第133話 高い壁
本話は本日二話更新の後編です。
ブックマークの最新話から飛び、前話をご覧になっていない方は132話よりご覧ください。
当然だが、一度魔法が消されたくらいで諦めたりはしない。とにかく当てる事だけを考えて範囲魔法をぶちかます。
しかし、麻痺も昏睡も毒も呪いも、先生の前では悉く魔法陣の段階で発動前に消されていく。詠唱破棄で詠唱時間を0にしようとも、魔法陣が出現して魔法が実際に発動する時間で消えて行ってしまうのだ。
私はその現象に一つ心当たりがあった。
だからこそそれを見て歯噛みする。
詠唱短縮で大きな範囲魔法陣を地面に敷き、彼女にそれを消させる。もちろんこれは想定内。何度も繰り返された光景だ。
本命はこっち。詠唱破棄で恐怖の弾丸を彼女の背後から撃ち出す。一撃でも当たれば合格という話なので、こうして見えない位置から地味な攻撃を当てるのが最善手だろう。
しかし、先生は後ろに目でも付いているのか、そちらも魔法陣が掻き消された。
それと同時に、無情にも試験終了のアラームが体育館に響く。
私は意識しない内に浅くなっていた呼吸に気付き、意図的に大きく息を吐く。ひたすらに呪術を使うだけの時間だったが、自分が積み上げて来た物が何も通用しないというのは少々……。
結局一度も攻撃を当てられなかった私を見て、シーラ先生は得意げに鼻を鳴らす。その様子はいつになく上機嫌だ。それを直視した私は、思わず口から舌打ちが漏れた。
「何だ。もうへばっているのか? 情けない奴だな」
「……その奥の手、もっと早めに教えて欲しかったですね」
私は彼女の言葉に付き合わず、ため息と共に言葉を返す。
魔法陣が消えるという現象には、一つだけ心当たりがあった。
それは古代遺跡……コロコロ君が置かれていたあの試験室でのことだった。確か最初はあそこも魔法が使えなかった。それも魔法陣の位置指定をした直後にキャンセルされるという独特の感覚。魔力だけが消費され、効果は発動しない……。
シーラ先生相手に魔法が通用しない現状と酷似している。
そして改めて考えてみればあの現象は、人間同士で争う時に応用できそうな理論に基づいていた事に今更気が付いた。
魔法陣は魔法陣と干渉し合う。
綱引きの様に、大きな魔法陣は小さな魔法陣を飲み込んでしまう。しかし、同規模の魔法陣ならばお互いにお互いを引き合い、結局どちらの形も維持できずに消えていく。
今回の試験、私の魔法も先生の魔法も一度も発動しなかった。
つまり、シーラ先生は私の魔法陣を自分の魔法陣で上書きし、その両方を消しているのである。
……あの頃は同時詠唱にばかり気を取られていた。原理さえ分ればものすごく簡単な仕組みではないか。
私が魔法を消す仕組みに気付いたらしいと分かると、シーラ先生は楽し気に笑みを見せる。彼女の笑みに多少の嘲笑が混じっている様に見えるのは、私が卑屈だからだろうか。
「あんたがどれだけ優秀でも、見落としている事なんていくらでもあるって事だ。研究員になる前に、一度くらいは師匠として弟子の鼻っ柱を折っておかなきゃならんだろう?」
「……筆記の嫌がらせみたいな難易度も、それが理由ですか。老い先短いのですから、教え子の成長くらい素直に喜んでおいてください」
「それは出来んよ。若い天狗など見るに耐えんからな」
私は適当に恩師とやり取りをしながら、魔法の書から魔力回復薬を取り出す。そしてツンと沁みるような強烈な清涼感のある液体を飲み干した。道具の使用は禁止のルールだが、インターバルに魔力を回復させるくらいは許してくれるだろう。
詠唱破棄を連発し、消耗していた魔力が体に戻ってくるのを感じる。これで次の準備は整った。
「攻守交替で挑戦します」
「役割が反対なら勝てるってのは、少々嘗めすぎなんじゃないかね」
「このまま続けるよりマシでしょう」
そう言いつつも私が薬を飲んでいた間にもう一度時計をセットしていた先生は、私の返事を聞いてもう一度竜頭を叩いた。
それとほぼ同時に発動したのはシーラ先生の魔法。とりあえず私の方は恩師に倣って待つ方針だ。彼女の魔法は当然の様に詠唱破棄で発動する。
位置は彼女の右上。その向きは私を狙っており、地面に設置する範囲系ではない。私はそれを見た直後に駆け出した。
魔法陣の直線上から外れた事を確認してから足を止め、自分の足元が光を放つのを目にする。今度は地面に置くタイプの範囲系の魔法陣。
弾丸を発射する魔法を囮にして、範囲系の場所まで逃げ込ませたのか。単純だが効率的な良い手だな。
私は直前の試験で散々見せられた彼女の行動をなぞる様に、見慣れぬ魔法陣に自分の魔法を割り込ませる。
当然だが、後出しジャンケンなので今からでは短縮詠唱でも間に合わない。速度を重視しても仕方ないので、消費魔力だけを考えて暗闇の魔法を詠唱破棄で発動だ。
初めての試みで狙い通りに魔法陣のキャンセルに成功したが、私に感動する暇はなかった。
もう一度地面が光り出したのだ。連続で範囲系魔法。
私は再び魔法をキャンセルさせようと構えたのだが、魔法陣は私が上書きするまでもなく消えて行く。下を向いた私の目に入るのは、私が消すために使った呪いの魔法陣の怪しい輝き。
……シーラ先生が自分で、発動をキャンセルしたのだ。
私がこうして魔法を上書きすると見越して、自分からキャンセルする事で、消すために使ったはずの私の魔法を発動させた。
同じ魔力源での同時詠唱が不可能なため、双方が詠唱破棄を使用する場合、先にキャンセルした方が次の魔法を使うのは当然早い。突然の事に対応できず、私の魔法はキャンセルせずにその効果を発揮してしまう所まで来て居るので……。
私は今度こそ慌ててその場を逃げ出すが、既にそれは遅かった。
「っ……」
天井付近に現れた大型の魔法陣。雨の魔法だ。効果は知らない。
私は服が水に濡れるのを嫌い、傘でその雨を遮った。尤も、そんなことをしても意味はない。これは範囲系の付与魔法。実際に雨粒が体に当たったとか当たってないとか関係ないのである。
いつの間にか時計の針が止まっている。どういう仕組みか知らないが、魔法が一撃でも当たったらアラームが鳴らない様に時間が勝手に止まる仕組みになっているらしい。
シーラ先生は呪いの雨に濡れる私を見て、いい気味だと笑っている。
「まだ続けるかい?」
「……当然です。すぐに勝ちます」
「それはまた、高い鼻だねぇ」
その後、何度も私と先生の試験は続いた。
攻撃側はいくらブラフを仕込んでも騙されず、かすりもしないどころか避けようともしない。すべて魔法陣の打ち消しで時間稼ぎをしてくる。
悔しいが戦績どころか経過すらも圧倒的で、惜しいと思う場面すらなかった。正直勝てる気がしない。
そうなると比較的勝ち目があるとすれば防御側なのだが、こちらも順調とは言い難い。
元々私の数値上の敏捷性はそれほど高くないし、この体とラグに多少慣れたとは言え運動だって得意な方ではない。逃げる避けると言っても限界がある。
しかし、弾丸系の魔法は発動までの時間が短く、尚且つ立体的に配置されるので“魔法陣を魔法陣に当てる”というのが難しい。シーラ先生は難なくやっている……というか魔法陣を見もせずに出来る事なのだが、私はここまで一度も成功していなかった。
弾丸系もどういう改造をしているのか、私をある程度追尾してくる様な鎖が飛び出す魔法も自在に操り、私に的確に当ててくる。
それ以外にも普通に戦略的に負けている事が多く、範囲系が囮だったり弾丸系が囮だったりと何を信用して何を基準に判断すればいいのかすら見当がつかない事ばかりである。
おそらくだが、範囲系の魔法を囮にする時は私の行動を見て、魔法陣を打ち消す素振りが見えれば先にキャンセル、間に合わない、気にしていない、逃げるのいずれかならば予定を変更してそのまま魔法を続行しているのだろう。
時折少しだけこちらの様子を窺うような空白の時間がある事には気付いていたが、分かった所でどうすればいいのやら。
一応防御側も相手に攻撃していいルールなので、逃げ回りながら暗闇の霧で嫌がらせをするという戦法は一度だけ通用したのだが、二度目にはもう対応して来ていた。もう一段階騙すような形でなければ二度と通用しないだろうし、何より効果時間の問題がある。例え暗闇にできたとしても、時間まで逃げ切る算段が付いていない。
私は体育館の床に座り込み、なぜか荒くなっている息を落ち着ける。理論上この体は永遠に息を止めていられるというのに、不思議なものだ。
相変わらずシーラ先生はニヤニヤと笑っており、へばっている私を見て上機嫌だ。それを見て何か言い返す元気もなく、私はただ立ち上がる。
言葉ではなく行動でやり返すと決めていた。
しかしその直後、びーっという激しい電子音が鳴り、私は体を硬直させる。
私はすぐにその音の正体に気付く。
これはVRマシンの連続接続制限の警告音。それも最終警告なので、自動ログアウト処理の音だ。
あまりに唐突に、私の挑戦はここで終了となったのだった。




