第159話 最初の問い掛け
二人で足を踏み入れた迷宮の内部は、思っていた以上に広かった。
無駄に長い階段の先にあったのは高い天井と無数の扉。前後に広い長方形の部屋の左右にはいくつもの扉があり、そして最奥には大きな扉が設置されている。
とりあえず左右の扉は無視し、部屋の奥まで進んだ私達。そこでようやく足を止めると、優に身長の3倍はあるその大扉をじっと見上げた。
「この奥に進むには、いくつかの鍵が必要なようですね」
「……その鍵を手前の扉の中から見つけろって事ですか。面倒な仕掛けですね」
押したり引いたりしてもびくともしないその扉には、手前側に台座が置かれている。
そしてその台座には、これ見よがしにあからさまな窪みがあるのだ。動物のシルエットに見えるその穴は、おそらくは鍵穴なのだろう。これを4つ全部揃えれば奥へと進める仕掛けの様だ。
……と劇的な速度で判断した私達だが、もちろん扉に説明文があったわけではない。
何と言うか、ゲームでよくあるお約束の様な見た目をしているからそう判断しただけだ。根拠は弱いが、まぁこんな物を設置しておいて扉と関係ないなんて事はないだろうしな……。
「でも、鍵くらい開けておいてくれてもいい気がしますけどね」
「確かにそれはそうですわね」
私はコーディリアに軽口を聞かせつつ、どこかに抜け道はないかとざっくり調べたが、そのような場所は特に見つからない。
こういった遺跡にありがちな盗掘もされていない様子だ。まぁそれどころかこんなあからさまな仕掛けが解除されていない辺り、誰かが整備してこの状態を維持しているとしか思えないが。
台座の鍵の形はそれぞれ、四足歩行の何か、猿、亀、鳥の4種類。
一番左の鍵だけはシルエットがはっきりしないため、何の動物なのか詳しい種類は不明だ。ヤギかウマか、それともシカだろうか。
とにかく、大扉の周辺には他に特に気になるものもない。
私達はとりあえず大扉の調査には満足し、手前にある無数の扉へと興味を移した。
部屋の左右にある小さな扉は、一つしかない大扉と違ってかなりの部屋数がある様に見える。少なくとも10や20程度ではないだろう。
かなり扉の密集度が高いので、部屋内部は狭そうだ。
私達は手近な扉、つまり部屋の奥の方にある扉を一つ開けて見る。
ランプで照らされたそこには予想通り、小さな部屋が一つあるだけだった。特にここから別の場所に繋がっていそうには見えない。
部屋の中央には小さな箱が設置されている。ただそれだけを置いてあるような奇妙な部屋だ。
他にあるものといえば、箱を載せる台座と、何本かの石の柱が置かれているくらいか。
ロビーの様な手前側と違ってかなり低い天井を支えてはいるが、この柱には一体どのような意味があるのだろうか。建築上必要な物なのか?
一応部屋の入口に対して左右対称にはなっているようだが、部屋の狭さと柱の密度を考えると何本か抜いても大丈夫そうに見えてしまうが……。
コーディリアは何かを見付けたのか早々に部屋の隅の方へと歩いて行ったが、私は真っ先に正面で一番目立っている箱に歩み寄る。
大した物が入っている様には見えない。私でも両手で持ててしまう様な箱だ。手に持ってみても大して重くもない。
箱の上面には魔法陣の様な模様が描かれている。
ただし、この魔法陣では効果は発揮されないだろう。陣や単語がグチャグチャに配置されているだけなのだ。一応一定の方向性を持った単語の羅列には見えるが、これでは……。
「ん?」
私が滅茶苦茶な魔法陣に指先を乗せると、箱の蓋がふわりと輝く。そして、魔法陣は指の動きに合わせてその形を変え始めた。
……なるほど。これパズルか。これを解けば蓋が開くわけだ。
私は他の部分を碌に調べもせずに、蓋に描かれている魔法陣を解き始める。
もしかすると他に仕掛けがあるかも知れない……なんて事は一切考えず、意味が通る様に文章を並べ替え、陣があるべき方角を示す様に正す。もはや性分だな。
幸い単純な陣なので、物の数秒で陣の形が揃い始める。後は単語の意味か。
……ふむ。外円はないが、内容的には魔術陣だな。実際には属性使い系統の方へと偏っているのかもしれないが、外円がない以上判断は難しい。
これは……ミミズかな。陣には顔のない蛇と書いてあるが、これは魔法言語でミミズの事だ。頭の落とされた蛇は記憶に新しいが、あれとはまた別の単語。
おそらくは土で形作ったミミズに相手を襲わせる魔法だろう。かなり……その、変な魔法だ。こんなの使う人はいるのだろうか。弱そう。コーディリアが魔術師だったら使ってたかもな。
最後の単語を正しい位置に揃えると、ぱちりと音が鳴って光が消えて行く。
どうやらこれで開錠されたらしい。見れば蓋の裏に本命の魔法陣が描かれており、そちらで鍵の制御を行っていたようだ。表面の魔法陣と連動してこちらも動いていたのか。中々面白い仕組みになっている。
私はその箱の中から、小さな人形を取り出す。尤も人の形はしていない。
金属製の動物の置物だ。手のひらサイズであり、いかにもな大きさをしている。
「……鳥の鍵。白鳥でしょうか」
「あ、もう解き終わってしまったのですか? すみません、ぼんやりしていて……」
「ああ、いえ。気にしないで下さい。この程度の仕掛けなら一人で十分ですから」
私は手にしたランプで、その人形を照らす。
これは、大扉にあった鍵の一つに見える。確か台座にあったのもこんな鳥の窪みだった。大きさから考えて、おそらくはすっぽり入るだろう。
それにしても、こんなに簡単に手に入るとは思わなかったな。どんな迷宮なのかと身構えていた分、少しだけ拍子抜けだ。
それに、あれだけあった扉の中から一発で正解を引いてしまったのか。鍵の配置はランダムかな?
私はいつの間にか部屋の隅から帰って来ていたコーディリアを宥め、何か手伝いたそうにしている彼女に鍵と箱を渡す。どうやら自分が他の場所を調べている間に、私が目的の物を見付けてしまったので気にしているらしい。
とりあえず隣の部屋も見て見ようか。端から攻略していくとしよう。
そう考えた私は用済みになった小部屋を後にする。
そして私は、この部屋の本当の仕掛けを目の当たりにした。
十数分後。
私は大量に集まった動物の像を前に、一人で唸っている所だった。
あの後、鍵と思しき人形はすぐに手元に集まった。全種類揃うまでに必要だった時間は、数分程度だっただろうか。
他の部屋にあった箱も同じ仕掛けばかりだったので、鍵を取る事自体は簡単だ。私にとっては造作もない。
私でなくとも、私の授業を受けた生徒なら、時間はかかるかもしれないが十分に解ける難易度だっただろう。
ただし、問題はその集まった鍵にあった。なぜか大量に集まっているのである。
私は、どれがどの部屋のどの箱から出て来た鍵なのかが分かる様に地面に規則正しく並べ、箱を開くための問題になっていた魔法陣と人形を見比べる。
鍵は合計でそれぞれ10本ずつ集まった。それぞれを組み合わせて……なんて複雑な仕組みは採用されていない。使う鍵は一つずつだ。
ちなみに鍵の置かれている小部屋は合計40部屋もあったわけだが、実際には似たような問題ばかりだったので10問程度しか解いていない。時間がかからなかったのはそういう理由だ。
そして私が集まった鍵を前にして、何を悩んでいるのかと言うと……。
「まさか、どれを使っても扉が開くとは思いませんでした」
「……意味が分からない。どれが“正解”なんでしょうか」
何とこの鍵、すべて“本物”なのだ。どの鍵をどの組み合わせで使っても、大扉は開かれる。
ただし、繋がった先の景色が全く違う。
つまりこれは実際には鍵ではなく、扉の行き先の制御用の装置なのである。扉を封じる事ではなく、行き先を指定するのがこの人形の本当の役割なのだ。
しかし、私達には正しい組み合わせが分からない。
だからこそ私は真剣に悩んでいるのである。
これがとりあえずの調査ならば大して考えもしない組合せで調査し、ここに戻ってくるという事が出来るのだが、今は違う。
私達が今行きたいのは、あくまでもこの遺跡の最奥である。不正解の道を調べるのにどれだけの時間がかかるのか分からない以上、私はここでどうしても“正解”を引かなければならない。
あっちこっちと動き回っていたコーディリアも、いつの間にか戻って来ていた。彼女は部屋の順番に並べられた箱の下に、一枚の紙を差し込んでいく。
紙に描かれているのは小部屋の柱の位置だ。何かのヒントになるかもしれないと見て来てもらっていたのだ。
ただ、何となく解いている最中から気が付いてはいたが、この柱、ヒントではあるのだが助けにならない。
何故かと言うと、これは魔法陣を解く際のヒントであり、正解の鍵を示すものではない様に見えるのだ。
残念ながら、部屋の並び順も柱の位置も私が欲しいヒントにはなりそうもない。
私は何の考えも浮かばない自分にため息を吐くと、確実にあり得ないだろうと思しき鍵を除外していく。ただし、勘で。これが正しい判断なのかは正直不安だ。感覚的にはあり得ないだろうとは思うのだが……。
実は、対応する魔法陣の内容的に、鍵と相性が悪そうな物がいくつもあるのだ。
例えば最初の部屋にあった鳥の鍵。
この箱の鍵になっていた魔法陣は、ミミズの土魔法だ。鳥は風属性に変異しやすい存在なので、魔法の内容と魔法陣の内容がほぼ真逆と言っていい。
こういう風に、鍵の雰囲気とあっていない物が結構ある。それを私は勘で排除していった。
実際には真逆の方が正解なのかな……それにしては……うーん。




