第213話 作戦会議
「さぁ、とっちめてこようか!」
ティファニーに連れられてやって来たのはどこかの空き教室。そこに入るなり彼女はそう口にした。
既にトラビス少年とは別れており、ここに居るのは三人だけ。気にする相手も居なくなったからか、彼女の化けの皮は剥がれている。もしやさっきの、私もよくする営業スマイルというやつか。
私は適当な座席に腰を下ろすと、興奮を抑えきれていない(つまりはいつも通りの)ティファニーを冷めた目で見上げた。
「興味ありません」
「えぇ!? 何で!?」
「何でも何も、あんな低俗な事に首を突っ込む理由はないでしょう。なぜ自分から面倒を背負う必要があるんですか?」
私は彼女の提案を考慮すらせずに素気無く断る。
ティファニーの言いたいことはつまり、例の呪術科の生徒を試合でのしてしまおうと言う話だ。私抜きで呪術科としての最強を決めるなど許されないというよく分からない理由で。
私が断っても不満そうな彼女を見て、じゃあ自分でやればと言って突き放すのは簡単だが、ティファニーとしては私がやることに意味があると考えているのだろう。
なので別方向から諦めさせることにする。
「第一、とっちめるとか倒すとか言っても具体的にはどうするの? 同じ試合に出場して、尚且つ広い空間の中で出会わないと話にすらならないわけですけど」
「それに関しては大丈夫。一応考えがあるから」
指摘を受けても胸を張るティファニーを見て、私は無言で先を促す。碌でもない話でないといいのだが、おそらくはそうなのだろうという予感が私の中にはあった。
「期間中は戦績でレートが付くでしょ? 生徒同士は同レート帯でマッチングするようになってるんだから、大体同じ力量ならマッチする確率も高くなるはず」
「……私の戦績を連中と合わせろと?」
「後ろから追いかけて調整すれば当たるでしょ?」
私は彼女のその言葉を聞いて呆れる。どんな策かと思えば、まさかそんな面倒で不確実な方法だとは思わなかった。
今回の試合に於いて呪術師は強くない。しかし同時に、何もできない程に弱くもない。
その上バトルロワイヤルという形式の性質上、どうしても結果は運に左右されていくだろう。それだけ相手のレートの位置を確認しにくい事になる。
何らかの方法でそこを確認することが出来たとしても、同じ試合に参加できるかは未知数。更に、組んだ相手が自分よりも高レートの場合自分の評価よりも高い位置で戦う事が強制される。
ティファニーの作戦は、ほぼ運任せと言っても過言ではないのだ。
「この学院に生徒が何人いると思ってるんですか? レートと時間帯を合わせても、実際に会えるかどうかは……」
私は彼女の考えをそう否定するが、ティファニーは未だ不敵な笑みを浮かべたままだ。
それを怪訝に思い私は眉を顰める。何か今の話におかしな点でもあっただろうか。それとも私が理解し切れていないだけで、彼女にはまだ何か考えでもあるのか?
「ふっふっふ、サクラちゃん。一つ忘れてるよ」
「……何を?」
「この学院で、“試合への参加者”はどれくらいだと思う?」
……そんなの数え切れない程の大勢に決まっている。
一瞬そう考えてしまったが、よくよく考えて見るとそうとも限らないかもしれない。もしかしたら、私が考えている以上に参加者は少ないのか。
まず初めに、この学院の生徒は格闘学部よりも魔法学部の方が所属人数が多い。これは魔法学院に入学する以上、魔法を学びたいと考える新入生が多いからだが、今回のイベントでは確実に格闘学部が優位であろうと考えられる。少なくとも、魔法二人よりは格闘二人の方が戦いやすいだろう。
その分魔法学部の生徒はこの催しに対して消極的かもしれない。多数派に対して参加意欲の削がれる要素があると言うのは、確かに見逃すことが出来ない事実かも知れない。
そして、バトルロワイヤルというルール上、盾役よりも攻撃役が優先されるだろう。
格闘学部にはパーティの生存性能を上げるために格闘学部を専攻する生徒も居るので、格闘学部の中でも盾役というのは結構な割合を占めている。それを考えると、重戦士科のような遅い盾役は組んでくれる人がそう多くはない可能性もある。
極め付けにもう一つ。ある意味これが最も重要かもしれない。
私のように“対人戦闘その物を疎ましく思う”プレイヤーというのは、声を上げないだけで結構な人数が居る。元々対魔物戦闘が主体のこの学院では、それも結構な割合になっていると予想される。
人に攻撃されるのが嫌いな人が、優勝すればいい物が貰えるからと言って格闘技の大会に出る事は無いだろう。似たような物だ。
……もしかして今回のイベント、私が考えていた以上に盛り上がらないのか?
「そもそも、学院外からも参加者が居るって話も、ポイント稼ぎの難易度を落とすための措置である以上に、わたしは賑やかしなんじゃないかと思ってるんだよね」
「……なるほど。それは理解できましたけど、具体的にどうやって他の呪術科のレートを調べるんですか?」
「わたしがいろんな人と試合に参加して、呪術科とマッチングした試合を全部記録してけばいいんじゃない? それと、全員呪術の考察を上げてる人なんでしょ? 試合が始まったら自分のレートくらいどっかに乗せてるだろうから、その数段下くらいを目安に狙っていけば絶対何回かは当たるはず」
私はティファニーの話を聞いて、少し考え込む。
……いかんな。いくつか反論も思い付くが、ほぼ難癖にしかならない。
そのくらい、彼女の意見は的を射ていると言っていい。
確かに学院全体から見れば、参加者自体少ないと考えられる。その上、おそらく生徒の少ない時間に参加した方がレートは上げやすいだろうから、レートを気にする生徒はそういう時間に参加するだろう。連中もお互いに実力を競い合っているのだから、その程度の小細工はしてくるはず。
つまり、狙って特定の生徒と遭遇する確率は、今回に限って言えば確かにかなり現実的な条件と言えるだろう。“こちらの実力が上”である限りという制限は付いては居るのだが。
もちろん実際にどうなるのかは始まってみなければ分からないし、そもそもこれ自体予想を根拠に組み立てた予測でしかない。
しかし確かに、ティファニーの話が“尤もらしい”のはその通りなのだ。話し合いに厳密な論理性を持ち込むと、未来の話が一切できない以上、その性質は何より否定しにくい。難癖を付けて逃れようとしてもいいのだが……。
「……そもそも、同じ試合に参加する必要があるのでしょうか?」
押し黙った私の隣で、そんなことを口にするコーディリア。
そう。私は指摘しなかったが、彼女の言葉は確かにその通りだ。
ティファニーはどうしても直接対決で決着を着けたいらしいが、そもそも連中の勝負方法も、最終的なレートの結果や戦績、ランキングの上下であろう。直接的に戦った結果を期待しているわけではないと思う。
もちろん直接対決があった場合は、その結果で勝ち誇る者も居るだろうけれど、最初からそうなると考えているわけではないはずだ。
私がなぜそう言い切れるのかというと、実は生徒同士はいつでも模擬戦が可能だからだ。学院に申請すれば一対一でも五対五でも、ある程度自由なルールで戦えるようになっている。
今すぐに実行できるそれを行わないという事は、おそらくだが手の内を理解しあっている呪術科同士の決闘では本当の意味での呪術の実力は測れないと考えているからなのだろう。
私もその点は賛成だ。
そんなことをしても、装備の状態異常耐性をどこまで高められるのかと、詠唱破棄と発動速度、照準精度の勝負にしかならない。はっきり言って、読みが当たれば誰でも勝てるじゃんけんの様な物だ。
まぁ、その条件で何度もシーラ先生には負けているので、何事にも例外はあるのだが……。
コーディリアは不思議そうな表情で口を開く。
「ランキングでトップを取れば、自然とサクラさんが一番だと理解できますよね?」
「……いや、トップは流石に無理だと思うけれど」
コーディリアの、何というか若干呑気な発言を耳に入れ、私はそれを否定する。
何をどう考えているのか分からないが、私は合宿で偶然相手の状態異常耐性の穴を突いて上位に入っただけで、そもそも中級の実技試験では相応に低い……いや、実力以上の結果を出しても、それでも上位陣には敵わなかったのだぞ。別に私個人は特別な実力があるわけではないのだ。
しかし、この場に居る人数は三人。
そして、反対意見を持っているのは私一人しかいなかった。
「うん。それも同時進行できるから、そっちも狙ってみようか」
こうして、やや強引な話で私の試合への参加は決定されたのだった。
まぁ私に急ぎの用事があるわけではない。予定も研究を進めるくらいしかやる事がないので、学院生活を楽しむという方向で考えれば悪くはない選択肢なのかもしれない……かな?
本日は二話更新……ではありません。少し更新が空いてしまい申し訳ありません。
次の話までは出来上がっているのですが、明日以降に更新させてください。後、この話も後で大幅に手直しするかもしれません。申し訳ない。




