第131話 筆記試験
実技訓練も合宿も終了し、本当の意味で学院にいつも通りの生活が戻って来た。
尤も、合宿の後半は実技訓練をやり込む様な生徒しか残っていなかったので、私の様なイベント後半に熱心という訳でもない大半の生徒からすると、「あ、終わったんだっけ」みたいな感覚も少しある。
何と言うか長かったな。ダラダラと続いていつの間にか終わっていた。元々時間のない生徒向けのイベントだったのである程度仕方ない面もあるが、前半に普通の合宿、それから元首席3名による特別授業、そしてその後実技訓練と三段階もあった。これらすべてが合宿イベントだったので、余計に長く感じていたのかもしれない。
それに、実技試験の結果を見てから転科し、合宿イベントで授業をすべて取ってもう一度実技訓練に臨む生徒も少なくなかったらしい。学院は予めそういった生徒の想定をして、余裕を持って期間を決めていたのかもしれない。
ちなみにイベントの結果だが、あれから白の巨人を討伐したという記録は出ておらず、一位はキンのまま終わった。元首席の面目躍如といった所か。
当然私は2位。しかもお詫びの品として1位のランキング報酬も貰っているので、今回のイベントで最も稼いだ生徒であると言えるだろう。まぁその報酬は、いつか言った様にお金と魔石くらいしか目ぼしい物が無いという悲しい結果ではあるのだが……。
そんなこんなで一躍有名人となった私は今、特別講義室という学院の教室で一人、必死になって机に向かっている。
なぜ禁書庫や図書室ではなくそんな場所に居るのかと言えば単純で、現在進級試験の真っ最中なのである。第3教員室でシーラ先生に申請を行い上級への進級試験を受けるという予定は、数日前から立てていた。今日がその当日である。
とりあえず実技は後回しで、最初は時間がある時に筆記だけでも受けてしまおう。そう考えていたのだ。
ちなみに今日は進級試験実施の初日だが、当然私以外に呪術科の進級試験の申請者はいない。尤も、居ても別室での試験となっていただろうから分からなかったかもしれないが。
幸いというか何と言うか、今の私には時間がある。
禁書庫の整理は司書がやってくれているので待ち時間があるし、図書室も目ぼしい資料は読み終えた。例の授業で貰った魔法から作るオリジナル魔法もほぼ完成と言っていい。
残った私の仕事はエル式の面倒を見るのと禁書庫の整理のみ。そしてそのどちらにも待ち時間が必要だ。
しかし、複数人でどこかへ行くという事もできない。ロザリーは久し振りに古文書の解析に行ってしまったし、コーディリアも古代魔法の調整に忙しそうだ。もちろんだが、ティファニーとは少人数で会いたくない。
そうなると残っているのはリサだけ。この二人で遊びに行くというのも何だ。私としては大変都合のいい時期に試験が実施されたのである。
そして現在。
何種類かに分かれた筆記試験、その最初の問題を解いているのだが……。
一向にペンが進まない。
私は思わず試験監督のギレット先生を見上げる。呪術科の教員である彼は何か書き物をしているようで、私のその行動には気付いた様子もなかった。
もちろん上級への進級試験という事で受ける前からそこそこの難易度は覚悟していたのだが、それでも精々中級の進級試験に毛が生えた程度の難易度だと高を括っていた。
しかし、蓋を開けて見ればこれだ。まず一問目からクソ。どう読んでも解ける気がしない。いや、解き方は何となく分かるが、この問題に何十分かかる計算で作ったんだこの試験。
チラリと後ろのページを読むが、似たような文章題ばかりが並んでいるのを見てそっと閉じる。
今回の筆記試験の目標値は80点。中級と同じく上限は分からないが、今回は学科毎に問題がすべて異なるので共通問題で数十点は堅いなんて事もない。
まさしく難問。
深い知識を持っている事は大前提で、そこからの応用力を試してくる。ただ魔法陣を読んで遊んでいる様な私では、さくっと簡単に解いてしまうなんて事は出来ない難易度だ。
もちろんこれでも私は元筆記首席。学院のトップレベルの知識であることは間違いなく、他の生徒の大半……私未満の知識量の生徒には解けるはずもない。
初日という事で特に事前情報は仕入れていなかったのだが、これ合格できる生徒居るのだろうか。
私は懸命に頭を回しながら、まるで発想力を競う数学の文章題の様な問題に手を伸ばす。この手の問題はとりあえず分かる範囲で情報を整理するのが常套手段。
……こんな事なら過去問とか漁っておくんだったなぁ。いや、そんな物があるとは聞いたこともないが。
ギレット先生はこのレベルの問題を解いて教員になったのだろう。シーラ先生の元教え子らしい彼は普段から彼女に怒られている印象しかないし、何ならかなり影が薄いので忘れていたが、こればかりは頭が下がる思いである。
……今はとりあえず、頭と手を動かそう。
***
最初のテストから一夜明けて今日。尤も、こちらの時間での話なので実際には日付は変わっていないが。
筆記試験が分からなくてちょっと自信を無くし、泣き出しそうだった私だが、3回目の試験結果が返って来て大きく安堵の息を吐く。
……こんな試験勉強をしたのは何年振りだろうか。
一度目の試験で当然の様に4つ全ての筆記試験で不合格だった私は、これは正攻法では無理だと判断。
二度目の試験では問題のパターンを暗記するという行動に出た。出題される試験問題は多岐にわたる……というか細かい内容はランダムのようだが、ある程度のパターンという物が決まっている。そう何問も難しい問題を作る事が出来ないのだろう。
一見異なる問題の様に見えても解き方が似ていたり考え方が応用できたりと、よく見るとそういう物が散見されるのだ。
それを4つの試験分、合計三十数種類を把握し、一晩掛けて徹底的に頭に叩き込んだ。
上級筆記試験はとにかく時間が足りなすぎるので、問題を見た瞬間に解き始めなければ間に合わない。一問目二問目で、途中まで解いたけどやっぱり解き方間違ってたー、なんて事があったら点数計算上不合格となるのは間違いないだろう。
そして運命の3度目の試験結果が、今手元に返って来ていた。
全てが終わって放心状態の私の合否判定をしてくれたギレット先生が、『こんなの僕にも解けないよー』と言った時は本当にぶん殴ってやろうかと思ってしまった。どうやら教員試験より難しいらしい。
問題作成はもちろんシーラ先生。もう合格者出す気ないでしょ。折角増えた生徒がまた減るぞ。
点数は部分点も含めて、241点、112点、132点、179点。その性質上一つ一つが合格できればあまり関係ないが、合計点は664点。前日にちょっと授業内容を見直したくらいで3000点オーバーだった中級試験との格差が酷い。点数上限が良く分からないというのは同じ条件だというに。
もしや、中級試験で私が一発で想像以上の成績取ったのが気に入らなかったのだろうか。あのクソババなら考えそうな事ではある。
ああ、いや、そうか。中級試験は一応全学科で難易度をある程度揃える必要があったのか。あれは学院全体で順位を決定するから、専攻学科の内容に偏りつつも難易度に差があると有利不利が出てしまう。
上級試験にはそれがない。きっとこれが本当の“シーラ先生が求めているレベル”なのだ。こっちの方がすんなりと理解できる。
……え、じゃあ他の学科こんなクソみたいな筆記試験受けてないって事? 羨ましい……。
とにかく、後は実技試験の適当なのを受ければ晴れて上級へと進む事になる。
時間があるから……という理由で始めた筆記試験だったが、思っていたよりも時間が取られてしまったな。
途中で来たティファニーの誘いも適当に断ってしまったし、どうせならこのまま実技試験でも受けるとしようか。こちらは申請していなかったので、また第3教員室だな。
評価、ブックマーク、ご感想ありがとうございます。
この度拙作が第9回ネット小説大賞の一次選考を通過いたしました。流行りとは少し異なる路線なはずなのですが、有難い話です。ここまで来られたのも愛読してくださっている、もしくは過去にそうだった皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。これからの更新も楽しみにしていただければ幸いです。




