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第138話 大社の巫女

 目的地である社は、大層な建物だった。

 屋根は鮮やかな朱色、柱は美しい白木が真っ直ぐに立っている。当然壁もひび割れていないし、他の建物に比べて()()し、広い。


 言葉にしてしまうとその程度なのだが、この村にある他の建物と比べるとその差は一目瞭然である。これらを見比べるだけでここの住民がこの建物にどれだけの労力をかけ、そして敬意を持っているかがよく分かる。

 正しく守り神として扱われているのだから当然だろうか。


 私達は入り口の前にある階段を上り、中を覗き込む。

 昼間という事で照明の類は点いておらず、頼りになるのは玄関から差し込む光だけ。そのためやや暗いが、それでも中の様子はよく見えた。

 屋内では数名の男女が端切れか何かを手に持って、あちこちを掃除している。その表情は大変熱心な物であり、サボっている様な人間は一人も見当たらなかった。……おそらく見つからない様に、どこかで隠れてサボっているのだろう。


 私達が社に足を踏み入れると、手前側に居た男がすっと前を塞いだ。

 彼は畑仕事をしている様な男とは、体つきが大きく異なっている。筋肉質ながらもどこかやせ細った印象が見て取れる今までの村人と違い、こちらはしっかりとした栄養と運動で作られた体だ。上背も高く、横にも広い。


 エリクは戦士にしては華奢ではあるが、そんな男と物怖じせずに向かい合う。


「社に何か御用ですか」

「ええ。実は僕たちは旅の者なのですが、是非とも素晴らしいお力を持つシンシ様に謁見する許可を頂きたいのです」

「……」


 私達の前に立ち塞がった男は地鳴りのような低い声で問い掛ける。そして少々白々しい返事をしたエリクをじっと見つめた。

 彼の表情はここへ来てから一つも変わっておらず、感情を読み取る事は難しい。少なくとも諸手を挙げて大歓迎……という雰囲気ではないのは確かだが。


 私は岩の様に固まっている男から目を逸らし、他の掃除役に目を向ける。


 彼らは宗教的な意味合いでもあるのか、男女で同じ服を着て、揃いの布を首に巻いていた。そう言えば、シンシ様が蛇の首を落とした、という話だったか。その辺りと関係があるのかもしれない。

 彼らの中には、こちらの様子を窺う者もいれば、一心不乱に掃除を続ける者も居る。個性があるというよりは……どちらかと言えば“役割分担”と言った感じだろうか。手を止めているのはおそらく警戒役なのだろう。


「……分かりました。巫女様をお呼びします。こちらへ。詳しい話は巫女様へお願いいたします」


 何かを見定める様に私達をじっと眺めていた男だったが、ふっと視線を外すとすぐに踵を返す。短くない時間大男に見つめられて緊張していたのか、ケリーは大きなため息を吐いた。

 しかし、相変わらず警戒役の視線は私達を捉えたままだ。彼は気付いていないのだろうか。


 それにしても、酒屋の男に聞いていた雰囲気とはまるで違うな。彼が嘘を吐いてたとは考え難いので、どうもここだけ余所者に対しての警戒心が強いらしい。

 他の村人の物珍しそうな視線とここでの警戒する視線は、かなり毛色が異なっている。


 私達は案内役の男に従い、その大きな背中に着いて行く。

 程なくして通された部屋は、かなり質素な場所だった。置いてある家具は照明らしき紙製のランプと、私の常識からすると家具として扱っていいのか微妙な、目の粗い茣蓙(ござ)。どうやら()り合わせた植物繊維で編んでいるらしく、試しに膝をついてみると意外にクッション性があり、座れない事もない。


 案内の男にしばらくここで待つように言われ、私達はなぜか丁度良く人数分用意されていた茣蓙に全員で腰を下ろす。

 私の隣に座ったロザリーはぐるりと部屋を眺めると、小声で呟いた。


「何と言うか、内装はかなり質素だな。一番の権力者の居る建物とは思えん」

「……きっと、これから通される場所は豪華ですよ」

「ふむ。何ゆえそう思う」

「他の建物は修復すらしていないのにここだけ綺麗なのはつまり、それだけこの建物を大事にしているという村民の“態度”です。そして、ここが客間か私室か分かりませんが、当然この部屋にシンシ様が住んでいるわけではない……」

「なるほど。つまり敬虔さ、謙虚さの証か」


 本当の所は分からないが、少なくとも私にはそう見えるな。


 そもそも自分たちの家があれだけ古びていたら、誰かしらは改築、もしくは新しく家を作りたいと思うはずだ。最初はそういう建築文化なのかとも思ったが、この建物を見る限りまともな大工が一人もいないという事はあり得ない。

 つまり、他に何か家を新しくできない理由があるのだ。


 そして、唯一新しく見えるこの建物の役割を考えれば、“この建物よりも美しい家を持ってはならない”。そういう決まりや暗黙の了解が存在していると受け取るのは、そう的外れな話ではないだろう。


 私達が小声でそんな会話をしていると、すっと小さな音と共に扉が開けられる。

 扉の向こうから姿を現したのは、まさしく巫女と呼ぶに相応しい女だった。


 顔を隠すような薄絹、やや黄色味の混じった千早、少し古い白木の雪駄……。顔立ちは布越しで分からないが髪は黒で、全体的にやや和風の衣装に見える。

 そんな彼女もまた他の者と同じ様に首に布を巻いていた。


 巫女は私達に小さく一礼をすると、自らも茣蓙に腰を下ろす。


「初めまして、旅の方。私の名はユズリハ。この社でシンシ様のお世話をしております。シンシ様にお会いする前に、少々……お時間を頂けませんか?」

「それはもちろん。突然押し掛けたのはこちらなのですから」


 少し言葉を選ぶようにした巫女のユズリハ。エリクに頷かれると彼女はホッとした様に息を漏らした。

 ……何だろうな。本人から許可が取れないという訳ではなく、時間が欲しい理由とは。

 いや、彼女の言い方からしてそれは方便だろうか。という事は……彼女は私達を見極めに来た。案外そういったところかもしれない。


 彼女は今一度居住まいを正すと、柔らかな口調で話を切り出す。


「それで、今回はどのような用件でこのような申し出をされたのでしょうか」

「つい先ほど会った酒屋の男にこの村の事を聞くと、何でもシンシ様のお力で守られているとか。ここまで来る道中に魔物が出ずとても驚いていたので、ぜひ一度お会いしたいと思いまして」

「なるほど……」


 エリクはユズリハの質問に当たり障りのない言葉を返す。薄絹越しの彼女の表情は分からないので、この対応が間違っているのかは分からない。


 しかし、これもまた情報を得る機会だ。最悪シンシ様本人でなくとも巫女に話を聞ければいいかと思っていた私は、気になっている事の中で最も聞きやすい疑問を尋ねる。


「質問してもよろしいですか?」

「ええ、私に答えられる事ならば」

「シンシ様を祀られているとの事ですが、具体的にはどういった形なのでしょう。例えば、この社にはユズリハさんも住んでいらっしゃるのですか?」


 信仰にも色々ある。特にこの世界では信仰の対象が全員の目に見える、声に聞こえる。そういう形で“実在”する神様だ。

 そのため信徒達が独自に敬虔さを示し、教えを実践するために作り上げた文化とはまた違う、実際に神から全員が指示を受けて祀るという私には少々想像しにくい形の信仰になっているのは間違いないだろう。どちらかと言えば、王様と民草と言った方が関係性が近い。


 私が、実際に会う時に失礼があってはいけないと言葉を付け加えると、彼女はあっさりと話してくれた。


 まず、この村についてだが、もちろん村人全員がシンシ様を信奉している。そしてその主、光の神に対しては間接的な信仰になっているというかなり珍しい文化を持つ。

 まぁ、目に見えない神様よりも、実際に守ってくれている使いの方が有難いというのは多少分かる理屈だ。


 しかしそれはそれとして、普通の村人とは別に神官、つまり聖職者は何人か居る。

 その筆頭が目の前に居る巫女だが、巫女はシンシ様に選ばれただけのただの人間なので、別に他の神官や村人より立場が強いという訳ではないらしい。尤も、彼女に楯突くのは間接的にシンシ様に歯向かう事に等しいので、妙な事をする村人はいないらしいが。


 彼女以外の神官は、私達がさっき会った掃除役がそうだ。彼らは巫女の手の届かない役回り、具体的にはこの広い社の掃除や補修、調理などをしている。

 ちなみに巫女は住み込みだが、他の神官は自分の家に毎日帰っているらしい。


 そして残った他の村人。つまり普通の信者。

 その中には、別に神職という訳ではないが、“神官の補佐をする村人”がいる。私達が最初に会った酒屋の男がこれにあたり、他にも神官やシンシ様に捧げる作物を作るための農民なんかも居る様だ。


 最後にシンシ様に従うけどほぼ直接的な関わり合いがない村人。

 彼らは各々好きに仕事を持って働いている。逆に言うと、彼ら以外は職業選択の自由がない。


 他の村や町とはあまり関りが無く、小さな村だが湖の魚と畑の作物で十分に生きていけるという話だ。私達は場所もよく分からないが、近くの山(道の途中で見えた丘か?)では岩塩なんかも取れるらしい。

 近くで塩が取れるという事はあの湖、実は塩湖なのだろうか。そうは見えなかったのだが……。


 しばらく村について気になる事を好きに質問していた私達だったが、突然すっと後ろの扉が開いて話が途切れる。そこから入って来たのはさっきの案内の男だ。

 彼がユズリハに何事かを囁くと、それを聞いた彼女はすくりと立ち上がる。


「準備が整いましたので、シンシ様の下へご案内します。くれぐれも失礼のない様にお願いします」



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