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第148話 神の言葉

 私は必死に湖畔を逃げ回りつつ、疫病の蛇に状態異常を重ねていた。

 ……と言っても、まったく効果は見られない。魔法視が機能していないのでそもそも蓄積しているかの確認もできないのだが、感覚的にはむしろ……。


「これは、“本物の”状態異常完全無効かもしれませんね」

「それ以前に攻撃すら効いていないな。防御力が高いとかそういう話ではなく、もしや我らでは格が……それこそ“神格”が足りぬのではないか?」

「光の神の加護があったでしょう。それでは効果がないと?」

「うーむ、分からん。何が足りぬのだろうな」


 私達はのんびりとそれぞれの考察を話し合う。当然だが、戦闘中にそんな余裕はない。実の所現在は、疫病の蛇と戦闘になっていないのだ。


 それは何も、実力差があり過ぎて一方的な蹂躙になっている……というような比喩的な意味ではない。

 そもそも最初から疫病の蛇は、ロザリーの召喚する死霊にしか攻撃をしていなかった。私が使う呪術もロザリーの攻撃魔法も、まるで意に介した様子もない。範囲攻撃に私達が巻き込まれない様に注意する必要はあったが、逆に言えばそれだけだ。


 そしてロザリーの死霊のストックも尽き、私の耐性調べも終わった、ほんの僅かな沈黙の時間。

 私達はその隙に湖から現れた尻尾に二人で捉えられ、現在は水の上を移動中なのだ。


 太い尾でぎゅっと握られた私達は、最早腕すらまともに動かせない状態だ。

 身長差のせいか、私は顔の半分をロザリーの無駄肉に潰され大変息苦しい。マスクの呼吸缶が片方谷間に入ってしまっている。

 最近は見るのにも慣れたのだが、こうして実害が出るとやはり鬱陶しく感じるものだ。


 それにしても、この蛇は私たちを連れてどこに行くのだろうか。

 霧の中を物凄い速度で進む疫病の蛇は、私達を連れてどこかを目指している。少なくとも何となく拾ってあっちこっちに移動している様な雰囲気ではなく、一定の方向へ進んでいるのは間違いない。


 しかし、深い霧に覆われた視界からは、蛇の頭すら見る事は出来ない。当然足元も視界には入らず、ここが湖のどこかも分からない。

 強いて言えば水音は聞こえるので、湖面を移動しているのは確かなようだが。


 そうして蛇に揺られる事しばらく。

 急な加速度がぐんと体を揺さぶり、そしてずっと締め上げていた尾が離される。当然、彼に地面で放してくれるなんて優しさはないので、私達は宙へと投げ出された。


「いたっ……」


 その事実に慌てたのも束の間。投げ出された数瞬後、硬い地面と激突する。私は周囲を観察するが、視界のほとんどは霧で覆われているばかりだ。

 ……この足元の石の床には見覚えがあるが、本当にここがあそこなのかは判断が付かない。


 それ以上に、私はあるものに視線をくぎ付けにされていた。

 視界の正面に見えるのは、さっきまで対峙していた疫病の蛇の頭だ。霧の中からぬっと頭だけを出している。


 しかし、私が目を奪われたのはそこではない。

 彼の真下に、一人の女が座っているのだ。


 彼女が座っているその場所は、写真を撮った覚えもある祭壇の一つ。神殿の屋上(天井が壊れているだけで二階部分だった可能性あり)にあった祭壇と同じ形、そして朽ち方だ。


 闇の神を祀る祭壇であるはずのそれに、本人の目の前で腰を下ろしている女。とてもではないが、普通の人間には見えない。


 彼女は、とにかく美しい女だった。

 霧の中でもはっきりと分かる白い体と赤い目、黒い髪。そのどれもが背筋が凍るような艶やかさ。豪奢な服は本人の美しさの前に文字通り霞んでしまう。


 彼女は茫然とする私を見てふっとほほ笑むと、甘く溶け出す様な声でこちらを誘う。


「人間よ、こっちへ来ると良い」

「……ここは?」


 私はその言葉を聞いて一旦頭を振ると、倒れたままだった体を起こす。

 ここで警戒しても仕方ないか。あれだけ強い存在が後ろに控えているのだから、こちらから手を出して無事で済むはずもない。今は従う他ないだろう。

 一応今は青判定だし、大丈夫だとは思いたい。


 私は半ば答えも期待せずに問い掛けたのだが、意外にも彼女は私の質問にしっかりと答えてくれた。

 一方的に用件を突きつけるわけではなく、一応は会話をする気がある様子。その姿勢は大変助かる。


「ここは降霊の間。私が卑しき者共に、言葉を授ける場所だ。今決めた」


 途中まではほー……と感心した様に聞いていたのだが、最後に付け足された一言を聞いて思わず目を細める。

 今決めたのか。うっかり古代の使用法としてレポートに書いちゃうところだった。


「……という事は、私に話があると言う事ですか」

「察しが良いな。端的に言えばそうなるが、お前も私の話が聞きたかろう? ゆっくり話し合おうではないか」


 気を取り直して言葉を返した私に、彼女は嫌な笑みでそう答える。

 顔立ちはかなり違うが、それでも少しティファニーを連想させる笑顔だ。何と言うか、裏にある色情が透けて見えるような。


 私が彼女の数歩手前で立ち止まると、ふわりと風が背中を押す。


 軽い体を押された私は、思わず前によろける。何とか踏み止まろうとしたのだが、私が足を出すよりも彼女の方が早かった。

 彼女はバランスを崩した私を、獲物を待ち構えていた蛇の様な速度で捕まえると、あっという間に抱き抱えて祭壇の上へと戻ったのだ。


「ゆっくりと、な」

「変な所触らないで貰えますか」

「ふむ。善処しよう」


 彼女はそう言いつつも首筋や内腿などを撫でているので、まともにこちらの要望を聞いてくれはしなさそう。

 尤も、この程度は慣れたもんだ。そうさっさと諦めた私は、大きく遮られた視界の中で、さっきから一向に姿が見えないロザリーを探す。一緒に落とされたはずだが、近くにはいないのだろうか。


 その視線の動きを捉えた彼女は、私の耳元でそっと囁く。急な刺激にぞわりと背筋が騒ぐが、まぁこれもティファニーに比べればな……。


「仲間なら別室。ここには私とお前だけだ。どんな事があっても誰も気にせん」

「二人きり……ちなみに“それ”は、どういう扱いですか?」

「体が二つあってもおかしくはないだろう?」


 ふむ。やはり“本人”なのか。何となく想像していたが、どちらが本当の姿なのやら。


 私がちらりと視線を向けた先が、ここへ来てからピクリとも動かぬ白蛇。そこから、目の前の色情魔に視線を戻す。

 彼女こそが疫病の蛇……いや“闇の神”その人なのだろう。


 そんな大層な人物が、どういう積もりなのかは分からないが、こうして私を降霊の間とやらに一人で閉じ込め、話し合いを望んでいる。


 ……またとない好機であることは間違いないな。この嫌な温もりさえ何とかなればだが。


 私のちょっとした葛藤を知りもしない彼女は、機嫌が良さそうに話を切り出す。


「まずは褒美の話をしようか。我が肉体を封じていた忌まわしき者を殺した事、感謝しよう」

「はい。それで……褒美とは、具体的には?」

「こうして我が力をお前の体に分け与えている。悪くはあるまい」


 ……だから密着するのは当然と言いたいのか?


 私はこの複雑でタイトな服の中を、物珍しそうに覗き込んでいる彼女の表情を横から盗み見る。……絶対に嘘だな。ただ人と“触れ合い”たいだけに見える。

 そんな私からの疑いの眼差しを受けた彼女は、何かをはぐらかす様に首元にそっと口付けをした。……この様子では何を言っても無駄か。


 私は彼女から受けるすべてのセクハラを諦め、情報を整理する事に専念する事に決める。


「……それで、力とは何の事ですか」

「ふふ、こうも無反応だと逆にそそるな。気分がいいから答えてやろう。私の力があれば、普通の人間には扱えぬ魔法が使えるようになる。お前らの言う所の邪法ではあるがな」

「新しい魔法……!」

「むぅ……こっちに食い付くのか。小難しい話は、もっと()()()()と愛を囁き合った後で良いのではないか?」


 おっと、態度に出てしまったか。機嫌を悪くされたり、足元を見られたりしない様にしなければな。


 しかし、私が新たな魔法と聞かされて黙っているわけにもいかない。新たな知識に比べればこの幼い体の貞操など何でもいいのだが、変に焦らされては堪った物ではない。

 私は急かす様にその詳細を問う。すると彼女は仕方ないとばかりに、今までは見せていなかった優しい笑顔で答えてくれた。


「いいか? 人間の使う魔法は、実の所一種類だ」

「……というと?」

「現世では、お前たちの言う所の光の神が魔法を司っている。だから“光の神の許可した魔法”しか扱えぬのよ。それを卑しき者は“加護”などと呼んでいるがな」


 つまり光の神と対になる闇の神から加護を与えられれば、闇の神の加護として“闇の神が許可した魔法”が使えるようになるという事か。

 もしや、あの封印の魔法陣……。


 ……いや、待て。

 彼女の言葉には、聞き捨てならない単語が含まれていた


「……現世と言いましたが、あなたは“どこの”誰なんですか?」


 おかしい。いくら神であろうと魔法世界の存在は“ここが現実”だと思っている。思っていると言うか、実際彼らにとってはそうであるのだ。

 偶に子供が物知り顔で言う“3秒前に世界が作られていない”事の証明ではないが、彼らは作られた世界で作られた記憶と共に生きている。


 だから、“現世”と言えばこの場所の事で間違いはない。はずなのだが……。


 彼女は私の質問には直接的に答えず、私の体を弄びながらとある一つの話を聞かせた。


「私はな、お前たちの知っている通り神話で死んだと言ってもいい。しかし、私も奴も簡単に死ぬにはあまりにも“大き過ぎた”のだ。体を何万に切り分けようとも、その切れ端は“私”になった。そもそも私と奴は対だ。片方が生きていれば必然的にもう片方が存在する」


 彼女がそれから聞かせてくれたのは、私には理屈も因果もとても理解できない話であった。



 本話は、本日二話更新の前編になります。


 二日も更新をお休みしてしまい申し訳ありません。副反応で38度を超える熱が出ていました。

 体中痛いのなんのって……。ただ、一度目と比べて感覚的にはそこまで違いはなかったので、実は一回目も計っていないだけで発熱があったのかもしれませんね。


 二日もお休みしたので出来れば明日も2話更新したいと考えています。その予定で書いていますが、予定が変更される場合もあります。ご了承ください。

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[一言] もう直ぐ、第0話の場面にいきそう。
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