第180話 決着
光の魔法陣が描き上がる。自爆用の魔法と違ってこちらは速い。キャンセルも避けるのももう間に合わないだろう。
そう考えた次の瞬間、私の視界は白に染まった。
私の軽い体はその魔法の衝撃によって紙屑のように舞い上がり、ぐしゃりと床に落ちる……なんて事は起きなかった。
私の目の前にあるのは白い壁だ。石の塔のような物が、突然目の前に現れて私を守ったのだ。
その塔は私へ迫っていた光を完全に遮ると、前後左右の十字方向へ砲撃する。白の丸石は意味のない場所へと落ち、ボンと小さく炸裂。それを合図に塔は煙の様に消えて行った。
私はしばらくその光景を眺めていたが、すぐに怪しげな鏡を手にしたアリスを振り返る。
視線の先に居る彼女は、私を見てほっと胸を撫で下ろしている所だった。
どうやら彼女に助けられたらしい。魔鏡術の速度は防御にも頼りになる要素なのだな。
それにしても今まで彼女の魔法は戦士や騎兵がモチーフだったのに、どうしていきなり塔なんて建ったのだろう。
私は少々場違いなそんな疑問を抱いたが、白黒と塔という要素から一つの答えを導き出す。
チェスのコマだ。今までに見せたのは確か、戦士と騎兵と塔だったか。思い返してみればすべてそれっぽい恰好をしている。
私は視線だけでアリスに感謝を告げると(それが伝わったのかは分からないが)、賢人の玉に向き直る。
……同時詠唱を含めて色々と気になる事はあるが、今はそれを確かめている場合ではないか。こっそり人造体を回復させようとしていた魔法を打ち消し、未完成の魔法陣をじっと眺める。
改めて考えてみると、この陣の魔力がどこから来ているのかは分からない。何となく賢人達の魔法なのだと考えてしまったが、施設から供給されているという事も十分に考えられるな。その場合同時詠唱でも何でもなくなってしまう。
今の所、それを確かめる術はないのだから“もしかすると同時詠唱なのかもしれない”程度に考えておくしかないのだ。
目を閉じて魔法陣を見ても魔力源らしき供給路は発見できない。
陣は既に7,8割程完成している。これを止める手段……もうあれしかないか。
他にも考えられるが時間的な猶予が足りない。私はそれ以上の調査を完全に諦め、一番実現の可能性がありそうな生徒に声をかける。
「コーデリア、あれ壊しましょう」
「……よろしいのですか?」
「どうもそれ以外に方法が見当たりませんし」
私が指示したのは部屋の中央にある丸い球。
色々と聞きたい事もあったので残しておいたのだが、自爆覚悟で魔法を使われたのなら仕方がない。私達はほぼ不死身の存在ではあるが、それでも命が安いなんて考える必要はないのだ。
知識を得られるのならばともかく、こんな狂人連中のお遊び程度で死ぬのは御免なのである。
幸い、私の発言に反対する者はこの場にはいなかった。
アリスも死ぬよりはマシと考えたのだろう。もしかしたら私の決定だからとか、口を動かしてまで反対するのは面倒だとか思っているのかもしれないが、いずれにしても反対しないのならその理由は私には関係のない話である。
コーディリアは私と目を合わせてその意思を確認すると、金剛に突撃を命じた。
その巨躯に相応しい重量を持つ彼は大きな角を振りかざし、バタバタと翅を動かす。
「お前、何を考えている? そのような事をしても……」
部屋にそんな言葉が響いた気がしたが、それは最後まで告げられることはなかった。
代わりに玉の砕けた音が部屋に響いた。何を言いたかったのかは知らないが、彼らももう十分に生きただろう。
……結局こうするのならば最初からやっておけば良かったな。人造体の相手なんて必要なかったのか。まぁ苦戦するほどの強敵でもなかったわけだが。
それとも普段はこの自爆魔法用の魔力で、球を守っているのだろうか。それは考えられそうだが、事前に確かめなかったのだから知る由もない。
一対の大角が、硝子の様な玉に突き刺さる。
易々と突き破られたそれを、金剛は角を押し開く事によって破壊していく。
バリバリと硬質な破砕音が響くのに合わせて、部屋がどんどん暗くなっていく。玉の中に入っていたはずの人魂は、いつの間にかその数を減らしていた。
思えば、精霊核もこうしてあいつに壊されたのだったか。まぁあっちは壊れた時には既に中身がいなくなっていたわけだが、これでこんな光景を見るのも二度目。
立場が違っても、未知の人工物が壊れて行く光景というのは案外気に入らない物だな。
「忌々しい……お前達も道連れに……!」
その瞳に何の感情も映さない金剛の動きを見ていた私は、僅かに聞こえたそんな言葉に首を傾げる。
しかしその意味を理解する前に、ついに彼の角が外れ、パリンと玉が大きく砕け散る。真っ二つになってしまったそれが、再び光を放つことはない。
しかし、部屋が完全に暗くなることはなかった。それ以外の光が強まったからだ。
私は部屋の中央で一気に完成した魔法陣を見た瞬間、咄嗟に身をかがめる。
直後、凄まじい衝撃が私の体を吹き飛ばした。
***
キーンとする耳鳴りに混じって、ガラガラと瓦礫の崩れる音が聞こえる。遠くで崩れている様にも近くの音にも聞こえるが、体の上に瓦礫が崩れてきたわけではなさそうだ。
それにしても、またこういう感じか。
私は少し前の経験を思い出しつつゆっくりと目を開き、そして真っ暗になってしまっている部屋を見回す。どうやら爆発に巻き込まれて数m程吹き飛ばされてしまったらしい。
その場に光源はすでになく、赤く染まっていたはずの部屋は何も見えない程に暗い。仕方がないので魔法の書からランプを取り出し、それを掲げる。
そこで真っ先に目に入ったのは崩れた床だ。部屋の中央に大穴が空いている。爆発の起点となったので、建物が耐え切れなかったようだ。
しかし部屋の大きさは変わっていないので、どうやら壁を崩すには至らなかったらしい。
先ほどまで敵対していた人造体や賢人の玉は、その破片すらも見当たらない。爆発に近かったので、こちらも床同様に壊れてどこかへ消えてしまったらしい。少しくらい調べたかったのだが。
そんな事を確認していると、私以外の光源がふわりと浮き上がった。アリスとコーディリアも気が付いたらしい。
あの爆発で体力が全損という事態にならなかったのは僥倖と言っていいだろう。
「……大丈夫ですか?」
「凄い爆発でしたね……急に組み上がったように見えましたが、もしかして完全な威力ではなかったのでしょうか」
「どうでしょうね」
立ち上がって埃を払った私は、少し離れた場所に居たコーディリアと言葉を交わす。
ふわふわと浮いていて私達より遥かに飛ばされやすそうなアリスも、どうやら無事なようだ。……そういえば、さっきは彼女に助けられたのだったな。一先ずの危機は脱したようだし、礼くらいは言わねばなるまい。
「……そういえばアリスさん」
「……?」
「先程はありがとうございました」
私の言葉を聞いて、彼女は慌てた様にぶんぶんと首を振る。どうやら否定したいらしいが、それを伝える言葉は出てこないようだ。
ファンだと告げられてからは私相手に緊張しているのかとも思っていたが、それはそれとして彼女が口下手なのは間違いないだろう。
私は奇妙な踊りを見せる彼女を無視し、目の前の大穴を覗き込む。
穴の先に見えるのは瓦礫ばかりだ。しかしこの穴、所謂クレーターではない。
床が崩れて下にある空間が露出しているのである。最奥だと思っていた部屋に更に下層があったわけだ。
「……この部屋、最奥ではなかったようですね」
爆発を起こして下の階に行くのがこの施設の正規ルートなのかは分からないが、これで先に進めるようになったのか。レンカとディーンには会えそうもないが。
……例えば今の戦い、他にどのような選択肢があっただろうか。
人造体を魔法陣が完成する前に倒す。自爆魔法に合わせて防御体勢を整える。
どちらも私達には出来そうもない。コーディリアも私も敵に何もさせずにじわじわと殺す方が得意だし、アリス一人では火力が足りそうもない。攻撃力の上昇も見込めない素の状態だし。
防御するにも攻撃するにも、人数が足りないのだ。
そもそも、あの誘いというか契約に乗る生徒がいる関係で、ここにフルパーティで到着する方が稀だろう。
そんな中でこの床下を発見するには、あれしか方法がないのではないだろうか……まぁ今更考えても仕方ない事だが。
「……先に進みましょうか」
私は瓦礫の高さを確認すると、一息に一つ下の階層へと飛び降りたのだった。




