表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/277

第165話 深淵へ

 ナイフを小さな隙間に突き刺し、残ってしまった植物の根を排除していく。入り込んだ根を完全に抜き去る事は出来ないが、それでも蓋の隙間がはっきりと認識できる程には綺麗になった。


 しかし綺麗な正方形であるその隙間は、人間が指を入れられるほどの幅はない。

 ナイフを差し込んで梃子(てこ)で……とも考えたのだが、意外に深いので上手くいかなかった。その蓋には他に開けそうな仕掛けはないし……。


 どこからか開かないかとナイフをもう一周させる。この先は確実に何かがあると思うので、出来る事は試しておきたい。


 諦め切れない私がガチャガチャと刃物を差し込んでいると、急に何かが刃の先に触れる。

 最初は残ってしまった植物の根っこかと思っていたのだが、刃先に引っ掛けて抜き出してみると、それは想像もしていないものだった。


 隙間から取り出されたのは、黒い紐だ。おそらくは金属製なので、ワイヤーと呼んだ方がいいだろうか。紐は両端が蓋の対角に接続されているらしく、引っ張っても完全に抜ける事はない。


 どうやらこれがこの蓋を開ける仕掛けらしい。

 こんな風に隠してあるなんて、普段使いには大変面倒なように思うが、どこかにこれを引っ張り出す道具でも保管されていたのだろうか。まぁもう必要ないが。


 私は立ち上がると、全身の力を込めて真っ直ぐに紐を持ち上げる。

 厚みのある蓋は少しずつだが、私の細い腕によって持ち上げられていった。


 何で出来ているのか判然としない、床と同じ素材の蓋。その厚みは10㎝程もある。

 穴に対して蓋の大きさに余裕がないため、引っ張り上げるのには苦労したが、抜き出してみると見た目以上に軽かった。


 その蓋の先はまたもや蓋だ。しかし、今度は開け方に苦労する事もない。取っ手の付いたハッチがあるだけなのだ。

 簡易的なロックを解除してハッチを開けると、唯一その先に見えたのは錆びた梯子(はしご)だ。地下へのその道はあまりに暗く、とても全容を確認する事は出来ない。


「……行ってみるしかないわね」


 朽ちた梯子は、この軽い体重を預けるにもあまりに頼りない。

 しかし、ここで臆して何になると言うのか。どうせ本当の意味では死なない体なのだから、下りて確かめるのが最善だろう。


 私は腰に下げていたランプを再び点灯させると、錆びた梯子にそっと足を預けた。


 それからしばらく。私は地下へとずっと降り続けている。

 既に入り口の光は豆電球の様な頼りなさだ。腰に下げた明かりだけが視界の助けになっている。

 手と足を動かしつつそっと下を覗くと、地下の底で何かが反射しているのが見える。ただ、それが何なのかは分からない。水が張っている様にも、光沢がある床にも見える。これが実は井戸とかだったら二度と上に戻れないかもしれないな……。


 それにしても、地下はかなり暗い。外はある種の不気味さはあれど明るい世界だったのに。まぁ当たり前と言えば当たり前なのだが、これだけ色々と不思議な施設だと言うのに、照明が設置されていた気配すらないのはどういうことだろうか。地上階にはそれらしき痕跡が残っていたはずなのに。


 そういえば、そもそもなぜ地下室なんて作る必要があったのだろうか。この施設が土地に困っていた様子はない。

 周辺はだだっ広い草原であり、施設を横に広げるのはそう難しそうに見えないのだ。二階を作る理由も分からないが、地下室なんてそれ以上の労力だろう。そんな場所で地下室を作る必要性がどこにあるんだ?

 普通に考えれば明らかに無駄としか思えない。


 それでもこの施設は、ここまで深い場所に地下室を作った。

 地下にある特殊な条件を必要としていたとか、そう言う事だろうか。例えば、隠したい事があったとか……明るいと何か不都合があるとか。


 私は今一つまとまらない考え事をしながら、頼りない梯子を下りて行く。そうしていると、ついに左脚が梯子に触れずに宙に浮いた。どうやら梯子はここまでの様だ。

 私は現在位置の高さを確認してから、そっと地面へと飛び降りる。


 既に遥か上にある入り口の光は届いていない。いや、実際には光が見えるので届いてはいるのだろうけれど、この場所があの光で明るくなることはなかった。

 ランプを腰から外すと、私は目の前にある物を照らす。


 梯子を降り切った私が目にしたのは、頑丈そうな扉だった。しかもただの扉ではない。

 やや縦長の四角形をしているその扉には、陣が刻まれている。彫刻刀か何かで削ったように見えるが、扉は金属製。緑青が吹いており、かなりの年月を感じさせるものだ。


 そういえば、上で見つけた資料でも彫り込まれた文字は消えていなかった。実は彫ると言うのは陣を描くのに多少の面倒がある方式なのだが、経年劣化を恐れてこのような方式にしたのだろうか。

 魔法陣として塗料に比べて優っている点は、寿命くらいなものだろう。


 しかし、私にとって重要なのはこの扉に刻まれた陣の内容だった。

 これは、どうみても邪法である。陣が円形をしていないし、魔法言語も邪法用の物が含まれている。


 まさかこんな場所で見るとは思わなかった。

 ここは一体、何の施設だったのだろうか。


 その陣の意味はまだまだ完全には読み解けないが、おそらくは光の属性に対して何かをするものだ。封印に近いが、少し表現が違うな。弱める、もしくは反発するとかそういう意味合いだろうか。

 とにかく新たな発見だ。今後何かを読み解くのに役に立つかもしれない。


 私は片手で写真を数枚撮影すると、すぐ無遠慮にその扉に手を掛ける。こう言った物は実物をいくらじっくりと見ていても仕方がない。

 何せ今の私は邪法が使える。学院に帰ってから実際に実験を繰り返した方がはるかに有意義だ。


 手をかけたドアノブもすっかり緑青塗れであり、ざらざらとした感触が肌に伝わる。

 長い間放置されていたためか動きはかなり怪しいが、それでもノブと蝶番はガリガリと嫌な音を立てつつ私を迎え入れた。


 その先にあるのは長い廊下。

 数回曲がり角はあるが、分岐はない。完全に狭い一本道になっている。

 この狭さは地下室らしいと言えばらしいが、そもそも地下室にこんな廊下を作る必要性はあまり感じないな。扉と違って廊下自体に何かの細工がしてあるという事でもなさそうだし。


 その後、私は数枚の扉を抜けて行く。尤も、その先にあるのも廊下ばかりだが。

 廊下はかなり長く、曲がりくねっている。既に地図なしでは現在位置すらも怪しくなってきていた。強いて言える事と言えば、後ろに戻っているわけではなさそうということくらいか。ある程度一定の方向へと進んでいるのは間違いないだろう。


 複数枚設置されている扉は相変わらず謎の陣が刻まれた物ばかりであり、この先にあるものの重要性を予感させる。


 ……ここは、この先にある何かを封じるための地下室なのではないだろうか。

 曲がりくねった地下道と、何かを封じるために設置したと思しき扉。それも現世では扱える者が限られる邪法まで使って封じている。


 途中からその事に気付いて開けた扉を閉め直しているが、戻って全部閉めて来た方が良かっただろうか。面倒なので流石に戻りはしないが、少し心配になる。


 ……思えば、妙な話だ。

 ここは現世の施設には間違いない。そして現世は、闇の神の影響が大幅に削られてしまった世界である。

 そんな場所でどうして闇の神が司る力である、邪法が扱えているのだろうか。ここに居る人物もまた、闇の神から力を授かったのか? どうやって?


 邪法と言って真っ先に思い出すのは、やはり疫病の蛇の村だ。あそこでも邪法を使って首なしの蛇を封じていた。おそらく疫病の影響を封じ込めると言う意味合いだったと思われる。


 ただ、あそこが邪法を扱うのは理解できる。

 何せ本人の死体があった場所であり、呪いを込めた血が大量に染み込んだ土地でもある。闇の神所縁(ゆかり)の品など沢山あるだろう。その力が扱えても何ら不思議はない。


 そう考えると、ここの施設にも何か闇の神に関連する物があり、その力を使って邪法を行使していると考えるのが自然か。流石に神の死体まではないと思うが、どうだろうな。


 私はキョロキョロと視線を左右に振りつつ、そんな事を考え込む。扉の魔力源は特に見当たらない。邪法の魔力源など人間と魔物以外に見た覚えがないので、術者を必要としないタイプならできれば発見しておきたいのだが……。


 そんな希望を抱きつつ、私は何度目かの扉を押し開いた。

 その先が廊下ではない事はすぐに分かった。明らかに今までの扉と様子が異なっているのだ。


 まず、眩い程の光が溢れている。それにどうやらここは相当に広い。廊下が狭かった事を考えると、10倍近い横幅があるだろう。

 真っ先に目に飛び込んできた光に思わず目を細めるが、その光の発生源が何なのかはすぐに判明した。


 動物だ。

 今まで何度か見て来たあの4種類の動物が、透明な液体が入った四角い水槽の中に浮かんでいるのだ。


 それらは相変わらずピクリとも動かないが、上にあったミイラとは違いこちらはまるで眠っている様である。瞼を閉じ、安らかな表情だ。

 しかも一体や二体ではない。合計数十体近くの動物が、均等に並べられているのだ。


 最初は水槽が光っているのかと思ったが、どうやらこの動物達が輝いているらしい。

 一体これは何なのだろうか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 謎解きというかミステリーものというか何というか…想像してた展開と違う…面白いけど…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ