第146話 疫病の蛇
そういえば、高校の同級生に“笑顔ちゃん”という女の子が居た。
その名に反して壮絶な生い立ちの子であり、私と違って大変複雑な家庭環境に生まれ育っていた。そして何より、私と違って物凄く真っ当に育った普通の性格の女の子である。
彼女は確か奨学金で大学に通っていたはずだが、今は一体何をしているのだろうか。私はぼんやりとした頭で、とある理由で彼女と二人きりだった高校の修学旅行を思い出していた。
……という走馬燈の様な光景が見え始めた所で、私はむくりと起き上がる。
周囲を見れば凄まじい爆風によってあらゆる物が吹き飛ばされており、あれだけ立派だった社は粉微塵に砕けてしまっている。
しかし、目立った被害が確認できるのは社だけ。いくらか他の建物にも影響が出ているようだが、幸いというべきか社の近くにはあまり建物もなかったので大きな被害は出ていないようだ。
私はそんな事を確認してから、ゆっくりと“爆心地”を覗き込む。
地下で爆発した例の箱の姿はなく、そこには一匹の魔物……いや、一つの何かが蠢いているのが見えた。
それは白い塊だった。
しかし純白からは程遠く、青白い月明かりで照らされていると言うのに黄色く濁っているのがはっきりと見て取れる。そんな不気味な色合いの塊は、ゼリー状の粘液を地面に残しながらズルズルと音を立てて動いていた。
一見すると巨大な粘菌状の生き物にも見えるが、おそらくあれこそが疫病の蛇なのだろう。
この場に出て来ただけで私と社を吹き飛ばしてしまうとは、凄まじい奴だな。
奴は時折、その粘液の体に穴を開けてごぽりとガスを放出する。その夜霧のような白い煙は彼を中心にして急速に広まっていき、独特な甘さのある香りを周囲に充満させていく。
思わず陶酔してしまいそうなほどの心地よさだが、吐き出している原因を考えればあまり吸いたいとは思わないだろう。一応マスクをしているので気分的にはマシである。まぁ、嗅覚で感じるという事は、貫通しているんだろうけれど。
しかし、そんな不快な光景から目を背け、魔法視で彼を見て見ると意外な景色が目に入った。
「……白か」
あのぶよぶよ、オーラが白い。
白いオーラと言えば敵対判定の中で最も危険度が低いとされている色だ。直前に殺したシンシが青から赤判定に変わった事から考えれば、2段階も下の強さという事になる。
……長い封印の結果、弱っているのか?
同じ事を考えていたのか、社の瓦礫を吹き飛ばす様に突撃を敢行した一騎の騎兵が居た。
しかしその馬は見えない。馬具や蹄、馬鎧だけが地面を打ち鳴らして駆け抜ける。
その上に跨るのは一人の鎧武者。和風の大鎧で身を守っているが、既にその首に頭はない。これを見て人間と間違える奴はいないだろう。
死して尚も月下に現れ、怨敵を狙う落ち武者その物だ。
しかし彼は少なくとも私の敵ではない。なぜならあれはロザリーの召喚したデュラハンだからだ。
デュラハンの召喚体は、防御力や攻撃力が高く成長しやすいので、何と言うか雑に強い。多くの死霊術科の相棒の一人である。
ちなみになぜ和風なのかと言えば、使い手が多い事が気に入らないロザリーが、個性を出すためにそういう見た目に変更したのだ。
彼は錆が浮いた幅広な刃を掲げると、白いぶよぶよに向かって刃を振り下ろす。
馬と鎧の分の重量と突進の勢いが乗せられた一撃は、粘液状の体を易々と斬り裂いた。見た目通り柔らかいのか、衝撃を受けた粘液が派手に飛び散る。
しかし、その直後に私は言葉を失った。
傷口から何かが飛び出したのだ。
それは細長い触手のような見た目で、デュラハンに纏わりついてはその体を締め上げる。彼に届かなかった触手は地に落ち、くねくねと地面をのたうっていた。
……よく見ればそれは頭のない蛇だった。どちらも尻尾になっている白い蛇。
その何匹もの蛇が傷口から飛び出し、凹凸の多い鎧に入り込んでいるのである。
いくらかは振り払われ、あるいは騎兵の速さに追いつけずに地面をのたうち回っているが、あまりに数が多い。特別頭がいいわけでもない召喚体に対処は難しいだろう。
それに、もう一つ気になっている事があった。
目を閉じるとデュラハンの青いオーラの周囲に、村人と同じ状態異常を示す円が現れているのである。
これは疫病の状態異常だ。効果は急激な体力の低下……だと思っていたのだが、青いオーラの減少速度はそこまで早くはない。もしかすると殺すための深度が足りないのだろうか。
「何にせよ、気持ち悪い事この上ないですね……」
私は瓦礫に身を隠しつつ、魔法の詠唱を始める。
使うのはとりあえず昏睡の範囲魔法だ。効き目は悪いだろうけれど、何とかここで足止めしてロザリーと合流したい。
彼女も慎重になっているのか、デュラハンを送り込んだだけで大きく動こうとはしていなかった。私からではどこに居るのかも分からない。
魔法が組み上がると同時に、私は果敢に攻め立てるデュラハンを巻き込む形で魔法を使う。当然仲間判定なので本人には効果はない。しかしその周辺は違うだろう。
私の魔法に反応するようにして、元気に鎧を締め上げていた白蛇たちがぽたぽたと地面へと落下する。
しかし、本体は変わらずに動き続けているし、新たな傷口から出て来た蛇たちは元気に動き回っていた。
どうもこの蛇、本体から切り離された分は別個体として動いているらしい。いつか見た死体を操る蜘蛛と同じだ。
そのため状態異常耐性も別で設定されているようで、張り付いた蛇を昏睡で落とすことは容易なようだ。
しかし、肝心の本体に対しては効果が見られない。
彼は相変わらずどこかへと一心不乱に体を動かしている。傷口から蛇の群れが飛び出すことはあるが、積極的にデュラハンを排除しようという動きは見られない。
……そもそも攻撃が効いているのかも怪しい。オーラは僅かに減っている様には見えるが、あまりに微々たる差だ。
こういう時、高火力の遠距離攻撃があれば話が早いのだが、生憎そんな便利な奴はこの場に居ない。手元にあるとすれば火薬程度だが、残念な事にロザリーも私も火属性の攻撃を持っていないので扱えないのだ。
元々ティファニーの攻撃手段として使う事しか考えていなかったので、一人で扱えるような物は作っていない。仕組みは簡単なんだし着火装置作っておけばよかったな……。
仕方ないので、本体に効果がありそうな魔法をとりあえず使ってみようか。
そうして私のいつもの行為、耐性調べが始まったのだが、相変わらずボスに効果が薄い。ボスの中でもここまで耐性がカッチカチの奴も珍しい程だ。
巨人には石化と封印が通ったのだが、こちらはその双方が完全無効となっている。麻痺も昏睡も通らず、恐怖は入ったは良いがほとんど効果が見られない。他の状態異常も散々な結果だった。
呪術師の相変わらずの無能っぷりで感動してしまう。
疫病の蛇はついに社の跡地から出ると、村の建物を踏み潰してただひたすらに進んで行く。人を殺すわけでもなくただただ一直線に進んでいる様子だった。
そう言えば、何か最初に比べて大きくなっていないか? デュラハンや他の死霊が攻撃を続けているので、首のない蛇はあちこちに撒き散らされている。その分体が小さくなっていても良さそうなものだが……。
「こほっ……んん……?」
不思議な現象を前に首を傾げていると、急に咳が出て思わず身を隠す。そしてその数瞬後に、小さな違和感に気が付いた。
入学してから“サクラ・キリエ”という人間は、今まで一度も咳き込んだことなどありはしなかった。そもそも私達の魔法体は呼吸すら必要としない体なのである。
なぜ咳なんて……。
そう不思議に思って魔法視で自分の状態を見て見ると、既に何度も見た円が回っているのが見えた。疫病の状態異常だ。
どうやらあのぶよぶよ、近くに居るだけで影響力を与え続けると言う存在らしい。……ロザリーは大丈夫だろうな。ここまで一度も本人の姿を見ていないが。
すっかり深い霧に覆われた村の中で、既にぼんやりとしている大きな影を追う。
……倒すのは無理だとしても、どこへ行くのかは調べなければならないな。移動速度が上がっているし、ロザリーと無理に合流するのは危険だろうか。
私はマスクを外し、状態異常解除薬を飲み干すと追跡を開始した。未見の状態異常という事で少々不安だったが、薬は問題なく機能してくれたらしい。……喜ぶべきかどうかは少々迷うところだが。
……そうだ。オウカに教えて貰った忍術でも試してみるか。追跡対象はこちらを気にしていないのであまり効果はなさそうだが、使って損という事はないだろう。
ブックマーク、評価、ご感想ありがとうございます。
明日は二度目のワクチン接種です。一度目も結構な副反応が出たので、明日明後日は更新をお休みするかもしれません。お待ちいただければ幸いです。元気だったら書きます。




