第126話 毒の刃
工房を出て少し歩いた先に、試射場という物がある。
文字通り魔法の試射を行う場所だ。他にも弓や銃の的当て、ダミーを使って剣や槍の訓練も出来る。要は学院内にある暴れても良い場所……自主訓練場とも言える。体育館のようにやや細かな石材で壁も床も覆われているその様相は、かなり重く冷たい印象だ。
当然ここは、装備の追加効果の実験にも使う事が出来る。今回の私達の目的は主にそれだ。
完成したナイフに回復薬をセットしたリサは、やや緊張の面持ちで腕に刃を突き刺す。
バタフライナイフのような形をしているそのナイフは、鞘兼持ち手の部分に私の作った注射器を挟んで使う。刃の根元には注射器の先端を差し込む穴があり、刃の両脇にある小さな出口まで続いている。そこを通って薬液が注入される仕組みだ。
そのシリンダーナイフの実験の結果は……。
「ふむ……駄目だな」
「自傷ダメージに回復量が追い付いていませんね」
じわじわと減っていくリサのオーラを見て、私は小さくため息を吐く。
どうやら失敗の様だ。面白い手だと思ったんだけどな。
結果を確かめたリサも少し落胆気味。
一応市販品の中では最高の薬だったのだが、これでも回復量が僅かに追い付かないとなると、回復手段としては現実的ではないな。薬学を取っている生徒が作った最高級品でようやく効果が逆転するレベルだろう。防御の薄い狂戦士だからこそだとも言えるが、他の学科では普通に薬を使った方が早いので結局は無駄だ。
自傷ダメージを少しでも抑えるために一応“武器としての攻撃性能”は底辺に設定してあるのだが、どうも自傷ダメージの倍率と薬の変な使い方の補正で効果が逆転しているらしい。リサが攻撃一辺倒の育成をしているというのもあるだろう。
ロザリーは肩を落としつつ、リサからナイフを受け取っている。これでダメなら実験は失敗。残ったナイフは完全にゴミなので、そのまま捨てるのだろう。
私はそこに、隣から手を伸ばす。
「これ、もう少し遊んでも良いですか?」
「ん? まぁいいが……薬を入れなければただの刃物だぞ? 回復の効果のために数値上の性能は……」
「薬を入れればいいんでしょう?」
私は受け取ったナイフから注射器を抜き出すと、内容液を床に捨てる。多少中身が残っているので蒸留水で軽く洗う。そして、持って来ていた毒液を注射器へと入れた。
まぁちょっとしたお遊びの様な物だ。回復薬では薬の効果が足りなかったが、これなら問題ないだろう。
注射器を柄に挟み込み、手元の金具をぱちりと閉める。
後ろを見ればリサは私の様子を見ながらも、次の装備の試験の準備を進めていた。次のあれは重い、デカい、しかもギミック付きとかなり癖のある装備だからな。しっかりと使い勝手をロザリーと相談する必要があるだろう。
対して私の方は、実用的なレベルまで上がれば少し面白いかななんて思っているだけだ。これが通った所で私達には大した意味はない。精々オウカやティファニーと私の戦術的な相性が良くなる程度だろうか。
私はダミーの人形に毒液ナイフを突き立て、魔法の書で戦闘ログを呼び出す。魔法視では影響力の変化を見るのが難しいので、こうして実際に数字を読んだ方が早いのだ。
私は更新されていく毒の影響力を見て、少し目を見開く。
「おや、これは……」
「……ほほう? これは中々……原液か、それ」
「ええ。一応。見ての通りただの毒ですが」
今回シリンダーに入れたのはエル式で作った毒液。それも希釈していない原液だ。
毒の毒……というと少し変な表現だが、大量に実験した結果、最も作りやすい毒用の毒液は大量に余っていると言っていい状況だ。こんなお遊びに原液を使っても悪くないかなと思う程度には余っている。
腐るわけではないが、あるとなると早めに消費したくなってしまうのは私の性分のせいだろうか。
そんな遊びの結果は、毎秒70近くの上昇で、合計するとナイフ単体で300を超える。これは深度2相当の影響力であり、回復薬に比べて圧倒的な効果を誇っていると言っていい。どうも刃の入れ方によって多少効果が変わるようで、弱点に刃を押し当てると更に影響力が上昇するようだ。
元々、ダメージと状態異常が同時に発動するスキルは弱い。それは中級に上がった今も崩れていない条件であり、この武器もそのカテゴリに入っているはずだった。
しかし結果はスプレー缶よりも高い影響力を誇っているという意外な物。スプレーの様に拡散していない分、原液をそのまま使った結果としてはもちろん当然ではあるのだが……。
詳しく見ると、どうも攻撃判定と毒判定が別で発動しているらしい。武器と毒液が別のアイテムとして認識されているのだろうか。でも前の実験では効果が低かったとはいえ回復効果自体はあったので、道具として使った判定の場合狂化で……あ、そうか実験だからまだ狂化使ってなかったのか。
そもそも効率以前にこの形式では狂化状態で道具の効果が無くなってしまうようだ。別の意味でも失敗である。
私はこの現象を一応納得すると、一番気になっている薬に中身を入れ替えて敵に突き刺す。
……あー、やっぱりそうなるよね。自分が弱い武器で出しているダメージ量とは思えない数字を前に、私は思わず眉を顰める。
困った。一番珍しいのが一番需要高いというのは、まぁある種当たり前の話だろうか。
「これは……強いではないか。やはり我がアイディアは秀逸だったという事か」
「ダメージ薬、単純に威力の上乗せになりますよね……」
注射器に入れた、希釈済みダメージ薬の効果が普段通りに発揮されている。スプレー缶の様なお手軽さはないが、正直言ってこれは強い。本人の能力値に関係なくダメージの上乗せが出来るのだ。
例えば、忍術科のように一撃の威力が期待できない分を手数で攻める生徒がこの薬と武器を持った場合、一気にDPSが跳ね上がる事になる。
何せこんなゴミ装備でなくとも、普通の武器に穴と注射器を付ける事は不可能ではない。普通に強い武器を使ってダメージを上乗せできるとしたら、もうこの方式の以外の装備が選択肢に上らないくらいの戦力になるのではないだろうか?
しかし、問題もある。
私は気楽に使っているダメージ薬だが、実際には超高価な代物である。いや、高価なだけならまだいい。現状物が足りないのだ。私とコーディリアしか作っていない事を差し引いても、シリンダー一本分作るのに何十、下手をすると百以上という数の魔石を消費する。
そこに更に毒性学を専攻する生徒の人数を考えれば、その希少性は計り知れないだろう。
……まぁしばらくは封印だな。私が使っても仕方ない物だし、ティファニーの矢に付けてもいいかもしれないかなという程度の話だ。手数のないリサにも、召喚体に頼った戦い方のロザリーとも相性は良くない。コーディリアと私はもちろん論外だ。
他の毒液は多少余裕が出てきているので、しばらくは使うとしてもそちらの用途になるだろう。
万が一これが外部に漏れて、ダメージ薬の需要が急増したとしても売れる程に量がないのだから双方共に困る事になるだろう。
「こういう使い方をするならば、もっと別の性能にした方が良いだろうな。くっくっく……いいぞ、楽しみになって来た。死毒の刃、という訳だ」
「……」
何が楽しいのか、不敵な笑みを浮かべるロザリーにナイフを返す。
とりあえずこの後はリサの実験に付き合ってから、ティファニーを押し付けて来たコーディリアの様子を見に行かなければな。……無事だろうか。
集団接種から帰ってきました。早速左腕が重いです。
ただ、キーボード打つ分には問題ないので昨日書き溜めておいた文章を直して投稿します。明日も投稿できるか不安ですが、どうか気長にお待ちいただければ幸いです。
関係ないですが、まさか注射打った日に注射の話を書くとは思いませんでした。0話に出て来ることから分かる通り、接種予約前から案があった話ですので……。




