第212話 噂の出所
こちらは本日二話更新の後半です。
ブックマークから最新話に飛んだ方は前話からお読みください。
私が捕まえた少年の名は、トラビス・クニフサ。
どうも私に遠慮して上手く話が出来ないようなので、授業の予定をキャンセルされて私に連行された彼は、今、三人の女子生徒の前で顔を青くしている。あっさりと白状してくれたら、こんな事にはならなかったであろうに。
ちなみに私以外の面子は、暇そうだったティファニーとコーディリアの二人。
ロザリーはリサに確保された後だった。今は仲良く格好の良い武器の相談でもしていることだろう。まぁリサの大斧は、状態異常の蓄積で威力が増す事を除いても、間違いなく回避型の敵に当てづらいからな。おそらく試合にはもっと小振りな装備で挑むことだろう。
渡り廊下のテラスという絶妙に目立つ場所で、星空の下、月光よりも青い顔をしている彼は怯えた様に視線を左右に振っている。助けでも求めているのだろうか。廊下から見ても三人の女子生徒に言い寄られている風にしか見えないだろうけれど。
……それに、私とコーディリアに関しては全くその気はないのだが、もう一人はそうとも言い切れないし。
若干いつもよりも良い笑みのティファニーは、彼に視線を合わせるようにしゃがみ込むと優しく彼に問い掛ける。
「それで、呪術科が試合で何をするのかな?」
「えっと、それは……」
トラビスは僅かにこちらに視線を向けると、すぐに逸らしてしまった。
その様子と今までの態度を見れば、彼が口にしたくない理由は明らかだ。それが分かっているからこそ二人を呼んだという事もある。
どうにも私に聞かせたくない話なのは間違いないらしい。そうでもなければここまで私に怯える必要はないはずなのだから。
少し有名なだけの私を同じ呪術科の生徒が恐れる理由がどこにあると言うのか。
「……そうでもない気がしますけど」
私の呟きに対して、コーディリアはそんな不思議なことを口にする。
まぁその点についてはどうでもいいのだ。対処は一応考えてあるのだから。
私はこっそりとコーディリアとの通話を繋ぐ。予め話を通してあったコーディリアは、僅かな着信音も漏らさずにそれに応答した。
本来こういった音声通信は対象者同士の声しか伝達しない仕様なのだが、実は周囲に通話内容の聞き耳を許可したり、逆に周辺の音声を拾ったりと様々な設定ができるようになっている。
今回は周囲の音を拾う様に設定した上で、コーディリアに通話を繋がせていた。
私は通話をしたまま魔法の書を隠し、怯え続けるトラビスへと視線を向ける。
「私に直接聞かせたくないような内容なら、少し離れています。それで話してくれますね?」
「え、えと……」
私はそれだけ一方的に告げると、トラビス少年の返事を待たずにテラスを後にする。共犯であるコーディリアからは若干の非難の視線を向けられたが、私は何も悪い事はしていないし嘘も吐いてないのだから堂々としていよう。
私は“話しにくいなら離れている”と言っただけだ。話を聞かないとは一言も言っていない。
私が通話状態のまま廊下へと出ると、僅かに少年の息遣いが届いた。どうやら安堵のため息らしい。
話を聞き出す担当であるティファニーは、その心の隙に付け入る様に関係のない話題を振る。
「君はサクラちゃんと会うのは初めて?」
「あ、はい、そうです……いきなり教室で話し掛けられて、びっくりしました」
「まぁ急に(あんな美少女に)話し掛けられたら驚くよね」
「あはは……」
トラビスは流石にティファニーの事は知らなかったのか、私が離れただけでその場は一気に和やかなムードへと弛緩する。
まぁ私の場合、いつもの五人組よりも幼女組での知名度の方が高いからな。ティファニーやロザリーを中級生である彼が知らないのも無理はない。そして顔が知られているかもしれないコーディリアは、やや離れた所で見守る構え。基本的に二人だけで会話は進行し、そこにコーディリアが混ざる事はない。
おそらくだがトラビス少年はティファニーの事を、“自分と同じようにサクラに使われている生徒”だと考えているのだろう。どこか同情の様な気配を感じる。
むしろ向こうから寄って来た過去があるわけだが、何でも正直に話す必要はない。良い方に働くのなら勘違いしたままでいてもらおう。
しばらくは彼を安心させるためなのか、ティファニーは他愛のない会話を繰り返す。
呪術科に入った理由や、いつも一緒に戦っている生徒、果ては挑戦して失敗した課題の内容まで。個人的には極めてどうでもいい内容なのだが、確かにその反応はティファニーに対するトラビスの心象が変わっている事を感じさせるものだ。
徐々に話し方の硬さが取れて行き、親し気に、そして楽し気に。
……私からすると、いつものティファニーはどこに行ったのかと疑問に思ってしまう様子だが、どうやら彼女も相手によっては普通に接することもできるらしい。
見た目が少年だからだろうか。流石にセクハラはしていないようだが、彼女の笑みが不安と共に頭から離れない。
ティファニーについて何も知らない様子のトラビスは、どうやら幼馴染と一緒に入学し、支援役としての役割を果たすために呪術科へ。最初はその呪文性能の悪さに転科も考えたが、呪術科の先輩の教えを受けて中級まで進むことが出来たらしい。今では幼馴染を支えるために立派に戦えているそうだ。
ちなみに先輩という存在に私は当然入っていない。後輩の指導なんてした覚えは一切ないのだから当たり前だ。確かに授業はやったことがあるが、あの時は私に呪術科の後輩など一人も居なかったしな。
そんな、今後一切使う予定のない知識を適当に聞き流しながら、私は反対側のテラスで腰を下ろす。今宵の夜風は少しばかり冷たく感じる。この常春の学院にも一応四季は存在するのだろうか。
会話をしている二人は私が盗聴なんてしているとは一切思っていない様子で、ティファニーなんて私に蹴られただとか踏みつけられただとかを楽し気に語っている。それを聞いたトラビス少年はティファニーの様子から流石に冗談、もしくは大袈裟に語っていると思っているようだが、本当に蹴ったり踏んだりはしているし、何より彼女が楽しんでいるのも事実である。
流石に下着を覗き込んだなんて話はしていないので、確かに傍から聞くと冗談に聞こえるかもしれないな。
それからもしばらく笑い話が続き、場が十分に温まり、そして時間も過ぎた所でついにティファニーが本題を切り出す。
『あ、長々と引き留めちゃってごめんね。それでさ、呪術科で何かやるって結局何の話だったの?』
『あ、えっと……』
『もちろんなんか不味い話なら適当に誤魔化しておくよ。……自信はないけどね』
『そう言う訳じゃないんです! けど……』
『けど?』
そうして彼女の巧みな話術に引っかかった彼は語り出す。
しかし、やや躊躇しながらもぽつりぽつりと語ったトラビスの話は、私にとって極めてどうでもいい話であった。
呪術科には数える程しか生徒がいない。合計すると流石に五人は超えているらしいのだが、それでも二桁には達しない。今はその程度の人数だ。
そんな中で一番有名なのが、まず間違いなく私。学院主席も、現在はアリス達に抜かされたが取っていたわけだし、それ以外でも意外に知名度は稼いでいる。シファからのインタビューもアップロードされて公開もしたし。
しかし、その下は団子状態になっている。そして私が疎かにしている後進の育成に対して、その誰もが熱心らしい。
数少ない呪術科の新入りであるトラビスはその内の三人の先輩に捕まり、彼らの有難い教えを受けたという。もちろん同じ呪術科の生徒なので、助言自体はそう的外れな話ではない。それどころか大変有用らしいのだが、流石に別々に三人もの助言を受ければ重複する内容も増えていく。
それを彼が控えめに指摘すると、何とも大人げない話であるが、端的に言って呪術科三人の喧嘩へと発展してしまったらしいのだ。
一人が呪術の検証ブログの管理人、一人が呪術検証の動画作成者、もう一人はSNSでしか情報を発信していないが、現在の呪術科の次席となっているらしい。
呪術科としては私が未だにトップにいるため、中級試験の内容では今一つ決着がついた感じがせず、シーラ先生が筆記のみでの合格を認めてくれないため、私以外に上級となった生徒もいない。しかも全員が私の合宿での活躍を耳にしてから、検証のために同時期に転科した生徒だ。
つまりほとんど上下関係はないと言っていい。
その上、呪術の検証についての情報の拡散と速度について前々から意識し合っていた三人でもある。コメントやリプライでも“○○で見た”なんて散々お互いに書かれ合っているそうだ。
そんな状況に火種を放り込んでしまったトラビス。ただの後輩でしかない彼にはどうすることもできず、先輩達が次のイベントで“呪術科の最強”を決めると言う、極めてどうでもいい喧嘩が広まっていくのをただただ見ているしかできなかったのだとか。
私はそれを聞いて一つの情報を思い出す。そういえばあったな。呪術の検証サイトなんて。
私は学院の掲示板の、成績優秀者の公表で知ったのだったか。立ち上げ当初しか見ていなかったが、あれって未だに続いているのか。あの頃の内容は全部私の後追いだったのだが、今は多少独自研究も行っているといいのだが。
私が小さく息を吐くと、それが通話口から聞こえたのかコーディリアは小さく笑う。……二人にはこんなことに時間を取らせてしまったことを謝らなければな。
私がそう考えてベンチから立ち上がると、ティファニーが話を続ける。
『その人たち、サクラちゃんより上だって言ってるんだ』
『そうなんです……それもあって少し』
言いにくかった。トラビス少年がそう言い終わる前に、ガシャンと何か大きな音が入る。どうやら向こうで何かが倒れたようだが、音だけでは何があったのかを理解することはできない。
しかし、誰が倒したのかは続く言葉で察しがついた。
『そんな人達には、身の程を弁えてもらわなくちゃね』




