第177話 決裂と仲間
「では、お前には用はない」
私が彼らの申し出を断ると、途端に部屋の空気が張り詰めた。どうやらこのまま和やかに解散……とはならないらしい。
賢人が当然の言葉を私に告げる。中身の誰がどう話をしているのかは分からないが、少しばかりの怒りが透けて見えるような声色だ。
これですべての交渉は決裂した。これ以上ここには用はない。私もそこには同意見だ。
しかし、一つだけ私の想定外の事が起きた。
私の目の前に召喚陣が敷かれる。そこに外円はない。古い形式のものだ。
それにそもそも召喚術でも蠱術でも死霊術でもない。その魔法陣は、どちらかと言えば試験で使われるものに形式が近いように感じる。
それは見る間に光を強め、内の見通せない光の柱へと変わっていく。赤に染まっていた部屋はすぐにその光で埋め尽くされた。
腕でその眩い光の直視を避けていた私は光が収まったのを確認してから、召喚陣のあった場所へと視線を向ける。
そこに立っていたのは一人の戦士だった。鈍い色の鎧を身に纏い、抜身の剣を手にしている。両手で幅広の剣を持っているせいか盾はないようだが、まるでこれから戦争にでも行く正規兵のような格好だ。
生徒でもここまではっきりとした戦士の格好をしている奴は見た事が無い。見た目が性能に影響しない上に、金属の鎧なんて動きづらいので当たり前だが。
顔どころか性別も分からない彼は、“用済み”となった私を真っ直ぐに見るとその剣を構えた。兜の隙間から見えるその目は、どこか生気の抜けたような印象を抱かせる。
……恰好だけはどう見ても臨戦態勢だ。つまりこれ、用がないから殺してしまおうという事か?
私は鎧の戦士から視線を外して、賢人達に一応問い掛ける。あまり興味はないが、彼らの了見くらいは聞いておこうか。
「これはどういうつもりですか?」
「契約に応じないのならば、お前たちの魂に用はない。命と共に知識だけを刈り取らせてもらおう」
「じゃあこれは?」
「人造体だ。我らの叡智と力、後悔と共にその胸に刻み込むが良い」
人造体。俗に言う、ホムンクルスという奴か。
どうやって動かしているのか、どうやって作るのかは気になるが、それを聞いても答えてくれるかは怪しい所だ。
もしかすると私達と同じ魔法体に近い物なのかもしれない。しかし、魔法視で確認しても黄色判定が見えるだけなので特に参考にはならなかった。
私は魔法の書から戦闘用の衣装を呼び出しつつ、人造体と呼ばれた人形を観察する。
尤も、全身を金属製の鎧で覆っているため体の造り等はよく分からない。兜や鎧の隙間はあるものの、部屋が暗いのもあって良く見えないのだ。一見するとただの人間の様に見える。正直これならアリスの方が人外っぽいな。剣の構えから推測される関節の可動域も人間とそう変わらない。
彼が人間、もしくは魔法体とほぼ同じ存在だとするのならば、私にとっては比較的相手をしやすい存在だろう。装備品でも揃えない限り、状態異常耐性が低い傾向がある。
しかし、一つ不安があった。それはここに来るための条件。上級以上の生徒であること。つまりそもそもここに来ること自体、上級の実技試験を突破する事が出来る存在を想定しているという事である。
そしてその最奥で戦う事になる相手……まず間違いなく強敵として設定されているだろうな。
いくら一人で応戦する事になる流れとは言え、私が倒せるかは正直疑問だ。
ならば残された選択肢は一つ。そこそこに戦ってみて、それから逃げるか。一応最奥まで来たと言う事実を持ち帰れば、学院も認めてくれるだろうし。
私は息苦しいガスマスクを外し、首に掛ける。ロザリーから受け取ったこのアクセサリーは、身に着けている判定ならば効果がある。実は腕に巻こうが頭に巻こうが効果は同じ。状態異常全般の耐性の強化である。
マスクだからと言って態々口を覆う必要はないのだ。
脱出口はこの部屋の入口。エレベーターが稼働するかは些か不安が残るが、それ以外に出口は見当たらない。
そちら側を塞がれない様に背を向けて戦う必要があるだろう。
そんな考えから、私がチラリと後ろを振り返ったその時だった。私はその先の光景を目にして、思わず目を見開く。
私が驚いたのは、いつの間にか扉が閉じてしまっていた事ではない。
居ないと思っていた人物がそこに立っていたからだ。
……思えば、さっきこの丸いのも“お前達”と言っていたな。契約を断わった生徒は全員、こうして命を狙われるわけだ。
私はすぐに表情を作り直すと、そこに居る二人に笑みを見せる。
「あら、意外ですね。二人もこっちですか」
「そういうサクラさんも……いえ、意外でもありませんね」
「……」
入り口の前に立っていたのは、コーディリアとアリスだ。
どうやら私と違ってこの玉を四方から観察などはしておらず、入ったままの立ち位置で賢人との交渉に臨んでいたらしい。
そういう私はと言えば入り口から左に回って、その反対側まで来ている。そんな場所で私がパーティの中で最初に契約を断わってしまったので、彼女らの立ち位置からすると若干不思議な位置で話が進んでいる形になっていた。
私はコーディリアの返事に笑みを深めると、硬い靴音を部屋に響かせつつ、しれっとそちらに並ぶ。人造体、というか賢人達は、意外にもそんな私達の準備が整うのを待っている様だった。
コーディリアは私が入り口のある壁に向かって歩き出したのを見てから、部屋をぐるりと見回した。
「レンカとディーンは来ていないのですか?」
「そのようですね。まぁあの二人はあれでも魔法研究会ですし、何より学科から考えても利の大きい話でしたから」
だからここに居なくとも不思議ではない。
私は言外にそう言うと、彼女はそれを一応納得した様子だった。
コーディリアの言う通り、レンカとディーンは部屋の中に見当たらない。
属性使いである彼女らにとって、他の魔法が使えるというのはある種の悲願に近い物だ。それを交渉の材料にされた時点で、すぐさま断ると言うのは考えにくい。
……いや、私のような例外を除けば、大半の生徒にとって即答しづらい話であっただろう。
むしろ彼女達が二人揃ってここに居るという事の方が不思議に思えてしまう。
例えば、蠱術師は通常の詠唱魔法が、魔鏡術師は属性魔法が使えた方が色々と戦略に幅が出る。多少専攻学科の効率が落ちてしまったとしても、他の専攻の魔法を選択できるというのは本来ならば利の大きい話なのだ。
だからこそ、私は邪法に期待して研究を進めているわけだし。
そんな事を考えていた私が、軽くその理由を問えば、二人共怪しい勧誘だと思って断ったとのことだった。まぁ、怪しい話なのはその通りなのだが……。
私とそんな談笑をしていたコーディリアは、私がいつものドレスに着替えている事に気が付くと、色違いのドレスに自分も着替える。アシンメトリーで、尚且つ私の物と左右対称の双子デザインだ。身長以外はそれほど似ていない私達だが、これを着ているだけで何となくニコイチ感とでも言うべき空気が出来上がる。
ちなみに、普通に着るのは大変面倒なティファニー渾身の力作であるが、魔法の書のショートカットに登録しているのでこういう時は一瞬である。
残されたアリスはと言えば、そんな私達の様子を食い入る様に見詰めていたが、私がチラリと目を向けると慌てて視線を逸らした。そしていそいそと自分も衣装を変えた。
その最中にぽつりと“生着替え”と聞こえたのは気のせいだったのだろう。コーディリアには聞こえていなかった様子だし、そもそも口下手なので彼女の言葉は大変聞き取りづらい。
元々モノクロの改造制服で着飾って(?)いる彼女だが、着替え先の戦闘用の衣装もモノクロだった。赤い部屋なので少々分かりにくいが、体を含めて徹底的に有彩色が排除されている。
形はロングスカートのエプロンドレスだ。この格好だとアリスモチーフなのが良く分かる。そんな可愛らしい彼女の恰好に対して、私の服はデザインだけは大人っぽい物だ。服の色味は私達と似ているが、受ける印象はかなり違う。
……ここは私を意識しているわけではないんだなと何となく考えてしまったが、そもそも似せたいけれど似せるのは迷惑……という意識で作った体だったな。
私達は衣装も武器も隊列も準備を終えて、ようやく賢人の玉を振り返る。
そこにはガシャガシャと鎧と靴音を鳴らしながら悠長に歩く人造体の姿があった。
交渉の待ち時間だったのか何だったのか知らないが、どうやら私達が戦闘の準備を整えるまで待っていてくれたらしい。
もしかすると裏でレンカやディーンの交渉が行き詰まっているのかもな。
即答でイエスならこの部屋にこれ以上の人数は増えないが、悩んでいるのならば増えるかもしれない……という事でこの待ち時間が出来ているというのは考えられそうな話だ。
しかし、そんな時間もついには終わる。
「お前達をまとめて我らの糧としてやろう」
いつもご感想、評価、ブックマーク、誤字報告ありがとうございます。
ネット小説大賞で第二選考まで残った拙作でしたが、最終選考でついに落選となってしまいました。ざっくり受賞作品を見た感じ、VRゲームのジャンルの作品は一作も選ばれなかったようですね。最終選考が最も倍率が高い段階の選考だと思うので、折角ここまで来たのに……と少し残念に思います。次の機会があれば高い評価が得られるよう頑張りたいと思います。




