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第125話 日常へ

 進級試験についてざっくりと確認した私は、掲示板の写しらしきその紙を捨て、頼まれた依頼について手を動かしていた。

 尤も、今回作る物は人形に比べると単純な構造の上に形も小さい。このくらいならばすぐに終わるだろう。ここで時間を掛けてもどうせ最後の調整はロザリーとの共同作業。ここで完成度を上げる事に大した意味はない。


 ……それにしても進級テストか。早いな。この前中級に上がったばかりのような気もするが。


 今回告知されたテストは、前回の中級試験と形式がやや違う。

 まず、実施日が決まっていない。前回は同じ日に全員で受けた試験だが、今回はどうやら違うらしい。中級で一定の成績、評価を得た生徒は自由に教員に申請して、個人でテストを受ける事が出来る。

 この、評価を得た生徒が個人で、というのがやや曲者だ。受験する権利がない場合、その生徒は上級試験に参加する事が出来ない。その上、例え権利のある生徒が集まったとしても、パーティではなく一人で試験に臨むことになる。成績優秀者個人への試験という訳だ。


 試験は学科毎に筆記、実技それぞれ複数用意されており、その内の2から5程度の試験で合格を貰えば晴れて上級に進級する。あまり関係ないが、進級後も“実力テスト”という形で何度でも参加できるらしい。そのためここでは後追いが絶対的な有利という訳ではない。

 各種試験毎に点数があり、その合計点が5を超えた時点で合格だ。3点と2点の試験に合格すれば試験は2回で済むし、逆に1点だけの試験で合格しようとする場合は5回も参加する必要がある。


 私はいつの間にか評価を得ていたらしく、知らない内に個人的な通知が来ていた。中級に上がった後の評価というと、授業か、昇級試験の結果か……レポートの優秀賞というのもあったか。結構活躍してたんだな、私。


 そんな私が受ける事になる呪術科の試験は、実技が少なく筆記が多い。筆記が重視されているというよりは、実技で見る点が少ないのだろう。

 筆記で合格するのが楽だろうなと一瞬考えたが、“呪術科としての実技試験”というのが少し気になる。その上筆記だけでは合格点までギリギリ届かないという意地の悪さ。シーラ先生がわざと設定したんじゃないだろうな。


 ちなみに、この試験に合格して上級に進んでも受けられる授業が増えたりはしない。上級生徒は実質的に“研究員”。もう教えられるだけの立場ではないという事だ。……ここへ来てから自習ばかりの私からすると、何を今更という気にもなるが。

 授業が増えない代わりに魔法世界の制限の緩和や、一部施設の使用権、後は購買で特殊な実験器具等を購入できるようになるらしい。利点は小さくないのでなるべく早めにという気持ちもあるが、やる事が山積みになっている今は少々タイミングが悪いのも事実だ。


 尤も、合宿が終わるまでは私に権利があろうとなかろうと、まだ試験が実施されていないので参加できないのだが。


「こんなもんかしらね……ん?」


 やや面倒な作業を終え、ロザリーに連絡をしようかと魔法の書を開くと、誰かからメッセージが来ている事に気が付いた。それも二通だ。

 一体何だと訝しみつつ先に来ていたメッセージを開くと、差出人はコーディリア。内容は私が見つけた魔法陣についての礼だった。偶々見つけただけなので礼を言われる程の事でもない。

 いつも通り彼女からの連絡には大した返事もせずに閉じ、問題のもう一通を開く。


 こちらの差出人はティファニー。内容は一言「あいたい」である。ただそれだけの短い言葉だが、だからこそ奇妙な“怨念”が伝わってくる。

 彼女は自分で私達のパーティに参加することを(気持ち悪い理由で)断わったので、ここしばらく会っていない。最後に会ったのはいつだったか。しっかりと言葉を交わしたのは……ベルトラルドとの出会いまで遡るか?

 思えばここまで会わないのは今まであまりなかったかもな。……会いたいなら勝手に会いにくればいいのに。


 しかし、こちらから会う理由は特にない。ロザリーともティファニーともリサとも会う理由があるのだが、彼女にだけは用事がないのだ。

 こちらにはやる事もあるので、彼女と会うには偶然に任せる方向にしよう。


 そう判断した直後にページが勝手に送られる。これは通知の一種だが、その内容はコーディリアからの通話。

 メッセージを読むために開かれていた魔法の書で即座に応答すると、その速度にやや驚いたような声が耳に入る。


『あ、サクラさん。今大丈夫ですか……?』

「ええ、特に何も」


 咄嗟に『大丈夫』の意味を“時間はあるか”という意味で受け取ったが、少しこちらを窺うような声を聞くと“無事か”の意味にも聞こえる。もしやコーディリアの身に何かあったのか?

 そんな一抹の不安を抱いたのだが、意外にも聞こえて来たのは安堵の声だった。


『良かった。ええと、ティファニーさんから連絡、来ましたか?』

「ああ、その話……」


 どうやらこちらとほぼ同じ内容のメッセージがコーディリアにも届いたようだ。まぁ確かに不気味な内容なので安否確認をすると言うのは、少しだけ理解できる。

 差出人がティファニーだし。


 それにしても、どうしてティファニーは私達に会いに来ないのだろうか。こんなメッセージを送って来るくらいには参っているはずなのだが。

 そこでふと、最近“萌”とは会ったなと思い出す。もちろん職場での話ではない。結構な時間を一緒に過ごした。あの時は、私の事を心配してくれたのだったか。


 ……まぁ会ってやるか。会いたいと言われたのだから。



 ***



 ロザリーに頼まれていた物を渡し、彼女と一緒にいたリサとも合流する。それからしばらくしてコーディリアもやって来た。

 場所はロザリーが学院から借りている工房だ。正式名称は工作室。文字通り生徒が工作をするための部屋で、副専攻で物を作る生徒のほとんどが借りているものだ。

 ロザリーはその部屋を意外にも綺麗に使っている。工具や材料、魔石加工用の設備が整然と並べていた。私の部屋とは比べ物にならないな。もちろんいい意味で。


 そんな部屋の主であるロザリーは、ガサゴソとリサの武器を作りつつ笑みを浮かべる。


「くっくっく……我が闇の力に染まるが良い……」

「……普通のでいいのよ? 変にデザイン凝らないでね? ねぇ、聞いている?」


 その様子を見てリサがやや引き気味だが……まぁ、普段使っているロザリーの武器(自作)を見れば、確かに不安に思うのは分かる。

 とは言え、私が何か口を出すわけではない。実験の結果は聞きたいが、リサの武器の更新自体に興味はないのだ。


 私は作業中の二人から視線を外す。

 ロザリーたちから少し離れた席でノートを広げているのはコー……


「すー……はー……すー……」


 ……熱い息を感じ、私は少し身を捩る。いつも以上の接触にぞわぞわを悪寒が走るが、私は無視してコーディリアの作業を覗き込んだ。

 彼女が書き込んでいるのは何かのリストの様だが、内容はよく分からない。まぁ魔石の使用個数なども書かれているので大体予想が付くが。


「コーディリア。それ、育成計画ですか?」

「そう……です。面白い召喚だったので、どうしようかと、んんっ……思いまして」


 コーディリアが身動ぎをしたのを見て、私は顔も見ずに思い切り隣の人物に肘鉄を入れる。私の見えない所で変な事してないだろうな。

 しかし、もちろんというべきか、私の攻撃なんて一切気にしている様子は見せない。むしろ喜ぶように体をくねくねと動かした。

 仕方ないので無視をすることに決める。どうせこちらから話しかけても碌に反応しないのだ。


「召喚陣は読んでもよく分からない物が多いんですが、あの魔法どういう性質の物なんですか?」

「ええと、かなり特殊な物でしたね。元々蠱術は他の召喚系に比べるとカスタム性が強いのですが……」


 召喚系の魔法陣、つまり召喚陣は、その魔法陣によって“どういう召喚体”が出るかというのがある程度決まっている。

 例えばロザリーの初期魔法、エインヘリアルエコー。これはどれだけ召喚体を改造したとしても、魔法陣を変えない限り骸骨が出て来るのは変わらない。召喚系は魔法陣のカスタムにも対応していないので、初期魔法を使って人魂を出すことはできないのだ。


 もちろん召喚体の見た目はある程度召喚主が変える事は出来るのだが、結局はある程度。白い骨を黒くするとか、持っている武器を斧にするとか、体を大きくすると言った、そういう部分なのである。もちろんだが能力値に現れない戦闘能力に大きな影響がある。

 ……まぁうちの召喚系二人は、両方見た目重視の設定をしているわけだが。


 そんな死霊術に比べて、蠱術の“見た目”の改造はかなり緩い。

 まず、カブト虫とクワガタ、カナブン、ゴキブリ……この辺りを区別しない。もちろん蝶と蛾もそうだし、蠅と蜻蛉も同じ分類だ。

 それどころか、動きはやや不自然になるが、見た目を被せるだけなら蜘蛛を蟷螂(かまきり)にすることもできるのだという。


 そしてそんな蠱術の召喚陣である今回の古代魔法陣も、見た目は魔改造されるのでどうでもいいのだが……。


「双子なのです。この召喚体」

「双子?」

「はい。どうも一度の魔法で二体を同時召喚する魔法のようですね」


 同時召喚。

 コーディリアの話を聞いて一瞬どきりとするが、すぐに思い直す。同時詠唱のヒントにはならないだろう。何せ魔法陣は先に見ている。変な陣だとは思ったが、特別不思議な物ではない。少なくとも二重になっている様な、そういう陣ではない。


 コーディリアはその柔らかな唇にペンを添えると、少し悩むように険しい顔を見せる。


「双子、飛ぶ虫なんですよね……」

「……何か問題が?」

「いえ……桜月と紗雪、双子にしてあげたかったなって……」


 ……そういう話か。何かと思った。

 どうやらコーディリアは、育成計画以上に見た目に頭を悩ませているらしい。同時召喚という事で育成の方針もやや難しいと思うのだが、少なくともそちらを悩んでいる様子は見られなかった。


「……双子かぁ……ぐひひ……」


 ……。

 私とコーディリアの間で妙な妄想をしているこいつは、どうしようかな……。



 ご感想、ブックマーク、評価ありがとうございます。

 明日は例のお薬の集団接種に行ってきます。更新がなかった時は寝てるとでも思って下さい。何もなければ書こうとは思っています。

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― 新着の感想 ―
[一言] コーディリアの悩みに思わず「そっちか〜」ってなったw あれ?つまり今回のテストは学科ごとの主席とかしかないってことなのか? …なんかヤバいのがいる
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