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第171話 霊障

「あった」


 小さな音がうるさい部屋の中でベッドの下を覗き込み、そこに何か汚れの様な物が書き込まれている事を確認する。おそらくこれが目的の魔法陣だろう。

 どうやらベッドの下の敷物に魔法陣が描き込まれているようだ。


 私はベッドの四隅にある足を一つずつ持ち上げ、件の敷物を回収する。

 カーペットの更に上に敷かれていたそれは、シーツの様な薄い無地の布だった。そこに赤茶けた塗料で陣が描かれている。これは外円がないタイプ、つまりはかなり古い魔法陣だ。


 これが結界という話だったが、単純な防御魔法というよりはこの部屋自体を悪霊にとって有害な場所にして、追い出すような仕組みになっているらしい。煙を焚く害虫駆除薬みたいだな。

 私は部屋の探索中に見つけた筆を手に取ると、明らかに抜けている部分を書き足していく。合計3カ所。単語は出来るだけ効率が良さそうな物を選んだ。


 しかし、これはただの穴埋め問題だな。

 間違っている物を正すと言うより、そもそも未完成品だ。まぁこれを消してくれと言われたら道具の関係で少し問題だったので、こちらとしては有難いが……。


 私はさっさと作業を終えると、少し埃っぽいベッドに寝転がる。

 探索中に掛け布団を剥がしてぐちゃぐちゃにしてしまったが、寝心地自体は悪くない。スプリングの入っていないベッドは、柔らかな感触で私の体を包み込む。


 ディーンが言っていたルールによると、後はここで規定の時間まで過ごすだけだ。一応それがタイムリミットでもあるようだが、あっさりと陣を見付けて謎も解いた私にとってはただの待ち時間。

 相談させないためなのか、魔法の書の通話やメッセージは通じない。ただただ暇な時間だな。魔法陣が完成したからなのか、足音も聞こえなくなったし、お化け屋敷としても欠陥だ。


 私は寝転びながら小さく欠伸をして、目を瞬かせる。

 少しうとうととしてきてしまった。この遺跡に入ってから随分と時間も経ったし、疲れているのかも。寝たらログアウトなので大変不味いのだが……。


 そうして気を抜いていると、突然バンと何かを叩く音が部屋に響いた。

 半分閉じかけていた目を開き、周囲を見回す。今のは一体何の音だったのだろうか。


 ドンドン、ドンドン。

 音が鳴っているのはどうやら扉の方らしい。暇になった誰かが来たか、もしくはこれも悪霊とやらの仕業なのか。制限時間まではまだ余裕があるため、おそらくは後者と考えてまず間違いないが。


 私はもう一度寝転がると、地面に広げっ放しになっている陣を見下ろす。

 これが完成したらちょっかいを掛けてこないのかと思っていたら、意外にアグレッシブに行動するようだな。部屋に入っては来ない様なので、放っておけばそれでいいか。


 ……なんて悠長な事を考えていたのは、その真っ白な布が視界に入る前までだった。


「……え?」


 魔法陣が消えている。唯一残っているのは私の書き込んだ、新しい赤い文字のみ。

 赤茶けていた魔法陣の大部分は、綺麗に跡も残さず消えてしまっていた。当然魔法が発動している様子もない。まぁそもそも霊的な物を退けると言うだけの効果なので、目に見える物ではないのだが……。


 ……何となく分かって来たぞ。

 これ、時間経過で悪霊が陣を消してしまうのか。私があっさりとこの布を見付けたから、穴埋め部分が少なかったのかも。


 それにしても宿泊客にしか見えないとは何だったのか。もしやその悪霊、実は元宿泊客で名前が記帳されているんじゃないだろうな。


 私は仕方なくベッドから起き上がると、陣の基本的な形を記憶から、そして製図用具をなぜか部屋に放置されていた鞄から引っ張り出す。

 おそらくは前任者の遺品なのだろうが、どうやらこれに使えという事らしい。


 確か、この陣は基本的な光の魔法の魔法陣だったはずだ。

 外円はなかったはずだが、神聖術でよく使う単語をベースにした、攻勢防御の陣。古い形式だなと感じただけで、そこまでの目新しさはなかった。


 図が書き上がったら、残りは文章。

 こちらは流石にそっくりそのまま思い出すことはできないが、自分の書いた単語が適当な位置に埋まる様に文章を並べて行く。ある程度効率化は出来ていたはずなので、選択肢は限られる。完成さえすればいいと思って思い付いた単語を入れていたらむしろ難易度が上がっていたので、自分の癖には感謝しなければならない。


 陣を描いて行く毎に扉を叩く音は激しくなる。古びた扉は今にも壊れてしまいそうだが、内側からどうにかできる物なのだろうか。開けても押さえてもどうにもならなくないか? 対処法が思い付かない。

 それに、直接的な妨害をしてこないなら別に怖くも何ともないし。


 そんな妨害として中途半端な騒音で気が散って仕方がないが、何とか陣を描き上げる。

 すると扉を叩く音はすっと収まった。


 やはり一応陣の効果はあるようだ。今回は塗料に魔力が含有されている仕組みなので、魔力源を必要としないのが有難い。まぁこの通り、その分寿命は短いのだが。


 しかし、また消されては厄介だ。完成した陣を今度こそ記憶しようと見下ろしていると、ぽたりと天井から雫が落ちた。

 特に視界にも体にも異変はないが、ぱたぱたと何かが床に落ちる音が耳に入ってその事に気が付く。どうやら次の妨害は雨音らしい。さっきの騒音の方が気が散る分、レベルとしては高い気がする。


 しかし、実際にはそれで済まなかった。

 天井を見上げると、真っ赤な染みが広がっている。部屋中のどこもかしこも赤赤赤……そこからぽたぽたと雫が落ちては床を汚しているのだ。当然陣の上にも染みはある。


 つまり、陣の上に血が落ちてしまう可能性があった。

 魔法陣が汚れるのはできれば避けたいが、これは畳んで仕舞ったりすると十分に効果が発揮されない。


 ……一応直接的な嫌がらせにはなったが、どうにもやる事のスケールが小さいな。


 私は血の汚れが目立ちそうな、真っ白な傘を出して陣の上で掲げる。服はどうせ汚れても後で新品同然に戻せるので、自分が汚れる分は気にしない。


 もしや私、この武器を初めてまともな方法で使ったのではないだろうか。

 今まで雨が降っていようと普通にこの傘を差したことはなかったな。いつもの事だが、取っ手が猫の形をしているので大変持ちにくい。可愛いけど実用性は……。


 その後も窓ガラスや鏡が割れたり、勝手に洗面台が逆流し始めたりと様々な事があったが、やっている事は脅かすか陣を汚すかの二択だ。

 その上で脅かしている最中に魔法陣を直接的に消していく。これが悪霊の基本的な行動らしい。


 私は魔法陣が消える度に書き足し、そして布が汚れそうな霊障から魔法陣を守っていく。


 ……これ、陣が正しいとか正しくないとかではなく、そもそも対処法が根本的に間違っている気がする。直接浄化とかできないのだろうか。

 今回の方法では私がやっている様に、一晩中陣の見張りをしなければならない。前任者はおそらくそれを怠ったのだろう。


 大きな音が急に鳴ると流石に驚くが、怖くて縮こまる様な恐怖は感じないし、最初から対処法は分かっている。

 このくらいで上級なら、他の部屋も大丈夫だな。怖がりでも十分にできそうだ。


 陣を何度も書き直しながら、そう言えば悪霊と魔物って何か違うのかななんて考察をしている内に、一切の霊障が収まってしまった。

 急にピタリと鳴り止んだ音のせいで、静寂が耳に痛い。時計を見ると、どうやらついに制限時間が過ぎたらしい。


 私は自分が描き上げた、最初の記憶と少し違っている気がする魔法陣を壁に貼り付け、部屋を後にしたのだった。



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