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第198話 問答

 私達は彼岸花の森の中を悠々と歩く。ここに来てからしばらく経つが、いつの間にか日も傾き始め、徐々に空が赤く染まり出している。もうしばらく経てば夜中になってしまうだろう。それよりは早めにけりを付けたい。


 しかし、だからと言って道中でじわじわと増え始めた魔物を適宜あしらう事も欠かせない。この先に魔物が溜まっているという話なので……というか少しその集団が見えているので、魔物を連れて行くとあっと言う間に挟み撃ちとなってしまうからだ。


 それほど時間的な余裕がない私達が、走って森を抜けない理由はただ一つ。

 この中にほとんど走る事が出来ない女がいるのである。私は彼女が背筋を伸ばしたまま悠々と歩く様を横目で観察する。


「……そういえば、さっきの話、お断りします」


 そうして彼女の横顔をどうにか見通せはしないかと考えている内に、一つ思い出したことをつい口に出してしまう。

 そのあまりの脈絡のなさに自分で苦笑をしつつ、私は詳しい話を続けた。


「“二人目の神”を殺せと言いましたよね? その件は一先ずお断りします」

「……」


 リンは足を止めずに隣を歩く私をじっと見つめる。表情が見えないので睨んでいるのか、ただ見ているのかは分からない。

 しかし、確かに彼女は口を閉ざして私を見ていた。


 ついさっきようやく気が付いたのだが、彼女は異様に姿勢がいい。それが巨大な装備品と相まって身長以上の迫力を醸し出しているのだ。

 そしてそれは、極めて当たり前の理由から来ている事だった。


 彼女は体が重い。

 これは身体の重量が装備品によって決定されるからだ。武器や盾の他にも、見えないだけで防具にも重量がある。彼女はこれを使って武器の重さに振り回されない体重を作っているのだろう。そうでなければあれだけの質量体を振り回して自分がすっ飛んで行かないはずがない。

 その過度な重さのために、彼女は重心が傾きやすい。いや、正確に言えば傾いた重心を元の位置に戻すのに大変な労力を要する。具体的には、倒れた後はもちろん起き上がるのに苦労するし、しゃがんでから立ち上がるのも少し体勢を気にする必要がある程だ。


 つまり、あのピンと伸ばした背筋が彼女にとって最も楽な姿勢という事になる。猫背では無駄に背筋を使う事になるのだ。

 本人に自覚があるか否かは知らないが、本人がだらけているというのに威圧感が出るというのも中々に不思議な話である。


「一応、理由を聞きます」

「……逆に聞きますが、あなたは“一人目の神”を見たんですか?」

「いいえ。神は見えずともそこにおられます」

「では話は早いですね。あなたがこれから見る神は二人目ではなく“一人目”だからです」


 私の話を聞いても彼女の呼吸は変わらない。今回は何かに動じるという素振りは一切見られなかった。私が神に対してどういった感覚で居るのかを既に理解しているからだろうか。

 とにかく、話も聞かずに黙殺される事だけは避けられたが、今のままではここの神との“話し合い”の前に彼女に神様をぶん殴られかねない。課題の性質上それは避けたい行為だった。何とかリンをここで言いくるめて、一時的にでも時間を稼がなければいけないだろう。


「言葉遊びでしょうか。あまり得意ではありませんが、付き合う必要も感じませんね」

「なるほど……あなたが信じているのは、どうやら神ではなく自分のようですね」

「……というと?」


 ここまで言われるのは予想外だったのか、彼女の声色がほんの僅かに冷たくなる。


 ……この女の事が少しずつ分かって来たな。基本的に自分を(けな)されても表面上怒るという事はない。自分の信心を否定する話題であろうと、理性的に話し合いには応じる。

 それはきっと、彼女にでさえ神という存在が理解しきれていないからだ。

 彼女はまだ、神に関する情報を欲している。


 ……なんだ。私は彼女に対して圧倒的優位に立てているではないか。何も気にする必要はない。

 私はふんぞり返って彼女の問い掛けに答えてやる。


「あなたの信じる神は生贄を欲しますか?」

「いいえ」

「それは神の言葉ですか? それともあなたの知識?」

「御神の言葉が卑賎なる我が身に届かぬ事を、これほど悔やんだ事はありません。あなたの悪しき言葉に頷く他ないのですから」


 案外柔軟に物事を考えられるではないか。いや、そうだからこそ彼女は神ではなく自分の考えを信じる事にしたのだが。


 鎮守神を()()()()彼女はきっと、神を見た事がない。

 それはおそらくすべての生徒がそうだろう。光の神を見たという情報は、現在ではどこを漁っても見当たらない。闇の神は魔法世界に閉じ込められたので、私やロザリーの様に運良く出会った生徒もいるかもしれないが、光の神が死んだのは現世、つまり学院側である。

 あちら側で学院の島以外に生徒が探索出来た場所と言えば、合宿場の孤島と賢人の問いの二カ所だけ。そこに光の神が居そうかと言えば、そんな事はないだろう。


 だから、きっと誰も光の神を見た事がない。神話や逸話でのみその存在を知るだけなのだ。

 そんな存在を信じているというのなら、それについてはお互いに“何とでも”言える。


「つまり、あなたは本当の神の情報を何一つ知らない。神話の時代から続く伝聞というあまりにか細い糸に頼って、その知識を勝手に蓄えているだけですね」

「そういう側面も確かにあるのでしょうね」

「……では、あなたが信じている神が、この世界に“一人も居なかったら”どうしますか?」

「……」

「勝手に神という存在を思い描いているだけなのでしょう? それがあなたの妄想ではないと言い切れますか?」


 ついに彼女の足が止まる。

 冷たい視線で見下ろされているのは、見えずとも何となく肌で感じていた。


「その程度で私の……」

「神の存在を、確かめる手段はあります」

「……」


 だってここは、神に会える場所なのだから。


「会って少し話を聞けば、あなたが想像している神と同一のモノなのかが分かるでしょう? 私の知識から言えば“神はいくらでも居る”んですから、その中に“一人くらい神が居て”もおかしくないとは思わない?」

「……」

「あなたは、信じる神を探して、選択できるんです」


 自分の発言に内心苦笑する。

 何と不信心な話だろうか。神を試して自分が信じている通りの存在なのかを確認しろと、そう言っているのだ。


 しかし、それが間違っているとは思わない。

 なぜなら彼女の信じる神は常に人と共にあり、それでいて人間とは関係のない領域で存在している。神を信じるとか信じないとかはあまり関係なく、例え私の様に存在自体を疑っていても神自体には特に何も問題はないのだから。


「その上で目の前の存在を信じ、敬うべきかを考えてはどうですか? あなたはこれから一人目の神に会う。これを繰り返し、世界中を探せば、“あなたが考える神”と合致する存在が見つかるかもしれませんよ」

「……話になりませんね。神は我々と常に共におられます。探さずとも……」

「でもそれはあなたの知識よね? 本当はどこかに居て、あなたが悪しき者と断じた数多の神の中に含まれているかもしれませんよ」


 ついに押し黙った彼女は、私の顔をじっと見てからついに深く息を吐いた。


「……あなたの言葉をすべて受け入れたとしても、それでは私が信じている神かどうか確かめようがありません」

「ええ。そうですね。でも、あなたにとって“都合のいい神”かどうかは分かる」

「……」


 対話を諦めたのか、彼女はしばらく黙った後くるりと進行方向を向いて徐に足を踏み出した。


 ……少し焦って話を進め過ぎただろうか。まぁ今ので説得できなかったのなら、仕方ないと諦めようか。戦闘ログも一応データ扱いだから課題に使えなくはないし。


 彼女は変わらず先頭を歩きながら、小さく口を開く。


「何を聞かされようとも私の信仰は変わりません。御神は唯一の存在であり、我が敬虔は変わらずかの方に捧げられるでしょう」


 彼女はそこで言葉を一度区切ると、小さく首を振った。そして少し意外な言葉を続ける。


「ですが、確かにあなたの話は一理ある。私は伝聞でしか神の存在を知りません。その不知によって神を僭称する悪しき者と断じてしまう可能性はゼロではない。それは許されざる不敬であり、万に一つでも可能性はあってはならない。

 ……それが如何なるものであっても、神と称される存在であるというのならば十分に耳を傾ける事にはしましょうか」



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