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第199話 鉄槌

 リンの説得を終え、目的地の手前まで進んだ私達。背後から来る魔物とこちらに気付いた魔物をあしらいつつ、目の前の惨状をじっと見つめる。


「何をしてるんでしょうね、こいつら」

「……不明。穴掘り?」


 私達の目の前には、ガシガシと地面を殴り付ける魔物の集団が見渡す限りに広がっている。どうもこの彼岸花の生えていない円形の地形に何かがあるようだが……。


 一見すると、円形に何かが地面に埋まっていて、ここに集まった魔物達がそれを掘り返そうとしている様にも見える。

 その範囲から外れてしまった魔物は何とか円の中に入ろうと突撃し、そこから押し出された魔物は、こちらに気付くこともなく再び件の地面に向かって押し進んでいる。


 偶々弾き出されてこちらに視線が向いた魔物しか襲ってこないこの状況は、魔物について多少知識がある生徒ならば誰もがおかしな事であると気が付くだろう。

 魔物とは、彼我の力量に関係せず、基本的に無謀に人間に襲い掛かってくる事が大半だ。寝ているとか食べているとかそういう時は襲ってこない種類も居るが、こうして複数の種類の魔物が集団で人を襲う以外の何かをしているというのは、ちょっと私の知識にはない。

 それも誰かが誘導しているとかそういう風にも見えないのだ。この魔物全てが何かを感じてそこを目指している様な……。


 ……とりあえず、彼らが殴っている地面についての調査をしたい所だが、魔物が(ひし)めくその地面までは、流石に視界が通らない。

 爆弾で吹き飛ばしてしまえばいいかと一瞬考えたが、少し見渡してみた限りどうも攻撃範囲が足りそうにないな。あの爆薬は性質上、魔力が拡散する範囲ならば十分に機能するはずだが、それ以外の範囲には私が一発堪えられる程度の威力しか出ない。

 焼け石に水とまではいかないだろうが、安全に倒し切るには多少足りないのだ。


 しかし他に手段もなさそうだ。ウタミヤの魔法は魔力タンクの関係で一発限り。もう一度使うには学院に帰る必要があるらしい。

 もう一つ替えくらい持って来ておいて欲しいのだが、どうやら沢山必要になるとは考えていなかったようだ。まぁ、そもそも術者を中心とした効果範囲と準備時間の関係で、この状況では流石にあまり有用そうに見えないのも確かだが。


 だからと言って普通に戦う訳にもいかないだろうな。

 物量というのは後衛にとってあまりに驚異的な性質を持っている。前衛は相手をできる数が決まっているので、どうしても接敵しなければならない場面が出てきてしまうはずだ。

 その時最も危険なのは私である。次点がウタミヤ。他は全員囲まれても何とかするだろう。


 ……諦めて帰るとか他の場所から探すというのも選びたくない。

 何せこの場所は明らかに異常だ。ここを調べずに進むなんて事はあり得ない。最悪ここから穴を掘ってでも彼らが何をしているのかを確認したい気分だ。


 ……これでは立ち往生だな。


「……私が何とかしましょう」

「え……本気?」


 私が考えられる手段の粗方を吟味し終えるのと、リンが一歩前へと踏み出したのはほぼ同時だった。正直大した対策が思い付かない私達は、その背中を見て訝しむ。

 とても一人で何とかできる量ではないと思うのだが、それでも何かをするというのだろうか。


「もちろんすべては無理でしょうけれど、目的地に辿り着いていないならここは“道”。道は拓くと、そう言いましたからね」


 彼女は盾を正面へと設置すると、そこから左手を抜いて両手で鉄球の鎖を構える。

 一体何をするつもりなのだろうか。手段の概要くらいは教えて欲しいのだが、彼女は作戦も協力も必要ないとばかりに一人で準備を進めている。私達はそれを黙って見ているしかない。


 そして彼女は、思い切り鉄球を振り回した。

 普段は右手一本で振り回されている鉄球は、それ以上の勢いを受けて一気に加速し、正面に置かれた盾を鎖によって絡め取る。蛇のように巻き付かれた盾は鉄球と共に遥か上空へと昇っていく。


「悪しき者に、鉄槌を」


 じゃららと連鎖的に鎖が鳴り、大きく(そび)える彼岸花を追い越した所でピタリと止まる。

 それは鎖がそこまでの長さしかなかったという話であると同時に、上へと鉄球を放り投げた力がついに重力の加速度に引き戻されて停止した瞬間だった。


 リンは右手を真っ直ぐに上へと伸ばしたまま完全に静止する。盾と鉄球の重さによって体が浮くという様子は全くなく、ピタリと止まった鎖に軽そうに手を掛けているだけだ。


 しかし、鎖が重力に引かれて落ち始めるよりも早く、彼女は動いた。

 上へと投げてからはその勢いのまま、右手で支えるだけだった鎖。それを両手でがしりと掴むと、思い切り前へと一歩踏み出し、背負い投げるように鎖を引く。


 鎖で結ばれたままの鉄球と盾は、自分の質量を思い出すよりも先に彼女の腕力により天の高みから落ちて行った。

 あまりの光景を前に、私はまるで目の前の景色がスローモーションになったかのように見えていた。


 最初に巻き込まれたのは、集団の手前に居た小さな魔物だった。体躯の小さな彼は集団からはじき出されていたが故に鎖の音に気付き、こちらを振り向いていた。

 その眉間に、拳よりも大きな鎖の輪が一つめり込む。


 鎖は眩い光を放っており、その魔物を一瞬にして消し去った。

 そこから直線状に存在する魔物は、リンの腕力によって強引に引き寄せられて棒状になった鎖に潰されて次々に消えて行く。


 しかし、こんなのは彼女の攻撃の前段階。いや、それどころか副産物でしかない。

 彼女の腕の動きに引っ張られたのは何も鎖だけではないのだから。


 鎖に繋がれた鉄球が、鎖に縛られた盾を押し込むようにして地面へと急接近する。それに気付けた魔物もその脅威の鉄塊を前に、ただ茫然と見上げる事しかできない。頭上を守ってもきっと無駄であろう。それはまるで隕石の落下の様にも見える。


 直後、彼女の“鉄槌”が地面へと直撃した。盾の面積分の範囲にいた魔物がどうなったのかは、火を見るよりも明らかだろう。

 余りの力に引かれて一直線になっていた鎖も同時に地面に叩き付けられ、そこから眩い光が放たれる。


 地割れの様に光は瞬く間に拡散し、大きな柱となって天へと昇る。

 その光に巻き込まれた魔物も即座に消滅していった。驚くべきはその範囲。鎖の落ちた直線上はもちろん、盾と鉄球が重なった頭部分が落ちた場所は円形に大きく光が広がり、視界内の魔物を瞬く間に消し去っていく。


 そうして彼女が鉄槌を下した後に広がっていたのは、何もない空間だ。

 ただ地面へと落ちた盾と鉄球、そしてそれらとリンを繋ぐ鎖だけが目に入る。


「……思っていたより片付きましたね。これも神の恩寵。感謝します」


 鎖を引き戻すでもなく、手を胸に当てて小さく頭を下げるリン。


 ……驚いた。これは私の爆薬なんて目ではないな。威力、範囲共に今までの範囲攻撃を大きく凌駕している。

 もちろん通常攻撃なんかではない。まず間違いなく古代魔法だ。聖騎士の古代魔法なんて今まで見た事も聞いた事もなかったが、何なんだこの威力。


 格闘学部はオリジナル魔法が作れない。その分古代魔法が結構な種類あるらしく、その上自己強化や自動魔法に分類されない格闘スキルは驚異的な性能を持っている事が多い。

 その分使うための制約も多いのだが、……それにしたってこんなスキルがあったんじゃ他の学部の古代魔法が霞んでしまうだろう。範囲攻撃では間違いなくトップクラスだ。


 この技が驚異的である理由はいくつかある。最たるものはその妨害のしにくさだろう。

 例えば、私の爆薬は投てき物を弾くとかエーテルの拡散範囲から逃げ出すとかで対処可能だ。ウタミヤの爆音攻撃も、その準備時間の長さ故に対人戦で使えるかと言えばそうでもない。(もちろん一度発動してしまえば音量もあって一方的な虐殺になりそうだが)


 対して彼女の今の魔法、聖騎士の絶妙な耐久性と彼女の重量によってそんじょそこらの妨害行為では止まらないだろう。大変目立つ予備動作は必要だが、妨害可能な猶予時間自体はかなり短い。

 もちろん私を含めてどんな手段を使っても止められないというわけでもないのだが、攻撃特化忍者やら速度重視蠱術師等、絶対に対処不可能な学科がいくらでもいる。

 発動を止められなければあの圧倒的な攻撃範囲から逃れる術は、更に限られてしまう。


 そしてあの威力。

 聖騎士は光属性強化一辺倒で攻撃装備を整えやすいという面は確かにあるのだが、それでもあの威力はおかしい。普通、攻撃が直撃しなかった相手を一撃で葬り去るなんて火力を出せるのは、火力特化の学科だけだ。

 あのレベルの魔物を一撃で粉砕するという事は、光属性耐性1倍の場合、私は最低でも7,8割の体力を持っていかれる計算になる。コーディリアなんかが余波でも受けたらまず助からない。回避型のティファニーも厳しいだろう。


 それを防御と攻撃のバランスが良く、学科全体から見れば防御面に強めである聖騎士がぽんと放つ事が出来るとなると……直接対決はあまり考えたくはない。私は対処法が多い方ではあるとは思うが。


 ……ただの想像だが、もしかすると装備重量、もしくは地面に与えた衝撃力によってダメージと範囲が上がる魔法なのではないだろうか。

 それなら彼女のこの極端な装備にも納得がいく。この魔法を活かすためにというのなら、走れない事を引き換えにしても確かに問題ないだろう。


 リンは私の受けた衝撃等意にも介せず、軽く鎖を引っ張って盾と鉄球を回収する。彼女の細腕で引かれた鉄球は犬の様に彼女の下へと飛びかかるが、彼女は微動だにせずに片手でそれを受け止める。


 ……彼女、私が思っている以上にとんでもない女なのかもしれない。



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― 新着の感想 ―
[一言] 変人=強者 わー…… 古代魔法強い!呪術師に古代魔法ってあったっけ?忘れた。
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