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第190話 変人集団

 リンの言葉を聞いて動き出した私達であったが、すぐにその足をぴたりと止める事になった。

 何も目的地に着いたからとか、いきなり魔物が出て来たとかそういう話ではない。“目の前の現実”が理解できなかったのである。


 私達が振り返ったその先では、この彼岸花の森に似つかわしくない“壁”が、唐突にそそり立っていた。

 白い金属製のそれは、壁、もしくは門と呼ぶべき物だ。それが忽然と森の中に立っているのだから、驚かないという方がおかしい。


 大きさは縦に3m、横に2m。厚さは30㎝近い。それは木製で木の板、いや、横に束ねた木の柱を金属で覆っている。前面や角などを補強してあるようだ。

 それが何なのかは“持ち主”が動いたことで発覚する。


 その門を、リンは軽々と片手で持ち上げる。持ち上げた、たったそれだけで地面が揺れるような重量感だ。

 よく見ればその門の裏側、彼女の側には金具がいくつか打ち付けてあり、そこに細い腕を通してから別の金具を握って、持ち上げるようになっているらしい。重量と大きさを考慮しなければ、持ち上げて動かす、もしくは携行するような形になっているようだ。そこから考えられる用途はそう多くはない。


 つまりこの大きな門のような壁、彼女の盾なのだ。しかも見る限り片手で取り扱う様になっているらしい。両手でこれを構えて突撃するならまだ分かるのだが、この大きさの物を片手で扱う利点はあるのだろうか。

 ちなみに、私がなぜそう判断したのかと言えば、リンが空いた右手にもう一つの武器を持っているからだ。


 それは、腰ほどもあろうかという巨大な鉄球。

 何か意味深な文様が刻まれているし、もしかすると軽い金属でできているのかもしれないが、見た目から判断される重量は軽く数tは超えているはずだ。

 もし仮にあれの中身が詰まっている場合、質量は半径の三乗に比例する。砲丸投げの砲丸の十倍近くはあるように見えるので……人間が持ち運ぶなんて考えられない重さになっているはずだ。


 彼女はそんな鉄球を掌程もある鎖で繋ぎ、袖の下に通している。彼女の格好は赤い袴と黒い小袖の和服なので、その鎖がどこに繋がっているのかは分からない。一見すると巫女服を黒くしたような格好だが、頭の黒いベールはそのままであるため、かなり奇妙な出で立ちだ。尤も、武器や盾の印象が強くてそんな事は気にならないのだが。

 ……私ではあの大きな鎖すらも持ち上げられないだろう。彼女は指をひっかけるのに丁度いい場所とでも思っているのか、まるで鎖の重量を気にしている様子はないが。


 武器と盾で合計10t以上ありそうな“装備品”を手に持ち、リンはそれを重そうとすら私達に思わせずにすたすたと歩き出す。その背筋はぴんと伸びており、まるで何の荷物も持っていないかのよう。


 これらが実は軽いという事も考えたのだが、それはどうやら違うらしい。地面を見れば、その質量に少しくらいは想像が付く。

 大きさの関係で持ち上げずに引きずっている鉄球。それが押し退ける土の量を見れば、間違っても軽いなんてことは考えないだろう。数㎝は掘り返され……いや、削り取られている。接地面が鋭角に尖っているわけでもなく、ただただ重いという、ただそれだけで。


 私はそんな彼女の異様な姿に呆気を取られてしまったが、数m程その背中を見送った後に慌てて彼女を追い駆けた。


 この超人染みた力を有するリン・サカキの学科(クラス)は、もちろん神聖術科ではない。エイプリルを筆頭に数人会った事があるが、間違ってもこんな装備重量に耐えられるような能力値にはならなかったはずだ。

 彼女の所属は格闘学部聖騎士科。高いスキル攻撃力を持った、どちらかと言えば攻撃的な学科である。ある意味攻防のバランスがいいと言えるかもしれない。


 重戦士と同等の重装備が可能で、それでいて重戦士の欠点である火力も高いという学科ではあるのだが、似たような名前の神聖術師に比べると人数が少ない。

 それというのも、聖騎士は重装備によって防御力が高い反面、最大体力が今一つの伸びで耐久性に欠ける。実の所、体力が伸びた方が回復が面倒になるのだが、単純な殴り合いでの耐久性は高くなる傾向にある。防御力でのダメージの軽減には、ダメージの計算式上どうしても避けようのない限界がある上に、体力さえあれば魔法ダメージにも耐えられるようになるからだ。


 その分重戦士に比べて攻撃力も高いが、その火力はアクティブな魔法に頼っているスキル火力型。しかも使える属性は光属性のみと、属性使い以上に汎用性が低い。

 その得意な光属性の魔法攻撃も、敵の属性耐性の平均を加味して期待値を計算すると、スキル火力としては少し物足りないと言っていいだろう。


 重戦士と同じで敏捷性の伸びが悪いので回避は難しく、耐久力は今一つ。火力もないわけではないが、侍や魔法戦士に比べると扱いが難しい。(しかも重戦士は防御力や体力の数字を、攻撃ダメージに上乗せする捨て身の補助魔法が古代魔法として発見されているので、瞬間火力でも重戦士に負けている)


 聖騎士科はそんな扱いの難しい学科であるのだが、目の前の異常な光景を見ると自分の知識が疑わしくなってくる。何をどうやったらあそこまでの装備重量に耐えられるようになるのだ? ステータス上での適正重量オーバーは間違いなくしているはずだが、それでも色々と問題があったはずだ。

 システム的に“重さ”が攻撃力に直結しないというのは頭に入っているが、どうも見た目の衝撃でそんな考えが吹き飛んでしまうな。


 様々な要因で出発に出遅れた私達。その集団は自然とリンを先頭にして進み始めた。

 隊列を組む場合、確かに専門の前衛である彼女を先頭にするのは間違っていない。そこは別に直す必要もないかとそのまま進む。


 しばらく進んでいると、私の隣で歩いていた人物が思い出したように声を上げた。


「あ、自己紹介が途中でしたわね」


 ……そういえば、そんな事をしていたな。この彼岸花の森に来る前だったか。

 リンの衝撃で名前を聞いていなかった事すら忘れられていたご婦人は、指輪で飾った手で大きな弦楽器を担ぎつつ胸を張る。


「えっと、わたくし、詩宮(うたみや)雅楽(ががく)祁答院(けどういん)(きょう)ですわ」

「……え? 何て言ったの?」


 呪文の様な言葉の羅列に、私達の後ろに居たティファニーが聞き返す。私にもよく分からなかったのだが、今のもしかして名前か?


「耳慣れないのなら、ウタミヤが家の名前ですのでそこを覚えて下されば(よろ)しくってよ」


 ティファニーを振り返ったウタミヤは、得意げにそう述べた。

 おそらく名前を聞き返される事には慣れているのだろう。その名前を気に入っているのか、それとも単に誇りに思っている設定なのか分からないが、自慢している様にも見える。


 どうも日本的な名前に、ミドルネームか役職か分からないが、色々と付け足されて今の呪文の様な名前になっているらしい。余計なのを省いて名前だけ抜き出すと、彼女の名前はキョウ・ウタミヤだ。

 ロザリア・ペイントブラシ・ソウルズベリーよりはマシか? いや、こっちの方が酷いか……。どうしてこういう連中は苗字と名前の間にミドルネームを入れたくなってしまうのだろうか。

 レンカなんてレンカ・フジワラだぞ。彼女の“藤原の恋歌”が良い名前かどうかは置いておくとして……。


 歌とか雅楽とか響くとか名前に入っている事からも推測できるように、彼女のクラスは歌詠みだ。

 広範囲へのサポートを得意とする魔法使いで、学院では結構な人気学科であると言っていいだろう。人数はもちろん呪術科なんかと比べ物にもならない。聖騎士に比べても多いだろうし、奇術師も人形士もここまで多くはないだろう。最初の入学からかなりの時間が経っているが、初期の頃の人気を今でも引きずっているのは仕方ない事なのだろうか。


 歌詠みは魔法学科の一つで、学科の正式な名前は“音響魔法科”という。

 彼女達を“音響術師”ではなく歌詠みと呼ぶのはある意味で俗称的なものであり、それでいて公式的な略称でもある。ちなみに忍術師を忍者と呼ぶのは非公式。誰がどう見ても忍者だけど。

 そして、術師と名前に付かないからというわけではないが、歌詠みは魔法学部としては多少変な学科だ。ただしその奇妙な性質が、むしろ人気の理由にもなっている。


 まず、彼女達の魔法は詠唱を必要としない物が多い。

 それにも拘らず歌詠みが魔法学科に分類されているのは、単純に魔法陣の改造に適性があるからだ。詠唱魔法を使うが陣の改造は出来ない召喚系とは、正反対の方向で魔法学部らしくない魔法使いと言えるだろう。

 ある意味、格闘学部と魔法学部の良いとこ取りをしていると言えるかもしれない。流石に言い切ってしまうと言い過ぎなのだが、少なくとも性質上はそう言える。


 では歌詠みがどうやって魔法を使うのかというと、ウタミヤも持っている楽器、もしくは自分の声で魔法を発動するのが基本だ。


 効果範囲はその音の届く場所すべて。ここでは音も届かない遠距離戦にはならないので、基本的には戦場の全体が効果範囲となる。詠唱時間を必要とせず、音さえ鳴らせれば即座に効果が開始されるという優れ物だ。

 ただし、効果は一定値まで加速度的に伸びて行くので演奏を開始した直後は効果が薄いし、演奏中は一切の移動ができない。また、効果時間に上限はないが、演奏中は魔力がどんどん消費されて行くのも欠点だ。


 音さえ聞こえれば効果があるというのとは逆に、音が聞こえている時にしか効果が無いというのも注意点。そのため演奏が中断されると即座に効果が解消されるという性質がある。

 これは何も、攻撃力強化の演奏をしている時にその曲を中断すると即座に攻撃力が元に戻るという話ではない。


 例えば、デバフが分かりやすい例だ。

 歌詠みには広範囲に昏睡効果をばら撒く“子守歌”という魔法があるのだが、この演奏を中断すると昏睡中だった魔物が全て()()()。どれだけ効果時間が残っていたのかは関係ないし、その際の累積耐性は進行したままだ。

 他にも相手の魔力の残量を減少させる効果の歌も、中断した時に敵に魔力が返還される。味方の魔力回復の歌も、回復分を効果中に消費しなかった場合、中断時にごっそりと消えてしまう。


 つまり、実際には魔法の中断時に“効果の解消効果”が発動しているのである。この性質が微妙に、この魔法群の使い勝手を悪くしている。

 例外は、体力が変動する回復とダメージに関連する魔法だけだ。これもきっと石化の様に体力の最大値が増減する効果なら元に戻っていただろう。


 しかし、それでも人気なのがこの学科。単純に効果範囲無限は大変優秀だし、やる事も単純だ。演奏するのに立ち止まる必要がある以上、味方に守ってもらえる立場というのが大きい。

 そのため初心者向けという噂を小耳に挟んで信じ込み、転科もせずにズルズルと続けている生徒も多いという。なんとも言い難い"人気学科"である。


 逆に言えば、どんなに下手な生徒でも貢献しやすいため、演奏するという性質上一度に一種類しか使えない魔法(ただし最大倍率は高めだし、少し裏技的な手法で一つの旋律に複数の効果を乗せる事が出来る)なのにも拘らず、どんな場所にでも補助を飛ばせる補助役として、需要的な人気は高い。魔法陣の設置場所や射撃系の魔法のコントロールが苦手でも関係ないし。

 それに、他のサポート魔法が範囲化するには魔法陣の改造というハードルがあるのに対して、こちらは最初から味方や敵の全体を対象にできるというのも人気になった要因であったのだろう。私が思っている以上に、意外とみんな魔法陣の改造が出来ないのだ。やっても他人のコピペまでという人が大半らしい。


 ウタミヤはそんなサポート学科の生徒だった。まぁ見るからに格闘なんてしそうもないし、ある意味ではイメージ通りか。

 私は彼女に「味方の能力の向上と敵の弱体化で役割を分担しよう」と、一応話を通しておく。野良で組んだ相手が呪術師について詳しくない事は、十二分に想定しておかなければならないからな。


 ……よくよく考えてみると、案外バランスのいいパーティなのかもしれない。

 聖騎士が攻撃役。人形士が盾役。歌詠みが補助と回復。呪術師が弱体。奇術師が緊急時の回復と、何でも屋として走り回る。私達のいつもの面子より余程バランスが取れている。ある意味ベルトラルドのおかげ、か?


 歌詠みの回復魔法は即効性がないので過信は禁物だが、そもそも人形士であるベルトラルドは、完全ではないにしろダメージを受けない事に特化した盾役だ。むしろ魔力回復量を増加させる事が出来る歌詠みとは相性が良い。

 強いて言えば火力が低い事が気になるが、そこはティファニーが遊撃役として何とかしてくれるだろう。


 ……まぁ、相変わらず私は出て来る魔物の状態異常耐性によって、出来る事が大幅に減ってしまうわけだが、これは宿命なので受け入れるしかないな。



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