第15話 死の価値
そこそこ長い詠唱時間を経て、見えない敵に怯えるライバを襲ったのは、電撃の様な衝撃波だった。
その衝撃波が瞬く間にライバを包み込むと、彼はばたりと倒れてしまう。今度は眠ったわけではない。全身を硬直させ、時折踠く様に痙攣をしている。
これは私の魔法の最後の一つ、麻痺の魔法だ。衝撃波を放ってその範囲内の対象に麻痺状態を付与する単純な効果。改造した当初から結構使えそうだと思っていたが、実際に使用感は悪くない。
弾丸タイプと違って狙わなくていいし、これだけ広ければ複数の対象を巻き込むのも狙えるだろう。詠唱が長く、発動場所に魔法陣が展開されるので見切られやすいのが欠点だが、この程度なら当てようはいくらでもあろう。
魔法視でライバを確認すると、現在かかっている状態異常は毒と恐怖、暗闇、そして麻痺だ。封印は発動まで時間が足りなかったらしく、混乱は既に時間経過によって解除済み。
ともかく、これで一応一通り魔法を使い終えたか。
後は攻撃魔法でどこまで戦えるのかを確認して、適当な所で切り上げよう。
私は毒の攻撃魔法で動けないライバを攻撃しようとして、魔法に反応がないことに首を傾げる。初めて魔法を使った時のようにしっかりと魔法を意識するが、相変わらず反応はない。
さっき使ったのだから、使えないという事は無いと……と考えた所で一つの可能性に思い至る。
もしかして、再使用までの時間が経過していないのだろうか。
確かにスキル一覧で見た時はこの魔法だけかなり再使用までが長かった気もする。スキルの使用状況は魔法視でも確認できない。感覚が頼りという事になるので少々面倒だ。
魔法の再使用までの時間、つまりスキルのクールタイムは、改造元の魔法と改造の内容によって違う。
状態異常系は回転が早いが、攻撃系の魔法はこの時間が結構長い。これが単純な属性攻撃だったなら話は別なのだが、残念ながら状態異常系の攻撃魔法は無駄に重いのだ。
……毒とほとんど同じ効果だからなんて言わずに、他の状態異常の攻撃魔法も持ってくれば良かったか。
ちなみに改造した魔法でも、改造元の魔法が同じ場合クールタイムが共有される。
例えば、毒の強化攻撃魔法を使った直後に、強化前の毒攻撃魔法や、別の毒の強化攻撃魔法を使う事は出来ないが、麻痺の攻撃魔法や毒の状態異常系魔法は強化済み未強化問わずに使用できる。
そのため一つの魔法を似たような方向性に複数改造し、スキルスロットを埋める行為はほとんど無意味と言ってもいいだろう。
余談だが、とにかく弱いと言われる呪術師は、このスキルスロットの数だけは全クラス一である。おそらく様々な状態異常を使い分けるというコンセプトのクラスで、使用可能なスキルの数も多いから。
おかげで次々に魔法が使えて楽しいね、と思いきや、遭遇した魔物に効果のある魔法自体が限られる。結局は再使用時間の呪縛から解放される事は無いのだ。
一体いつまで攻撃魔法使えないのかなと適当に杖を振っていると、突然杖の先に魔法陣が展開される。
しかしこの魔法陣は、毒は毒でも毒の状態異常魔法。攻撃魔法ではない。
どうやら誤作動で発動してしまったらしい。最初の魔法もそうだったが、キーワードが似ている魔法はこういうことがある。咄嗟に使い分ける練習が必要だな。
無駄にキャンセルしても良い事は何一つないので、麻痺で動けなくなっているライバに向けて毒を放つ。MPは詠唱前に先払いのシステムである。
初期スキル。それも無改造のこの魔法は、詠唱も再使用までもとにかく早い。私はMPも効果時間も気にせずに次々と毒を放っていく。
ようやく麻痺の効果が解除され、立ち上がったライバ。その頃には黄色かった体毛は毒の色ですっかり覆われていた。
しかし、確かに動き始めたのだが、その動きはぎこちない。まだ余裕はある。焦るような時間ではないのだ。
麻痺は特徴として、昏睡に比べて効果時間が短い代わりに直接攻撃をしても解除されたりはしないという性質を持つ。
そして何より、解除後も少しの間効果を引きずるのだ。つまり麻痺が解除された後も、しばらくの間動きが鈍くなるのである。
昏睡とは一長一短といった所だろう。
多数相手なら昏睡、単体相手なら麻痺が有用だろうか。もちろん両方使えればそれに越した事は無いのだが、両方使えると言うだけで呪術師が許されるほど世の中は甘くはない。
なぜなら役に立たない呪術師を一人入れるよりも、どちらか片方が使えて、尚且つパーティの役にも立つクラスを二人入れた方が絶対に強いから。
「あ、来た」
フラフラとした動きでライバが駆け出そうかというその瞬間、さっきまでとは違う手応えに顔を上げる。
この感覚と魔法陣は毒の攻撃魔法だ。ライバの足元を注視して発動場所を確定する。魔法陣が地面に描かれて、毒の泥が噴出した。
しかし相変わらず威力は……と思って魔法視をすると、思いの外赤いオーラが小さくなっているのが確認できた。
意外な光景に気を取られていると、ゆらりと動き出す赤い炎。慌てて身構えると、そこには眼前に迫るライバの姿があった。
思わず両手で身を守るが、果たしてどの程度効果があったのやら。
数瞬の後に、私の視界は空を映す。こうして見ると長閑な景色だ。実験中にどこかへと消えてしまった不快感が無ければ、こうも見え方が変わるのか。
永遠にも続くかと思われた浮遊感は、草むらの接近で終了する。
どさりと鈍い音が、意外に遠くで聞こえた。とはいえこれが自分の体の発した音だという事は、容易に想像がつく。
……どうやらここまでのようだ。
暗くなっていく視界の中で、私が考えていたのは最後の光景。逆さまの青空ではない。想像以上に小さくなっていたオーラについてだ。
あの魔物、思っていた以上にダメージを受けていたように思う。
僅かな違いだが、想定していた減り方より大きかった。単純にそう見えただけなのだろうか、それとも……。
私は薄れていく視界の中で、それだけを気にして死んでいく。
こうして私の初の実験は、私の死という形で幕を下ろすのだった。
***
いつの間にか閉じていた目を開けると、最初に目に入ったのは見覚えのある大きな石像だった。入学直後に通されたあの大広間である。
確か、こいつが光の加護とやらを人間に授けて下さった張本人だということだったか。こうしてみると何やら憎たらしい顔をしているように見えるから不思議である。
万象の記録庫で死んだ生徒は、全員この広間で生き返る。
生き返るというか、そもそもあのフィールドには生身で入ることが出来ず、魔法の体、つまりアバターの様な物で入り込んでいる設定らしい。
そのため経験は蓄積するが、物質的な物を中から持ち出したりは出来ない。アイテムなどは特殊な魔力の塊として集めることになるのだ。
そのため、実際に死んで生き返るというよりも、ここで目が覚めると言った方が適切かもしれない。
それを反映しているのか、この作品にデスペナルティはほぼないと言っても過言ではない。失うのはその探索で得たドロップアイテムと経験値だけ。
私のように初戦で戦死すれば失うのは時間だけ、というお手軽さだ。死が軽いのは私、つまり弱者には実に都合の良い設定と言える。
広間にはゲームを始めたばかりのプレイヤーや、私と同じく戦死したと思しきパーティが何組かいた。流石にリリース直後の様な賑わいではないが、それでもかなりの人数だ。
それら有象無象の中で、光の神に見下ろされているという事実が何となく気に入らず、私は広間を後にする。目指すのは……寮の自室でいいか。
単にここでは人がいると落ち着かないというのもある。最近入り浸っていた図書室は結構閑散としていたからだろうか。
この大広間から学生寮は近い。教室を含めるとかなりの広さのあるこの学院の中では比較的、という前提がある言葉だが。
尤も今回移動先に寮を選んだ理由は、近いからというより他が使えないからという消極的な要因が大きい。いつもの教室は別のクラスが授業をしているはずだし、図書室は遠い。ちなみに図書室が遠いのは、単純に使用頻度がそう高く想定されていないからだろう。実際あまり生徒の姿を見る事は無い。
私は長い廊下を足早に進み、寮へ続く渡り廊下から見事な中庭を見下ろした。
窓から覗く満天の星。さっきまで居たフィールドでは昼だったが、あそことここには時刻での繋がりがないようだ。
ここからは屋根が邪魔で月は見えないが、中庭は少し奇妙に思える程に強い月明りで照らされている。
中庭には綺麗に手入れをされた花壇が並ぶ。大輪の花を咲かせている中央の花壇には、噴水のような仕掛けも施されていて、見る者を楽しませる。
ちょうど水やりの時間なのか、機能的にも美術的にも見えるスプリンクラーが、霧の様な水で草花を濡らしていた。
……よく見れば、中庭の花壇にはしゃがんで何かをしているように見える生徒もいる。
小さな体を花壇の脇にねじ込み、何かを探しているようだ。あんな場所虫が沢山いそうに思えるが、この世界の花壇はそういうものではないのだろうか。
どちらにしても、あんな場所で濡れながら探し物とは。不運な女だと言うことには変わりないだろう。
渡り廊下の先にある寮への扉をくぐると、そこはホテルのエントランスの様な場所だった。
実際には寮母が生徒の出入りを監視しているだけの場所なのだが、無駄に綺麗に整えられているので結構な生徒がたまり場にしている。
私にとってはログイン直後くらいしか用事のない場所だが、彼らにとってはそうでもないらしい。いつ来てもガヤガヤと騒々しい場所だ。
今も一人の女生徒が男子生徒に掴みかかって何かを話しているのが見えた。その表情は真剣と言うよりも焦燥。何か上手くいかない事でもあったのだろうか。
私はそんな連中を気にも留めず、その更に奥にある扉を開けて足を踏み入れた。
普通ならここから廊下があって個人用の部屋がずらりと……という光景が待っているはずだが、そのすぐ先には少し見慣れた私の自室が待ち構えている。
おそらく他の生徒と間取りは一緒だが、机には借りてきた本とメモ書きが山積みになっていて、ベッドのシーツはぐちゃぐちゃ。ここで“寝泊まり”するようになってから部屋の掃除など一切していないから、ここは私の部屋に間違いはないだろう。
先程の扉は、くぐると廊下ではなく生徒の自室に直行する設定になっている。簡単に言うと、未来のロボットが取り出すジャンプドアのような物だ。
おそらくは理論上無限に部屋が必要になる寮を複雑化させないためのシステムなのだろう。ちなみにログアウトすると自動で自室に帰るので、こうして逆方向から歩いて戻って来たのは今回が初めてである。
……さて、自室に戻ったところで先程のあれについて検証を開始しようか。
私は魔法の書を呼び出すと、最新の戦闘ログを漁り始める。確かにあれは私が与えた記憶のないダメージを負っていたように見えた。
それが真実だった場合、もしかすると……。




