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第167話 調査を終えて

 太古の賢者。

 そう言われても今一つピンと来ないが、魔法陣の開発者と言えば有名なのは一人だけだ。そしてウィズダムというのがその人の“名前の内の一つ”だった事は、僅かだが私の記憶にも残っている。


 年を重ねるに連れて改名しているのか、それとも本当に複数人居るのかは不明だが、現代魔法学を学ぶ上で彼の知識は避けては通れない。魔法陣という概念を作り上げた張本人なのだから当然だ。


 また、彼がこの施設の創始者という事は、施設の大体の年代も把握できる。

 ……のだが、それが少し問題だった。古過ぎるのである。


「私にはもっと新しい場所に見えますけどね。ここは特殊な例だとしても、エレベーターとか入口とか、まだまだ稼働している施設に見えますよ?」

「そうだな。だから実際には名を借りているだけかもしれない。中世以前の魔法使いはあらゆる物の名前を重要視した。偽名文化もその一部として考古学者を悩ませている」


 ディーンは私の指摘を聞きつつも、金属板の文章から顔も上げようとしなかった。ただ、その内容は大して役立つ物でもなかったのか、すぐに会話へと意識が逸れて行った。


「ただな、名を借りるにしても、それなりの由緒が必要なんだ。ウィズダムの子孫が責任者だったり、彼の言葉を元に設計したりな」

「つまり、何らかの形でそのウィズダムという方が関わっているのは間違いないと?」

「そうなる。まぁ歴史の話だ。間違いないとまでは言い切れないが、疑ってかかった方がいいくらいの信憑性はあるな」


 私は彼の話を聞き、少し考え込む。

 名前を借りるにしても、縁も所縁(ゆかり)もない所からは借りられないのか。それが例え死者の物であったとしても。


 ……なるほどな。名前を大切にするが故にややこしく、そして繋がりも見えてくると。文化とは不思議な物だな。

 まぁ考古学は古代言語学を含めてさっぱりなので、話半分に聞いておくくらいしかできないのだが。


 それにしても、ディーンは歴史に詳しいらしい。

 学院には古代言語学はあるが、考古学という学問はない。魔法使いに関連する歴史も個人的に学んでおけと言われるくらいの扱いだ。授業では大した事はやらず、テストでも偶に出題されるが、深くは問われない上に配点も低い分野だ。


 そのため深く学ぶとなると自力で調べる他ないのだが、ここまでいくつか話を聞いている限り彼はかなりの勉強家だ。図書室の資料からの聞き(読み?)かじりで、歴史自体に大した興味も持っていない私とは比べ物にもならないだろう。

 魔法研究会の副会長と言っていたが、彼にはもっと相応しい肩書がある様な気がする。


 そんな事を私が口にすると、レンカが大変嫌そうな顔で振り返った。


「こやつはただのオタクじゃよ。自作の歴史年表作るのが本題で、そのために魔法陣の研究しておるし、そう褒められたもんでもないわ」

「それ自体は否定しないが……歴史から学べる事も多いだろう。古代魔法なんてその最たるものじゃないか」

「どうじゃろうな。今は一から組んだ方が調べるより早いかもしれんぞ」


 レンカの言葉を聞いたディーンは、珍しく少しだけむっとした様な表情を見せる。どうやら歴史研究が役に立たないと言われて(ニュアンスは若干異なるが)ご立腹の様子だ。

 まぁそちらの二人について何か言う事はない。彼の知識が今この場で唯一のものであり、何よりそれが役に立ちそうだという事の方が重要なのだ。


 会話を抜けた私は、空になっている様に見えるシリンダーの調査へと戻る。あちこち触り、どこからか開けられない物かとナイフを片手に格闘を続ける。

 このシリンダーは、ここでの話し合いが始まってからずっと調べているのだが、どうも開きそうには見えない。古くなった場合、シリンダー自体を交換する形で、中身を入れ替えたりはしない設計になっているようだ。

 強度重視なのか、そもそも光の属性の影響で部品の劣化はしないとの考えか……。


 私は仕方なくシリンダーを床に放ると、入学してから傷一つ付いていない革靴で、それを思い切り踏み締める。

 ガリっと砂とガラスが擦れた様な音は響くが、私の全体重を受けてもとても割れそうもなかった。


 ふむ。体重が足りないのか。それなら仕方ない。私の体は軽いからな。

 ……実際この体、40㎏もないだろうし。現実の何%だろう。流石に半分までは行かないと思うが。


 それにしてもこのシリンダーの中身、きっとエーテルだと思うのだが、確かめる事は出来そうにないな。

 割らずに薬液でも注ぎ込めばとも考えたのだが、残念ながらその方法も失敗に終わっている。


 まぁ実は、これを確かめた所で大した意味はない。

 もしもこれが予想通りエーテルだった場合、光っているシリンダーの中身は光エーテルという事になる。そんな物見た事も聞いた事もないので是非とも確かめたかったという、ただそれだけである。


「……この部屋も粗方調べ終えましたね」

「調べ終えたと言うより、何が何だか分からないような……」

「そうとも言いますけど、そういう時はとりあえず放置するのが正解です。分からない事はいくら考えても分からない物です」


 他の生徒よりも一足先に調査を一段落させた私は、壁に寄りかかりつつコーディリアと言葉を交わす。


 彼女は水槽の中身を調べていたようだが、特に収穫はなかったようだ。現在は何となく他に行かずに地下に留まっているだけで、特に何かをしている様子はない。動物の詳しい種類も分からなかったとの事。

 まぁこれは仕方がないな。この場に居る誰も知らないのだから、誰も責める事は出来ない。


 私は彼女と少し話してから、地下室の中を見回した。ここからだと他の生徒の様子も良く見える。

 レンカはこういった調査にそもそも慣れていないのか、調べていると言うよりは観光でもしているようだ。(しき)りに視線を振ってはディーンにちょっかいを出している。

 そのディーンの方も、あまり進展している様子はなかった。尤もレンカのせいというよりは、この部屋自体に文字媒体の資料が全くない事が原因なのだが。


 そして私達の最後の一人、アリス。大変口数の少ない彼女だが、調査に対してはかなり真剣な表情だ。

 ただ、どこを見ているのかはよく分からない。配管や水槽の動物の並び順を見ている様にも見えるが……。


 私は真剣な表情で水槽を覗き込み、何かをメモしている彼女にそっと近寄ると、隣から声をかける。


「……アリスさん、調査は順調ですか?」

「っ……! ……あ、ぇと……ぃ……」


 彼女は私の存在に気が付くと慌てて距離を取り、そして最早単語にすら聞こえない何かを口にした。私に声を掛けられて余程驚いたらしい。

 その後しばらく、私の顔や自分のメモ、そして部屋の他の生徒の様子を見回していたが、彼女は最終的には顔を伏せてポツリと呟く。


「……ごめんなさい」

「ええ。調査は順調ですか?」


 何の謝罪だか分からんが、とりあえず受け取って会話を続ける。……これはこれで面倒なコミュニケーションだな。

 昔会った無言のカレンを思い出すが、あっちは言葉が一方通行という一種の諦めがあった。今回は、下手に通じ合うからこそもどかしい。


 私の二度目の質問を聞いて、今度こそ彼女は自分のメモに視線を落とした。


「……順調じゃ、ない、です……全然……」

「そうですか。そろそろ地上に戻ろうと思いますが、大丈夫ですか?」

「あ、はい……」


 それにしても何かを書き記していたとは思うが、順調ではないんだな。私達の話し合い以上の情報は出てこなかったという事だろうか。

 アリスを調査から連れ戻した私は、こちらこそあまり順調そうには見えないディーン達も呼び戻す。


 この地下室、面白い事は色々と想像できるが、特に先に進めそうなヒントはなかった。それこそ私達の求めるものなのだが。

 ……どうやってこの先に進めばいいんだ? エレベーターを動かしそうな物や、先への扉などは特に報告にはなかった。残った気になる場所と言えば、ここの真上くらいだろうか。


 とりあえず一通りの調べ物は終わったという事で、私達は部屋を後にして長い長い地下道を進んでいく。


 先頭を歩いていた私は最初の扉を通り抜けた事で、ある事を思い出した。

 あの地下室には闇の神に関係する物なんて見当たらなかった。改めて扉を見ると、どこからか魔力を通している様子にも見えない。こういう設置型の陣の場合、魔力源と陣に物理的な接点が必要になるのだが、どこかに何かの仕掛けがあるようにも見えない。

 もしかすると、魔力は扉そのものに埋め込んでいるのだろうか。金属じゃなかったら壊してみるんだが……。


 そんな考え事をしながら地下道にある最初の扉まで戻って来ると、もう後は梯子を上るだけだ。

 ランプに照らされた梯子は、相変わらず錆だらけで頼りない。帰り道に壊れたりしない事を祈るばかりだ。


 私は意を決してそれに手を掛けようとし、そしてそれを阻まれて動きを止める。

 私の横からいきなり手が伸びたのである。半ば無理矢理に横入りし、錆びた梯子を掴んだのはディーンだった。ただ、その表情は何か苦々しい物を感じさせるものだ。

 単純に順番が守れないと言う訳ではなさそうに見えるが……。


 一瞬何事だと考え込んでしまったが、私は彼の後ろに居るレンカを見て納得した。


 どうやらディーンは梯子を下りる時に色々言われたらしいな。言われてみればこのパーティ唯一の男子生徒だ。肩身は狭いだろう。

 ……暗くてスカートの中身なんて見えないと思うが、上る時はその反省を生かしているわけか。最初に登れば上を見ても何も言われないだろうから。


 いきなり割り込みをされて止まっていた私を置いて、ディーンとレンカは二人で先に梯子を上り始めた。二人分の体重を支えた梯子は、ギリギリと悲鳴を上げつつも何とか耐えている。

 ここに更なる荷重を加えるのはやや忍びない……というか普通に怖い。見た限りかなり頑丈そうな造りではあるが、世の中に絶対はないからな。錆びてるし。


 残された私達は、何となく視線を交わし合う。

 別にスカートを覗かれるのは気にしないが、何人目かの時点で梯子が限界を迎えるなんて事も考えられる。……順番、どうしようか。



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