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第186話 迷惑な歌

「うーん、どうも後ろの方に居る人は事情が分かってないみたいだねぇ」

「ティファニーでも見えませんか?」

「サクラちゃん達よりはお姉さんだけど、わたしも別に身長高いわけじゃないからなぁ……」


 一向に動く気配がない人込みを見て、私達は事情も分からぬままに立ち往生を続けていた。

 この混雑を越えるために階段を一度上って上の階から逆側に出る……というのも考えたのだが、後ろの階段から降りて来た生徒の反応を見ればそれも難しそうだという事が分かる。


 どうやらこの人込み、準備室と記録庫の前の廊下を中心に起きているらしく、廊下の左右どちらから行っても目的の扉には辿り着けそうにないのだ。


 ベルトラルドも準備室に行く前にこの渋滞に捕まってしまったらしく、数分ほどここで立ち止まっているとの事。こんな時でも比較的内容まで聞き取れる怒声を聞く限り、ここはもう随分と長い事渋滞が続いているらしい。


 困ったな。今日はティファニーと一緒に課題を消化しようと言う話だったのだが、これでは目的地まで辿り着けそうもない。混雑のおかげで思わぬ再会を果たしても、これではまるで意味がないのだ。


 私はこれからどうしようかとベルトラルドと顔を見合わせる。なぜ相談相手がティファニーではないのかと言えば、私達二人がいる限り彼女は役に立たちそうもないから。

 どうせ話しかけても“何時間でも一緒に居ようね”とか、頭のおかしい事を言い出すに決まっている。


 しかし、私のそんな予想に反して、この場を切り抜けるために最初に案を出したのは、他でもないそのティファニーだった。


「あ、二人とも、お姉ちゃんが肩車したげよっか? 流石にそれなら何が起きてるのか見えるんじゃない?」


 ティファニーはこの案は名案だろうと胸を張ってそう口にする。肩車か。彼女に体を預けるのは少し不安だが……。

 ……まぁ確かに彼女の言う通り、一体奥で何が起きているのか把握できなければ対策のしようもない。案外、この混雑の内容が分かれば終了時間の目安くらいにはなるかもしれないし。


 幼女が近くにいる彼女にしては知能の高い案だと感心していると、彼女は私達の返事も聞かずにしゃがみ込む。普通は立場が逆だと思うのだが、私達の肩車が待ちきれないのだろう。


「さぁ、乗って!」


 私は“それ”を見て目を細め、ベルトラルドは珍しく悲し気な顔を見せている。どういう意味なのか直感的に理解してしまって。


「ティファニー……私はこの際、肩車による身体的な接触を不問にしようと思ってました」

「うんうん、当然だよね。必要な事なんだから!」


 ティファニーは私の言葉に対して、満面の笑みを“見せる”。それは肩車をする前段階では、やや不自然な光景だ。


 普通、肩車を受け入れる姿勢と言えば、上に乗る人に背を向けてしゃがみ込むはずだ。私の記憶が正しければ、そうしなければ肩車にならないのだから。

 下の人の背中側から肩に乗り、持ち上げて貰うと言うのが肩車だ。前から乗るなんて事は、普通はしないはず。


 しかし、彼女は顔をこちらに向けている。

 ティファニーはまるで駆けて来る子犬を待ち構える様に手を広げ、にこにこと私達を見ていた。試しに私は横にズレてみるが、彼女はその動きに合わせて方向を変えた。体は依然こちらを向いたまま。


「それの、どこに乗れと?」

「肩車なんだから肩だよ」

「……なら、どうしてこっちを向いているんですか?」


 ベルトラルドは早々にティファニーから視線を外し、魔法の書で何かをごそごそと漁っている。

 私はとりあえずそれを放置して、ティファニーの返事を待った。


 万が一。万が一何か納得できる言い分があれば。

 そう思っていたのだが、返って来たのは予想外の……いや、ある意味で予想通りの言葉だった。


「後ろなんて向いたら、顔で幼女の股を受け止められないでしょ!」

「……」

「あ、安心して! 可愛いお尻はちゃんと両手で揉む……いや、支えるから!!」


 ……私は自分の頭を押さえ、深いため息を吐く。

 恥ずかしげもなくそう言い放ったティファニーを、周囲の生徒達はまじまじと見詰めている。それでも彼女は自分の発言を悔いている様子はなかった。

 何と堂々とした立ち居振る舞いだろうか。感動すら覚えてしまう。


「さぁ! スカートをたくし上げてわたしの顔に二人の……」

「ティファニー」


 私は声高に叫ぶ彼女の頭に両手を置く。ティファニーは私の行動を見て、大いにその瞳を輝かせる。

 私はそのまま右足を徐に上げる。ティファニーは期待を込めて、私のスカートを穴が開く程に凝視している。


 そして私は、彼女の鼻の頭に右の膝を叩き込んだ。


「ふごっ!?」

「……死ね、変態」


 後ろに倒れ込んで両手で顔を押さえるティファニーの手を蹴飛ばすと、そのまま彼女の顔を踏み付ける。結構本気で。


 世の中にはやっていい事と悪い事があるのだ。きっちり彼女の先輩として教えてやらねばなるまい。

 奥で起きている異変以上に私達の周囲の方がざわついた気がするが、気にしている場合ではないだろう。突然学院に不審者が現れたのだから。


 踏まれても尚眼光の鋭い彼女はじっと私のスカートの中を覗いている。私はもう一度深いため息を吐くと、彼女の顎を強く蹴り抜いてからベルトラルドを振り返った。


「それで、あなたは何をしているんですか?」

「人形に登ったら何か見えそう」

「ああ、なるほど」


 ベルトラルドは魔法の書から自分の装備を取り出すと、“ティファニーの”奇行によって幅の広がった廊下にそれを設置する。

 それはもう、私がいつか作った人形ではない。きっと別の人に新しく制作を頼んだのだろう。ただ、コンセプトは私の物にかなり近かった。あれでも結構気に入ってくれていたらしい。


 安定感のある四つ脚に、長い腕。頭部が特殊な機構になっているのも私の人形と同じだ。全体的なシルエットはかなり近いと言っていいだろう。

 異なる点は背骨や肋骨がむき出しになっている細身の腹部や、腕を複数本配置するのではなく、腕が途中で枝分かれしている所など。全体的にホラーチックになっているデザイン面はもちろん、使用感や軽量化などにも苦心しているのかもしれない。

 ちなみに見た目ではその効果も分からないが、合宿で作っていた麻痺毒スプレー缶は現在、私しか作れないはずなので頭もきっと役割が違うのだろう。


 そんな恐ろし気な人形はがっしりとその足を廊下に下ろすと、まるで無邪気にジャングルジムに遊びに来たような主を黙って受け入れる。基本の丈のままの、一般的に見れば大変短いスカートを気にせず人形によじ登ろうとしていたベルトラルド。


 その手がぴたりと止まったのは、彼女よりも先にひょいと高い所へ登った生徒がいたからだ。

 彼女はその不気味な人形の頭部の上にふらつく事もなく直立すると、こちらを振り返って親指を立てた。


「見るのは任せて! わたし、斥候は得意だからね!」


 人形の上で得意気にそう宣言したのは、先程まで床に転がっていたはずのティファニーだった。

 それを見たベルトラルドは驚くよりも先に、彼女の赤くなった鼻と靴跡の残る顔を心配する。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫! 顔踏まれた時にパンスト越しの赤の刺繍パンツが見えたからオールオッケー! あれは直パンツよりエ……趣深いね!」


 十目の見る所で大々的に私の下着の詳細を宣言したティファニー。今日からはタイツ越しではあるものの、彼女自身が製作者である以上、見間違えたという事はないだろう。

 周囲の視線が自然と私の短いスカートへと集まる。その際にどこかで聞いた事のある様な男の声が聞こえた気もしたが、それが誰だったのかを思い出すことはなかった。


 私は思わずティファニーの登った人形の足を蹴ろうかとも考えてしまったが、流石に人の物を蹴るという事に抵抗を感じ、せめてもの抗議としてティファニーに侮蔑の視線を向ける。尤も、この程度では彼女は喜ぶだけなので、何もしないのと同じなのだが。

 それからしばらく自分の下着が私達から見える事はまるで気にしないティファニーを見上げていたが、私はすべてを諦めて深く息を吐く。


「それより、早く状況を説明してください。何が見えるんですか?」


 もういい。先にこの混雑をなんとかするとしよう。彼女への対策はそれからだ。

 私が一先ず様々な事を諦めたのを見て、ティファニーは視線をまだまだ騒がしい人込みの奥へと向ける。


「えーっとねぇ、何だろあれ。何か、アイドルが廊下にステージ作って歌って踊ってるね。ステージの幅は廊下の半分くらいだけど、観客で完全に埋まってるみたい」

「何で? どういう事?」

「さぁ……?」


 奥の様子を確認したティファニーが口にしたのは、そんなよく分からない状況だった。

 アイドルがステージの上で歌って踊っている? という事は、このどこかで聞いた事がある様な無いような歌は、そのアイドルの声なのか。何でまたこんな傍迷惑な場所で歌なんて歌っているのか。


 私とベルトラルドは理解できない状況解説に顔を見合わせるが、その様子を見ていない私達に結論を出すことはできない。


「アイドルってシファの事ですか?」

「違うんじゃない? 一回しか会ったことないけど、顔が違うから。ステージには日本語で新曲発表とアルバム発売記念って書いてあるけど……名前は……あ、あれかな? ERiHa? って書いてある。二人は知ってる?」


 もちろん私にはそんな名前に心当たりはない。私なんてそもそもVRアイドル自体、この前シファをようやく知ったくらいなのだ。知る由もないと言っていいだろう。

 隣にいるベルトラルドの反応も私と同じで薄かった。もちろん彼女の場合これが素なのだが、だからと言って実はそのアイドルを知っているという事もなさそうだ。


 しかし、今ここに居るのは私達だけではない。これだけ人がいれば一人くらいは知っている人物がいるかもな。

 わざと周囲に聞かせるような声の大きさのティファニー。彼女の発言を聞いて、エリハって誰だよと衆人の間に小さな声が伝播していく。


「ほっほぅ! エリハですとな!? これはまたマァ↑ニアックな名前が出てきたでござるな。拙者、オタクの端くれとしてその程度は記憶しておりますぞ。一般知名度はまだまだにござるが、彼女は一世紀前から続く所謂地下アイドル系の流れを受けて活動をしている歌手でありまして、あ、本人がアイドルではなく歌手を自称している事と、容姿ではなくその歌唱力が評価に値するが故にアイドルではなく歌手と呼ばれている事もここに付け加えておくでござるが、エリハは熱狂的なファンとニッチな方向性を貫くプロモーションが特徴の“歌手”でござる。過激な発言と強引な活動から良く知らぬ者には炎上系等とも言われる事もありますな。まぁこれは本人は否定気味でござるが、彼女の一面を的確に表現しているのも事実でござる。この前チャンネル登録者数1000人突破記念にカバー楽曲の再アレンジを収録したアルバムとそれに入れる新曲の作成を公言しまして、その二つのプロモーション会場としてゲリラ的なコンサートを行うとの話をしておりましたが、いやはやまさかこんな場所で行うとは。エリハの悪い面がここぞとばかりに出ているでござるな。拙者、個人的にはやはりアイドルと言えばシファちゃんの様な純朴そうなキャラ付けで地道に真っ当な活動を続けている方が応援したくなるでござるよ。まぁシファちゃんはグループ活動をしているとは言え登録者は約百倍違うでござるから、人気は比べ物にならない……あ、もちろんファンの数がアイドルの価値を決定付ける絶対的な物ではないのではありますぞっ! むしろ拙者はマイナーなアイドル特有の、コメントや支援に対して個人的な反応してもらえるという、ある意味でファンとの距離が近いあの層にはそれはそれで消費価値があるとは思いますな。大手になればなるほどどうしても一人とその他大勢になっていって、ファンとの距離感が遠くなるのは避けられませぬ故。おぅっと、失敬失敬。話が逸れましたな。自分語り、大変ご無礼仕った。話を戻しますが、エリハは調子に、いやいや、ノリに乗るというか本人の気分次第でコンサートの時間が伸びる事が多いのでござる。少数ですがとてもよく調教されたファンは彼女の歌を聞きたいが故にエリハを気持ち良くさせようと大いに盛り上げます。それに良くも悪くも人が集まっていて結果的に彼女の歌を聞いているこの状況、何とも派手好きの彼女が好きそうな場面でござる。拙者にとっても皆さんにとっても迷惑な話でござるが、おそらくまだまだしばらく続くと思いますぞっ。


 如何でしかたかな、サクラ殿、ベルトラルド殿。拙者の知識、お役に立てましたでござるか?」


 ……え? 今私、名前呼ばれたかな? 人込みの喧騒の中から名前が呼ばれた気がして、私は振り返る。


 しかし、その中から知っている顔を見付ける事は出来なかった。

 それを見付ける前に事態が進展してしまったからだ。


「あれ? あそこにいるのって……」



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― 新着の感想 ―
[一言] めんどくさいオタクあるある
[一言] めちゃくちゃ早口で言ってそう
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