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第147話 真の姿

 村から出る前に、動いている人影を確認する。当然だが、シンシの加護を失った村人が生きているとは思えない。一瞬ロザリーかとも思ったが、よく見れば複数人で行動している様子だ。

 ……という事は、会いたくない方が来てしまったのか。流石に時間を掛け過ぎたか。


 村の異常な様子を見た彼らは、慌てて人家に駆け寄って人命の救助に勤しんでいるようだ。

 ちなみにその人数は既に3人ではなくなっている。まったくの無駄だと言うのにかなり時間を掛けているなと思っていたが、どうやら一時的に学院に帰還して追加の人員を探していたらしい。

 ……多分知らない顔だな。まぁかなり深い霧の中なので良く見えないが。


 私はさっさとその場を離れる。そして真の目的である疫病の蛇を追おうと考えていたのだが、どうやらその判断は少し遅かったらしい。


「生きている人間か!? 待ってくれ! 聞きたい事が……」

「……」


 深い霧の中、白い粘液の足跡を追い駆けていた私の背中に、そんな声が投げかけられる。どうにも聞き覚えのある声だ。

 当然私はそんな事で足を止めるはずもないのだが、考えるまでもなく奴の方が足が速かった。敏捷性上げようかな……まぁ上げた所で歩幅の差は如何ともしがたいので、足の速さは逆転しないだろうけれど。


 この霧の中で動いている人影が見えて声を張り上げた彼は、近付いた私の姿を見て大きく目を見開き、そして数瞬後に鋭く細める。

 思った通り、私とはまったく気付かずに声を掛けたようだ。


「どうして逃げようとした」

「あなたに構っている暇がないからですよ。では、失礼」

「おい! この状況はどういうことだ! まさかこの霧……」


 私はエリクの話を聞かずに足元に魔法陣を展開する。それを見て槍を構えた彼だったが、どうやらこちらの話は聞いていなかったらしい。いつもの事だろうか。

 “お前の相手をする程暇じゃない”と聞こえなかったのか?


 魔法が完了すると、私の視界から“私”が消える。その光景を目にしてエリクはもう一度驚いて見せた。


「消えた……? いや、霧の中に紛れたのか?」


 残念だがその予想は大外れ。この魔法は実際に姿が消えて見える。大笑いしてやりたいところだが、音は普通に届くので止めておこう。


 これは文字通りの透明化の魔法だ。効果は単純明快。こちらから攻撃するか効果時間が切れない限り、姿が見えなくなる。元々は忍術だったのだが、それをオウカに教えて貰って呪術に転用した。

 忍術科にとっては生命線となり得る魔法で、この魔法を使ってから武器魔法を唱えて強襲すると言うのが一種の基本コンボになっている。要するに時間稼ぎが出来るのである。あと、エンカウントを避けられて便利。


 まぁ元々魔物相手に使うはずの魔法なので、生徒相手には少々効き目が薄い。魔法視をすれば一発で見破れるのだ。

 ただし、その対処法をこの男が知っているとは思わない。この後私の後を追ってくる事はないだろう。


 私は足音を立てない様にその場を離れ、じっとりと濡れている道を進む。

 どうやら疫病の蛇は、一直線に湖に向かっているらしい。……向こうでロザリーとも合流できればいいのだが。


 しばらく足跡を頼りに進み、村の防柵を迂回して湖を目指す。

 疫病の蛇は加速している。そのためここに来るまでにかなり速度が上がっているが、見付けるだけならば簡単だ。

 加速と同時になぜか大きさも増しているので平地が多いこの場所では見失う方がおかしいと言える。そうでなくとも霧が深い方を目指せば何となく見えてくるし。


 そういえば、エリク達はこの図体の魔物を見逃したのか? 少しルートから外れた場所に居たのは確かだが。


 私は短い脚を懸命に回して何とか追い付くと、既に蛇は湖の岸に迫っている所だった。

 彼はそのままの勢いでざぶんと湖に“落ちる”。丸い体なので分かりにくいが、少なくとも飛び込んだようには見えなかった。


 それはまるで、前が見えてないかのような動きだ。頭を失った事で視力をなくした……? それにしては一直線に迷いもなくこの場所までやって来たが……。


 白い粘液は水よりも重いのか、暗い暗い水底へと全身が沈んでいく。残されたのは激しく揺れる水面の波と、体に悪い白い霧だけだ。


「……」


 ここから対岸を見る事は出来ない。もしも直進していた場合、道がない以上回り込む他ないだろう。それに、あの速度で湖底を進まれた場合、とてもではないが迂回している間に追い付けなくなってしまうだろう。


 しかし、大回りして霧を抜け、向こう側を見る事に意味はあるだろうか。


 何となく、根拠のない話だが、私はそうは思わない。彼はこの湖にこそ用事があったのではないだろうか。

 恨みのある村人達を自ら殺さずに一時的に放置するような、それほど大事な物が。首を失って尚も彼は村人と精霊を呪ったと言うのに。


 私はそんな予感から、その場を動かずに湖を眺める。霧で遮られた視界に入るのは、徐々に収まっていく波ばかりだ。

 夜霧の中は波以外の音はすべて消え去り、次第に自分の立っている位置さえも曖昧になっていく。


 ……それからどれだけ待っただろうか。

 もしかすると、霧の外では既に朝日が昇っているのではないか。もしかすると、自分の立っている場所以外はすべて湖に飲み込まれてしまったのではないか。


 そんなありもしない想像が思考を侵食し始めたその時、それは姿を現した。


 最初の異変は音だった。

 水面から何か妙な音が聞こえた。突然湖の中の流れが変わったような、ごーっという激しい音。ともすれば地鳴りの様にも聞こえたかもしれない。

 その正体は、正しく水の地鳴りとでも言うべき音だったのだから。


 直後、破裂するような激しい音と、思わず身をかがめる様な衝撃波が全身を襲う。

 そして、ちらりと霧の向こうに見えたのは、巨大な龍だった。


 丸太を何十本束ねても追いつかないような太い体。その体を丸呑みできるであろう大きな顎。星の様な怪しい輝きを持つ双眸……。

 それを目にした私は、思わず一歩後退る。


 そして耳にしたのだ。彼の咆哮を。

 大地を揺るがす程のその音は、瞬く間に彼我の間にある霧を吹き飛ばす。


「……ああ、“(それ)”を取りに来ていたんですね」


 私はそれを見て理解した。疫病の蛇……いや、闇の神という存在がどれだけ大きなものなのかを。これを見ては、畏怖せずにはいられないだろう。


 直後、その顎が茫然とする私に振り下ろされた。


 今まで聞いたことも無いような激しい音が響き、そして気付けば私の体は宙に舞っていた。


 しかし、まだ体は動く。どうやら直撃を免れたらしい。あまりに衝撃を受けたので自信はないが。

 ……それに、今のはもしや。


 尻餅をつきながらもなんとか着地すると、巨大な頭の先に見慣れた魔法陣が展開されていた。

 もちろん私の物ではない。あれは、死霊術の攻撃魔法だ。


 黒い炎が白い龍を飲み込まんと、その体を必死に伸ばす。しかし、当然と言うべきかそれは美しい鱗に阻まれて傷一つ残さない。

 術者もそれは予想していた通りだっただろう。何せこの見た目である。魔法視すらも上手く機能していない。オーラが大き過ぎて視界が塗り潰されてしまうのだ。


 それほどの大物を前にして、彼女はいつになく張り切っていた。


「くっくっく……それが本来の姿という訳か。正しく闇の神に相応しい神々しさだな」


 霧の中から声が聞こえ、ぼんやりと召喚陣の光が彼女を照らす。その直後、蛇が頭を起こした風で霧が晴れ、久し振りに見るふてぶてしい彼女の姿を月光の下に晒した。


「我が力及ばずとも、その姿激写させてもらうとしよう! そう……赤裸々にな!」

「決め台詞が格好良くない……」


 どうやら最初から疫病の蛇が狙っていたのは、私ではなくロザリーが召喚した死霊だったらしい。一応敵対行動をした方を優先的に殺す思考になってはいるのか。急に狙われた様に見えて驚いてしまった。

 まぁただ、シンシの様に理性的ではないので対話は難しそうだ。そこだけは残念だな。正直、知恵袋としての利用価値を期待していたのだが。


 私の声がようやく聞こえたのか、彼女はこちらをみて目を丸くする。


「ぬおっ、サクラ……! いや、盟友よ……やはり我らの魂は共にあるのだな。ずっと姿が見えないから心配していたぞっ」

「……何でもいいですけど、デュラハン食べられてますよ」

「ぐあっ! しまった、激写し損ねた!」


 ……何か気が抜けてしまったな。まぁ精々私も写真撮影に集中するとするか。レポートに何枚かは必要だろうからな。

 でもその前に、一応状態異常の通りだけは調べさせて貰うとしよう。私にとっては、いつも通りの作業である。



 ご愛読ありがとうございます。

 今日はワクチン接種当日です。腕は痛いけど普通に書けました。前回も確かそうでしたね。明日は休むと思います。

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[一言] >「我が力及ばずとも、その姿激写させてもらうとしよう! そう……赤裸々にな!」 どこかの記者かよw ゆっくり休んでください。
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