第13話 仮説と検証
「……でも、それって正しいの?」
いくら神話とはいえ、それだって物語だ。完全な創作である可能性は捨てきれない。
そもそも正しかったとしても、現代の人間にその光の加護が残っているとも限らないし。
流石に考えすぎではないだろうか。確かに今は神聖術に比べて闇の魔法は弱い。
しかしそれが正しかった場合、ゲームバランスが悪いのは設定通りだから今後是正されないという可能性さえ残ってしまう。確かにこれだけ文句を言われているのに修正する気の一切ない運営にやや不満、というより不信感はあるのだが……。
私の疑いの視線を受けて、彼女は大仰に首を振る。
「実はここに書かれた神話とよく似た話が、街の神殿で僧侶の説法としてかなり広まっている。それどころかこの世界の人間の大半は、その内容を諳んじることが出来るらしい」
「神話としてかなり信仰されてるってことですか?」
「この島全体から見ても、この光の神は主神と言っていいだろうな。我々が最初に見たあの石像、あれも光の神がモチーフになっているようだ」
なるほど。
私は比較的新しい伝承や物語ばかり読んでいたから気付かなかったが、言われて見ればたまに神という表現は書籍の中にも出てくる。それも偉大で光や善を司る完全な者としてだ。
それが人間に加護を授けたという記述が、古代文字で書かれた書物に残っていて、その加護の力を操る術が神聖術。確かに筋書きとしてはおかしな点が見当たらないように思える。
彼女の仮説が正しいか正しくないかは別にして、流石にここまで言われると無視はできない。
私は小さくため息を吐きながら、視線を戻し自分の作業を再開する。これから先、神様の偉業についての記述を見る度に落ち込みそうだ。
「それ、自分で見つけたの?」
「ああ。だが、古代言語学は我が首位と言う訳でもないからな。いずれ多くのプレイヤーに知られることになるだろう」
闇系のクラスと言えば、呪術科、死霊術科、暗黒術科の三つが代表だ。既に闇の三賢者と馬鹿にされている立場であるが、これから先はそこに更に公式設定という“箔がつく”わけだ。
他にも闇系統にはいくつかクラスがあると思うが、その中で強クラスと言われているのはないだろう。……いや、もしかすると狂戦士が闇系に分類されるのだろうか。でも属性攻撃覚えなかった気が。
私は自分の作業を続けながら、Pの話で少し気になったことを聞き返す。
「そういえば、その古代言語学というのは授業ですか?」
「ん? ああ。副専攻と言ってな、主専攻の他にも2つ授業を取れるのだ。直接戦闘には関与しないが、中々興味深い話が聞けてな」
ふーん。まぁ今のところは呪術に手一杯だから良いかな。とりあえずどんなスキルが獲得できるのかを調べはするけれど。
それにしてもこいつは、こんなにやる気の下がることを態々言いに来たのか。
私がため息と共に一冊の本を閉じると、Pはこれで話は終わりだと踵を返す。そして去り際に、こんな言葉を残していった。
「とりあえず我は、光の加護の解除方法を調べてみよう。それと戦いに負けたと思しき、哀れな闇の神についてもな」
「……え?」
解除とかできるの?
再びPを振り返ると、そこには怪しげなポーズで去っていく彼女の姿。この前にも増して奇妙な格好をしているが、そこに触れると調子に乗ると思うので止めておく。
「神に挑む。何とも心躍る話ではないか。我が魔力に抗えぬ者など居らぬよ」
「……ふふっ……まぁ期待せずに待っていますよ。ロザ……ロザリー」
ところでこいつ、名前何だったっけな。
***
草原に風が吹き抜ける。その風は爽やか……とは程遠い。
生温かな風は、特徴的な獣臭さを撒き散らしている。そんな風でも構わないのか、背の低い草はそれを見送る様に手を振っていた。
日の光に照らされた雑草と湿った土は、不快な湿気を服の中へと送り込む。それだけでは終わらず、顔の周囲を羽虫が飛び交い、私は幾度となく空いた手で空を払うことになっている。
久し振りに外へと出てきた私を出迎えたのは、そんな何とも不快な感覚のする草原だった。天気だけは快晴なのがやや恨めしい。
仮想の中の仮想であるここを屋外と呼んでもいいのかは、少々疑問が残るが。
「くそ暑……」
私はどうせ誰も居ないのだからとスカートを扇いで、嫌な湿気のある空気を服の外へと追い出した。
ここは万象の記録庫。その内部である。正式名称は魔法世界。
万象の記録庫から出られるこのフィールドは、数えられない程の種類があると言っても過言ではない。生徒は魔法の書からフィールドの様相、出現する魔物の傾向、その数など無数にある選択肢から好みの組み合わせを選ぶ。
するとそれに合致した魔法世界が組み上がるのだ。その時の地図情報、つまり地形はランダム。山間部だとそれっぽい登山道があって似たような形になる事が多いらしいが、それでも完全に同じ形にはほとんどならないのだと言う。
もちろんそれらの選択肢は、生徒が最初からすべて選べるわけではない。
授業に出たり課題を提出したりして学院からの評価を上げ、組み合わせの幅を広げることが出来るのだ。初期状態はあえて選択肢の幅を狭くしておき、この世界に慣れてもらおうという魂胆なのだろう。
ちなみに私の学院からの評価はそう高くない。自習やシーラ先生の個別指導などは評価に関わっていないので、課題を一切やっていない私は授業の分だけの評価である。
それでも、今回の目的に必要なセットが既に入手済みだったのは幸いだった。
もちろん熱心なプレイヤーは、この膨大な組み合わせを誰よりも早く試そうと苦心している。ある種、その行いは攻略の最前線と言ってもいいだろう。
私がまともに戦えない間にも、既に攻略サイトでは経験値稼ぎ用の組み合わせや、課題別のおすすめフィールド、金策用の組み合わせまで様々なフィールドが紹介されている。尤も、乱数による振れ幅があるため例に出ている地形と必ず一致するわけではないらしいが、そちらは幸運に頼るしかないので仕方ない。
そんな先人たちの知恵の中から私が選んだのは、草原で中型の魔物、数は少ない……という組み合わせだ。現状でも他に色々とあるのだが、この組み合わせは私にとってとても都合がよかった。
この不快な自然環境さえどうにかなれば、の話なのだが。
何度目か分からない虫を追い払っていると、背後から軽快な音が響いてくる。私はそれを合図にして、振り向きながらとある魔法の詠唱を始める。
この草原をしばらく歩いたが、ようやくお出ましのようだ。多数で来られた場合、目的を果たせないので出現率は絞ってある。中々出会えないと言うのは厄介だが、安全のためには仕方のない事。
振り返った視線の先には、遠方から走って来る一頭の獣の姿。
それは蹄で湿った土を踏み鳴らしながら、こちらへ猛然と駆けてくる。一見するとただの馬のようにも見えるが、頭からは牛の様な角が二本生えているのを見れば、これを馬だと認識する人間はそう多くないだろう。
前足も付け根辺りから分岐して、全部で6本。体色は黄色で、青く電の様な模様が全身に走っている。
もちろんただの獣ではない。ライバという名前の魔物だ。
見た目通り気性は荒く、見つけた人間はとりあえず殺しにかかる魔物。こんな馬が現実に居たら、果たして人間は乗りこなせるのだろうか。草食獣らしい顔付きではあるが、魔物が何を食べているのかなんて分かった物じゃないからな。
ちなみに強さは、初心者が戦うにはやや強い設定になっている。攻撃方法は少ないが、数値上の強さが大きい。タンクが足止めしながら戦うには十分なレベル上げが必要になると攻略には書かれていた。
私はほとんどレベル上げもしていないし、パープルマーカーが解除されていないので味方も居ない。普通に考えれば勝ち目などないだろう。
それは正しいし、おそらく今の段階でどれほどの無理を重ねようと、未だに走ることもままならない私には勝てない相手だ。
ただ、別に勝つつもりはない。
ここに来た目的はただ一つ。
「さて、実験台になってもらいましょうか」
改造した魔法の試し撃ちに来たのだ。
魔法の詠唱が完了すると同時に、私を中心に優しいそよ風が巻き起こる。それは自然の不快な風を拭き飛ばし、柔らかくライバを包み込む。
すると次の瞬間、猛然と突進を続けていた彼はとぼとぼと歩調を緩めてしまう。そのままフラフラと頭を振り始めた。
目は閉じ、完全に眠っているようだ。座り込んだりする様子はなく、直立不動での睡眠。あれだけ凶暴そうな見た目の割りに、草食動物としての能力は失っていないのだな。
私は彼が完全に沈黙したことを確認すると、次の魔法を詠唱し始めた。
私の実験は今まさに始まったばかりなのである。




