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第140話 決別

 巫女であるユズリハに見送られて社を出た私達。

 やや西に傾き始めた日を見上げ、ロザリーが小さく伸びをする。


「ふーっ……とにかく、これで調べるべき事が分かったな。光の神の使いが殺した蛇と、その病についてだ」

「ただ、何せ百年以上前の事ですからね。当時を知っているのはほぼ間違いなく“彼”だけ。資料が残っているのかも怪しい所です」


 周囲の村人をざっと見回し、不思議と老人が一人も居ない事を確認する。家の中に居るのかもしれないが、神官にも年老いた人はいなかった。ユズリハの母も子を残して死んでしまったという話だったし、短命な村なのだろう。他の住人に聞くというのはやや望み薄だろうか。

 そうなると、次の方針はどうしようか。具体的には、どこを探せば情報が見つかるのか……。


 そうして頭を悩ませていると、いつの間にか先頭を歩いていたエリクが振り返る。


「それじゃあ行こうか」

「……どこに?」

「さっき話を聞いただろう?」


 さっきの話? ……ああ、シンシ様からの“頼まれ事”か。

 一瞬何のことかと頭を捻った私は、あまり真剣に聞いていなかった話を思い出し、そしてため息を吐く。本気であれをやろうとしているのか。


 エリクに困っている事を聞かれたシンシは、村から離れた場所に魔物が溜まっているとやや投げやりに私達に話した。

 この村はもう長い間戦いらしい戦いを経験していない。魔物を相手に立ち向かう術を、村人たちは忘れてしまっているのだ。当然武器もない。

 だからこそこうして突然やって来た私達に頼む……というのはある程度想像できる流れだ。


 しかし、それをした所で何になるのか。簡単に言えば、私達に利点があるようには思えない。

 なぜなら彼らは、本当は魔物程度に困っていないのである。


「あれは要するに、ここから出て行けというだけの話です。まともに解決して何になるんですか?」

「そうかな? 困っている事を解決すれば、何かしらのヒントをくれるかもしれないだろう? それに、この村にまともな戦力が居ないのは確かなんだ。僕たちにしかできない事だよ」

「本当にこの村が魔物相手に困っているとでも? ()()()()()()からこそ、この村にまともな戦力がないのでしょう?」


 私がそうエリクを鼻で笑うが、彼は真剣な表情で私を見詰める。そこに迷いなどは一分も見当たらない。どうやら本気らしい。

 ……ま、そうだというのなら別にそれでいいか。


「私はこの村をもう少し調べます。やりたいと言うのなら勝手にどうぞ。そもそも“何の魔物”を倒せばいいのかすら聞かされていませんが」

「……」


 私は魔法の書を開いてパーティから一人抜ける。パーティから抜けられた事は比較的記憶に新しいが、自分から抜けるのはこれが二度目か。あの時は確か、ロザリーとリサと一緒だったな。

 ……今回の課題、最初からこうしていれば良かったかもしれない。


 私は清々したとばかり思っていたが、エリクは別行動という方針が気に入らないのか不信の目を向けてくる。向こうも私の事は疎ましいと思っていたはずだが……まさか自分のリーダーシップが発揮できずに落胆した訳ではあるまい。


「何か?」

「……僕は君が信じられない。この村に非道な事をしないと約束できるか?」

「変な事を言いますね。信じられないのなら約束をしても同じ事でしょう? それに、調査対象を破壊なんてしませんよ。あなたと違ってね」


 私はそう言うとじっとこちらを見るエリクから視線を外し、振り返りもせずに村の奥へと足を向ける。おそらく彼らは村の出口に向かうだろうから、ほぼ反対方向だ。

 偶然の流れではあったが、これでしばらく嫌な顔を見ずに済むな。


 奴が諦めたのか何なのかは分からないが、私はそれ以上声を掛けられることもなかった。相手がガードナーだったらこうはいかなかっただろうな。



 ***



 いつの間にか付いて来ていたロザリーと共に、何の変哲もない村の中を歩いて行く。

 ただ、建物は入り口の方と変わり映えしないのだが、畑の作物の様子は結構違う。農村なんて初めて見たが、こういうものなのだろうか。それとも、他の集落と交易もしないというこの村の特殊な環境が、このような多種多様な作物を作る方式を発展させていったのか。


 私達は途中途中で暇そうな村人に声をかけては、それっぽい世間話をする。

 村人はかなり偏った知識の持ち主ではあるが、別に私達を余所者だからと言って排斥するような雰囲気は感じられない。不審な点と言えば、これだけ“シンシ様”と格差がある生活だと言うのに、皆信心深いままで居るという事だろうか。


 あともう一つ。

 やはり老人が見当たらない。それだけ平均寿命が短いのだろうか。確かに医療が発展していそうな場所ではないが、社に行けばそれなりの病気は治るのではないのか?

 ただし、どちらもそういう性質の村という話で片付きそうな感想だ。


 私とほぼ同じ感想を抱いたのか、ロザリーは畑から立ち上がって腕を組む。


「……ふむ。村民は特に変わった様子もないな」

「住民も剣王の手記と変わりませんか?」

「それは知らん。民については征服後の様子しか書かれていなかったからな。強いて言えば信心深いと言うのが、一言二言書いてあった程度か」


 入り口とは反対側にある古びた柵の手前、つまり村の最奥まで来た私は、その奥に広がる林を眺める。


 見ればそちら側は少し上り坂になっているようで、もしかすると丘か山へ続いているのかもしれない。湖の方からでは見えなかったが、もしかするとこの先には湖に流れ込む川なんかもあるかもしれないな。

 隣に居たロザリーもつられてその山を見上げ、そう言えばと言葉を続ける。


「そう言えば、山で岩塩が取れると言っていたな。確か剣王の書にも塩については少し書かれていた。……山から雨が流れて来ると、その水は塩分を含むわけだよな? 畑はその栄養で育っているのか? 食塩は畑に撒いても良い物なのか……」

「……コーディリアを連れて来るべきでしたね。完全に専門外です。まぁ、海辺の植物なんかもありますから、種類によるんじゃないですか?」


 そもそもコーディリアに言わせるとここの植物も、まぁまぁよく分からない生態をしている種類が多いらしいからな。農作物が塩で育つ変な種類でも特別驚きはしない。

 専門家でもない私達が何か考えても良い事はないだろう。


 ……あれ?


 私は少し気になって左右に視線を振る。そこには畑や柵が続いているだけで、特に村の外への出入り口らしき部分は見当たらない。

 ここを完全に柵で囲っているなら、どこからこの奥へ進んでいるのだろう。こことは別に通路があるのだろうか?


 山から塩が取れるという事はこの奥へ行くはずだ。山らしき高低差はこちらの方向にしか見えない。

 しかし、古びている事からも分かる様に、この柵は長い間その役割を果たしていない。つまり村人にとって壊れても良い物という事である。


 ……態々(わざわざ)正面の湖側の門から出入りして、反対側のこちらへ戻って来るのか? 絶対にここらの柵を一カ所抜いた方が利便性が高いと思うのだが……。


「姉ちゃん達、外の人?」

「……そうですよ」


 考え事をしている間に、突然声を掛けられて振り返る。そこには小さな子供の姿があった。格好は小汚く、臭いもきつい。正直近寄りたいと思える姿ではない。

 珍しく自分よりも小さなその姿を見下ろし、短く疑問に答える。早くどこかへ行ってくれないか。

 そう思っていた私とは対照的に、ロザリーはざっと周囲を見回してからその場にしゃがみ込む。


「ふむ……少年よ。他の子供は畑仕事に精を出しているようだが、貴様はしないのか?」


 見た限り男か女かはよく分からないが、彼はロザリーの問い掛けに対して首を振る。

 確かに言われてみれば、畑にはチラホラと子供の姿が見える。広い畑を作って食べ物を社へ献上しているのだろう。この村では子供も一人前の働き手なのだ。


 しかし、目の前の彼は暇そうに私達を見ている。彼には仕事が与えられていないのだろうか?


「畑はシンシ様が一人一人に貸してるから、他の人が手伝っちゃダメ」

「なるほどな。つまり農夫の子供ではないのか。親はどうした」

「いない。神官は神官以外と結婚しちゃダメだから」

「……ふむ。貴様、家はあるのか?」

「ない」


 ……神官は結婚しちゃダメ。この村に結婚というシステムがあった事自体初耳だが、その後に続く言葉で何となく想像が出来る。


 つまり、彼は神官の子供なのだ。

 禁忌を破って一般の村人との間に子を産んだから、子供として認められなかった。もしくは、親が()()されたから一人で暮らしている。そういった所なのだろう。


 しかし、家がないと言うのは少しどころではなく困るはずだ。どこで寝泊まりしているのだ? あれだけ大きな湖があるのだ。雨が降らないはずもない。


「誰かの家に泊っているのか? それとも、屋根もない所で寝泊まりしていると?」

「下で寝てる」

「……下?」


 彼はそう言って地面を指さし、私達は釣られる様に足元を見る。


 彼との出会いが、この村の秘密に近付くまたとないきっかけになろうとは、この時の私は想像もしていなかったのだった。



 こちらは二話更新の前編です。


 昨日は休載し申し訳ありません。

 内容に納得がいかず、書き直していました。

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― 新着の感想 ―
[一言] >相手がガードナーだったらこうはいかなかっただろうな。 ここに更に自称風紀委員がいたらストレス爆発してる
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