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第188話 不安

 突如として人の消えた廊下をしばらく呆然と眺めてから、私は背後を振り返る。

 そこに居たのはベルトラルドとティファニー。彼女達は消えずに変わらぬ姿を私に見せていた。どうやら完全に一人きりになったわけではないようだ。よく耳を澄ませれば、僅かに困惑する人の声も聞こえてくる。


 ……これはあれだな。偶に仕様としてある、各プレイヤー毎の空間に放り込まれるあれだ。最初にこれに出会ったのは進級試験の実技だっただろうか。それとも意識していなかっただけで、入学時のあのガイダンスも同じ仕様か?


 混雑の対策としては当然に近い措置ではあるが、こうして突然行われるとあまりに乱暴で現実味の薄い光景だな。運営がこれに乗り気でなかったのが良く分かる。今回はそうせざるを得ない状況だったという事か。まぁここが使えないとほとんど何もできないのと一緒だからな。

 流石に人数に関してはもう少し加減して欲しかったと言うか、不満のある部分もあるにはあるが、最低限知り合いとは同じ空間になる様に配慮されたのだから良しとしようか。


「……えっと、準備室行きましょうか」


 突然の変化を目の当たりにして何となく顔を見合わせていた私達。私がそう尋ねると、誰からともなく歩き出したのだった。


 普段は人で溢れ返っている生徒準備室。しかし今日ばかりは驚きの静けさだ。

 購買の販売員と困惑気味の生徒数人を合計しても10人に満たないだろう。いつもは数百人が同時に集まる様に作られているこの部屋に、これだけしか人がいないとかなり不気味だ。人が多くてガヤガヤと賑わっているのを見慣れているからという事もあるだろうけれど、あまりにがらんとしていて閉園してしまった遊園地の様な寂しさが漂っている。


 何となく別れる事もなく、流れで一緒に居る事になっているベルトラルドと一緒に、私は閑散とした準備室で課題の掲示板を見上げる。

 しかし、特に面白い課題は見当たらない。どれも労力と報酬が見合っているとは言い難い。上級になってからこの共通の掲示板は、相対的に質が落ちてしまっているので仕方ないのだが。


 人がいないので競争率というか、いい課題を探すのに全く苦労しないが、肝心の課題がないのでは仕方ない。私は魔法の書に書き込まれている自分宛ての課題を眺める。


「……碌なのがないわね。そっちはどうですか?」

「ん-……微妙! 特別美味しいって感じのはないかな。ベルちゃんは?」

「特に。三人でできそうなのって考えると、選択肢がない」


 ……そう言えばそうか。人数も気にしなければならないのだったな。

 私はベルトラルドの言葉を聞いて、何となくいつも通りの感覚で見ていた課題一覧にもう一度目を通す。


 確かに、この状況ではパーティの募集をした所で面子が揃うのはいつになるやら。リサは他の知り合いとどこかへ行っているようだし、ロザリーとコーディリアは座学でやりたい事があるのだとかで来ていない。ティファニーと私が二人きりになるというのには、それ相応の理由があるのだ。

 そのため、知り合いを呼びだすと言うのも少し憚られる。他に知り合いがいないわけでもないが、大した課題もないのに人数合わせで呼び出すのも何だ。


「……じゃあ、適当な上級課題でも見繕いますか」


 私は自分の所に来ていた課題の中で、改めて難度の低そうな物を探し始める。この中で唯一の上級だからな。まず間違いなく私の課題が最も報酬が良いはずだ。

 それに、上級の課題には調査課題が含まれる。これは文字通り調べ物をすればいいだけなので、戦闘を避けて行けば三人でも十分に達成できるだろう。


 調査課題とは、特別課題に含まれない、特定の何かを調査して来いという課題だ。中級以下の特別課題と同じ様に出来高制なので、最悪写真でも撮って来ればそれで達成となる簡単なお使いである。

 尤も、出現確率の渋い特別課題程には、手間と報酬の倍率は良くない。そのため今までのようにしっかりとしたレポートを提出するなんて必要はなく、調査報告を簡単に書けばそれで良いという、ある意味お気楽な物だ。


 特別課題ではないので何度でも何人でも受注できる反面、特殊な環境が整った魔法世界が専用に作られるわけではないのでシナリオ性は低い。(ちなみに、何度も受けて同じ調査結果を提出しても課題の達成としては認められない。手抜きが許されるのは一度だけだ)

 まぁそもそも私の場合、特別課題だろうと何だろうと原住民のお願い事を聞いて回るなんて事は基本的にしないので、どちらでも同じ様な物だ。精々、魔法のヒントになる情報がある確率が極めて低い程度の話である。


 ざっと自分宛てに届いていた課題の一覧を眺めて、調査課題を抜き出す。

 毎回大した数があるわけではないが、今回はどうやら一つしかなかったようだ。


「神の……鎮守の神についての調査、これにしましょうか」

「神様? 何の神様?」

「さぁ? 何でもいいのでは?」


 ベルトラルドの質問に、私はいい加減な返答をする。実際、そこまで詳しく課題に書いていないのだからそうとしか答えようがない。この書き方だと本当に出会った神様なら何でもいいのでは?


 それに、難易度もかなり低そうだ。

 神というのはある意味人にとって献身的な存在で、力ある存在の中でも人間に利があるものが人々にそう呼ばれる事が多い。祟り神も一部居るが、対話が完全に不可能という事は歴史上滅多にいないと言っていいだろう。

 私とロザリーが出会った、対話できずに力と厄災をもたらす“疫病の蛇”が極めて例外的な話なのである。むしろ役割的には、後にあの集落を乗っ取っていたシンシの様な存在が大半だ。


 それというのも、現世が闇の神が追放された世界だから。マイナスの面の要素が極めて弱いこの世界では、悪神や邪神なんて存在し得ないのである。ほとんどが善性を強く持ち、偶に気まぐれで厄介な奴が混じっている程度。魔法世界はこの世界の情報が蓄積している場所なので、こちら側の歴史の傾向に強く依存している。


 つまり、魔法視的に青判定の連中が神という存在なのである。彼らは基本的にこちらから手を出さない限り敵対はしない。

 例えば、最初にリサと会った時に倒し(?)に行った仙亀(センキ)。あれも人里に居たならば十分に鎮守神と崇められていた存在だろう。ああいう平和的な連中の調査なので、必ずしも戦う必要は薄いのだ。


 私はティファニーとベルトラルドに課題内容を確認させ、これでいいかと尋ねる。特に異論はなかったのでパーティを三人で編成し、課題を受注しようとした。


 しかし、その時だった。


「もし、そこの方。少しよろしいでしょうか」


 私の背に、そんな声が浴びせられる。

 僅かな緊張感を抱かせるその声は、どういう訳か聞いているだけで少しばかり鳥肌が立つ。耳に入ると同時に、何か、悪寒の様な物が背筋を抜けて行った。


 おそらくは私達に話しかけているのだろう。ベルトラルドの視線を追って振り返る。

 そこに居たのは、奇妙な格好をした女子生徒だ。


 彼女は黒いベールを頭から被り、どういうわけか顔を隠している。薄絹越しに見えるその顔に見覚えはないが、私はいつかどこかで彼女を見たような気がしていた。何か、強烈な違和感を伴って記憶に残されている様な既視感。

 足元まであるロングスカートによって肌を隠していて、学科章は神聖術科の物。神聖術師と言われても、特に思い出される人物はいない。


 どこで会ったのだったかとしばらく考え込んでいたのだが、私は一つ勘違いに気が付いた。


 ……いや、これは違う。

 確かこれは神聖術科の物というか、光の神のシンボルマークだったはずだ。神聖術科の学科章がそれをモチーフにしているので、一見するとそう見えるのだが、よく見るとそれ以上にシンプルな物になっている。

 学科章を態々変えるというのはいつかのレンカを思い出させる行為だが、彼女の場合それとは少し違う理由から来ているのだろう。イミテーションではなく、この学院に所属していると言う意識から逸れたような、そういう意味合い。


 彼女は私達の方をぼんやりと眺めると、頭も下げずに謝罪を口にする。


「立ち聞きして申し訳ありません。しかし聞けば御神の調査に赴かれるとの事。非力ではありますが、我が身も協力させてもらう訳にはいきませんでしょうか」


 口調ばかりが丁寧で、何とも嫌な感じを抱かせる声はそのままだ。決して語勢が強いわけでもなければ、おかしなことを口にしているわけではない。

 ただ、何と言うか彼女の丁寧さが私ではなく、どこか決定的にズレた部分に注がれているのが直感的に理解できる。


 言い様のない不気味さが気になってしまって、一瞬それだけで断わる事も考えたのだが、悩んでしまった私よりも早くベルトラルドが真っ当な返答をする。


「別に断る理由はない。三人は不安だし」


 ……いやまぁ、断る理由はない。それは確かだ。戦力が足りないのもその通り。そこに反論はない。

 ただ、何と言うか彼女に関して少しばかりの不安があるのだ。変人とは今まで何人も関わってきたが、彼女はその範疇にはいない気がしてならない。


「ありがとう。私の名は、リン・サカキ。同行を許可してくれたことに感謝します」


 彼女はやはり頭すら下げず、そう形ばかりの礼を口にしたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] また濃い人?今回はどんな濃い人だろうか。
[一言] 光の神の狂信者かな? 鎮守神とか認めん!とか言って荒らしそう…
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