第203話 神格と対策
咆哮を終えたナマズは一度水面へと潜ると、大きく飛び上がる。
しかし予測される落下地点には誰も居ない。そのまま直上へと跳び上がっただけだ。
彼は私達が見上げる中くるんと上空で一回転をすると、大きな口を開けていた。
直後、薄い金属が弾け飛ぶ様な独特な音を響かせて、強い青白い光が視界を塗り潰す。パキパキという軽い音と共に発光は一瞬で終了したが、私達は目の前の光景を見てその動きを止めた。
回転したナマズの口が向いていた直線状に、幅3m程の氷の柱が立っているのだ。どうやら口から放たれたあの光が、一瞬にしてこの沼の水を凍り付かせたらしい。
唯一それを免れた部分は、彼がその光を直撃させたリンの周囲だけ。大きな盾が凍り付いた代わりに、足場やリンには被害が出なかったようだ。
しかし、ナマズの攻撃はそれだけでは終わらない。
上空から重力に引かれて落下を始めると、再びぐるんともう一回転してナマズは尾を自ら作り上げた氷へと振り下ろす。刺々しいそれを叩いても、もちろん痛がるなんて事はしてない。
叩くと同時に足元を伝わって響く衝撃。それに合わせて直線状に連なっていた氷が一斉に砕け散る。
直撃を受けたリンは無事かと意識を向ける前に、私は視界を塞ぐ必要があった。拳大、いやもっと大きな氷の塊がこちらへと向かって飛んで来たのだ。
それをなんとか傘で防ぐ。氷の破片は傘布に刃を突き立てたが、骨組みが軋むばかりで穴が開く事すらない。ロザリーの設計のおかげで意外に防御性能が高いこの傘は、私の体力を多少削りつつも即死なんて状況をしっかりと回避させる。
流石にこれ以上の追撃はないだろうと踏んだ私は、腰から緊急用の薬を抜くと口に含んでから傘を上げて戦場を確認する。
リンは無事だ。一番死ぬのではないかと思っていたが、何とか堪えたらしい。問題のナマズは、尾を氷に叩き付けた後はそのままの勢いで後ろの水面へと吸い込まれていった。
ベルトラルドも人形に破片を対処させたため、特に何ともないようだ。この中で一番元気だと言っていいだろう。
最も遠く離れた位置にいるウタミヤは、何事もなかったかのように演奏を続けている。呑気にも思える状況だが、彼女がああしていなかったら被害は更に甚大な物となっていただろう。
つまり、犠牲者は一人か。
私はこちらに吹き飛ばされて倒れたままピクリとも動かないティファニーに駆け寄ると、魔法の書から復活薬を取り出し、それを彼女のお腹へ突き刺す。大技を受けても彼女以外は無事なようで安心した。
針が刺さるのと同時にティファニーの四肢が跳ね上がる。
「痛っ、痛い痛い! 初めてこれ受けたけど本当に痛い!」
「注射は嫌いですか?」
「サクラちゃんの注射なら何でも気持ちいい、やっぱこれ痛いよ!」
注射器型が主流なこの復活薬、生徒の間では“痛い薬”として有名だ。
死亡判定の生徒は薬を飲み込んでくれないため、注射器型が最も効率良く使えるという実用性から来ている形なのだが、なぜかこれが痛い。魔物の攻撃とか生徒同士の争いとかそういう痛覚にはかなり鈍い体をしているはずなのだが、これだけは明確に痛いと感じる。
痛覚設定を特に弄っていない場合、まず間違いなく誰でも声は出るだろう。私は初体験の時、受けるまで一切動けない恐怖もあってちょっと泣いた。
まぁすぐに動き出せるようになのか、痛みは長続きしないので少しの間我慢すればいいだけなのだが。
地味に長い復活時間を終えて、ティファニーはすくりと立ち上がる。
味方の蘇生行動は敵意を買いやすいのだが、ナマズは大技の後からあまり積極的に動こうとはしなくなっている。さっきまで鰓の部分が光っていたので、あれがあのビームの発動の予兆なのだろう。
……あんな大技、予兆もなく何度も使われたら大問題だ。こっちの回復が間に合わなくなってしまう。
今の攻撃だってビームを受け止めたリンの体力をティファニーが回復魔法で補った結果、次の攻撃で彼女が死んだようだし。回復魔法を使っていなかったら、死んでいたのは逆だっただろう。
そんなティファニーは姿勢を低くして目一杯弓を引くと、地面を擦る様に矢を放つ。
低い位置から斜め下方向へと放たれたはずの矢は、突然羽を広げて上空へと飛び上がった。
この矢は見ての通り魔法の矢だ。属性は風。鳥の形になって敵を自動で襲うという、命中率に自信のあるティファニーはあまり使いたがらない魔法である。
上へ上へと飛んでいた矢は、ついに後方へと一回転して落下を始める。その直後、突風に煽られたように矢は加速。動き回るナマズの方へと僅かな方向転換をした上で、目視が難しい程の速度まで到達する。
「……うーん、これ勝てなくない?」
私には目で追えない速度であった矢の軌道を、しっかりと見ていたらしいティファニー。彼女は、直撃したはずのナマズを閉じた目で確認して首を傾げる。
彼女だけでなくリンも光る鉄球でナマズの頭蓋を叩いていたのだが、私も魔法視で見て見ると赤いオーラは一切減っていない。
攻撃を一切受け付けている様には見えないのだ。より正確に言うと、受けたはずのダメージを受けてないといった方が適切か。物は試しと私の呪術も使ってみたが、影響力が加算される事はなかった。
何とも不思議な現象だが、私にはこれに一つ心当たりがあった。
「……これ、神格ですね。ここまで普通に攻撃が通ったので忘れていましたけど、“本当は”人間は神様を殺せないんです」
「何それ? どういう事?」
私の予想を聞いて、ティファニーは疑問を返す。尤も、彼女に詳しい話をしてやる必要はない。彼女もそれを望んでいるとは思わないし。
私はいつ使うかと若干頭を悩ませていた薬を、再びアイテム欄から探し始める。こいつは材料費がダメージ薬以上に高いので、気楽に使えないのでついつい出し惜しんでしまう。こういう時でなければ使う機会もないだろう。
神格とは正しく格だ。
これを持つと、同格やそれ以上からしか直接的な影響を受けなくなる。例え神様に人間が刃物を向けて斬りかかったとしても、刃物が当たった所で怪我はしない。もちろんそれが原因で死ぬこともない。
本当は人間は神様を殺せない。これについては色々と抜け道はあるのだが、私はその内の一つを持っていた。
もう一度魔法視に集中すると、ナマズは私の与えた悪性状態異常以外に、一つの良性状態異常を受けている事が分かる。
その色は、確かに私が一度見た事のある物なのだ。それを見たのはあの村での出来事。つまり、私が初めて神を殺した時と同じ手段で解決できる。
……まぁ、今回はそうせずとも時間経過で神格が落ちて行くとは思うが、あのビームが怖いので早めに殺すことに越したことはない。
私は魔法の書から取り出した薬を隣に居たティファニーに渡す。それはいつかシオリの酒に混ぜたはずの隠し味と同じ薬だ。
「これがあれば神格を、あの無敵状態を解除できます。非常に高いので、外した場合は一本分の材料を提出する事」
「……もしかして、責任重大だったりする?」
「ええ。でも、私よりは適任でしょう」
彼女は微妙な表情でそっとその薬を受け取ると、ちらりとこちらを振り返ってからガラスの様な水面を駆け出した。
交戦を続けていたリンとベルトラルドも、どうもナマズの様子がおかしい事に気付き始めたらしい。
一向に減る気配のない体力と、見た事のないバフを見れば誰だっておかしいとは分かるが、意外に前衛は魔法視に集中する事がないので早めに気付いてくれて助かった。あれに魔法で攻撃を続けるのは魔力の無駄だ。
やや消極的に行動するようになった二人を見ていたわけではないだろうが、突然ナマズが攻撃を開始する。その鰓は少しずつ光を取り戻しつつあった。
人形がナマズの突進を受けて派手に吹き飛ぶ。
戦闘中に壊れたりはしないはずだが、あれだけ派手に飛んで行くと見ていて不安になる光景だ。一見するとかなり華奢に見えるのも、受け身を取ろうとしない様子も、その印象に拍車をかけている。
人形の心配をせずに自分の安全を優先するベルトラルドの横を抜け、ティファニーはナマズに向かって足を動かす。
そして、右手に持っていた薬を大きく振りかぶって、投げ捨てた。人形に構っていたナマズは避ける事もなく、それを受け止める。
音を立ててガラス瓶が割れ、中から薬液が飛び出す。やや過剰な量になっているそれは、鱗のない黒い体に降り注ぐ。
その直後、リンの鉄球がナマズの顔面にめり込む。それを受けてナマズは派手に吹き飛ばされたのだった。
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昨日は更新を突然休んでしまい申し訳ありません。昨日の分、明日は二話更新となります。




