第142話 秘密の部屋
淡く輝く蛍光石の光をぼんやりと見上げ、それからもう一度その空間を確認していく。この村で珍しく部屋の中央に宙吊りにされた照明は均等に部屋を照らしているが、ロザリーが持って行ってしまった私のランプに光量で負けている。
村の下にあった洞窟を、ロザリーとイーの案内で彷徨う事数分。食事場の二本隣の道から繋がっていたここは、他の洞窟と違って真四角の“部屋”である。
滑らかに削られた壁と床。チラリとしか見ていないが、上へと続く階段も私達が下りて来たものと違ってある程度整備されていた。
ただ綺麗に整えられた壁の一カ所は、随分前から洞窟と偶然繋がってしまっていたらしく無残に崩れている。応急処置としてこちら側から木で蓋がされていたが、ロザリーが蹴り抜いてしまったのでその板も真っ二つに割られてしまった。
現在二つの空間を遮るものは一つもない。
そんな場所で目を閉じれば、ぼんやりと遠くに見た覚えのある箱が浮かび上がる。あれはついさっき魔法視で見た物だ。
これが見える事からも分かる様に、ここはシンシの社の真下だ。それも中央、シンシの部屋の下。道順はやや面倒だったが、直線距離としては食事場のすぐ隣になる。
ここから地上へ続く道は厳重に塞がれているらしく、階段の先の扉はびくともしない。見つかってはまずい事を考えると、これを蹴破るという乱暴な手段は取れないので、今後開ける事もないかもしれない。
私は近くにあった椅子に腰を下ろし、地下室の奥でガサゴソと何かを探しているロザリーの背中を眺める。
「何か見つかりましたか?」
「面白い物は見付かったが、どれも古代文字だな。お前の好きそうなものはない」
「……上に持って行くよりはここですべて読んでしまった方が良さそうですね」
見た限り、この部屋は随分前から誰も立ち入っていない。入口が封鎖されている事もそうだが、床や家具、そして洞窟との接点を封じる木の板の劣化具合からして、少なくとも数年は放置されていそうな状況だ。シンシの力なのか、不思議と虫はいないが。
それに、物音を聞いたとしても“村の下”があると知っている人間ならば特に不審には思わないはずだ。食事場が近いから、下からの物音には慣れているだろうし。
そんな素敵な場所で、ロザリーは古代文字で書かれた資料を読み漁っている。
内容は教えてくれないが、こんな場所に隠されていた物という事で楽し気な内容なのは間違いないだろう。まず間違いなくこの村の秘密に関わる事だ。
しかし、彼女の様子は楽しそうには見えず、時折こちらを振り返っては居心地が悪そうにする。
「……それ、どうにかならんか? 落ち着かん」
「おや、最強の死霊術師様ともあろうお人が……もう動きませんよ?」
「案外動くかも知れんだろう。ここはそういう場所だ」
「じゃあ、尚更明るい所に置いておいた方が良いですね」
ロザリーはそんな“軽口”を叩きつつも、自分の作業に戻っていった。少しばかり急いでいる様に見えるのはおそらく気のせいだろう。
私は椅子に体を預けながら、地下室の入り口手前で倒れているイーの姿を観察する。
魔法視で見てももう彼の青いオーラが見える事はない。体力が全損しているのだ。もちろん彼は魔法世界の住人なので、学院で復活という事もない。
文字通りの死亡判定。ある意味私達よりも真っ当に死んでいると言えるかもしれない。
彼の傍には二本の薬ビンが落ちていた。当然だが、それらは私が良く知るもの。何より私から彼に送った“プレゼント”でもあった。
……一応転がっているビンくらいは回収しておくか。この村にはあまりない物だし、万が一にも目撃されて私達の関与が疑われても良くないしな。
「それにしても、やっぱり下の人間は加護で無理矢理生かされていたようですね。毒を飲んでも死なないのに、加護が切れたらこうもあっさりと……。もう一人くらい実験したいですが、広い地下を彷徨う程の事でもありませんね」
「……マッドサイエンティスト……」
「あら、あなたも飲みますか?」
保存用のガラス瓶を拾い上げた私は、一応とばかりに死体を蹴る。かなり臭うので手は使いたくないが、地下室で死んでいるよりは洞窟の内部で死んでいた方が発見は遅いだろう。
それに、洞窟内部なら子供の死体が転がっていても別に不自然ではない。食事場にも道中にもいくらでも転がっていた。まぁ光源がないので動かない物体にはあまり気付けなかったらしいが。
だらりと力なく転がった嫌に“軽い死体”は、蹴り壊された木片を乗り越えて闇の中へ消えて行く。次のご対面はここを出る時だろう。そしてその後二度と会う事はない。
二本ある毒ビンの片方は中身を洞窟内に捨て、もう片方は半分ほど残っているので大事に蓋をする。
多少唾液と混じっているはずだが、こっちはただの毒と違って実験の結果生まれた新しい薬であり、在庫が少ない。あまりポンポンと捨てられるほどの余裕はないのだ。
私がそんなことをしていると、何本かの巻物を読み終えたロザリーも立ち上がる。
「……大方読み終えたな。一応回収しておくか」
「では出ますか? ……この板どうしましょうね」
「このままでいいだろう。我らがやった証拠もない。……いや、嘘を吐くと分かるのだったな。証拠など要らんという事か……」
私とロザリーは綺麗に二枚に割れてしまった板を無理にくっつけると、壊れた壁に立てかける。洞窟側から固定する事は出来ないので仕方ない。
これでは放置しても一緒な気がしてしまうが、気にしないでおこう。
私達が地下室を出る際にイーの亡骸が私達の足を掴む……なんて事も当然なく、私達は魔法の書のマップを頼りに村の上に続く階段を上っていく。
久し振りに外へ出ると、既に日は大きく西に傾き、空は僅かに赤く色付いている。
余程下と関わり合いになりたくないのか、上の村人が下から出て来る私達を目撃するなんてハプニングも起こらなかった。
そう言えば、この辺りは畑もない。崩落の危険性があるとか地面が硬いとかそういう理由以上に、上の住人が下の人間と関わりたくないのだろう。こいつらが掘った赤い塩を口にして生きているのだと言うのにな。
ま、私が考える事ではないか。
私はここからでは見えない村の入り口に何となく視線を向ける。……まだ帰って来て居ないのだろうか。
「それで、教えてくれるんですよね。どこか建物でも入りますか?」
「否。一度村を出るぞ。確かめたい事もある。詳しい話は道中だな」
私の質問にそう答えたロザリーは、早速村の入り口の方へと歩き始める。
その途中に見える村は、畑も建物も少し前と全く変わっていないはずだが、足元の地面の更に下を見た後だと少し違って見える光景だ。
今まではシンシとそれ以外という貧富の差の構図しか見えていなかったが、これ以下の存在が文字通り下で生きている。
道理で文句も言わずに信心しているはずだ。シンシ様に逆らえば自分は殺され、子供は下へ落ちて行くのだから。
殆どの家は明るい内に畑仕事を終えたらしく、楽しそうに談笑している。あれは家族か、それとも近所付き合いか。一見すると、男も女も子供も楽しげだ。
この制度が当たり前とされている村に生まれ、従順で敬虔ならばそれなりの確率でああして笑って暮らせる。彼らに罪がないかと言われればそんなことはないだろうけれど、じゃあ悪人なのかと言えばそちらも言い切る事は出来ない。
今にして思えば、“神官に見初められると”罰せられると言うのも、少々疑わしい仕組みだ。
案外、下の人手が足りなくなってくると誰かが裏で、その辺の女を襲えと男の神官に命じているのかも。それを命じられるのは見た通りのトップなのか、それとも更に裏に誰かが居るのか……。“食事場”が社の端に繋がっていた事を考えれば、あの建物が無関係というはずもない。
まぁこれは、すべてとは言わないが、ある程度は私の勝手な想像でしかない。
巫女に会った時、いや、もしかするとこの村に来た時から感じていた不信感が、それを助長させているのは間違いないだろう。
私は午前中よりも忙しそうにしている酒屋の男に適当に手を振り、そこから真っ直ぐ村を抜ける。
改めて入り口から村を振り返って見ると、確かに奥の方は多少高低差がある様に見えた。かなり傾斜が緩いので精々丘にしか見えないが、おそらくここの住人はあれを山と呼んでいるのだろう。高い山を見た事がないのだ。
……それもまた、この村の常識という訳だ。
しばらく街道らしき道を歩いて行くと、右手に湖が近づく。風で立った波の音も大きくなってきた。
……まだ魔物退治に精を出しているのか、ここに来るまでエリク達の姿は見えなかった。同じ事を確認していたのか、ロザリーも左右に視線を振ってからぽつりと呟く。
「……さて、最初に言っておくが、我の想像が正しければ今回の課題は、“闇の神”についての調査で間違いない」
「そうなんですね。では、似たような存在かもしれないという私の予想は外れですか」
「ただし、あそこに居たのはそれその物でもなさそうだ。そういう意味ではお前の予想もそう遠いものでもないと言える」
……どういうことだ?




