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第211話 試合の噂

 鎖の巻き付いた人形は、身動ぎもせずにただじっとしている。

 私は魔法の書に書きこまれていく内容を読み取り、制作した邪法の効果を確かめる。思っていたよりも強くはないが、面白い効果であるのは間違いない。これはできるだけ早めに、試射場だけでなく実戦で試してみたい。使い勝手の面でも可能な限り調整しておくべきだろう。……偶然出来上がったこの魔法が、私に改良できるか否かはともかく。

 近い内に、私と同じく魔法の調整をしているコーディリアでも連れて魔法世界にでも行ってこようか。


 私がそんなことを考えていると、背後で鉄製の引き戸の重々しい音が響く。突然の来訪者に内心首を傾げる。まさかここにまで来客が来るとは思っていなかった。

 がりがりと床を削るような音に首を傾げて振り返れば、そこには見慣れた女が立っていた。


「ちょっと時間いい?」

「何か用事ですか? こんな場所まで来るなんて珍しいですね」

「用事ですか、じゃないわよ」


 私しかいない試射場に、つかつかと足を踏み入れたのはリサだ。

 実を言うと彼女、いつもの面子の中では一番私と会う機会が少ない人物なのだが、今日は何か約束でもしていただろうか。いつもならばこんな場所にまで来ずにメッセージを送ってくるはずなのだが。


 ちなみに彼女と私の関わりが今一つ薄いのにはちゃんと理由がある。

 リサに私達以外の知り合いがいるのはもちろんだが、どうやらそれ以上にロザリーと一緒に居ることが多いようなのだ。今でも武器の素材集めなんかを二人でやっていることも多い。

 最近の私は学院でまでロザリーと一緒に居ることが少ないので、結果的にそこと一緒に居る事の多いリサとの関わりが薄くなっているのである。

 そういう事情があるので、特別に仲が悪いとかそういう話ではない。微妙に嗜好が合わないのは何となくお互いに感じ取っているが、逆に言えばそれだけである。


 彼女は私の前まで歩み寄ると、一枚の貼り紙を取り出した。そしてそれを私の顔の真正面へと突き出す。

 私はその光景にリサとの初対面の時を思い出したが、彼女が口にしたのは思い出話ではなく未来の話。


「これよこれ。一緒に出ないか一応聞きに来たのよ」

「……ああ、あなたは好きそうですよね。私は今の所出る必要がないと考えていますけど」


 決まっているだろうとばかりにそう語るリサ。彼女が私に見せた紙には、次のイベントの詳細が書き込まれていた。少し前に寿司屋でも話題になった例の試合の詳細だ。


 私は目の前に突き出されたそれを受け取り、書かれている内容を簡単に確認していく。

 そこには前々から告知されていた試合の日時や詳しいルール、注意事項や賞品についても書かれている。いつの間にか発表されていたらしいが、そこに私の心を動かすような記述は特にない。


 リサは私の反応を予め予想していたのか、断っても特に表情を崩さなかった。


「ふーん、そ。まぁ予想はしてたけど一応ね。あんたが参加しないなら装備は新調しないといけないだろうから、最初に確認したかっただけ」

「ああ、そういえばそうですね。“お礼”があるなら考えてもいいですよ」

「そこまでの話じゃないわ。まぁ、一方的に嬲るのが好きなあんたには向かない競技でしょうしね」


 よく分かっているじゃないか。リサのやや皮肉染みた言葉に私は適当に頷いておく。

 実際彼女の言葉はある程度その通りだ。一対一、五対五なら考えなくもないが、ほぼ全員敵同士のバトルロワイアルではな。


 そもそも私は対人戦闘は嫌いだ。遥か昔にやった記憶のあるボードゲームでも、絵筆と対戦するより弱めのボットと戦う方を好んでいた記憶がある。勝率は高ければ高い方がいいし、負けるかもしれない戦いよりは確実に勝てる勝負が好きだ。

 それと同時に刺激がないことを疎んでしまうのだが、それはそれ。勝率が安定しない上に、死にゆく様をゆっくりと観察できない対人戦闘など、相手から何かを学べる機会でもない限りやりたいとはまったく思わなかった。


 そう。続く彼女の言葉を耳に入れるまでは、次の催しについて私は何の興味も抱いていなかったのだ。


「何か呪術師がどうだかこうだかって話があるけど、その様子じゃ興味もないみたいね」

「……呪術師? 一体何の話ですか?」


 リサは私が返した紙を受け取ると、そんな意味深な言葉を口にした。

 私は完全に予想外の単語が耳に入り、思わずそのまま聞き返す。


 試合の事前告知がされてから一週間近く時間が経過しているが、呪術師なんかが話題になっているのを私は見たことも聞いたこともない。対人戦において特別な性能を持っているのは確かだが、今回のルール上特別に“強い”わけではないと思うのだが。


 私の反応がどうにも怪訝そうなのを見て、彼女は少しだけ目を見開く。どうやら私が把握していないとは思っていなかったらしい。

 彼女のその間抜け面は、いつもの意志の強そうな表情と違って一種の好感を覚える物ではあるのだが、そんな事よりも今は彼女の言っている話の詳細が気になっている。


 私が視線で話の続きを促すと、彼女は小さく口を開いた。

 尤も、そこに求めていた内容はなかったのだが。


「私も詳しく知ってるわけじゃないけど、何か呪術師の最強を決めるとかなんとか言ってる人が結構いるわよ」

「……何ですか、それ」

「いや、だから詳しくは知らないんだってば」


 困惑気味のリサを前に、それ以上に困惑する私。

 呪術師の最強とは何のことだ。いや、今は私以外にも呪術師は居るし、私一人ではない以上、呪術師の中にも最強とそれ以外が居るのは理解できる。それは理解できるのだが、なぜそれが次のイベントで決められることになっているのか。

 先程の用紙に書かれていた内容を思い返してみても、特にそれらしい内容は書かれていなかったはずだ。例えば、学科毎に報酬や順位を出すなんて話になっていれば分からなくもないのだが、それも特になかったと記憶している。


 リサは本当にこれ以上何も知らないようだし、ここに居てもその詳細を聞き出すことはできないだろう。

 私は実験の後始末を手短に終わらせると、彼女と共に部屋を後にする。


 道中でどういった噂なのかを聞いてみても、彼女も人伝(ひとづて)に噂を小耳に挟んだだけのようである。


 つまり、いつもの面子とは特に関係がない所で広まっている話のようだ。

 道理で私が知らないわけである。何せ私とコーディリアはいつもの面子に頼ってばかりの学生生活だ。他に交流関係はほとんどないと言っていい。強いて言えばレンカ達くらいか。あそこもあそこで特殊な場所なので、噂なんて情報を求めるには頼りないし、そもそも私達は研究会の会員と言う訳でもない。

 そんな私達に比べると、ロザリーとティファニーは外にもしっかりとしたコミュニティがあってそこに所属しているようだが、あれは完全に“似た者同士”の集まりなので話題が固定されているはずだ。


 つまり、私達の中でまともな他の生徒との接点を持っているのはリサだけなのだ。

 私達に噂話なんて物を持って来てくれるのは、彼女一人という事になる。世情に疎いとはこういう事か。


 しかしそんな彼女も、それ以上は本当に何の情報も持っていないらしい。そもそも呪術師の話題なんて彼女に直接的な関係はないしな。


 そんなリサと別れ、私はとりあえず教室棟の地下へと赴く。

 ここならば何かしらの情報が得られるのではないだろうかと思っての行動だったのだが、改めて考えればもう少しいい場所があったように思う。まぁ結論を語れば、完全に当てが外れた訳ではなかったのでもうどうでもいいのだが。


 最早懐かしい感覚すら覚える教室の前まで来ると、丁度前の授業が終わったところだった。今終わった授業は死霊術。この次の授業が呪術だ。

 どうやら時間はばっちりらしい。中級の授業を受けていたのなんて私の主観では遥か昔の出来事なのだが、意外に時間割を覚えているものだな。


 私は教員室で散々顔を合わせていた死霊術教員に挨拶をし、三人しかいない生徒の背中を見送る。死霊術も中々マイナー寄りの学科なので、人数は少なめだな。

 そんなやや失礼な事も考えてしまったが、そもそも“今中級の授業を受けている生徒”という母数を知らないので、本当にこの人数が少ないのかは分からないなと即座に考えを改める。もちろんいずれにしても私には関係のない話なので、どちらでもいい話だが。


 今はもっと重要な事があるのだ。

 この学院の休み時間は短い。長い上に複数の内容が連続する授業時間と比べると、ほとんどないような物と言っていいだろう。

 そのため授業に遅刻しないようにする場合、次の授業が終わった時には使う教室の前の廊下に待機していた方がいい。


 もちろんティファニーのように遅刻する生徒も居るには居るらしいが、現在中級の授業を受けている数少ない呪術師は、中々に意識の高い真面目な人物であったらしい。


 私は扉に消えて行きそうな後姿を見て、小さく声をかける。


「ねぇ、少しいいですか?」

「ひっ! あ、え、な、なに、ですか……?」


 微かな悲鳴と共にこちらを振り返った彼は、確かに胸に私と同じ学科章を付けている。こんな地味な学科章をファッションでつける生徒は居ない。授業前の教室に入ろうとしている事から考えても、この少年は呪術科の生徒で間違いないだろう。


 私は拳一つ分だけ高い少年の目を覗き込み、端的に問い掛ける。


「次の試合、呪術科で何かをすると聞いたんですが、あなたは詳細を知っていたりしませんか?」

「えっ、なんで……」


 彼は私の問いに対し、確かに“なんで”と口にした。

 それは私に“なんでそれを知っているのか”と問い掛けていると、そう考えていいのだろうか。


 呪術科の生徒として一応私の事は知っているらしく、少年は緊張、もしくは怯えている様子だが、流石にこの場面で“どうして自分に尋ねるのか”とは返さないだろう。

 何せこの場にはまだ教員、シーラ先生も到着していない二人きりだ。私が疑問を抱いたら、まず最初に尋ねるべきは彼だけである。


 そして、何の事だと聞き返すわけでもなく、知らないと否定するわけでもない以上、彼は何かを知っているに違いない。私はそう決め付ける。


「知っていること、教えてもらえませんか?」


 私が彼に一歩近づくと、名も知らぬ少年はなぜか身を守る様に小さく半歩後退(あとずさ)るのだった。



 本日二話更新の前半です。

 次話が投稿されていない場合、再読み込み等をお試しください。

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