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第121話 仮想の美酒

 オイルランプの赤い光が木造の部屋を照らしている。

 綺麗に並べられたテーブルと椅子にはしっかりと艶出しのワックスが塗られ、椅子には悪くないクッションが敷かれている。落ち着いた色合いの調度品もやや薄暗い店内と相まって、少しだけ大人な雰囲気を醸し出していた。


 しかしそんなシックな雰囲気の店も、現在は若い生徒15人が集まって思い思いに騒いでいる。そのため大人な雰囲気も、今日だけは客層の影響でどこかへとすっかり消え去ってしまっていた。


 私はそんな店の中の奥の席で、じっと座っている。

 手元にあるのはとある人物の魔法陣。思った通りの改造が施されているそれを眺め、自分のノートへと書き写していく。流石にこれを呪術にそのまま流用することはできないと思うので、完全にただの暇潰しなのだが。


 そんなノリの悪い私の隣に居るのは、これまた微妙にノリの悪いコーディリア。彼女は私の様に暇潰しもないので、ただただちびちびとグラスを傾けているだけだ。別に勝手に帰っても問題ないと思うのだが、彼女がそうしないのは“一番最初に帰るやつ”になりたくないからだろうか。

 逆に反対側の隣は大いにこの場を楽しんでいるので、足して二で割ると丁度良い塩梅(あんばい)になるかもしれない。


 私がじっと自分の作業に集中していると、主催者としてか何なのか知らないが、各席をぐるりと回っていた男が姿を見せる。

 祝勝会を提案した男……キンだ。彼は私の格好を見ると、意外そうに目を軽く見開く。


「そうしてると本当にただの子供みたいだな」

「……」


 飲み物を呷ってからそう笑った彼は、私達のテーブルの空いている席に腰を下ろした。

 軽く馬鹿にされた私は彼に何か反論をしようとするが、すぐに口を閉ざす。キンの言う事はその通りで、ここから何かを言っても仕方がないだろう。


 私の隣に居るのはシオリ。今回の防衛戦で大変な活躍をした生徒の一人である彼女は、祝勝会と聞いて文字通り祝杯、もしくは勝利の美酒を味わうために真っ先に手を挙げた。

 ちなみにここの勘定は「金があるやつが払う!」という何ともあれな方針で“累進課税制度”が導入されている。今回の収入に対しての累進性なので、得点の高かった者ほど参加費が高い。そのため、当初彼女が期待していたタダ酒には程遠い状態になっている。


 注文していた謎の発泡酒を自前のジョッキで胃に落とした彼女は、音を立ててテーブルにそれを置くと、私の肩に回していた腕で頭を撫でる。その顔は大変ご機嫌な様子で、ここへ来てからずっとこの調子だ。

 彼女は祝勝会が始まってからずっと頭を撫でたり肩に手を回したり、偶に抱き付いたりしている。どうも私がよっぽど誰かに似ているらしく、その行為のほとんどが親愛の情を思わせる丁寧さだ。これは傍から見れば子ども扱いに見えても仕方がない。


 少々酒臭いし鬱陶しいとはいえ、逆に言えばそれだけで、正直ティファニーの接触に比べれば数段マシなのも確かだ。

 ちなみにシオリを挟んで反対側はベルトラルドが座っている。彼女も私と同じ様に愛でられているが、嫌がっているのか否かは表情からは読み取れない。他に空きがあるのに席を立たないという事は、別に文句はないのだろう。


 子供の様だと言われて特に上手い反論も思いつかなかった私は、魔法陣を描いていた手を止め、テーブルの料理に無遠慮に手を出すキンに視線を向ける。注文しているのは主にシオリなのでどうも酒のつまみ感が抜けない品ばかりだが、彼は気にする様子も見せていない。


「そちらこそ、作戦の立役者は大変そうですね。結婚式でもないのに各テーブルに挨拶回りですか?」

「立役者ねぇ……そっちの方がよっぽどだと思うぜ」


 どうだかな。私は自分の点数だけ見てランキングは見ていないが、ちらほらと周囲から聞こえる話を聞く分にはキンの方がシステム上評価されているはずだが。


 しかし、私が何か言葉を返す前に、シオリが私から手を放して身を乗り出す。その顔はやや険しい。両脇に幼女を抱えたまま、バニースーツの彼女は喧嘩腰でキンに絡む。

 その隣で、ようやく彼女の拘束から解放された私はペンを手に自分の作業を再開していた。


「あん? あんたまたナンパぁ? こんな小さな子に手ぇ出すなんて……じゃああたしでも良くない?」

「あんたの中で俺の印象どうなってんだよ……まぁいいか。今回は協力してくれてありがとな。それだけ言って回ってんだ」


 キンはそう言うと自分の仲間たちの待つテーブルへと戻っていく。一席空いた円卓は、不思議と周囲の喧騒が遠く聞こえた。上機嫌で騒いでいたシオリが次の酒を選び始めたからだ。

 その間に私はさっと魔法陣を描き上げると、何枚かの紙と共にシオリに返す。


「……とりあえず見せてくれた分は修正案を出しました。報酬代わりという事で。そもそもあまり直す所もありませんでしたが」

「ん、そうなの? まぁあたし魔法陣の改造なんて見ても分かんないんだけどねー。詳しいのが近くにいて、君の授業参考にやってくれたんだよ」


 そうなのか。詳しい人……少なくとも妹のアンナではないだろうな。彼女は格闘学部だ。


 シオリの学科は天文術科。唯一私の授業に来なかった、魔法陣の改造に強い適性がある学科だ。


 運任せで追加効果が得られるその魔法は、戦闘力に能力値がまるで関係しない。より正確に言えば、防御面だけ上げていればいつかは役に立つというのが天文術科だ。

 専門性が強すぎるので出来ないとは思うが、万が一にでも呪術として転用できれば、やる事も能力もない私にとってはこれ以上のない効果を発揮するだろう。運任せではあるが。


 彼女の魔法陣の改造も、その運任せの戦法に適応したものだった。

 とにかく全ての改造が高速小規模化。再使用時間と詠唱時間を極端に減らし、魔力消費量も大幅に抑える。反対に攻撃範囲と威力は最低まで減らされていて、とても実戦で使えそうには見えない。


 その狙いは、とにかく試行回数を増やしていい追加効果を引くことに特化している。紙吹雪の様なエフェクトの調整は趣味だろうけれど。


 私は見せて貰った彼女のステータスの値を思い出しながら、キンが帰ってから少し大人しくなったシオリに、実技訓練中から気になっていた事を聞く。


「天文術科って、実際どうなんですか? もちろん強くはないと思いますが」

「んー……? 天文術ぅ? ま、弱いね。呪術科に言い張れるかって言うと微妙かもしれないけど」

「でも、戦えないわけではないんでしょう?」


 現に、一度彼女はボスを一撃で粉砕している。そんなこと、私は逆立ちしても不可能だ。もしかするとキンは出来たのかもしれないが、巨人に全力を出すために温存していた様子だしな。

 その上、一つ疑問が残っている。彼女の戦い振りは、事前に聞いていた天文術についての話と少し食い違う点が見えたのだ。


「それに、次にどの追加効果が出るかある程度予測しながら戦えていますよね? あれは普段から誰でもそうなんですか?」

「……へー、よく見てるね。まぁある程度誰でもそうなんじゃない? 自分以外の戦い方なんて知らないけど」


 私の指摘を受けて、シオリはわざとらしく驚いて見せる。少々間があったのは何か考えていたという訳ではなく、単純に酒を呷っていただけだ。

 それから詳細を語ってくれた彼女が口にしたのは、私がまったく聞いたこともない話だった。


 天文術の追加効果は、大きく分けて4種類の当たりと外れがあるらしい。そしてそのどれが出るかというのは、どうもある法則性があるのだという。


「2連続外れを引いたら次に小当たり(チェリー)確定、9回中小当たり(チェリー)が3回だったら次は中当たり(バー)が確定するんだよねー。まぁ他にも色々小技があるけど、肝心の大当たり(スリーセブン)は確率上げる事は出来ても確定はしないのが難点」


 なるほど。運任せとは言え連続で外ればかり引かないための最低保証があるわけか。だから逆に外れが連続した場合は、追加効果を予想して戦略に入れる事が出来ると。

 ……パチンコかな?


 大当たりが確定しないというのはある程度仕方ないかもしれない。大当たりの効果はボスを一撃で倒した様な効果なので、確定してしまうと色々と不味そうなのは何となく分かる。

 ちなみにあれは、通常攻撃の威力を一撃だけ極限まで(詳しい効果値は不明)高めるバフ効果らしく、それが出た時はとりあえず一番強そうな魔物に武器を投げるのが習慣になっているのだとか。


 そんな話を私に聞かせると、彼女はそれ以上詳細を話す気もないのか煮干しの様な小魚を摘まみ、鮮やかなグリーンの酒を呷る。

 ベルトラルドとコーディリアはいつの間にか二人で何かを話している様子だった。コーディリアはともかく、ベルトラルドはいつの間にシオリの拘束から抜け出したんだ。


 作業も終わって気になっていた話も聞けた私は、ようやくテーブルの上の飲み物に手を出す。シオリが雑に注文した物の一つなのでどうせこれも酒だろうが、見た目通りの年齢ではないので別に問題はないだろう。絵面は犯罪感が漂うが。


 私はミルクの様な色合いの酒を僅かに口に含み、甘いような苦いようなそれを飲み下す。やや癖が強いが飲めないという程では……ん? 初めて仮想でアルコールを飲んだがこれは……。


 白い酒を飲んだ私は、隣で酔っ払っているように見えるシオリに怪訝な目を向ける。


「……?」


 もしかすると私の味覚がおかしいのだろうか。

 確認のため、私はもう一度飲み物を飲む。今度は味わう訳ではなく、大きく口に含んだ物を一気に。


 しかし相変わらず酒精の香りはするものの、アルコール飲料特有の感覚がまるでしない。私は結構な下戸のはずなのだが、酒飲みの言う『まるでジュースだ』という表現が今ははっきりと理解できる。

 正直、これをいくら飲んだところで酔う事はなさそうだが……。


「不味くはないけど、ノンアルコール飲料みたいな味するよね」


 私の困惑を見てか、シオリから小さく言葉が投げかけられる。


「もしかして、素面なんですか?」


 彼女は私の疑問に薄く笑うと、頷くでもなく首を振るでもなく、自分の妹へと視線を向ける。


「もう2年も前、急に肝臓悪いって言われちゃってさぁ。今は薬もあるけど、前みたいには飲めないんだよねー」

「……人からのプレゼントだから、酔っ払った振りを見せてる、と?」

「ま、こうして監視まで付いてるわけだし、あなたのおかげで楽しくお酒飲んでますよーって所は多少見せないと居心地悪いわけ」


 ……何とも不器用な話だな。

 一種の優しさの様には聞こえるが、妹にはまるで伝わっていないだろう。あちらは未成年なのか下戸なのか、酒を一滴も飲んでいる様子は見えない。この事実に気が付くにはまだまだ時間がかかりそうだ。


 つまり彼女は、仮想の酒の味を知らない人からの贈り物であるVRマシンで、酔っ払いを演じているわけだ。送り主を落胆させないために。

 ……何とも、馬鹿らしい話だな。これほど凝ったRPもそうないだろう。酒を飲むまでまるで気が付かなかった。


 私はその優しさを軽く笑うと、再び酔わないグラスを傾けるのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] やさしーおねーちゃんっ
[一言] 今日は優しい話でしたね。面白かったです。
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