全般から見ればという話であって、賢者の花冠のプレイヤーからすれば最大手なのだが。
絵筆は、なるほど……なんて呟きながら、ある程度予想通りの書き込みに目を通していく。
今日はイベント初日。昨晩の午前0時から新たな期間限定イベントである“試合”が開始されているので、気の早い連中は既にイベントを走り始めているのだ。
絵筆はそのプレイヤー達の書き込みを見て情報収集をしている。深夜帯に5時間ぶっ通してプレイし続ける人間も珍しくはないので、情報の精度と量に関してはそこそこの信頼が出来るとの判断だ。
桜子はこの手の掲示板に詳しくないし、萌も何故か言葉を濁すことが多いので、三人の間でこういった情報収集は半ば絵筆の仕事となりつつあった。
『特殊NPCが意外に強い
これ負けるとポイント下降あるから普通にポイント1500も稼げない人居るだろ』
『特殊NPCって結局何種類いるん?
まだ700くらいだからよく分からんのだが』
『今んとこ確認されてるのは4種類
300から出る機械兵雑兵
700から出る強化機械兵
1000から出る機械兵器
1500から出る学院教師陣』
『大体1500点くらいが上級試験突破クラス相当ってことか』
『個人的に、強化機械兵辺りから、あれこれ何かおかしくね?ってなって来る』
『そもそもこの作品での対人戦とか数えるくらいしかやってねぇし、その辺も慣れてかないとな』
『もう一種類いるぞ
最初からいるどこの所属かもわからん雑魚魔法使いも、一応試合でしか見ない特殊NPCだろ』
『クソでか兵器に人間特効入らないの完全に罠だろ』
『妙に硬いなと思ってたらそれか……
ただ、兵器さん達自体は周囲の人間ガンガン殺すから、ポイント強奪できれば非常に美味い
大型だからこそ地形活かして上手く狩れるし、試合中盤以降に二、三体倒せれば生存順位ボーナスとか必要なくなってく』
『ただし教師陣はクソ』
『そもそも普通、最初の五時間で1500なんて届かねぇんだわ』
『そこから先は生徒同士のポイントの奪い合いだから、完全に別ゲーになりそうだ』
『それ地味に上手い設計だよな
低ポイント層だとプレイヤー同士の出会う確率低くて、ある程度いつも通り戦いつつも、敵が人を模してるから対人技能が上がる
中くらいからプレイヤー同士がポイント奪い合うライバル関係になって、最終的にはプレイヤー同士で強敵退けつつ殺し合うっていう』
『一応対人向けじゃないゲームだから、その辺気にしてるのかね?』
『深夜帯にやってたけど、ポイント1000届かなかったわ
まだまだ対策されてないってのもあるけど、実は今回召喚系強いのでは?』
『隠れられると意外に術者見つけるの厳しいよな
学外NPCが召喚魔法使わないから確実に一定以上の実力あるし、召喚体見つけたら無条件で回れ右するか考えるレベル』
『でも結局一番面倒なの高速系全般ですよね
射撃系は弾数の制限でしつこく追って来ないけど、高速短刀持ちに狙われると撃退するまで付け回されるし』
『弓使い見たら麻痺警戒ってのだけ考えてて、別人に背後から撃たれたわ
意外に弓×弓の組み合わせが強いと言う……』
『歌詠みも居るから足止め系状態異常対策必須よ』
『あのフィールドで歌詠みは大分クソ
見えないところから妨害演奏すんな』
『そこで状態異常の解除役として神聖術の登場ですよ
掛かってから解除魔法使えば勝手に耐性も付くし』
『一応弱体化してるっぽいけど、そもそも視界外からの攻撃とか妨害は犯罪』
『実は歌詠みの魔法に限らず、あらゆる魔法の効果を受けた時、魔法視使えば確定で位置が分かるよ』
『そんな仕様あったん?』
『視界に入らなくても、そのキャラクターと戦闘状態になれば魔法視が使えるから大体の方向が分かる』
『そういや意識してなかったけど確かにそんな仕様あったわ
索敵なんかに魔法視使わんから頭から完全に抜けてた』
『それと召喚も自律制御で出された程度なら、魔物と同じくらいの知能しかない』
『あれ視界内じゃないと上手く操作できんのよな
召喚体は見つけたらほぼ確実に近くに術者もおるぞよ
あとこっちは態々攻撃当たらなくても、召喚体を攻撃するだけで術者とも戦闘状態になるから魔法視で見付けられる』
『まぁ逆に言うと歌詠みは何でもいいから妨害演奏すれば、周囲の敵と戦闘状態になるって事なんですけど……』
『索敵と妨害を一手で補うクソクラス』
その先の掲示板には、どんな生徒に倒されたなんて恨み言が続いている。
こういった話からも、試合中に気を付けるべき存在については分かる。存在さえ予め知っていれば、それについての対策も可能だ。
そんな掲示板を真剣な表情で覗いていた絵筆だったが、急に端末の画面が切り替わって小さく息を飲む。
直後に響くおどろおどろしい音楽。これは彼女自身が時間に遅れないためにアラームに設定していた曲だ。
「あ、不味い。もうこんな時間か」
掲示板を見る事に夢中ですっかり止まっていた着替えの手を再び動かすと、絵筆は慌てて身支度を終わらせる。
忘れ物はないかと一瞬考えたが、服と靴、後はこの端末さえあれば喫茶店に出かける程度なんとでもなるだろう。
常に体温高めの彼女はすっかり寒くなった外気も気にすることなく、近所の喫茶店への道を歩き始める。
どうも桜子は今回のイベントに対して乗り気ではなかったようだが、何かの心変わりがあったようで少し前に装備の更新を依頼してきた。それについては既に出来上がっているが、この掲示板で入手した攻略法を持っていけばそれなりに喜ばれるだろう。
ティファニー、つまり萌にもついでに教えてやる事にする。
絵筆は、どんな風に話を切り出そうか、それとも何か情報料を取ろうかなんてことを考えつつ、喫茶店への道を歩く。
既に開店時間は過ぎているが、あの店は朝に客が来る事は無い。最近は知らない同級生が来るようになってどうなる事やらとも思っていたのだが、それについてもある種の解決をしたらしいという事は聞いている。
目的の場所に到着した彼女は、窓で自分の恰好の確認……ではなく、内部の客の様子を窺う。
……今日も誰も居ない。おそらく一番乗りだろう。一見すると閉まっているようにも見えるが、小洒落た看板にはしっかりと“Open”の文字が刻まれている。
そうして喫茶ル・シャ・ノワールは、今日も一人の常連を迎え入れたのだった。
……今日に限って桜子と萌が珍しくシフトを抜けているという事に絵筆が気付くまで、それからあまり時間はかからなかった。




