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第178話 三人の戦い

 賢人の険しい声に合わせて人造体が動き出す。

 今まで私達に見せていた緩慢とした動きではない。距離を一気に詰めようとする、跳躍に近い鋭い一歩。


 私はそれを見てから即座に麻痺の魔法を使用する。

 それとほぼ同時に私の意思に従って魔法陣が展開され、バチンと青い火花が鎧の戦士を貫いた。昏睡でも麻痺でもいいが、これが決まれば一方的に殴って終了という形に出来るだろう。


 しかし、そんな私の淡い期待は的中し、そして甘い予想は打ち砕かれる。


 私の目論見(もくろみ)の通りに動きを止めた騎士だったが、そこから私の予想もしていなかった事が起きたのだ。

 麻痺が通ってすぐに彼の足元に魔法陣が描き上がり、彼が膝を突く前に完成する。その光を受け取った鎧は、崩れた姿勢を素早く立て直したのだ。


 その魔法陣を読み解く限り、今発動したのは回復魔法。それも状態異常の解除魔法だ。

 しかし麻痺中は動く事はもちろん、魔法の詠唱も阻害されるはず。


 それにも拘らず、現に彼はこうして動いている。どうやら何らかの方法で麻痺中にも魔法を使用してくるらしい。

 もしかすると麻痺している人造体と、本体である賢人が別々に行動しているという事だろうか。それにしては魔法視で敵対反応があるのは人造体の方だけなのだが。


 私は自分の足止めに効果が無い事を認めると、前へと一歩歩み出る。出来れば近接戦闘は避けたかったのだが、もうこうするしか方法が無い。考え得る限りの中では私が前に出るのが最適解だ。

 後ろを振り返らずとも分かる。おそらく二人は未だ詠唱の途中であろう。コーディリアが珍しく予想を外したようで、詠唱が速い陣を使っていない。

 ……彼女は私が足止めをする事を信じていたわけだ。裏切ってしまってから気付くのが何とも私らしい事だが。


 思わずため息が漏れる。止まらない、いや、止められなかったのだからこうする他ないのだが、それでも自信はないな。私の実力ではどうしても勝敗の分からない賭けになってしまう。


 このパーティには、この場に居ないレンカやディーンを含めてもそうなのだが、前衛が一人もいない。

 私は直接戦闘なんてしたくはないし、召喚系のコーディリアは私以上に能力値が貧弱だ。アリスも後衛の詠唱攻撃魔法を中心にした魔法使いで、レンカやディーンは属性使い。

 少なくともコーディリアが召喚を終えるまでは、私を含めて全員後衛で戦いたい面子なのである。ここまで戦闘らしい戦闘もなかったので気にしていなかったが、かなりバランスが悪い。


 ここに例えばティファニーが居たのなら、喜んで前線へと進んでもらうのだが……この面子で戦闘になってしまった以上は仕方がない。無い物強請(ねだ)りをしても現状は変わらないのである。


 覚悟を決めて、私があの騎士の注目を引き、攻撃を受け止める役目を引き受けるとしよう。

 何せ呪術師はなぜかステータスの伸びが良い。耐久方面に能力値を割り振っていないとはいえ、この中で最も耐久性が高いのは私なのだから。


 私は迫りくる剣の軌道を確認すると、そこに重なる様に開かれた傘を突き出す。

 細いはずの骨組みは、武骨な幅広の剣を防ぎ切り、戦闘に一瞬の間を作り出した。


 しかし、それを有効に活用できる人間はいない。

 今日出会ったばかりのアリスに、何も言わないままこのタイミングで合わせろと言うのはあまりに無茶だ。だからと言ってコーディリアの魔法では間に合わない。


 諦めの悪い二の太刀が、私の細い首に迫る。技量も何もない私の腕だ。大きく弾かれた傘はとても間に合いそうもない。


 ……それでいい。元からそれは想定していた事だ。

 そもそも私はこうした近接戦闘など、まともに一度も行ったことがないのだ。私が対応し切れるなんて事は最初から考えてはいない。


 私は迫りくる危機には構わずに、腰からナイフを引き抜いた。そのまま左目を軽く閉じ、作戦が上手く行っている事を確認する。普段は使わない色が視界に重なり、私は小さく微笑んだ。


 細い首筋に、凶刃が迫る。誰かの息を飲む音が聞こえた。

 アリスだろうか。コーディリアではないと思う。


 間に合わない傘を捨て、さらに一歩前へ。

 どうせ避けられはしないのだ。もちろん抜いたナイフでは防げもしない。


 いや、より正確に言うのならばその“必要が無い”。


 私の首筋で、ぴたりと刃が止まる。私が止めたわけでも、私の皮膚が石の様に硬かったわけでもない。

 彼が自らの意思で、刃を私に触れさせることなく止めたのだ。()()()()()()()()()()()()()


 兜から僅かに見える戦士の視線が正面に居る私から外され、自身の足元を睨む。

 そこにあったのは小さな、そして簡素な魔法陣。私を取り囲むように展開されたそれを、彼は爪先で僅かに踏んでいた。


 もちろんこれは私が用意した物である。効果範囲を絞り、自分を中心にしたその魔法は、超高速型。消費魔力や影響力、そして何より汎用性を捨ててまで私が全力で高速化した魔法陣だ。

 効果範囲に入った相手に、影響力を与えると言うだけの。


 剣の攻撃など一撃だけ防げれば、この効果が発動するには十分な時間だったのだ。


「ふふっ……」


 予想の通りに展開される戦闘を前にして、私は思わずくすりと声を漏らす。

 そしてそのままピクリとも動かない彼に迫ると、抱き付く様に首に腕を回して密着し、鎧と兜の隙間に隠し持ったナイフを差し込んだ。ナイフ専用に調整された毒液は、瞬く間に彼の体を蝕んでいくだろう。


 しばらく私から逃れようともぞもぞ動いていた騎士だったが、突き飛ばすだとか投げ飛ばすだとかそういった直接的な行動で私を排除しようとはしない。いや、できない。

 なんとも紳士的で素敵な事だ。とても私を殺そうと剣を振るっていたとは思えない。


 結局私が離れたのは、彼が大きく跳び退いた拍子に私が振り払われると言う形だった。その頃には十分に毒が進行していたので、これ以上抱き付いてあげる必要もなかったのだが。


 距離が離れた事により再び発動しようとしていた解除魔法を、私は魔法陣を重ねる事でキャンセルする。

 タイミングと位置が分かっているのなら、いくら速いとは言え十分に狙えるものだ。散々先生相手に練習した、もしくはさせられた技術だからな。この程度は造作もないと言っていい。


 壁役という役割を十分に果たした私はゆっくりと目を閉じ、彼にかかっている状態異常を両目で確認する。

 本来であれば近接戦闘中に目を閉じるなど避けるべき事なのだが、今安全なのは間違いないだろう。


 暗くなった視界の中で、黄色のオーラを取り囲んでいるのは2色の輪。先程ナイフでたっぷりと注ぎ込んだ毒の状態異常と、もう一つ。

 これは“魅了”の状態異常だ。


 魅了は中級呪術で追加された、高度な状態異常の一種だ。

 その割りに効果が微妙だったのでパーティプレイでは活躍の場がなかったのだが、今回はそのいやらしさを遺憾なく発揮している。


 魅了の効果は単純だ。

 対象が“術者”を攻撃しない様になる。ただそれだけである。深度も何もないこの状態異常は、本当にそれ以外の効果はない。恐怖の様に二種類の効果が同時に発動したりもしない。

 もちろん、ここで言う術者とは魅了状態の影響力を100にした人なので、今回で言えば私の事。そのため専門のタンクが居るパーティプレイでは全く役に立たない物である。強いて言えば広範囲攻撃の抑制にはなるくらいか。


 精神系の状態異常の中では効果時間が長めとは言え、他の味方は攻撃し放題。そして私はいつも後衛……。こんなのいつどこで使うんだ、と思っていたのだが、こうして前衛に出てみると大変便利だな。

 盾役を引き受けたところで、私が一手に攻撃を受けるなんて事は最初からできないのだから、妨害してしまうのは必須なわけだ。


 幸い、この人造体は状態異常耐性が低い。賢人共が解除魔法を使うためそれも完全ではないのだが、そちらは私の技量でキャンセルが間に合う。

 このまま全員で私を盾にしつつ攻撃してしまえば、かなり一方的な展開に持ち込めるだろう。


 私がそんな変則的な盾役を熟している間に、アリスの魔法が組み上がったようだ。コーディリアよりも早かったらしい。

 暗い部屋を円盤が飛んで行く。もちろんUFOなんて夢のある物ではない。あれはアリスの魔鏡だ。


 宙に浮いた鏡が光を放つと、床に魔法陣が映し出される。緻密に重ねられたその陣と魔法言語は、一見すると召喚陣の様にも見える物だ。


 光で浮かび上がった魔法陣はすぐに消えてしまうが、それでも像を描いた場所を起点にして、ある者を呼び出した。

 石材の床から立ち上がったのは、白馬の騎士。どこか作り物じみた、おもちゃの様な印象のそれは槍を構えて人造体に突撃し、すぐさま煙の様に消えて行ってしまった。


 私は初めて実際に目にした魔鏡術に、強い関心を抱く。この魔法、使いやすいか否かはともかく、面白い性能をしているのは間違いない。


 魔鏡とは単純な魔法の鏡の事ではない。

 魔鏡は魔法なんてなくとも“実際に”存在する代物だ。私がここからログアウトして、販売サイトでも立ち上げれば明日には届くだろう。


 その魔鏡を簡単に説明すれば、反射面の歪みによって反射光の濃淡を作り、一定の像を光で描く鏡の事である。

 日本では現在でも技術が継承されており、学校の歴史の授業でも隠れキリシタンが弾圧を避けるために使っていただとか小話として聞いた記憶がある。


 それを使うのが魔鏡術。もちろんここではそれその物ではないのだが、それをモデルにしているのは間違いない。

 魔鏡術師は一枚の鏡に複数の魔法陣を刻み込み、それを自在に操る事で魔法を扱う。鏡から光を照射して魔法陣を素早く描くのだ。

 詠唱時間は魔鏡の操作の前に行うので、一定回数までは無詠唱で魔法を扱う事が出来る。ただし、扱いはあくまでも普通の攻撃魔法。召喚系の様に短縮詠唱や詠唱破棄の火力減衰効果を回避する事は出来ない。


 また、魔鏡で呼び出された物はすぐに消えてしまうが、これは属性魔法の判定ではなく物理判定の攻撃となる。魔法が効きにくい相手には効果が高いという事だ。


 目の前にいる彼が、正しくそれだったらしい。

 騎兵の突撃に大きく吹き飛ばされた鎧の戦士は、受け身も取らずに地面へと激突する。そして人間とは思えぬ動きでむくりと起き上がった。


 黄色判定の割りに大きくオーラが削れている。魅了状態も毒状態もそのままだ。これはすぐにでも決着が付きそうだな。


 余裕の表情で人造体を見下す私の後ろで、コーディリアの召喚陣がようやく組み上がった。



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