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第12話 知識

 自習を始める事一時間。

 意外に数の多い挿絵にやや飽き、そして自分がいくつか“同じ本”を借りてきている事にも気付き始めた。


 同じ本というか、より正確には同じ内容の本と言った方がいいだろうか。

 表紙が違うのに同じ話を書いている本が結構あるのだ。一度に数十冊を机に運んだが、その中でも各種類大体2冊以上は同じ内容の本があると言ってもいいだろう。


 同じ内容と言っても所々使われている文字表現や挿絵が違うので、別の出版社から出た童話の絵本のような印象だ。当然だが、実際に興味があるのは内容ではなく挿絵なのですべて確認する必要がある。


 まぁここの蔵書のすべてに濃い内容で異なる物語が書かれていた場合、現実の読書とか一生必要ないだろうな。内容が被っているのはある意味当たり前の話だ。

 実際、こうして勉強していると、向こうで読み()しになっている小説を戻ってから読む気にはならない。読書欲という物が人間に備わっているのかは知らないが、私は活字を見る事自体にある程度満足してしまうのである。


 そしてもちろんそんな量の本、書くのだって大変だ。現代では人工知能で次々に書いてしまえるとは言え、それでも時間がかかる。そしてそれが必要な作り込みなのかと言われると疑問が残る。

 あまりたくさんあったとしても、本にこうして紛れ込んでいるヒントも見落としてしまうだけになりかねない。


 ずらりと並んでいる本棚の中の、赤い本。その僅かな部分を読めばヒントになっている様な、古いゲームの方が明らかにプレイヤーにとっては優しいと言っていい。


 そして私が見付けた肝心の魔法陣は、全く知識にない物から、何となく見覚えのある物、そして一部読み解けるものまで様々だ。

 同じ内容でも違う魔法陣が挿絵として使われている本もあるので、もしかするとすべての挿絵が正しい知識ではないのかもしれない。ここでこうしている内の、どれだけの手間が無駄になってしまうだろうか。


 それでもこうしてただひたすらに手を進めているのは、それ以外に道がないから。

 ……というと、少し違うようにも感じてしまう。


 そもそもこの作品自体、詰まらなかったらいつでも止めていいのだ。絵筆にはきっと説明すれば許してもらえるだろうし、兄からの話もこの作品でなければならない理由はない。

 精々、購入費用と今月の利用料が少しもったいないと感じてしまう程度と言えるだろう。


 おそらくは……いや、結局のところ、この今後役に立つのかどうかも分からないこの地道な作業が、私の性に合っているというのが最大の理由なのだと思う。


 パラパラと内容を斜めに読みながら、挿絵を探す。この本の内容は既にほぼ覚えてしまっている。

 私はログイン制限でこの世界を追い出されるまで、ずっとその作業を繰り返すのだった。



 ***



「お前……とんでもない作業してるな……」


 作業4日目。

 現状授業で教わることができるすべての呪術科のスキルを獲得したが、それでも私とシーラ先生の個別授業は終わっていなかった。呪術科の授業は一日に回数が限られているし、シーラ先生の担当している授業は更にその半分。当然と言えば当然だろうか。


 彼女が暇そうな時は教員室まで赴いてそこで授業を受けたりもしている。都合がつかない時は図書室で自習。

 それをかれこれ現実時間で25時間、ゲーム内時間で100時間以上繰り返しているが、はっきり言って全く進んでいる気がしない。


 魔法言語は調べれば調べるほど次の内容が出てくる。活用だけではなくその読み方、つまりは内容までシーラ先生が手を出し始めたので、未知が未知を呼んでいる状態だ。

 そして今熟している自習も、言語の習熟が進めば進むほど、今まで蓄積していた情報の解読という作業が追加される。完全に片付いたと言えるのは、未だに貸し出し可能な本の3割……いや、2割も片付いていない。


 そんなことを、久し振りに会うP(ペイントブラシ)さんに語ったら、結構な顔でドン引きされた。

 他にやることがないのだから放っておいてくれ、なんて返してもいいかもしれないが、私にとってこの来訪は少し想定外の物だった。せめて何の用なのかは聞き出してから追い出した方がいいだろう。


「解析班でも未だに情報収集って時期だぞ。ほぼ最先端なんじゃないか?」

「解析? って、ゲームデータの話でしょう? 私のこれとは性質が違くないですか?」

「いや、そうでもないさ。言語の解読なんてのは結構メジャーな遊びだ」


 内容を完全に覚えているので最早挿絵を探すだけの作業になっている手を止めずに、数日振りに会う彼女と話をする。この前会ったのはル・シャ・ノワール。いつかの午前中に、いつも通りにやって来たのが最後だろうか。


 ……いや、これ今朝の話だな。よく考えてみると。

 どうも私の時間間隔が狂っているらしい。こちらでログイン制限まで過ごすとほぼ1日。それを一日に二回繰り返せる。……“こっち”で会わない職場の人間とは、かなり疎遠になってしまった気さえするほどだ。


 これ、子供の遊びとしては欠点と言えば欠点なのかもな。おそらくはVRでの付き合いの方が濃密になってしまうのが仕方ないと思える程だ。

 まぁかく言う私は、図書室では司書としか仲良くなっていないけれど。その司書だって私の作業中は一切話しかけてこないので、まだ話したのは数回だ。一番話すのはシーラ先生だが、ずっとあの調子なので仲良くなったという気配は一切ない。


 別に友達が少ない方ではないと思うが、こっちの対人関係はかなり狭いな。図書室自体利用者が少ない施設なので仕方がないのかもしれないが。


「……それで? 珍しくこんな場所まで来たのだから、何か用があるんでしょう?」


 挿絵に描かれている魔法陣と、今までに描き写してきた魔法陣に相違点がないか確認しながら、私はそんなことを目の前の彼女に問い掛ける。


 思えばこいつは、私がパープルマーカーでパーティから弾かれてから現実でしか姿を見せていない。私が魔法言語や魔法陣の情報の整理をしているという事は伝えてあるので、それを煩わせないためにちょっかいを出して来ないのだと思っていたのだが……。

 こうしてやって来たという事は、それを気にしなくてもいい程の何か大きな発見でもあったのだろうか。


 私の問いに対して、得意げに鼻を鳴らすP。顔は見えないがおそらく自慢げな顔でもしていることだろう。


「ふっ、聞きたいか?」

「あまり聞きたくはないけれど、聞くまでそこにいるつもりでしょう?」

「そこまで言うならば仕方がないな……。実は我もあれから戦闘には出ていなくてな」


 あーはいはいと適当に流そうと思っていたのだが、一瞬遅れて脳が彼女の言葉を理解する。意外な言葉に思わずページをめくる手も止まった。

 戦闘に出ていない? レベル上げもお金稼ぎも一切してないってこと?


 この作品では基本的に経験値とお金は万象の記録庫から転移できる魔法世界、フィールドでしか稼げない。スキルの獲得と経験値の獲得がシステム的に分断されている奇妙な作品だ。


 という事はスキルの獲得に全力を注いていた……にしてはおかしな点がある。

 呪術師はかなり取得可能な魔法の数が多い。使用可能な魔法スキルだけで言えばトップクラスの種類だ。

 しかし召喚系に属する死霊術科のスキルはそう多くない。魔法の数は呪術科の半分にも満たないはずなのだ。一回の授業時間に差異はあれど、授業の数はそれ以上に少ないはず……。


 つまり彼女がスキルに全振りしているとしても、もうとっくの昔にすべての死霊術を獲得していてもおかしくはない時期なのである。


 では、彼女が何をしていたのか。

 パッと思い付く可能性は一つだが、何となくしっくりこない。


「魔法のカスタムでもしていたんですか?」


 意識が逸れて完全に作業が進まなくなってしまった私は、そう言ってPを振り返る。

 それに対して彼女の反応は予想通り。そしてそれは同時に、私の予想が外れたことを示す笑みだった。


「くっくっく……盟友よ。我が力の研鑽を怠る事は無いとはいえ、数日間も魔法改造の前段階に時間をかけているお前ほどではないのだ。というかお前はいつまでやってるつもりだ」

「とりあえずはマーカー解除までは。気付けばもう残り時間半分切ってますけど」


 私に対する若干の呆れを含みながら、Pは一冊の本を取り出す。

 その表紙には読めない文字で何かが書かれている。私は読めないながらもその文字が何なのかを知っていた。図書室にも数は少ないがこの手の言語についての本も保管されている。

 魔法言語でも通常言語でもないこれは、


「古代文字の本ですね」

「時の水底に忘れられた言の葉だ」


 ……。

 彼女の表現はともかく、古代文字とは、普通のプレイヤーに解読不可能な言語の一種だ。魔法言語とは全く異なる独自の言語で、ほんの少しだけ現代の通常言語と繋がりがある。実際には日本語と漢文くらい違うので、読む気にすらならないが。

 この図書室は比較的新しい本が置かれているので一冊もないが、万象の記録庫にある本の背表紙などはこれで書かれている物もあるらしい。


 それでお前はそれをどうしたんだと視線で問えば、Pはそれ以上渋ることなくあっさりと白状した。


「そう睨むな。ここに興味深い記載があったのだ」

「興味深い記載? というか、あなたはそれ読めるんですか?」

「ああ。勉強してきたからな。それより記述についてだが……」


 そうしてPが語ったのは、一種の神話の様な……というよりただの神話だった。


 要約すると、光と闇の古い戦争があって人間は光の神様に味方しましたよ、という話だ。戦争では紆余曲折あって光側が勝利。闇側の魔物は現世から一掃され、世界は光の者達の支配する場所となった。

 こうしてしっかり聞くのは初めてだが、思えば確かにこの話を前提にしている物語や伝記はここでも散見される。


「ここで重要なのはこの古代戦争、人間は光の神から加護を得ていることだ」

「加護?」

「うむ。その加護、どうも神聖術と類似点が多いのだ。治癒、強化、攻撃……そのどれもがな」


 ……もしかして、


「神聖術師が強いのは、設定通り神様の力だからってことですか?」

「……だと思わんか? 更に言えば、闇の力、つまり暗黒術を始めとした暗黒系の術が弱いのは、光の加護を授かった人間との相性が良くないから」


 それってつまり……


「我々が真価を発揮できないのは、この光の加護があるからと思えて仕方がないのだ」



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