第130話 後追い
退屈だったレベル上げも終わりロザリー達とも別れた私は、何となく通り道にあった掲示板を見上げる。
中央に掲示されているのは私もリサから見せられた進級テストの告知だが、その脇にはいくつかの掲示がひっそりと示されていた。重なっている様な物が一枚もない所を見ると、いつもよりも少し掲示物が少ないだろうか。
その中に、優秀生徒の発表についての貼り紙がある。
これは初回で進級せず(またはできず)に、その後の定期的に行わていた進級テストで優秀な成績を出した生徒の名前が書かれている。もちろん実技や筆記で学部学科の首位や次席が逆転した時なんかもここに貼り出されるし、初回の試験で優秀賞を取った生徒の点数以上の成績を出しても、“優秀生徒”として名前が載る事になる。
ちなみに後追いに抜かされても既に渡されたブローチや報酬がはく奪される事はないが、ランキング上では入れ替わっているので優秀生徒や首席生徒として認められなくなったりはする。その更に後から試験を受ける生徒は新規分ボーダーの高まったランキングに挑むことになるので、ブローチだけが目的なら早め早めの方が狙う分には楽だろう。
しかし、初回の進級試験に対して後追いの数はそう多くはない。しかもあの時に比べてみんな低レベルで試験に臨んでいる事もあり、優秀生徒となると結構珍しい。
そんないつもは偶に1人か2人くらい表彰されている印象の張り紙なのだが、最近は合宿で好きな日時に進級テストも受けられるため、転科しやすくなった。そのため今回ばかりは結構な数の名前が掲示されているようだ。
私が掲示板の前で立ち止まったのはそんな貼り紙に、ふと違和感を覚えたからだ。チラリと横目に見えた内容に、そこはかとない既視感を覚える。
優秀生徒の人数の関係で2枚に分かれた貼り紙。特に急ぎの用事もない私は、ざっくりと斜めに読んでいく。違和感の正体は名簿二枚目の最後の方。
そこには、私にとって大変見慣れた文字が並んでいた。
もちろん生徒の名前ではない。今更ここに貼り出されるような名前に知り合いはいない。知っている名前があるはずもないのだ。
問題なのはそれ以外の部分である。
「呪術科次席と優秀生徒……?」
そう。
たった3人ではあるものの、呪術科の生徒が進級試験で好成績を収めたと貼り出されているのだ。
当然私が知っている名前ではないし、彼らが試験で何点を取ったのかもよく分からない。全員次席以下という事で私の下なのは分かるのだが、それ以上の情報は書かれていなかった。
後追いは初回の試験を基準に優秀か否かが判定される。呪術科はランキングとして十分な人数になるまで誰が何点取っても、合格なら優秀生徒。そのためこれはほぼ合格者リストと役割が変わらない。
しかし、そんな事よりもだ。
まさか合宿というイベントがあったとはいえ、私以外に呪術科の生徒が存在する……いや、新たに増えるとは思わなかった。一体何があったのだろうか。
もしや私が実技訓練で上位に入ったために、なぜそんな事が出来るのか気になってしまった生徒達なのだろうか。それとも不人気どころの騒ぎではない状態異常特化という最悪な前情報を知らずに始めてしまった新入生……?
私はずっと一人で呪術科で学んでいたという感覚から、何だかそわそわしてしまい周囲の生徒の顔を窺う。当然だが私と同じ学科章の生徒は一人もいない。この3人を加えても結局は合計4人。学院で最も不人気な学科である事に変わりはないのだ。
……まぁ、気にしても仕方ないか。私は胸中を落ち着ける様に一つ息を吐くと、踵を返す。そして禁書庫に待つ、自分のやるべき作業へと戻っていくのだった。
***
「……どうしよう」
「どうしようもないなら、何もしなくていいのよ」
私は絵筆にそう適当に相槌を打ちつつ、砂糖を入れた紅茶をティースプーンでかき混ぜる。いつも通りの琥珀色のお茶は、優しい香りで鼻先を擽った。
これほど美味しいお茶だというのに、絵筆は何が気に入らないのかここへ来てからずっと難しい表情をしている。
開店直後の喫茶店にはいつも通り客はいない。少しずつ日の出が遅くなっているのもあり、窓から見える青空はとても澄んだ色合いに見える。秋もすっかり深まり、気持ちのいい朝。そう言って間違いないだろう。
私の適当な返事を聞いた絵筆は、むっと表情を顰めてカップを手に取る。
「話題になってる本人だってのに……当事者意識が足りないんじゃないか?」
「じゃあ聞くけど、何か効果的な対処があると思う?」
「だからって何もしないのもムズムズするじゃんか」
絵筆はそう口にすると、手にしていた薄型のデバイスをテーブルに放る。私の物と違って軽量型なのだが、その僅かな振動を受けてティーカップは小さく波紋を揺らした。
彼女の持っていたデバイスに映し出されているのは、とある一件のブログだ。数日前までは何の変哲もないゲームプレイ日記だったのだが、現在は多くの賢者の花冠プレイヤーで賑わっている場所である。
連日飽きもせずに更新されているその記事のタイトルは、“徹底解明! 呪術科の実態!”。
つまり、呪術科に転科した生徒の経過報告と考察が書き込まれているのである。今までもリリース直後の呪術科にはこういう、話題性だけで転科して碌に調べもせずに辞めるという物好きは数人居たのだが、今回は少し事情が違うらしい。
切っ掛けとなったのはやはり私の実技訓練の順位。
キン達はいつも通りだとして、私とレンカとコーディリアは実技面ではほぼ無名の生徒。私とレンカは筆記では多少有名だが、特にコーディリアなんか進級試験でも特に目立たず、他に名前が載ったことなどレポートの優秀賞程度しかない。完全に無名と言っていいだろう。しかも蠱術科というマイナークラス。
そのためランキング更新後、私達は大変な注目を集めた。私への学院での視線もこういった背景があったからこそだろう。それはもうキンの思惑通り、聖女と私の対立なんて吹っ飛んでしまう程の話題性である。
そしてその注目されている時期に、例の実技訓練でマッチングしたとある一人の生徒が戦闘ログと戦闘の一部始終の映像を公開してしまった。これによってこの話題は更に加熱する事になる。
一応元データは消去されているらしいが、一度ネットに公開してしまった物は消せないのが常識だ。しかも公開されたのがデータの追跡機能もない格安サーバーの掲示板という事で、削除自体ほぼ無意味な対処になっている。
しかしそれは、あの戦闘で起きたすべての戦略が正しく周知されたという話には繋がらない。もしもそうだったなら、こんなブログが人気になるはずもないのだ。
彼の与えた情報は興味を持つ者にとって、まだまだ多くの謎を残しているのだ。まぁ私にとっては周知の事実なのだが……。
まず最初に重要な点として、戦闘ログは“同じパーティ内”ではないと詳細が見られない。しかし私もコーディリアも、レンカもオウカもベルトラルドも、誰も戦闘ログなんて公開していない。
そのため、公開されたシオリやアンナのパーティ視点からの戦闘ログでは、注目を集めていた私やコーディリアの行動がほぼ分からず、映像と照らし合わせて魔物のダメージ量などから間接的に状況を知る事しかできないのだ。
同時に公開された映像も完全な主観映像で、視点の切り替えやカメラの向きなどを詳細に弄れるような物ではない。後衛からの視点なのでチラチラと私やコーディリアは映るものの、私と一緒に居た生徒で一番映っているのは、立ち位置が中途半端なベルトラルドや戦場を駆け回っているオウカなのである。
そのため情報が公開された後も、特に多くの生徒が気になっているであろう“私が何をしていたのか”については、ほとんど謎が謎を呼ぶ状態になってしまったのだ。
そんな状況になればもちろん『呪術科に転科して確かめる』という事を考える生徒は少なからずいる。私がランキングで2位にまで上り詰めているのだから、実用性が皆無という訳ではないという想像も彼らの背中を後押ししただろう。
その結果が、私が見た学院掲示板の呪術科優秀生徒であり、この話題沸騰中のブログである。他にもブログとほぼ同じ内容の動画をアップロードしているプレイヤーもいるようだが、そちらは文章媒体のブログに比べて速度で劣っているし、訂正情報も遅いのでイマイチの盛り上がりなんだとか。
しかもこちらのブログには“呪術科次席”という肩書もある。誰でも取れる優秀賞に比べれば多少の価値とインパクトはあるだろう。ちなみにブログに掲載されているブローチの写真は、私が持っている物と同じデザインだ。
ここに書かれた内容をざっと読む限り、一番重要な状態異常の深度についてはかなり早い段階で検証を終えているようだ。深度は一部の生徒の間では既知の事実なので目新しくはないのだが、ここではさも新事実かの様に語られている。知らなかった生徒が大半なので仕方ない……か?
他にも私が訓練で使っていた恐怖や混乱と暗闇、毒と呪いの組み合わせ等も有用だと書かれている。中でも私が派手に使って見せた石化と封印は、通りさえすれば凄まじい効果を発揮できるのだという話になっていた。(石化が中級の魔法という事で、やや検証不足なのは否めないが)
流石に私のオリジナル魔法などは未解明……というか、オリジナルなのだろうという話で片付けられているが、腐食毒や石化毒などの毒性学の薬もなぜか“呪術科の未解明要素”として語られていたりもしている。
まぁ毒性学の方に後輩が出来たなんて一つも聞いたことがないし、ランキングだけでは私の副専攻学科までは知りようもないので、多少間抜けだがある程度は仕方ない。その内正確な情報が出て来るだろう。
しかし、内容を読んだ私は若干の落胆を覚えていた。
研究の姿勢は熱心だなとは思うが、どうも話が“私の実態”についての研究ばかりであり、呪術の新たな何かを見付けてくれそうにはないというのが少し気になる。要は内容が話題性優先であり、呪術科の実態と銘打ってはいるのだが、実際には公開された映像の真実しか追っていないのだ。
尤も、絵筆に言った様に明確な手立てもないのだ。まさかやめろと言うわけにもいかない。というか、急にサクラ・キリエとしてここのコメント欄に出て行っても、下手に知名度の下地がある分信じて貰えないだろうし、そもそも何の権利があって私が彼らをとめる事が出来るのだろうか。
絵筆は一人分いつもより広いテーブルに突っ伏すと、壁にかかった時計を見上げる。ちなみに今日いない萌は、単純にシフトが休みなだけである。
「学院で唯一無二の存在ってのが格好良かったのに……」
「ネット上で遊んでいるんだからこういう連中が出るって事は分かってた事じゃない」
「ぬぐぐ……学院で一番とか唯一とかそういうのが良いんじゃないか! 筆記も成績落ちたんだろ!」
「失礼ね。別に落ちてないわよ。ただ私より上が居るだけ。……というか、私じゃなくて自分で格好つけなさいよ」
「あたしは実は最強っていう設定があるからいいんだよ。友は学院随一の天才であり異端児……ってのも格好いいじゃんか」
いや、天才の友達は別に格好良くないだろう。どちらかというと腰巾着みたいな恰好の悪さを感じてしまうのだが、彼女は気にしないだろうか。
私はため息と共に、空になったカップをソーサーに戻す。
「なら、自分で学院で唯一になれるのを見付けて、私にも教えるのが一番簡単なんじゃない? 例えば、古代魔法とか。流石にまだ呪術は未発見でしょ?」
「……あ、そう言えば読むっつってまだ見てない古文書あったな。最近武器ばっかりだったから、いい加減読まないと……」




