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第195話 爆殺

「こういうのは得意だから任せて!」


 私が放り投げた薬ビンを見て、ティファニーは上空に向けて矢を放つ。普通に射ればそれで済む話なのだが、どうにも派手好きというか何と言うか。まぁ時間差で落ちて来るというのならそれでいいのだが。


 綺麗な放物線を描いた薬ビンは、地面に落下すると同時にぼんっと音を立てて内容液を解き放つ。それは普段の見慣れたスプレー缶以上の速度で、魔物を霧で取り囲んでしまった。


 特殊な機構により圧縮されていた高濃度のエーテル液は、圧力から解放されて半分ほど気化しつつ爆発的に拡散されていく。

 もちろん“爆発的”とは言え、エーテルとはそもそも見えない触れない干渉できないと、ある意味で存在すら未確認の魔法物質。仮初めの実体化をしているエーテル液や気化エーテルそれ自体に威力があるわけではない。魔力と反応するので魔物にとって直接的な毒性が全く確認できないわけではないが、少なくともこれは、吹き飛ばしたりいきなり窒息死させるなんていう物ではないのだ。


 むしろそこに溶け込んでいる魔力因子が重要なのである。

 エーテルはその物質的な特異性を存分に発揮して、瞬く間に空間に拡散されていく。いつもの毒薬のスプレー缶は希釈用に霊水を使用しているので水の性質に引っ張られて拡散まで多少の時間を要するが、こちらは文字通り一瞬でエーテルが広範囲に解き放たれる仕組みになっていた。


 それでいてエーテルはお互いに保有している魔力因子の力で引かれ合い、一定の距離感を保ち合う。空間に散布されたエーテルは、反発力と引力が釣り合う一定の距離感、つまり一定の密度が存在し、重力にある程度引かれて自然とドーム状に広がっていく。

 気化エーテルの持つ反発力はその風の属性が強くなるのに比例して強くなるので、水属性を圧縮して解放するという特殊な方式で疑似的に気化させたこれは、あまり強い反発力を持たない。

 もちろんそれでは不安定な状態なのでまたすぐにエーテル液へと戻ってしまうだろうが、今回はそんなのは関係ない。それよりも早く別の反応が始まってしまうのだから。


 ティファニーによって上空へと放たれた矢が、重力に抗い切れずに発射時の速度を取り戻しながら下へと落下を開始する。

 しかし、それは地面へと辿り着くことはなかった。


 気化したエーテルに、その矢尻が触れる。

 爆弾矢と違ってただただ矢尻が赤熱するだけの“火矢”は、僅かにその先が触れたというだけで気化されていたエーテルが持っている魔力因子と即座に反応を開始する。


 直後、閃光と爆音が空間を支配した。


 私は傘を広げて光や熱の直撃を避けたが、それでも少なくない量のダメージを受けている。

 装備品を含めた道具には仲間を傷付ける判定はないが、自分を傷付ける能力は残っている。この広範囲の攻撃は、普通に使うと自傷は免れないのだ。

 まぁ、呪術師は意外に頑丈なので体力が万全の状態で防御して、ギリギリ生き残るくらいの耐久はある。……というか、そこを目安に威力を調整している。強敵相手には微妙な威力だが、こういった雑魚を蹴散らすには持って来いとなるだろう。


 ……なんて、思い切り爆風に体を吹き飛ばされながら考える。こればかりは堪えようがないので、実験段階から甘んじて受け取っている副作用だ。

 気圧の変化のせいなのか、それとも爆音のせいなのか、耳がきーんとしてウタミヤの演奏すら聞こえない。いや、彼女も吹き飛ばされて演奏を止めてしまっただろうか。


 私は爆発と同時に閉じていた目をようやく開くと、自分の上で目を回しているベルトラルドを押し退ける。

 一応素早く立ち上がり、戦場を確認する。そこに立っていたのは、地面にしっかりと脚を下ろしたベルトラルドの人形と、巨大な盾を構えたリンだけだった。


 あれだけ集まっていた魔物は完全に消え去り、爆心地から離れていた事で生き残った魔物も遥か彼方へと吹き飛ばされている。……確かにここの魔物、思っていたよりも軽いかもな。


 ベルトラルドが私に覆い被さっているのを見て、その手があったかとばかりに目を見開くティファニーを一度足蹴にし、周辺の状況を改めて見回す。今回は少し時間を掛けて戦場を確認した方がいいだろうし。


「……はっ、い、今の何ですの!? み、皆、無事ですか!?」


 彼岸花の茎に全身を打ち付けた代わりにあまり吹き飛ばなかったらしいウタミヤが、起き上がって騒々しく何かを叫んでいる。恐らく一切の覚悟をしていない時に爆音に晒され、耳がおかしくなっているのだろう。自分の声の大きさに気付いていないのかもしれない。

 一先ずの安全を確認し終えたらしいリンがこちらを振り返り、珍しく、おそらくは私が彼女と会って初めてのため息を吐いて見せた。


「随分と手荒な事をなさるのですね。少し驚きました」

「あれだけの数を吹き飛ばすには、こうでもしなければならないでしょう」

「サクラさん! 今のあなたがやりましたの!? どういう、どういうお積もり!?」

「あれは火属性と高相性の魔力因子を選択的にエーテルに溶かした爆弾で……」

「そうではなく! 淑女としての振る舞いについての……」


 ……まぁ何でもいいか。まず私は淑女ではないが。


 実験室にあるエル式の一番奥、つまり気化した後に冷却してもエーテル液に戻らなかった魔力因子。それは火属性ととても相性がいい魔力の集まりだ。それらはこうして火属性を伴った“起爆剤”が放り込まれると、あっと言う間にその力を解放するくらいに相性がいい。

 自分でも扱える一つの爆弾を作りたい気持ちはあるのだが、相性が良すぎて非常に危険な代物になってしまったので(属性を完全に遮断して尚且つ時限式にしたり衝撃で破壊されたりするのが難しい)、着火装置と爆薬が別々の道具として登録されている。もちろんティファニーやレンカを筆頭に、火属性を扱える生徒がいると着火装置は不要だ。


 私はウタミヤの説教を聞き流しつつ、体に付いていた土を払う。まぁ見た感じ、のんびりとしていられるのも今の内だな。すぐにまた戦闘態勢を整えなければならないだろう。


「うーん! 爆発っていいねぇ! わたし、ここに来てからこういうの好きになっちゃったよー」

「……一応言っておきますが、今のはもう一発しかありません。材料費が高い上に、エーテル液を圧縮するのが面倒なので」


 何やらまたもや危ない趣味に目覚めてしまっているティファニーを無視し、今のはそう何発も使える手段ではないと三人に告げる。


 なぜそんな事を態々口にするのかと言えば、もちろん再び使う機会があるかもしれないからだ。

 周囲を確認したが、まだまだ魔物の出現の勢いは衰えていない。このままでは私達は再び囲まれてしまうだろう。まぁ実は魔物を集めている最中もそれなりに余裕があったので、この程度なら囲まれても多少は大丈夫なんじゃないかと思ってはいるのだが……。


「移動する?」

「移動先に魔物が居たのでは意味がないでしょうね」

「それにそもそも、どこにでも魔物が出るのですから道が塞がれていますわ。八方塞がりですの」

「でもこのままここに居てもジリ貧」


 逃げ道も逃げ先もないとは言え、ベルトラルドの話も尤もだ。このままの勢いで魔物が出現し続ければ私達はいずれ力尽きるだろう。


 火薬の話ではないが、回復用の薬も私達の魔力も有限だ。それに例え数値上無限に戦闘が可能でも私達の体力や精神力、そして時間の都合はそうではない。具体的には連続接続制限があるので、最長でも戦えて5時間。

 ……それに、課題が進んでいない。今回の課題はこの場に居ても進まない物だ。この名簿だけ提出しても達成にはなるだろうけれど、私はせめて実物くらいは目撃したいと考えていた。


 私達が迎撃の準備を整えつつ今後の方針を話し合っていると、リンがこちらを向いて静かにその口を開く。


「移動先はどうにもなりませんが、道は問題ないでしょう。我が身を賭していくらでも切り開きます。……本来であれば悪しき者をすべて滅したいところですが、ここは連中の本拠地のようなもの。それが達成できない事は心得ています」

「……ああ、確かにその手はありますね」


 彼女の言葉は確かに実現可能な範疇にある戦略ではあった。彼女ならば私達の道を確保しながら前へと進むことは可能だろう。

 ……どうにもリンの戦闘能力が異質過ぎて頭から抜けるな。


 そうなると問題は移動先なのだが、それについては一応手がある。


「……ん-、これ登れるかなぁ」

「普段なら嬉々として登るでしょう?」

「木とはやっぱり勝手が違うよ。まぁやるだけやってみるけど」


 私が視線でティファニーに“何か”見付けるように命じると、彼女はやや渋い顔をしつつも最終的には頷いた。

 移動先と道が何とかなれば後は実行に移すだけである。



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[一言] 桜の事を知っているのかな?
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