第128話 新戦力
ボスも倒し、ランキング上位を一旦取って、ベルトラルドやオウカ達と「何かもういいよね……」という雰囲気になってから二日目。
すっかり実技訓練に参加する気力は薄れ、私達は久し振りにいつもの面子で魔法世界へとやって来ていた。その目的は……
「くっくっく……強大な力を得るには、それ相応の試練が必要……という訳か」
……レベル上げである。
本校のレベルシステムは、他のオンラインゲームに比べると偉く簡素だ。
学科毎のレベルが一つ設定されているだけである。これに応じて能力値が段階的に上がっていく。それ以外には経験値システムは存在しない。他にレベルらしいレベルと言えば進級程度だろうか。あれはレベルというよりはランクに近いと思う。
もちろん別学科へと転科した場合、プレイヤーに限らず生徒のレベルは1からとなる。
転科後に元の学科へ戻ってきた場合も、残念ながら1からだ。逆に言えば二度転科することによって能力値のボーナス値をリセットすることが出来るので、育成を根本からやり直したい場合はこの方法に頼る事になる。キャラの再設定と違ってお金や道具が手元に残るので、大半の人はこちらを選ぶだろう。もちろん少ないとは言え課金要素なので、現実のお金があるならという制限はあるのだが。
入学した直後は、これだけ現実味に拘っている作品なのに、このレベル性だけは非常に離散的だななんて思っていたが、これに関しては私達自身ではなく“魔法体”という魔法世界へ入り込むための体が、魔物の魔力を吸って強化されているという形らしい。
突然強い風がびゅうと吹き抜け、私は思わず足を止める。体が軽いので強い風には本当に飛ばされそうで不安になる。
その風に不満を抱いたのは私だけではなかった。
「それにしても、どうしてこんなに足場の悪い所で……」
「見晴らし良くて、むしろ戦いやすいでしょ」
リサの不満にティファニーがそう反論する。
私達がレベル上げのためにやって来たのは、険しい山道である。それも草も生えていない様な岩山。
地すべりが起きた禿山という訳ではなく、最初から植物なんて生えていなさそうだ。ここの動物は何を食べているのだろうか。心なしかコーディリアの表情も暗い。
私達が歩いている道は、何かに削り取られたようなU字の道。傾斜もある上にゴロゴロとした小さな石が転がっていて大変歩きにくい。
ちなみに、左は断崖で落ちたら下まで真っ逆さま、右も断崖で登るにはちょっと厳しい傾斜だ。その上岸壁はやや脆そうなので、その手の登山家でも躊躇するのは間違いないだろう。……死なない体だから良い物の、普段だったらこの道自体通りたくないな。
道は当然の如く上り坂で、意識しなければ気付かない程に緩く右側に曲がっている一本道。
そのためティファニーの言う通り、崖の下から上って来る、もしくは駆け下りて来る命知らず以外から奇襲される事はまずないだろう。そういう意味では戦闘に適した場所だと言える。
山道を歩くのにやや飽きていた私は、既に深い疲労を見せているコーディリアに手を貸しつつ、ティファニーの装備に目をやる。彼女が担いでいるのは私とロザリーで作った例の弓だ。もちろん傾斜の影響を受けやすいはず。
弓に限らず、傾斜がある場所では高所を取るのが有利というのは戦闘の絶対条件の様な気がするが、彼女は気にも留めていない。
「……上り坂の上に向かって弓を射るのって、難しくないんですか?」
「あはは、そんなの慣れっこだよ。わたし見張り台に火付けるの得意だったし! 頼りにしてね!」
「それはまた、野蛮な特技ですね……」
どうやらその程度は冒険者時代からよくやっていたらしい。
元気よく歩みを進めるティファニーの隣は、これまた意外にも元気なロザリー。その後ろは山道に慣れていないのか、浮石に足を取られるリサがいる。いつも以上に装備が重いというのも理由の一つだろう。
そんなやや呑気な私達の前で、ごとりと何かが動き出す。
そちらに全員が視線を向けると、彼は隠れるように顔を隠した。どうやら目標のお出ましらしい。一見今までと変わりない岩山の光景だが、全員が戦闘に備えて身構える。
最初に動き出したのはティファニーだ。彼女は何も言わずに矢を番える。矢筒から矢を抜いた際に、ヂッと静かな音が鳴っていた。
そのギミックに心当たりがある私は内心で首を傾げる。随分好戦的だな。私からはよく見えないが、もしかして複数居たのだろうか。
まぁこういう時のティファニーの視界は頼りになる。彼女は本当に私と同じ条件なのかと疑いたくなる程に目が良い。その上倍率や角度の調整機能付きの光学照準器も付いている。
私達の中で誰の視界が最も信頼できるかと言えば、間違いなく彼女だ。
彼女は一瞬間を取った後に、その不思議な形の矢を射った。
その矢は弓から真っ直ぐに放たれると、重い矢尻に引かれてきつい放物線を描く。しかしその途中でボッと火を噴くと、一気に加速して直線的に山道を突き進んだ。
そして、矢は大きな岩に突き刺さり派手な爆炎を上げる。
尤も、そこまで大層な物ではない。魔法が身近な私達にとっては小規模な爆発だ。特に私とコーディリアはレンカの魔法を散々見た後である。
しかし、当たった本人はそうは思わなかったのか、短い手足で丸い体を持ち上げると、憤怒の表情でこちらに向かって転がり落ちて来た。
今の矢は私発案の爆弾矢である。構造は簡単で、ほとんどロケット花火と変わらない。まぁ最後に金属製の矢尻が爆発するので、花火よりはちょっと痛いかな。
普通の矢に比べると少し重い上に、途中でロケット推進に変わるので軌道が独特だ。その代わり射程は結構長い。
矢筒から出した際に導火線に火が点き、時間経過で推進剤に引火する。そして最後には爆薬に火が点くのだ。
ティファニーは私の案だからと言って散々練習してくれたが、はっきり言ってかなり癖の強い武器だろう。ティファニーは難なく当てるが、彼女の腕あっての命中精度である。
当初の目的である攻撃範囲は今一つだが、そちらを補う方法は別に用意したし、威力は普通の矢に比べると格段に高い。
奥の手にするにはやや物足りないが、普段使いする分にはちょっと強くて値段も高い。そんな中途半端な武器でもある。
私の案だという事と、素材も手間賃も貰っていないという理由から、ティファニーはガンガン使うが。……作っている私にとっては、あれ一本の値段と手間を考えてしまうので、やや複雑な気持ちである。
ゴロゴロと坂道を転がって来る岩を前に、ロザリーが詠唱を終えた。彼女は大きく歪曲した大鎌を振り回し、高らかに言葉を紡ぐ。
「待ち人来たれり! いざ目覚めの時だ! 長き時を経て今こそ怨敵を引きずり下ろせ! インウィディアサンドリヨン!」
……は? なんて言った今?
ロザリーに呼び出されたイン何とかかんとかは、美しいドレスを身に纏った少女だ。その姿はどことなく……いや、気のせいかな?
彼女はふわりと宙に浮きあがると、目前に迫る岩石に向かって手を伸ばす。
その瞬間、まるで凍り付く様に岩の動きが止まった。
よく見れば透明な何かが岩に纏わりついている。しかし氷ではない。ガラス、もしくはそれによく似た透明度の高い結晶だ。時の止まった液体の様に岩石をぴたりと受け止めている。
初めて見る魔法だな。私とコーディリアが居ない時に作ったのか。
ティファニーはその突然の出来事を前に何か騒いでいるが、私はとりあえずそこから視線を逸らす。
隣へ顔を向ければ、そこには私と似たような表情のコーディリアが立っていた。……やっぱりあの“容姿”、気のせいではないよな。私達はそう目で語り合う。
「……何だかあの召喚体、“私達”に似てませんか?」
「まず間違いなく、ティファニーのための身代わりですね……」
二人の特徴を併せ持ったような顔立ちのサン何とかかんとかは、まず間違いなく“私達と会えなくなった時のティファニー”のための召喚体だったのだろう。ロザリーが働かないティファニーのために作った苦肉の策という訳だ。
ただ、身長は私達より少し低い。どうも召喚体なので最低身長が生徒とは別に設定されているらしい。それにより、更にティファニーの好みに近付いたのかは……分からない。
まるで王妃様の様な格好をした少女は、宙に浮かせたガラスの剣を岩に突き刺していく。少しばかり奇妙な光景だが、剣は特に刃毀れする事もなく岩石に傷を残した。
私はその隙に恐怖の魔法を唱える。今回使うのは今まで散々使ってきた範囲化ではなく高速化改造のもの。恐怖には深度もないので影響力もさほど必要ない。累積耐性を抜くために、速度と影響力の二種類を一応持って来てあるが、今回後者は必要になるだろうか。
赤いオーラの周りに恐怖の輪が回ったことを確認しながら、猛然と突撃するリサの後ろ姿を目で追う。今まで山歩きに苦労していたのは何だったのか、彼女は軽い足取りで飛ぶように坂道を駆け上った。
そして、左手に持っていた大きな剣を岩石に振り下ろす。
直後、甲高い嫌な音が火花と共に撒き散らされる。音の発生源はリサ。彼女が手にした武器のギミックを発動させたのだ。
彼女が持っている武器はついさっきロザリーが完成させたもの。つまりこの前試射場で実験していた内の一本だ。もちろんシリンダーナイフではない。
そのシルエットはよく見る両手持ちの特大剣とそれほど変わらないが、一つだけ特徴的な部分がある。
それは小さな歯が並んだ、チェーン状の刃だ。
それが高速回転することで相手の体を削る形になっている。簡単に行ってしまえば、チェーンソーである。うーん、これで戦えるのは色々とファンタジー。
その恐るべき動力源は私が作ったモーターの様な何か。正式名称はよく分からないが、魔石を突っ込んで回転機構にしただけの武骨な物である。
このギミックは半分はロザリーの趣味、もう半分は“防御無視効果”のための物だ。
ロザリーがどこで知ったのか分からないが、このギミックを付けると拳闘士の拳の様にある程度相手の防御力を軽減して攻撃できるらしい。
正確には、その効果を付与しやすいというのが正しいらしいのだが、武器の追加効果の発生条件なんて難しい事は詳しく知らないのでどちらでもいい事だ。
右手には大斧、左手には巨木を切り倒すようなサイズの鋸を持ったリサは、見るからに狂戦士。ティファニーが作ったらしき動きやすそうな服も相まって、結構な蛮族感が溢れ出ていた。
斧も鋸も木を切る道具だが、間違ってもそういう作業員には見えないだろう。戦えるのが嬉しいのか、少し笑みを浮かべているのも……。
拘束していた結晶諸共斬り裂いたリサは、足を止めた岩石を前に構えを取る。
岩は四つ足で器用に体勢を整える。そして三度も続いた攻撃に苛立つように、ぎょろりとその歪な相貌で私達を睨んだ。




