第144話 謀殺
すっかり日も落ちた。私達は人々が寝静まった村を歩いて行く。目指す先は当然村の中央、社である。
流石にこんな時間なのでエリク達もそろそろ帰って来るだろう。出来ればその前に“最後まで”終わらせておきたい。今回に限っては手柄を横取りされる可能性は否定できないのだ。
人気のない村を煌々と照らす大きな満月を見上げ、私は前を歩くロザリーに声をかける。
こちらの資料は現世に持って帰れない。しかし、こちらで死んだ場合体は学院に強制的に帰る事になる。
考えたこともなかったが、その時こちらで回収した資料は紛失してしまうのだろうか。
もちろんここに来る前に一応作戦らしい作戦は練って来たし、下準備も整えた。何もできないという事はないだろう。
しかし、勝利が確定しているとは言い難いのもまた、間違いではない。何せ初めての経験だ。
「……一応聞いておきたいんですけど、こっちで集めた資料って死んだらどうなるんですか?」
「ん? ああ、元あった場所に戻るらしい。確かめた事はないが、永続的に占有する事は出来ぬぞ」
……まぁ消えるわけじゃないならいいか。また取りに行けば。
あそこの資料は写真も一通り撮ってはいるが、今後絶対に原本が必要にならないとも限らない。それに、できれば私達だけが知っている情報にしておきたいしな。
「では、今回は死なない様に」
「それは約束し兼ねるな」
私達は軽くそんな話をしながら階段を上り、きっちりと閉まっていた社の門を開く。特に見張りなどはいないが、壁の向こうで微かに何かが動いている気配はしていた。どうやら一応誰か神官が居るらしい。ユズリハだろうか。
まぁ特に問題ない。私達は一応、二度目の謁見というだけなのだから。それに最悪私達がその場に居なくとも、勝手に作戦が進むかもしれないしな。
私達は夜でもお構いなく、無遠慮に社へ上がり込む。道順は覚えているし、もしも忘れてしまっていてもマップを見れば一発だ。
それにこの村の建物、これは社も含めてだが、“鍵”という物が見当たらない。
おそらくは技術的に作れないのだろう。立ち入り禁止らしき場所にあるのは、つっかえ棒や閂ばかりである。夜間だから進入禁止……そういう文化自体存在しなさそうに見えた。
私達を阻む物はありそうもない。
結果、夜間だと言うのに私達は何の障害もなくシンシの部屋までたどり着いていた。
木製の扉をそっと開けると、中に居たのは彼一人。どうやら巫女は別の部屋にいるようだ。もしもの時を考えれば、敵は少ない方が良いだろう。好都合だったと考えよう。
それに、どうやら作戦の第一段階は成功しているようだ。
シンシは部屋の中央で酒を口にしつつ、何かの書物を読んでいる。
事前に酒屋の男に聞いていた通り、彼は毎晩この時間は晩酌をしているらしい。彼の前に置かれた酒瓶の中に見覚えのある物があるのをチラリと確かめると、私は家主の返事も待たずに敷居を跨ぐ。
するとすぐに彼は私達に気が付いた。遮蔽物もないので当然だ。
「……貴様らか」
「こんばんは。いい夜ですね」
「帰れ。貴様らに聞かせる話はない」
「そう言わずに。捧げ物もありますよ」
シンシは嫌そうな顔で、珍しく本から顔を上げてこちらを見やる。私はその男の前に座ると、魔法の書から一本の酒瓶を取り出した。
これは“ここ”に来る前にシオリに押し付けられた酒だ。
試しに酒屋の男に飲ませたところ、大変美味しいと好評だった。そのため中身を注ぎ足し、栓をし直してこうして手土産として持って来たのだ。
しかし、彼はそれを見るや否や鼻で笑う。
「毒でも盛ったか?」
「気になるのでしたら私から飲みましょうか。自分の酒の毒見程度なら喜んでしましょう」
彼の警戒と反応は想定内だ。その程度ならば対応できる。
それに、ここで大歓迎でもされたら下準備がすべて無駄になってしまう。
私はその辺から拝借した杯に青いビンの酒を入れ、それを自ら呷る。
彼女から“潰す用”として渡された酒だからなのか、度数がかなり高く、アルコール独特の香りが鼻を刺す。
まぁそう感じるのは香りだけだ。もちろんこれで酔っ払ったりはしないので、下戸の私でもいくらでも飲める。
そうして勢い良く飲んで見せたのだが、特に意味はなかった。何の変化もない私を見ても尚、彼は未だに信じた気配はない。
「質問に答えよ。毒を盛ったか?」
「いいえ。そんなことはしていませんよ」
どうやら毒見程度では信じてはくれないようだ。
ならば試しにと、私は彼の前に来て初めて“嘘を吐いて”みる。彼の話を聞いてから、ずっと気になっていたのだ。
この男の話はどこまで本当なのだろうかと。もしかすると心が読めると言うのも、嘘が分かると言うのも出まかせなのかもしれない。
そんな実験だったのだが、私の言葉に反応して彼の目つきが一気に鋭くなった。
「儂には嘘が分かると言ったはずだが」
「……毒とは人聞きが悪いですね。ちょっとしたアレンジです。それにお互い、人間の作った毒程度で死ぬ程、柔ではないでしょう?」
「……ふん。確かにな。しかし、儂にはお前が明確な害意を持ってここまで来た事が手に取る様に分かる。悪しき者よ、何を考えているのか知らんが、下らん真似は止すのだな」
……なるほど。そういう理屈で私の事を明確に警戒しているのか。
これでは直接毒を飲ませるのは無理そうだな。一応作戦の一つではあったのだが。
彼から指摘を受けて、私は小さく息を吐く。私の図星を突いて気を良くしたのか、彼は僅かな笑みを見せてから手にしていた酒瓶の中身を呷った。
そしてついに一滴も出なくなった瓶を自分の左側に置くと、手近にあった次のビンを手に取る。
思えばここにある酒、すべてあの男が作っているのだな。チラリと見えた今日の分の献上品とまったく同じ物に見える。
そういえば、酒屋も農家も決まった者しか献上できないのだったか。そもそも私のような得体の知れない者からの捧げ物など、受け取る様なシステムになっていないのだ。
私はここに来てようやくその理由に思い当たる。
「……なるほど。あなたが選別した“良き心の持ち主”のみが、あなたの世話や食事を用意しているという事ですね」
「ふん、小賢しいな。しかしそこまで分かったなら無駄だと分かっただろう。さっさと手を引け」
彼はそう私に言い捨てると、書物と酒に興味を移す。その超然的な態度は、上位者としての余裕が感じられる。
しかし、私達はこのまますごすごと帰るわけにはいかない。
……さて、今回の実験の結果はどうだろうな。
一応濃度や一口の大きさを考えて調整したが、本人に効果がないという事があっては困ってしまう。その場合は別の作戦が必要になる。
彼が何かを読みつつも手にした陶器の器は、はっきりと見覚えのある物だ。
シンシは私達がここへ来る以前から、酒屋の男に“今の酒に飽きた”と言って珍しい酒を用意させていた。
酒屋の男はその事について大変悩んでいたのだ。そのため“旅の人”ならばこの村にない酒について何か知っているのではないかと、顔見知りになった私達に相談するのはある程度当然の流れだった。
そこで私は酒屋の男に、“二種類の酒”を混ぜた酒を飲ませた。
一つ目は私が今飲んでいるシオリの酒。そして二つ目は……。
「……? 何、だ……っ、これは!」
「……味は如何ですか。これが最期なのですから、じっくりと味わってくださいね」
私は急に苦しみ始めたシンシに、詠唱破棄で麻痺の魔法を使う。バチンと青白い光が弾け、彼は力なく床に倒れ込んだ。
魔法視で彼の様子を確認して見ると、赤いオーラが急激に小さくなっていくのが見える。
しかし、イーで試した時よりも少々減少速度が遅いか。このまま放置すれば死ぬとは思うのだが、一応追加で毒と呪いも加えておこう。
私は結構居心地の良かった茣蓙から立ち上がると、傘を開いてのんびりと魔法を使っていく。人間ではないからなのか、シンシは麻痺状態のままで僅かに動けている……が、私に憎悪を向けている割りに、反撃らしい事は何も出来てはいなかった。
疫病や魔物を退けたと信じられている“シンシの加護”の実際の効果は、状態異常が進行しない様にすることだ。
例えばシンシの加護を受けた後に毒の魔法を食らうと、問題なく毒状態になる。
しかし、毒状態の効果時間が全く進まない。そのためHPの減少効果が現れず、結果として毒を無力化してしまう。
これは麻痺や昏睡でも同じ事で、“効果が現れる直前”で時を止めてしまうので、状態異常になりつつも普段通りに動く事が可能だ。ただし、時間が進まないので自動で解除される事もない。
この特性をその身を以って教えてくれたイーには感謝しなければならないだろう。まぁ心の中で思うだけで、墓も作ってはやらないが。
そんな状態異常への対策に特化した加護であるので、私にとっては限りなく相性が悪い。状態異常の完全無効化と、ほぼ同一の効果と言えるだろう。
しかし、私はそれでも彼の酒に“毒”を盛った。
しかもこの毒は私が飲んでも特に影響がなく、この村の住人ならほぼ確実に死に至る。そういう毒だ。
その毒に名はない。
なぜなら私がつい最近発見した毒液だからだ。エル式の実験の結果生まれた新たな毒であり、今後私がその効果に期待を寄せる物でもある。
苦しみつつももがく事すら許されない男を爪先で小突く。彼にはもう呻く事しかできない。このまま私を酷く憎悪し、そして何も出来ずに死んでいくのだ。
それを眺める私の顔は、きっと醜く歪んでいる事だろう。“こんな事”がこの上なく楽しく感じてしまう。
「人の心を見る力……無自覚な信頼に裏切られましたね。巫女が酒屋を信じ、あなたは巫女を信じた。自分の口に入る物をある程度管理しているからこそ、神官に毒見もさせずに目新しい物も口にする……」
「き、さま……!」
彼が口にした酒の正体は、私が新たな酒造りに腐心する酒屋の男に提供したカクテル。
実は男が試飲する物とは少し比率を変えていたのだが、元の酒が非常に強かったので混ぜ物が増えた程度、彼は何も気にせず納得してくれた。普通に考えて、あんなのパカパカ飲める物じゃないからな。
私が酒に混ぜた新たな毒の効果は、“良性状態異常の解除”である。
今更だが、悪性状態異常の解除はお気楽に使われる魔法や薬なのに、逆の効果が見当たらない辺り、デバフの弱さが感じられるな。
エル式で実験し、新たに作られた毒液の中でもかなり良い効果なのではないかと期待していたが、まさかここまで早く使い時が来るとは思わなかった。
……まぁ、道具の使用禁止ルールが定められている試験には何の役にも立たなかったが。
私は作戦通りに事が運び、偉そうな神様兼詐欺師を大変機嫌よく踏み付けていたのだが、それもすぐに終わってしまった。
元が精霊だからなのか彼はオーラが消えると同時に、魔力になって空間中に拡散されていった。
……今頃村人の加護も失われている事だろう。呪いの塩を口にしていた者は全員跳び起きただろうか。
「神の退場にしては随分と呆気ないな。我が魔刃の出番はないのか?」
「イーと同じ。ここの住人本来ならもう“死んでる”んです。加護さえなければまともに動けもしないでしょうね」
「そういう物か……」
私達は部屋の中央にある布団をひっくり返し、僅かに浮いている床を持ち上げる。
「やはりここか。地下からも軒下からも行けなかった時点で予想はしていたが、分かりやすくて助かるな」
私達が見下ろすそこにはぽっかりと穴が開いており、ぼんやりとした淡い光が見る者を誘っていた。




