第162話 複数の道筋
「サクラ・キリエです。呪術科を専攻しています」
自分の名前から始まった自己紹介は、特に当たり障りもない内容だ。成績について自分から話題にする必要はないし、そもそも話す事はあまりない。
今回は別にこの面子で戦う訳ではないので、戦法がどうだかという話もする必要がないのだ。
ただ、一つだけ聞きたい事があった。
しかし、それは後回しにした方が良さそうか。一応全員の自己紹介が終わってからにしよう。まだまだエレベーターは地下へと降りて行っているらしいし、聞く時間くらいはあるだろう。
下降中のエレベーターは、上へ上へと壁を押し上げる。途中にある数々の扉を見送っている間にも、淡々と話は進んで行った。
レンカから始まった自己紹介もこれで4人。コーディリアの少々畏まった話も終わり、ついにこの場に居る最後の人物へと注目が集まった。
彼女は、かなり異質な容姿をした生徒だった。
人間とは思えぬ程に白い肌。それは色白だとか白人だとかそういった範疇にすでになく、まるで血の気を感じさせない無彩の白さを持っている。
髪も瞳も作り物の様に黒く、そして制服すらもモノトーンに改造された物を着用している。
一見してあまりにおかしいと思う容姿……いや、色合いだ。
まるで白黒写真から抜け出してきたかのような彼女は、小さな体を宙に浮かせている。そのため頭の位置は私よりも遥かに高いが、実際の身長差はどうだろうな。少々あちらの方が大きい気もするが、実は大差ないかもしれない。
そんな、視界に居るだけで視覚情報に不具合が出たのかと思うような彼女だが、学院では大変な有名人だ。それも単純にアバターが変な奴がいるなんて話ではなく、一夜にして話題を掻っ攫ったという過去を持つ。
彼女の名は、アリス。苗字はないらしい。
何と言うか、名前から感じられる“少女性”の様な物は……あまりそれっぽい印象は受けない。むしろ夢とかあまり見なそうだし、彼女自身の方が不思議要素の塊に見える。
私は名乗られる前から彼女の事を知っていた。理由はディーンと同じだ。
彼女こそ、現在の学院筆記首席その人だからである。つまり私よりも筆記の点数が高いのだ。学院首席の褒章“賢者の証”を制服に着けていたりはしないが、こんな人物を見間違うはずもない。
学院生の間では、私に若干似せていると言われる大変目立つ容姿もあってかなりの有名人だ。
特にSNS等での活動はしていないが、この容姿ならば“明らかに人間”だと分かるからな。私を追い抜いた人間としてかなり話題になっていた過去がある。
そんな事もあり、まだまだ名前が出て来てから日は浅いはずだが、彼女の事を知らない生徒はあまりいない状況となっているのだ。
ちなみに転科したのか否かは知らないが、ディーンと完全に同期だ。同じ日に試験を受けたらしく、同じ貼り紙で優秀生徒として告知されていた。ディーンにとっては不運な事であっただろう。
そんな彼女は、自己紹介の順番が回って来た事で、ゆっくりとその口を開く。小さく深呼吸をしたのちに、静かな声が少々駆動音のうるさいエレベーターに響く。
「ゎたし、アリス。鏡の魔法を教わって、ます……」
そのあまりにか細い声は他の音に混じって、聞き取れるか聞き取れないかのギリギリといった所。
ただ、何を言っていたのかは何となく想像がついた。話すのは得意ではないようで口数は少ないが、まぁ全く話さない生徒に会ったことがあるからな……この程度ならまだマシだろう。コミュニケーションを取ろうと言う明確な意思が感じられるし。
彼女の専攻学科は、魔鏡術科だ。文字通り鏡の魔法を使う。
これがかなり変な魔法で、実は“物理判定詠唱魔法”という大変珍しい攻撃が可能な、後衛物理職の一種だ。他だと召喚系くらいしかこの特徴を持っていない。
物理攻撃っぽい見た目の武器魔法は、実際には魔法攻撃判定だ。例えばオウカの百花繚乱・華時雨は刀で攻撃するが、魔法攻撃減衰で大幅にダメージ量が落ちる。腕力の能力値で補正は入るが、当然普通に持っている武器の物理攻撃力は加算されない。
逆に魔鏡術の魔法ならば、詠唱時間が必要な遠距離攻撃ながらも、魔法攻撃への耐性をすり抜ける事が出来る。まぁ実際には物理攻撃に耐性を持っている魔物の方が多いので、活躍の機会はそれほどないが。
余談だが、攻撃属性が物理ダメージ判定なだけで、筋力等のステータスが攻撃性能に影響したりはしない。ただし、なぜか武器攻撃力は物理攻撃力の方が加算される。
装備重量の関係で大型の武器を装備する事はあまりないが、戦士向けの剣等で簡単に戦闘能力が向上するので、大変不思議な方向性で便利な学科である。
「……」
「今ので自己紹介は終わり……じゃな?」
有名人の大変あっさりした自己紹介はものの数秒で終わり、話す話題もなくなった事で唐突に沈黙が訪れる。
アリスで5人目。次の自己紹介の順番も当然ないので、誰もが誰かが口を開かないのかと視線を彷徨わせた。
壁は未だに動き続けている。一向にエレベーターが止まる様子はない。
……丁度いいか。一つここで聞いておきたい事があるのだ。
「少し質問していいですか?」
「おお、何じゃ? ……あ、この先の事なら知らんぞ。私最初の扉開けたばっかりじゃ」
アリスの声に耳をそばだてていた事で、想像以上に響いてしまった私の声。
それに応えたのは、気持ち抑えめにされているレンカの言葉だった。彼女もこの沈黙に居心地の悪さの様な物を感じていたのだろうか。
私は彼女の言葉に深く頷くと、胸中にあった疑問を言葉へ変える。
私が聞きたいのは彼女が口にしたまさにその点だ。“ここに来る前の扉”を開いて、この面子が集まったのだと思うのだが、少しその点が気になっているのだ。
「あの扉をどうやって解いたのかが気になりまして。このエレベーター以外にも先に進めそうだったでしょう? 鍵の組み合わせの見付け方はどうしましたか?」
私の疑問を聞いて、レンカとディーンは顔を見合わせる。どうやら彼らにとっては、この質問は不思議な物であったらしい。私にとっては当然の疑問なのだが、こんな認識の差がどこから来ているのだろうか。
正直な話、私一人ではとてもこの場には到達できなかっただろう。コーディリアという素晴らしい共が居てこそここまでたどり着けたと認めなければならない。(まだ入り口を越えたばかりだが)
それなのに、こうして扉の先に来て見れば他にも2組もの生徒が、あの謎を越えて来たと言うのだ。
これは一体どういう事だろうか。
何度考えてみても、この場に居る連中がコーディリア程の知識を持っているとは考えにくい。これがどちらか片方だった場合、変人というのはどこにでもいるのだなと考えたかもしれないが、流石にコーディリアの他に二人も植物の化石の判別が出来る生徒が居るとは思えないのだ。
どうにも考え難い状況な気がしてしまう。
しばらく目線で話し合っている様子の二人だったが、ついにディーンの方が視線をこちらに向けて口を開く。
「どうと言われても、魔法陣の開発者の名前で解いたんだ」
「……開発者、ですか?」
コーディリアは、予想もしていなかったディーンの言葉に首を傾げる。
その更に隣を見れば、アリスの方もエレベーターからディーンへと興味を移したらしく、じっと顔を見て話の続きを待っている。
しかし、予想外の反応をされたのは向こうも同じだったらしい。
私達の反応を見て二人共困惑気味だ。
「他にどんな解き方があったんだ? 箱の蓋に描かれていた魔法陣は、大昔に開発された有名な奴ばかりだっただろう? その開発者の頭文字と鍵の動物の頭文字を合わせたんだ」
「……?」
開発者の名前? 何の話だと一瞬怪訝に思ってしまったが、どうやらレンカとディーンは至って真面目に話しているらしい。
……これは、どういう事だろうか。
私は首を傾げつつも、状況を説明するために自分たちの問題の解き方を伝える。
「……私達は小部屋にあった化石のヒントから、魔法陣の性質と組み合わせて鍵を選びました。開発者の名前なんて考えもしませんでしたね」
「何じゃと? ……問題が違う、という事か?」
「どうでしょうか。アリスさんはどのように解きましたか?」
「ぁ、ぇっ、と……」
私達は残っている魔法陣や鍵の選び方のメモを魔法の書から漁りつつ、黙って、しかし同時に興味深そうに話を聞いていたアリスにそう問いかける。
突然の問い掛けに慌てて俯いた彼女だったが、しばらくするとおずおずと何かを私達の前に差し出した。
これは、魔法陣のメモだな。それもかなり複雑に何かを書き込んでいる。あの単純な蓋の問題を解くだけならばここまでする必要はないだろう。
……これ、もしかして。
「もしかして、問題になっていた魔法陣と、開錠用の魔法陣を組み替えてるんですか?」
私の質問に彼女は小さく頷いて見せた。どうやら正解らしい。
これらの魔法陣には見覚えがある。あの鍵が入っていた箱の魔法陣だ。
メモをざっと読んだ限り、かなり複雑に魔法陣を“組み合わせる”必要があるようだ。
まず、おそらくだが、バラバラになっていた問題の方の魔法陣と同じ様に、開錠用の魔法陣を組み替えていく。そして陣を重ね合わせる正しい向きを総当たりで見つけ出す。
更にその上で解答の魔法陣と特定の単語を結び付ける事で、とある文章になるらしい。
そうして出来上がった文章が、鍵の形と色に一致すると。
……これを40問総当たりでやったのか。一体何時間かかったんだ。
まず法則性を見付ける事すら困難だった事だろう。一応私でもこの方法なら解けそうだが、それをすれば解けると思わせるヒントでもない限りこの方法は思い付きもしなかっただろう。そもそもこういう純粋なパズル不得意だしな。
ただ、これではっきりした。出題の魔法陣が同じなら、おそらくは同じ問題だったと考えた方がいい。
「どうやらあの扉の鍵の組み合わせは、見付け方がいくつかあるようですね。化石の種類なんて他の人は絶対に解けないだろうと思っていたので納得です」
「……もしかして、こうして違う方法で組合せを見付けた生徒同士を意図的に集めているのでしょうか」
「それはどうだろうな。流石にあんな謎解きを1000人に解かせて、その上マッチングさせるとなると他の条件をつけ足せない様な気がするが」
コーディリアの話に、そしてそれに対するディーンの反論に私は内心頷いた。
確かにな。そもそもさしたる時間もかからずに5人集まったのでさえ運が良かったのだ。それ以外にマッチングに条件を付けたりはしていないと、私も思う。
しかし、もしも意図的に別の分野に知識が秀でた生徒を集めたのだとすれば……
……まぁ、気にしても仕方ない事か。
私達がそうして前の問題の解き方について話し合っていると、急にガコンと聞き覚えのある音が部屋に響く。そして同時にずんと足元から小さな衝撃が伝わった。
どうやらエレベーターが目的地に辿り着き、停止したようだ。
音もなく開かれる扉を見て、私は僅かに目を細めたのだった。
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この度、拙作がネット小説大賞の二次選考を突破いたしました。これも皆様の応援の賜物です。
今後も楽しみにしていただければ幸いです。




