表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/277

第151話 魔女の戯れ

「では、力尽くでしてみては如何ですか? “嫌がらせ”」


 私は険しい表情のエリクにそう言い捨てると同時に、腰に差してある毒液の栓を抜いた。そして周囲を真っ黒な煙が包み込む。

 いつかの様に詠唱破棄で一方的に……と考えなかったわけではないのだが、私はもう魔法の発動の早さという物を信頼していない。


 今の距離は私達にとってあまりに近い。どう考えても魔法の発動よりも踏み込んだ方が早いのだ。

 それを回避するために離れたいのは確かだが、魔法なんて悠長な物を使っていては先制を許してしまうだろう。だからと言って、何もせずに背中を向けるわけにはいかないのも確かだ。そんな事をすれば無抵抗のままに背中を刺し貫かれる事だろう。


 そこで残されていた最後の手段は、ホルダーから缶を抜かずに毒液を噴霧させると言う、あまりに荒い方法だった。

 不安定な場所で解放された毒液は、黒く深く撒き散らされて私達の姿を隠す。実は自傷分の影響力は受けてしまうのだが、残念な事にそんな事を気にしていられる状況ではない。


 毒性の霧の向こう側から、誰かの声が聞こえてくる。


「毒ガスだ! 気を付けろ、毒だけじゃないぞ!」

「……毒の魔女、ね。よく言った物だわ」


 彼らはこれを気にせずに突っ込んでくるか……最初の問題はそこだったのだが、どうやらその様子はない。何の効果か分からないので、慎重に動こうとするとそうするしかないのだろうな。

 遠距離攻撃はするか、しないか……いずれにしても早めにここを離れる必要がある。


 私は自分の視界が普段以上に暗くなっている事を黒い霧の中で確かめつつ、隣に居たロザリーの腕を引っ張る。既にその姿は全く見えないが、何とか捕まえる事が出来た。

 私達は隣にだけ聞こえる様に小さく囁き合う。


「とりあえず距離を取りましょう。消えますよ」

「正々堂々……と行くには少々分が悪いからな。分かった」


 そして私は一つの魔法を展開した。

 私が暗闇の霧(毒液)の中で使ったのは、透明化の魔法だ。ただし、エリクの前では一度見せてしまった魔法でもあるので、効き目は信頼できないかもしれない。


 透明化の魔法が発動したのを確認すると、既に薄くなりつつある霧の中で状態異常の解除薬を飲み捨てた。ついでに空になった暗闇の毒缶を一緒に捨てておく。これが少しでも目晦ましになればいいのだが。


 明るさの戻った視界の中で、足音を気にしつつも全速力で背後の林の中へと逃げ込む。連中は……どうやら煙が晴れた直後に、私達が逃げ出した事に早くも気付いてしまったようだ。

 私は姿を消したまま適当な木の後ろに隠れると、手の感触だけで居場所を把握しているロザリーに小声で尋ねる。


「ところで一応聞いておきたいんですが、パーティを離脱した時点で競合という扱いになりますよね」

「ああ、なるぞ。攻撃妨害し放題だ」


 良かった。それだけは少し不安だったのだが、やはりそう言う設定になっているのだな。

 まぁなっていなくとも、イエローマーカーを押し付けて殺すくらいはしたかもしれないが。


 何にせよその配慮が必要ないと言うのならば、一番最初に考え付いた作戦が通用しそうだ。


「作戦を手短に伝えます。と言っても、あなたがやるのはたった一つですが」

「む、我が死霊術の力が必要ではないのか……?」

「じわじわ一方的に殺した方が楽しいでしょう?」


 見えはしないだろうけれど、私は彼女ににっと笑って見せる。すると彼女は小さく笑い返す。目には見えないが、それはどこか呆れたような表情をしているのが“透けて”見えるようだった。


 さて、私達が逃げたと分かれば魔法視を使うのはすぐだろう。いつまでもここに隠れてはいられない。

 私は、もう一度オウカに教わった忍術を展開した。



 ***



 煌々と輝く大きな月は周囲の星々の明かりを吹き飛ばし、湖畔に居る人間の影を鮮烈に浮かび上がらせている。


 林に隠れた私の視界から見えているのは、正面の湖畔に追い詰められた()()()の姿だ。

 私が何度かおちょくってあの場所に誘い込んだエリク達は、湖を背に待ち構える()の前で各々武器を構えている。誘う際に少し挑発し過ぎたのか、クレハは大変ご立腹な様子である。まぁ私はこの通り、そこに居ないのだが。


 彼らは逆に追い詰めたと思っているのかも知れないが、彼女らが相対している私は残念ながらただの“分身”だ。これもオウカに教わった忍術の一つ。


 分身の忍術の効果を簡単に言えば、自分の姿をした囮を見せるというただそれだけの魔法である。もちろんそう見えるだけなので実際には触れないし、分身と一緒に攻撃する事で火力二倍……なんて事も出来ない。

 普通に使えば狙われる確率を二分の一にするだけの魔法だが、分身の行動はある程度事前に決めておくことが出来る。視界を塞ぐ、挑発するなどの応用範囲は広い。

 尤も、今回はただ単に傘を差しながら棒立ちしているだけだが。


 ただし、これも生徒相手に使うには万能ではない。魔法視をすれば簡単に見分けがつくという弱点も持っていた。

 透明化と同じく、主に魔物を相手にするための魔法なのだ。いや、逆に生徒相手に使う事を想定しているからこそ、そういった設定になっているとも考えられるが、私がいくら悩んだところで仕方のない事だ。


 もちろん今回は、魔法視については対策済みである。ここで見破られては困るのだ。


 自身の能力で透明化しているので私からは見えないが、分身の後ろに私とほぼ同じ背格好の幽霊が立っているのである。

 彼女は少しだけこの前見た覚えがあるロザリーの召喚体。サンドリ何とかさんの出番だ。まぁ姿を消しているので出番と言っていいのか分からないが。

 分身と彼女の位置を重ねる事で、肉眼で見れば私の分身が見え、魔法視をすれば幽霊のオーラが見える状態を作り出した。そのため偽装はほぼ完璧と言えるだろう。


 そんな事を当然知らないクレハは、斧を分身に向けて声を張り上げる。


「観念しろ、魔女め! もう逃げられないよ」

「……遺跡の盗掘だけではなく、“あんな物”までばら撒くなんてあんた一体何を考えているんだ」


 エリクやクレハと一緒に居た、名前も知らない誰かがそんな事を尋ねる。もちろん分身に発話機能なんてものはついていないので答えようもない。


 そもそも村の霧は私のせいではないのだが、彼らはそんな事も知らないのだ。関係ないとは言わないが、私がやったと言われるのは心外だ。あのくらいの規模の魔法も毒液も、作れるものなら作ってみたいけれど。


 一向に返事をしない私を見て、エリクが小さく首を振った。


「……分かった。答える気はないんだな」


 今更私に言葉で何を期待していたのか。

 それとも、こんな状況になってもまだ彼には“私を殺す理由”が必要なのだろうか。


 エリクは満月煌めく湖に、そしてそれを背にした私に向かって駆け出した。その手に持った槍が月明かりを受けてギラリと輝く。

 ここで変に時間を掛けられては面倒だったが、どうやらその心配は必要なさそうだ。


 彼を援護するため他の数名が、彼を追って走り出す。後ろに控えているケリーも、油断することなくそれを見守っている。


 ケリーは実は今回の作戦の一番の懸念事項なのだが、彼についてはロザリーに任せる事にしていた。

 本来の私の作戦では幽霊を呼び出して彼女の役割は終了……のはずだったのだが、何とかして見せるとの事。好きにさせておこう。


 そして、凶刃が小さな体を貫いた。一瞬だけ分身がブレる。一応幽霊のダメージエフェクトは出ているが、分身は攻撃に押される事もなくその場に突っ立ったままだ。

 今頃彼はその手応えの無さに驚いているだろうか。私をあまりに警戒してか、前衛ばかりの彼らは固まって行動している。今が好機だろう。


 私の手から缶が離れ、彼らの中央に音を立てて落ちる。そしてそれは毒の煙を撒き散らしながら、クルクルと回転を始めた。


 それを見てか聞いてか、エリクは慌てて振り返る。


「何だ!?」

「ガスだ! 逃げ……」


 振り返れば白い煙と倒れる仲間。それを見てこれは不味いと駆け出したエリクだったが、すぐに仲間の後を追う様に膝を突いてしまう。尤も、元より背後は湖だったので、彼に逃げ場などなかったのだが。


 私は呪いの魔法陣を展開して、様子の見えない霧の中に魔法を使う。魔法視を使えば大体の当たりを付ける事が出来るのだ。


 そして懐から取り出したナイフに、専用の注射器を差し込んだ。

 この注射器“死毒のナイフ”(ロザリー命名)は状態異常の付与率に特化した武器だ。前回の様なただの試験用の試作品ではなく、うちの武器職人と私が本気で使えるように様々な改良を重ねた完成品。

 ただし、ダメージなど無いに等しいし、耐久値も普段使い出来る様な物ではない。


 しかし、状態異常の影響力を高める自動魔法を持っている私とは大変相性の良い武器だった。

 その毒の影響力を考えれば、毒耐性が4倍程度でも十分に殺し切る事が出来るだろう。……呪いが普通に通っている事が前提条件だし、解除魔法でお気軽に対策できる部分は変わらないが。


 私は未だ白い霧の煙る湖畔をのんびりと歩き、一人一人の首にナイフを刺し込んでいく。

 実はこの煙、強い影響力があるのはスプレー缶が“噴霧している間”だけなので、効果時間と実際に煙が漂っている時間はあまり関係がない。

 語弊を恐れず簡単に言えば、時間経過と共に効果が薄くなっていく様な感覚と言えるだろう。もちろん皆無ではないのだが、風に流れて行く様な漂うだけの霧には実は大した影響力がないのである。


 そのためスプレー缶の音が鳴り止んでからしばらく経てば、こうして多少の耐性を盾に霧の中を進むことも可能。詳しい人しか知らないであろう、ちょっとした裏技の様な物だ。


 3人分の毒を与え終え、残すは最後の一人。シリンダーナイフを突き刺す順番は特に決めていなかったのだが、自然と一番奥に居るエリクが最後になった。


 彼の首にさくりと差し込まれるナイフは、月明かりに照らされて美しく輝いている。それを見ると、途端にぞくりと甘い快感が体中を掻き立てた。

 彼の弛緩した顔を見て思わず甘い声が出そうになるが、何とか堪える。


「気分は如何でしょうか」


 私はしばらく突き刺したままだったナイフを、傷口を抉る様に引き抜くと、注射器を適当に仕舞う。そして念のために、もう一度呪いの魔法を発動した。


 一応後ろで構えていた後方支援役、ケリーの様子も眺めたが、彼はロザリーの前で大人しくしている様子だ。一体何を言われたのだろうか。

 最初は私がさくっと殺そうとも思ったのだが、邪魔をしないならそれでいいか。正直今の状況で状態異常の解除なんかをされると大変困るので、大人しくしていてくれる事を願うばかりだ。


 私は動けないエリクの口に、すっかり大人しくなったスプレー缶を蹴り入れる。もう特に効果もないただのゴミなのだが、いや、ゴミだからこそ……。


 力のない彼は、太いそれを簡単に(くわ)え込んだ。

 こんな事をされても何もできない。それどころか表情すら変える事はない。その様子を見ると、どうしても心臓の鼓動が一つずつ大きくなっていく。


 私は震える熱い息を吐き出して、表面上は冷静なように振る舞った。


「この煙は強烈な神経毒……言い方を変えれば麻痺毒です。数秒もこの中に居れば、余程強力な耐性でもない限り動けなくなってしまうでしょう。……とは言え、あなた方はそれだけで死ぬことはない」


 私は彼に銜えさせた缶を爪先(つまさき)でぐりぐりと押し入れる。それに対する反応はなく、吐き出すことも噛み付くこともない。ただ従順に私の遊びを受け入れるばかりだ。


「そして、先程のナイフですが、倒れていて見えなかったでしょうけれど毒を注入する形になっています。……もう、後30秒程でしょうか」

「……!」


 呪いの深度と毒の進行度から、彼らに残された時間を感覚的に計算する。幾度も幾度も繰り返してきた行為だ。対象の体力で多少変動する事はあれど、私のこの感覚はまず外れる事はない。

 おそらく最初の一人はもうすぐだろうな。正直麻痺の効果時間は抜けるか抜けないかといった所だが、その程度なら上から昏睡を重ねれば済む話だ。


 私の話を聞いた誰かが、小さく呻き声を上げる。私は思わず少し視界を巡らせた。麻痺の最中でも(うめ)くくらいはできるのか。

 そして、それが目の前の“もの”が立てた音なのだと気付いた時、私は堪らず我が身を掻き抱く。ああ、これ以上は我慢できそうもない……。


「あぁ、素敵……! ねぇ、どんな気持ちですか?」

「……」

「まともに動けもせずにじわじわ死んでいくの、気持ち良いですか? 腹が立ちますか? それとも怖いっ? ねぇ……っ!」


 すっかり煙も晴れた中で、私は空になったスプレー缶を蹴飛ばす。ついに()()の口から外れたゴミは、唾液を撒き散らしながら湖へと飛んで行った。

 缶が立てた軽い水音を聞いて、体の熱をなんとか逃がそうと荒い息を吐くが、体中が強烈な熱を帯びていて頭が冷たくなる事はない。


「……悪人である私に、傷一つ付けずに、何も出来ずに死んでいくんですよ」


 私は未だに動けずにいるエリクに馬乗りになると、耳元でそう囁く。


「それは何て素敵で、愛らしいのでしょう……ねぇ、正義の味方さん」



 ご感想、評価、ご愛読ありがとうございます。

 ついに本編の話が第0話の内容に追い付きました! ちょっとした達成感がありますね。


*** ここから本編に関係のない話 ***


 誤字脱字のチェック用に音声読み上げソフトを使用しようかなと考えつつ色々と調べていたのですが、折角なら可愛い方がやる気出るだろと思い、いつの間にかボイス〇イドを買っていました。このお金がどこから出たのかというと、マリオカ〇トツアーに課金するつもりだったお金です。金カロン、すまんな。お前と走るのはまた今度だ。

 半ば衝動買い(一万円)だったのですが、思っていたより楽しいです。今回の話から使っているので、ちょっとはマシになっているんじゃないかな……? なっていなかったらすみません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 透けて見えるって言葉がここまで洒落てるように感じたのは初めてです。 すごくいい表現だなーと素人ながら思いました。
[一言] そういえばサクラちゃんと一緒に冒険できる追体験の元を持ったNPCって誰なんだろ?リサかエリクしか思いつかないけど。
[良い点] ついに0話の内容… じゅじゅちゅし(笑)からここまで来たかと思うと何とも言えない気持ちです 当初はこんなに絶対強くなれないだろうーって思ってたんですけどね、研究の成果?たゆまぬ努力?コ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ