第129話 岩の魔物
私達が対峙しているのは、見ての通り岩の魔物。この岩山を登っていると上から転がり落ちて来る強敵だ。重量もあるので突進を受けると、前衛でも吹っ飛ばされるのは間違いない。
体に比べてあまりに小さな四つ足と、横から伸びた太い腕。その両方に指はないし、関節や顔もかなり歪に配置されている。正面から見ると、中途半端に人間を模した様なその姿は恐怖を煽る。
しかし、恐怖で足を止める者などこの場にはいなかった。
コーディリアは少し長い詠唱を終え、錦を戦場に呼び出す。乾いた色の岩肌と相性が良さそうな体色は相変わらず目に眩しい。
彼はリサへと手を伸ばす岩の魔物に、一つの魔法を使う。
直後、小さな虫の群れが魔物に襲い掛かった。いや、そういう風に周りからは見えるが、実際にはそうではない。細かなノイズが魔物を覆っているのである。
古い映像の様に鮮明さを失った魔物は、やや緩慢な動きで手近に居たリサに襲い掛かる。もちろんその腕の攻撃が彼女に届くことはない。
そんなやり取りの間にも、私は暗闇や呪いなどのよく通る状態異常を重ねていく。ロザリーと召喚体もガリガリと岩の体を削っていた。
それとは対照的に、ティファニーとリサは積極的に動かない。ティファニーはリサにいくつかの補助魔法を使い、リサもまた攻撃を避けつつ自己強化の魔法を重ねているのだ。
そして、ついに準備が万全に整った。
リサは両手に持っていた武器を振りかぶり、岩の魔物に向かって勢いよく叩き付ける。ロザリーの趣味で真っ赤に染まったその大斧は、岩の魔物の顔面を正確に捉えて破壊した。
重量があるはずの魔物はその振り上げるような一撃で吹き飛び、岩山を転がり少し登った所で砕け散っていく。
こちらの大斧もまた新調された武器だが、基本的な性能は以前使っていた物と大きく変わっていない。純粋な強化版と言っていいだろう。
状態異常の敵に対して通常攻撃の威力が上昇する効果はそのままで、武器の攻撃性能が大きく高まっている。その他にも通常攻撃時に魔力を消費して威力を高めたり、攻撃時に敵の体力を吸収したりと色々備わっているようだが、大きく使い勝手は変わっていないという話だ。見た目に関しては少し薄くなっただろうか。
そんな武器に狂戦士の持つ攻撃強化の手段をすべて盛った一撃は、見事に赤判定の魔物を粉砕して見せる。ロザリーやティファニーの攻撃で弱っていたとはいえ、敵の体力のほとんどを一撃で破壊して見せたリサはいつになく晴れやかな表情だ。
「やっぱり、こういう戦い方の方が性に合ってるのよね。一発で決めると気持ち良いもの」
「だろうねぇ……わたしはちょっと物足りないけど」
元々、通常攻撃の火力ランキングで首位になるためにマーカーを引き受けるような女だ。そりゃあチマチマした私みたいな戦い方は好まないだろうな。
そんなリサに相槌を打ちつつも、ティファニーは既に二射目を構えていた。彼女は僅かに出っ張った大きな岩を、普通の矢で射る。
特に爆発することもない矢は、緩やかに山なりの軌道で飛んで行った。
私には至って普通の岩に見えていたが、突然の衝撃を受けて魔物が動き出した。
どうやら彼女は最初からそこに居たのが見えていたらしい。場所はさっきまで戦っていた魔物が居た所のすぐ隣。
彼女の予想に反してちょっかいを出しても一匹しか来なかったので、討伐速度を重視して一撃目を爆弾矢にしたのが無駄になったようだ。
召喚時間の残っているロザリーとコーディリアは、追加のもう一体に対応するためにそれぞれの召喚体へ命令を下す。
今回私達がレベル上げに使うのはこの魔物、名前はガンバン。まだ私の魔法視では赤判定だが、実際にはそこまで大きな戦力差はなく、ここで遊んでいればその内黄色になるだろう。
見た目通りの頑丈な魔物だが、チクチクする連続攻撃には強く、重い一撃に弱い不思議な耐久性能を持っている。その性質上、狂戦士の力を高められるなら結構簡単に倒せる魔物として有名だった。
獲得経験値が高い割りに、この岩山の魔法世界でポンポン簡単に出現するため私達だけでなく他の生徒達にも狩られている可哀想な魔物でもあった。
遠距離からちょっかいを出すと初手はほぼ確実に転がって来るので、そこを昏睡させると坂道をそのまま転がり落ちていく。当然私達はそれを見送るだけで戦闘を回避できる。
こうする事で不意に複数体で出てきたとしても対処が楽な魔物であるというのも、生徒から経験値として扱われる要因となっている。
ロザリーの召喚した少女がガラスで岩の魔物を受け止め、錦がそこに謎の魔法で弱体化させる。
ノイズが入る様なエフェクトの錦の魔法だが、これは一種の弱体化魔法に分類される魔法だ。私の様な状態異常を付与する形ではなく、直接的に特定の能力値を低下させる効果が主。
ただし、中途半端に敵を拘束する効果があり、疑似的に対象を鈍化させることも同時に出来るという中々美味しい効果も持っているのだ。
彼が出来るのはもちろんそれだけではない。錦は直方体で作られたような単純な“虫”を呼び出すと、岩の魔物に向けてけしかける。
拳大の小さな(大きな?)虫達は地を這うように魔物に迫ると、勢いよく跳びかかり魔物の体内へと穴を開け、入り込んでいく。当然そんなことをされれば、魔物は振り払う事もできずに体中を貪られ、その分のダメージを受ける事になる。
今のは一応、攻撃魔法だ。性質上、魔法視では確認できない“寄生状態”という状態異常を付与する形に近い。
召喚体の使う召喚魔法という事で少し使用に制限は受けているが、見ての通りほぼ防御耐性を素通りする凶悪な攻撃方法である。
呼び出された虫は魔物の体内に入り込んでしばらく寄生し、召喚時間の終了と共に自爆する。見た目が電子的な虫なので、生徒の間では“バグ”なんて呼ばれている攻撃方法だ。魔法攻撃力が比較的高めに設定されている錦の攻撃の中でも特に凶悪な性能を誇る。
無属性攻撃なので使用対象を選ばないのも好印象。まぁ乱発はできないのだが。
そんな癖の強い魔法を使う錦を眺めつつ、私はぼんやりと状態異常を重ねていく。いつも通りの欠伸が出そうな作業をしている私を他所に、錦の隣ではリサは猛攻を仕掛けていた。
左の鋸で魔物の腕を防御姿勢諸共斬り裂き、弱点である顔を見せれば右の大斧で粉砕する。ティファニーが数少ない補助魔法を使って彼女の支援をしているのもあって、その攻撃力はまるで鬼の様。
そんなリサの奮戦もあって、格上相手でもあっさりと戦闘は終了していった。
私達はその後も岩を砕きつつ山道を登っていく。途中で別種に出会う事も特にない。……元々単調にこなせるから人気になっているレベル上げ方法だから、当たり前ではあるのだが。
目的の魔物は事前情報通りその辺にゴロゴロと転がってはいるものの、基本的には安全に対処するために1体だけを残す方針となっている。
そのため私の状態異常は、リサの火力を伸ばすための下地としての役割しかない。毒でじわじわと殺すなんて事は、時間当たりの経験値効率を気にしている今の私達が選択するはずもないのだ。
攻撃面で奮戦中のリサやロザリーは貢献度補正で経験値が高まっており、どんどんレベルが上がっている。それに対して補助があまり役に立っていないと判定されている私やコーディリア、ティファニーの貢献度や経験値は比較的低めだ。
まぁ私とコーディリアは少し前に効率的に実技訓練を周回していたので、その時の経験値がある。むしろこの経験値の差によってレベル差が埋まってきている状態と言っていいだろう。
そうなるとティファニーだけ取り残されている気もするが、彼女は私やコーディリア、ロザリーと違って座学にほとんど時間を掛けていない。その間他の所で遊んでいるらしく、例えここでレベル差がついてもすぐに追いついて来るだろう。
斧と鋸で次々と破壊されていく岩を見ながら、私はぼんやりと考える。
考える事のない戦闘って、こんなに暇だったかなと。




