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第150話 憎しみと嘲笑

 本日は二話更新ではありません。

 神話の真実を聞かされた後も続いた(私からの)質問攻め。彼女は意外なほどに話好きで、いくつかは内緒とはぐらかすが、それでもかなりの量の私の知らない知識を教えてくれた。


 気になっている事やシンシの嘘についてを粗方聞き終え、びっしりと3ページ分埋まったメモ帳を読み返す。

 レポートに必要な知識は大体集まったな。今後の研究に活かせそうな話もあったし、エリクと一緒だった事を差し引いてもこれは十分な成果だと言えるだろう。


 もちろん本音を言えばまだまだ聞きたい事は多い。……いや、もっと正確に今の胸中を言葉にすれば、“今思い付いていない質問”も質問したい。

 いくら私が頭の回転を早くしたとしても、何も知らない事についての質問はできないのである。例えば、飛行機を知らない人が『戦闘機の作り方を教えてくれ』とは質問のしようがない。


 特に今の私には“彼女の許可した魔法”という物に対する知識が全くないのがとても痛い。一つも知らない事については詳しい質問ができないし、彼女自身が一から百まで懇切丁寧に教えてくれるという事もないのだ。

 悔しいがこれ以上は諦める他ないだろう。


 私はすっかり乱れた服を自分である程度整え、いつの間にかズレていた下着の位置を調整してから彼女の顔を見上げる。


「……次に会えるのはいつですか?」

「愛い奴よ……しかし答えられん。私は偶然浮上した意識の一つに過ぎん。その上、この世界が崩壊すれば消える。お前が“次に会う私”が“私”である可能性は万に一つもないだろう」

「あ、じゃあ一つお願いがあるんですが……」


 彼女も私達がこの世界を離れ、崩壊すれば、再び情報体に戻り、意識も判然としない状態に戻る。そして万象の記録庫にあるという次元の扉の向こう側を漂う事になるのだろう。

 だったら、もう“ここにあるこの体”に意味はないという事になるな?


「これを飲んでみて欲しいんですが……」

「……ここまで親切にした神に毒を差し出す信者がどこに居る」

「別に信心はしていませんが……?」


 やっぱり駄目か?

 私は腰の留め具から外した薬液を彼女に差し出したのだが、彼女はここに来て初めて見る物凄く嫌な顔で私をじっと眺めるばかりだ。少なくとも嬉しそうではない。

 ただ、その手は私の服の内側でもぞもぞと動いているので、明確に拒否されているわけではないようだ。


「その体は、白蛇と状態異常耐性や戦闘能力は同じなんですか? その場合、どうやったらあなたを殺すことが出来るんですか?」

「むぅ。神を畏れぬ知識欲……人間は我らの被造物だ。同格になるまではそもそもまともな干渉すら出来んよ」

「でも、あの精霊はそこの白蛇の頭を落としたのでしょう?」

「……その辺は次に会った時に、な。そろそろ時間だ」


 彼女はそう言うと、私が差し出していた毒液を勢い良く呷る。そして私をそっと地面へと下ろした。

 当然と言うべきか、彼女の体に変化があるようには見受けられない。一応実戦用に調整した物なのだが、あの程度の毒はまるで効果がないらしい。


 それにしても『次に会った時に』とは言うが、さっきも言った様に次に会う可能性は万に一つもない。そもそも闇の神に直接関係のある魔法世界でもない限り彼女は形を維持できない。そして現世の歴史上、そんな場所や出来事はそうぽんぽんと転がっているわけがない。私達も今回初めて見付けたくらいだ。

 そしてもしもその魔法世界を運よく見付けたとしても、ここで約束を交わした“彼女”が偶然現れるかも運次第……。文字通り万に一つもないだろうな。


 だからおそらくこの約束は、彼女のただの方便でしかないだろう。

 しかしそんな事を考えていた私に、彼女は小さく笑って頭を撫でた。細く白い指が私の髪の間を抜けて行く。


「約束だ」


 さぁっと決して強くはない風が流れ、私は思わず目を閉じる。そして耳に残ったのは彼女の優し気な声だけだ。


 再び目を開けると、そこには満天の星空が見えるばかり。場所は変わらず神殿の屋上ではあるが、霧も白蛇も、そして闇の神の姿もまるで幻の様に一切が消えていた。

 ……まるですべてが夢だった様だ。


「……むっ、盟友よ! 探したぞ、どこへ行っていたのだ!」


 そんな中で私がぼんやりと満月を見上げていると、背後から騒々しい声が響く。その主はもちろん我が盟友……ロザリーだ。

 ただ、少し格好がおかしいのは……まぁ理由は何となく想像がつくが。


「探したのは良いですけど、どうして涙目で胸元押さえているんですか」

「……そっちこそ服が乱れているぞ。というよりなぜ平気そうなのだ。そっちも“会った”のだろう?」


 ……まぁ、触られるのはいい加減慣れたしな。今更あの程度で騒ぐほどではないのである。言ってみれば日常茶飯事。


 そんな動じない私に対して、ロザリーは経験値が低かったせいか大変な目に遭っていたようだ。その内容にはあまり興味ないけど。

 私は狼狽(うろた)える彼女の傍に寄ると、ため息と共に無防備な背中を向ける。


「この服、自分で整えられないんですよ。直してください」


 彼女に文字通り背中を預けると、強い月明かりを受けた祭壇が美しくキラリと輝くのが見えたのだった。



 ***



 私達はお互いに服を整え、神殿を後にする。


 ちなみに神殿に来た後は私と別行動だったロザリーだが、彼女もまた例の祭壇で闇の神との対話に臨んでいたらしい。そこで闇の加護も受け取ったのだとか。

 同じ場所で一人一人に同じイベントが発生していたわけだ。私がすっかり忘れていた写真もバッチリ撮影していたらしい。レポートにはそれを使うとしよう。当然だが今回も連名で提出する予定だ。お互いに知識の範囲があまり被っていないため、三人だと色々と捗るのだ。……コーディリアは居ないけれど、まぁ最後のあれを考えればいなくて良かったかもしれない。


「さて、後は帰ってレポートを書くだけだな……だけ、と言っていられるのも今の内だが」

「むしろ私達にとってはここからが本番ですね。一日二日で終わると良いですけど……」


 優秀賞を取った前回の特別課題に比べても、今回はかなり調査内容が濃い。

 闇の神や神話関連だけでもレポートの一つや二つは書けると言うのに、そもそもの目的はここの信仰についての調査なのでそちらもまとめる必要がある。レポートが薄くならないのは既に決まっていると言っても過言ではない。


 そこに更に、自分についての研究である“邪法”についても調べなければならなくなったから大変だ。こちらはもしかするとと言う個人的な当てがあるので……いや、当てがあるからこそ作業量が増えるな……。


 何にせよ疲れた。後はここに用はない。魔法の書で魔法世界から離脱するだけ……


「あ! 居たわ! もう逃がさないわよ!」

「……帰るだけ、なんですけどね」


 突然響いた声に、私は辟易しながら振り返る。無視して帰れば良かったか。学院に帰りさえすれば後はもう手出し無用になるのだから。


 そこに居たのは、今回本当に何の調査もしていないであろう調査員5人組だった。ところで、私達が戻るパーティ枠を完全に潰している辺り、もう完全に敵対していると考えた方が良いのだろうか。

 ちなみにやはり追加人員に面識はない。ただまぁ、こちらもやはりというか一方的に顔は覚えられている様子だが。


 ロザリーも、もう今回はお腹いっぱいなんだけど……みたいな表情だったが、とある一人の男を見て少し顔色を変える。“彼”に対しては何か思う所があるのかもしれない。


「ふむ。よく来たな、ケリーよ」

「えっ、あ……はい」

「見た所、調査は上手く行っていないようだな」


 そりゃね。

 私達が村の資料を片っ端から回収してしまったから、調査も何も出来ていないのは確かだろう。出来ていたとしても精々、後ろにある神殿から何となく類推する程度のはずだ。

 まぁ、エリクに付いて行ったはずなので、その時間があったのかは謎だが。


 そんな事を考えていると、この面子の中でも一等(いっとう)血の気の多いクレハが吠える。


「はぁ!? 誰のせいだと思って……」

「貴様には聞いてないわ。……一応共同の研究をしていた(よしみ)だ。我が手を貸してやろう。こちら側に来れば、あの村に伝わる伝承についての資料を貸してやっても構わん。必要だろう」


 ……ふーん。差し出すのはそこだけか。どうやら白蛇や闇の神の真実については秘匿するらしい。一応レポートに書くと学院生は閲覧できるようにはなってしまう仕組みなのだが、一時的な情報の優位性を持っておきたいという事か。


 まぁもちろん、ここまでにあったすべての事をただで話す必要はないし、そもそも彼は自分の判断で向こうに付いて行ったのだ。

 その上、私達と合流するという考えを捨て、追加の人員を加える事に賛同した。これはもうほぼ完全に敵対行為と言っていい。


 その立場に多少の同情は出来なくもないが、個人的には何もせずに放置で良いと思う。ロザリーは関りのある者として、私以上に何かを感じているのだろう。


 ロザリーの提案に対して、ケリーはあからさまに動揺を見せる。優柔不断な彼の事だ。無駄足を踏まされたとは言え、恩人であるエリクの前で裏切りを宣言する事などどうせできないだろう。

 しかし、そんな彼よりも早く口を開いた男が居た。


「……その資料とやらは、どうやって手に入れたんだ?」

「貴様らに答える義理はないな。ケリー、よく考えるといい。どちらの話を聞くべきなのかをな」


 彼はロザリーの言葉を聞いて俯くが、他の4人がそんな彼を庇う様に前に出る。それぞれ武器を手にしており、その表情は険しい。まるで敵にでも出会ったかのようだ。


 特にその正面に立っているエリクは、苦い表情のまま私を睨み付ける。


「君は……あの村で一体何をしたんだ。非道な事はしないと……」

「あなたと私が約束なんて、した覚えがありませんね」

「君のせいで! 何人の人が死んだのか分かっているのか!?」


 何とも人聞きの悪い事を言う。

 村人の事を言っているのは分かるが、あれは仕方なく見殺しにしただけだ。……と言っても、信じてはくれないかもしれないが。


 そもそも私の認識からすると勝手に病で死んだのと同じだし、その死は決して無駄になったわけではない。彼らのおかげで、こうして私は何物にも代えがたい知識を得る事が出来た。


「殺したから、何だと言うのですか?」

「っ……君は……」

「前にも言ったはずです。魔法世界の人間に同情する必要なんてないのだと。どうせここは私達が出れば崩壊する世界。ここに居る人間も放っておけば勝手に死ぬ運命で、それが多少早まった所で誤差でしょう」

「だからって殺していいはずないでしょ!?」


 エリクが言葉に詰まると、隣に居た大型犬(クレハ)が吠え始める。

 まるで話が通じていない。私としては殺しても良い理由を語っているつもりなのだが、理由もなくそれを否定するばかりだ。彼女達にとってはそれでは殺すのに足りないのは分かるが、多少は理屈を付けて反論して欲しいものだ。


 私は呆れたように一つ息を吐くと、冷めた目で彼女を見詰め返す。そこに何か感じたのか、彼女が小さく息を飲むのが聞こえたが、すぐに気を取り直して私を睨み直す。


「殺していい理由がないなら殺さない。あなた達がそういう考えを持っているのは分かりましたが、私は殺す利点があるなら殺します。……分かり合えない以上、お互いに干渉しなければ話は終わりでしょう」

「あんたっ……」

「……分かった」


 クレハが何かを言い出す前に、それを遮ったのは小さな声だ。諦めとも受け取れるその内容に、彼女は目を丸くして隣に立つ男を見る。


 しかし、私は予感がしていた。

 それは諦めなどではなく、確かな決意を示す言葉なのだと。


 エリクは真っ直ぐに私を見ると、槍を深く構える。


「もう、君に人道が何だと諭すのは止めよう。君が僕には理解できないのはよく分かったし、口で何を言っても敵わないのも理解できた」

「……それで?」

「だけど僕は、君を認めたくない。倫理からあまりに遠い君の行いが許せないから、全力で、力尽くでも……」


 私はそう苦しげに語るエリクの表情を見て、初めて胸が高鳴るのを感じていた。

 今の彼が私に対して抱いているのは、優しさや正義感なんかではない。少なくとも彼はそう思ってはいない、いや、ようやく違うのだと自覚して、それを隠さずにいてくれる。


「その行為には、まるで意味がないのは分かっていますね」

「そうだ。君に今更刃を向けた所で、死んだ人は帰って来ないし、新たな被害を減らせるわけでもない」

「……ふふ」


 険しい顔をしている彼を見て、思わず頬が吊り上がり笑いが零れる。


 これは、純然たる憎しみだ。

 彼は私を憎むべき相手だとようやく認め、その力を無益に振るおうとしている。まるで意味がないのだと認めつつも、私が許せないのだと力を向ける。

 正しく暴力だ。そこに正義は一つもない。これを嗤わずにいられるだろうか。


 ……何より、これを力で叩きのめしたら、これ以上ない程に気持ちのいい事だろうな。



 まず、本話が長くなり二話更新が出来なかった事、申し訳ありません。次の二話更新は……考え中です。

 そして、昨日は大変多くのご感想ありがとうございました。頂いたコメントは、楽しく読ませていただいております。



***ここから本編に関係のない話・昨日の続き***



 一晩考えていたのですが、現実と同じ容姿のアバターでなければならないという設定を自作に採用する理由は、私とは逆に『自分がゲーム世界に入る』という事をVRに求めているからかもしれませんね。ならアバター要らないな、仕方ない。それに“作中の現実”のキャラクターがもう既に自分の創作物なわけですから、それを活かしたいとなるとそちらの方が都合がいいのかもしれません。

 もちろん私個人としては、「整形外科でさえ15㎝は身長(足)伸ばせるのに未来の仮想世界という二重に現実と乖離している世界が現代に負けるはずなくない?」 とか、「完全に現実と同一の体しか使えないなら、不細工や低身長、高身長、四肢欠損、ジェンダー、肌の色等に劣等コンプレックスを抱いている人間が楽しくプレイできなくない?」 とか、「ビッグライトやガリバートンネルを使ったのび太は身体能力が著しく劣化し健康的な害を被るのか?」とか、「バーチャル美少女おじさん文化は死に絶えたのか?」等、色々と不思議に思う所はあるのですが……。


 まぁ、現実味というのは“実際にそうだったらどうなるのか”とはまた別の概念ですし、もちろんその設定によって物語が台無しになるという事も基本的にはないのです。設定を作る事が好きなので断言しますが、ただ単純に深いだけの設定は物語を面白くはしてくれません。大変残念な事ではありますが。

 なので、単純に作中の設定がどうのこうのと言うのは、全くその作品の価値に関係がありません。(これはこれでちょっと過言ではありますが)これは少なくとも私の中ではある程度確かな事です。

 ただまぁ、それはそれとして出て来るとびっくりはするんですよね……何でそんな設定採用したのかが直感的に分からなくて……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 0話に繋がるかな?
[一言] 闇の神様が最初に存在すると知った時にはこんなに優しく笑う人だとは思わなかった。また出てきて欲しいな。 本編に関係ない話について。 そういえば人外にもなれるゲームなのに人型での容姿をあまりい…
[一言] 「その顔が見たかった……私に嫉妬するその顔があああ……!!」 主人公はブレンだった?
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