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第17話 狂喜の実験

 その仕様を見付けたのは偶然だった。

 偶然毒の魔法を乱発していて、偶然ソロで活動していて、偶然呪術師を辞めていなくて。


 思えばこれほど早くこの仕様に気付けたのは、本当に奇跡と言ってもいい確率だっただろう。

 最初の実験の時に毒以外の攻撃魔法を持って行っていたら。パープルマーカーがパーティを制限しなければ。転科届がバグ染みた方法で消えて居なければ。

 そんな小さな偶然が組み合わさってできている、(まさ)しく奇跡だ。


 もしかするともう掲示板には似た話が載っているのかもしれない。他のプレイヤーも既に活用している仕様かもしれない。実際、毒が本当に弱いのか気になったら簡単に気付く仕様だ。

 それでもいい。こうして自分で見つけたからこそ、おそらく私は楽しんでいるのだから。


 起き抜けに麻痺の魔法を二重に食らって、ピクリとも動かなくなった強敵ライバ。

 魔法視で体力を確認すれば、その命の灯火はあまりに儚く揺らめいている。


 あれだけあった実験台の生命力は既にギリギリだ。

 私はすぐに使用できるありったけの攻撃魔法をぶち込んでから、その傍らに歩み寄る。

 もう後は時間が彼を殺してしまうだろう。

 死を目前に、無力な実験体は地に伏して私を睨み上げているが、それはあまりにも儚い抵抗だった。


 それをこうして目の前で事実として認識すると、抗い切れない快感が脳を痺れさせる。ぞわぞわと、熱を持った何かが背筋を震わせる。


 何も出来ずに死んでいく儚い生き物。何と愛らしく、そして魅力的なのだろうか。

 こんな惨めな姿に、いや素晴らしいモノに仕上げたのは他でもない私なのだ。


 私はその快感に堪らずその馬面を踏みつけた。未だ新品同然の革靴が、細い体重に押されて無力な実験体に靴跡を残す。


「ふっ、フフッ、あなた、何も出来ずに死んでいくんですよ? なんて儚い生き物なんでしょうね。美しいわね、綺麗ね……」


 私はそれから何度も何度も無抵抗な不細工面を踏みつける。跳ね返った泥だか血だかが足に纏わりついても気にしない。それどころか私はその事態に気付くことさえしなかった。

 まるでそれを踏みつける度に何か、気持ちのいい何かが頭の中を書き換えていくような、そんな感覚。こんなことされても抵抗しないなんて、どうしてこんなにも可愛いのだろうか。


 思う存分に顔を踏みにじった後に、下あごを思い切り蹴りつける。

 当然私の力では大きな馬の体が動くことはなかったが、それで一旦は満足して私は足を止めた。もうそろそろこの楽しい時間が終わりだと、感覚的に分かってしまったのだ。


 その数秒後、実験台は虚空へと解けていく。

 残ったのは達成感と、ほんの少しの虚無感。もう一度、もう一度だけでいいからあの感覚を味わいたいと、心の底が求めている。


 私は火照った体温を、大きく吐いたため息で一応逃がす。

 しかしぼんやりとした頭はまだあの強烈な快感を引きずっていた。


 ともかく、2体目も討伐完了だ。この調子なら、どんな敵でもハメ殺せるのではないだろうか。


 一瞬そんなことを考えそうになって首を振る。あまり現実味のない事は考えないようにしよう。

 多くの状態異常が素通りすればという、あまりに厳しい大前提があるのだ。そもそも戦略の要になっている、昏睡と麻痺が同時に等倍以上で通る敵はそこまで多くない。だからこそ、こうして強敵相手に戦っているのだから。


 しかしそれは確かに、私一人でも相手を選べば戦える。そういった一面を持った事実でもある。そして何より、激しく動いて敵を討ち倒すよりもこっちの方が明らかに私の性に合っているのだ。


 今の戦いはもちろん、私の攻撃魔法と蹴りで体力を全損させたわけではない。与えたダメージのほとんどは毒の効果だ。


 毒は普通に使うと50秒で敵の体力の1割と言う微量なダメージしか与えられない。もちろんそれでも敵を選べば凄まじいダメージ効率にはなるのだが、削り切るには凄まじい労力が必要になるので、手段として現実的ではなかった。


 しかし、毒の本来の効果はこの程度では済まない。


 毒状態になっている敵に、もう一度毒状態を付与する。つまり影響力300以上の毒を連続して付与すると、何と毒のダメージ量が増加し、ダメージは合計2割を軽く超えるのだ。

 地味に効果時間も長くなっていて、5秒ごとに最大HPの3%を75秒間。合計で45%のダメージだ。

 これだけだけあれば多少は使い道もある。というか、10%に比べれば圧倒的に有用そうに見える。


 しかしこの発見はそれでは終わらない。

 更にそこからもう一度毒状態を付与、つまり影響力700以上の毒を連続して付与すると、毒は破格の性能を実現する。

 毒が3回重なると毒のレベルがもう一段階上昇し、5秒毎に最大HPの5%、効果時間は100秒になるのである。

 もちろんこれがフルで入れば5%の割合ダメージが20回入ることになるため、対象の体力の100%を全損させる。


 つまり毒の影響力を一度に700与えれば、どんな魔物だろうと100秒待っているだけで死ぬのである。

 誰だ毒が弱いとか言い出したのは。恐ろしいぶっ壊れ性能ではないか。


 とはいえ、欠点も多い。

 まず、毒の効果時間が滅多に完全な状態で入らないと言うのが一点。


 私が一度に与えられる毒の影響力は、毒液を使っても200止まり。

 アイテムにも再使用時間ある上に、そもそも一度の戦闘で使える同系統のアイテムには数に限りがある。つまり毒液も無尽蔵には使えない。

 余談だが、これの影響でこの仕様の発見が遅れたと思われる。毒液は毒を与える手段としてあまりに弱すぎるのだ。


 私の場合は、その最大200の影響力を与えてから、“再使用時間+詠唱時間”のタイムラグを置いて次の200点が入る。これで影響力は400。レベル2の毒状態を付与できる計算だ。もう2セット行えば晴れて800、レベル3の毒状態を付与できる。

 しかしもちろんタイムラグが5秒以内に速やかに終わると言うことはない。そしてその間にレベル1の毒の1%ダメージが影響してしまうのである。


 低レベルの毒の時間は返ってこない。

 例えば最初の毒から30秒かけてレベル2にしたとすると、30秒分はレベル1の毒としてダメージを与え、残りの45秒のみがレベル2の毒として計算される。

 当然、想定していた45%はかなり遠くなってしまう。この場合は33%前後だ。


 実際には回転がもっと早いのだが、問題はそれだけではない。状態異常の影響力は戦闘中徐々に減っていく仕様があるのだ。


 戦闘ログを確認していて気が付いた仕様なのだが、例えば毒液。

 これは50の影響力を持っている。しかし2本だけでは無耐性相手に一度も毒状態を与えられない事がある。


 それは2本目を当てるのに時間を掛け過ぎた場合。影響力を受けてから一定時間を過ぎると、徐々に蓄積した影響力が減って行ってしまうのだ。

 例えば、毒液を投げて一定時間を経過させた後にもう1本投げる。すると影響力が99以下になってしまってギリギリ届かない……と言う事態が結構ある。


 この仕様は状態異常全般に当てはまる。毒ならダメージが入らないだけなのでまだいいが、足止め系の麻痺や昏睡は計算が狂うと絶体絶命だ。

 私が今回の作戦で、麻痺と昏睡に安定性の欠ける時限式を多用していた理由の一つでもある。あの2種類は少々再使用までが長いので、のんびり重ね掛けしているとかなりの影響力が無駄になってしまう。できる限り一度に100の影響力を与えるのが効率的なのだ。


 毒を使う分には、後者の仕様は毒魔法の回転の早さと毒液の使用間隔で何とかなるのだが、前者の仕様はかなり痛い。

 どれだけ急いでも、レベル1とレベル2の毒のダメージが入ってしまい、実際にはレベル3で100%を削りきる事はできないのである。


 そのため今回も攻撃魔法や物理攻撃で2割強程度はダメージを与える必要があった。麻痺の時に何度も使っていた攻撃魔法には、当然意味がそれなりにあったのだ。


 強敵の体力を削る必要があるので、私にとってはそれだけでもほぼ全力が必要。格上相手とは言え、全力を出してその程度しか削れないというのも情けない話だが、実は初戦よりステータスが伸びた関係で一回分麻痺と攻撃魔法を減らすことが出来ている。

 幸い呪術師の能力値の伸びは悪くないので、育成を進めればその内あまり気にしなくてもよくなるかもしれない。


 そしてもう一つ。他にも重要なことがある。

 この状態異常のレベルの仕様、何と毒だけではないのだ。


 麻痺と昏睡、恐怖と混乱、そして封印には確認できなかったが、暗闇にはレベルがあるような反応を確認している。どうもこれもレベル3まで上げればかなり有用になりそうな雰囲気だった……のだが、こちらは毒液に相当するアイテムがないので影響力を重ねるのが少々問題になっている。

 そもそも暗闇をレベル3にする労力があれば、おそらく毒のレベル3を付与できる。暗闇を優先する必要は全くないだろう。毒のレベル3が入れば大ダメージが確定している様なものなので、積極的に使う意味は……毒無効のボス相手に入れば、という所か。


 しかしまだプレイヤーに解禁されていない状態異常などいくつもあるだろう。まだ見ぬそれらがどこまで強力な物なのか、レベルに対応しているのか、それによって呪術師の今後が明るくなるはずなのだ。


 ……この仕様、然るべき所で公開したら多少は呪術師の人気上がるのかな。それともライバ殺したくらいで粋がっていると言われてしまうのだろうか。


 ちなみにこの戦法、もちろんスキルスロットがかなりハメ用に埋まってしまう。麻痺と昏睡の特化パーティならいざ知らず、普通に使う分には呪術師だけの個性として主張できるような気もする。

 呪術師はスキルスロットが余りまくるクラスなので、ハメ用のスキルと普段使いのスキルの両立が可能だ。余裕があると言う程ではないが、それでも十分な空きはある。


 私は目の前の結果に満足し、魔法の書に実験の成果と課題をメモしていく。

 この本のメモ欄はかなり広いが、勉強や研究で使った雑多なメモでかなりのページが埋まってきてしまっていた。今度研究用やメモ用のノートを買いに行くべきだろうか。


 私は魔法の書を閉じると、次の実験台を求めて歩き始める。

 とりあえず、毒液とMPの在庫がなくなるまで実験を重ねることにしようか。そう考えると不思議と口角が吊り上がった。



本日二話更新。

切りがいい所まで投稿しました。月曜日投稿しなかったので。

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