第120話 最後の一撃
光り輝く剣が、魔法の炎が、石の巨人に襲い掛かる。
巨人は身を捩る事もせずにその攻撃を受けていた。その光景を前にゆっくりと目を閉じると、赤い炎が見る見るうちに小さくなっていくのが見える。
あれから巨人もただやられているわけではなくなっていた。いつの間にか、というかもしかすると、最初から石化した場合はそう動くはずだったのかもしれないが。
しばらくしてから体を固められたままでも、地面に亀裂を入れる魔法攻撃で反撃してくるようになったのだが、こちらは再度封印を付与することで黙らせることが出来た。
しかし、少しダメージが足りないか。
石化は足止め系の状態異常の中で最も効果時間が長い物だ。しかしもちろん永続する効果ではない。
それに深度3まで一度上げてしまえば、二度目の石化は影響力800とかなり遠い。もう一度石化を通したいとは思えなかった。
仕方ない。見ているだけではなく、私も加勢するとしよう。
私は腰から薬を抜き取ると、密閉用のピンを抜いて戦場へと放り投げる。
これはただのダメージ薬だ。濃度と散布範囲を調整した、一応廉価版。つまりある程度の量産型だ。これでもまだまだ高いし、製造に時間がかかるという一番の難点が解消されていない。
しかし、このダメージが控えめなのは間違いない。この程度では加勢にならないだろう。私は危険性が低いのをいいことに、魔法の書から最終手段を抜き取る。
これは腐食毒原液。まだ実験すらしていない最高濃度の薬である。それも一ビン分だ。
手に余るような大きさのそれは、ここからでは届かないかもしれない。投げる用ではなく、実験用に適当な容器に入れてあるだけなので、スプレー缶と違って私の腕には多少重い。
私は安全な、しかしそれでいて攻撃が飛び交う戦場をゆっくりと歩く。石化が切れるまでは時間があるし、別に焦る必要はない。
巨人の周囲の生徒達は、皆真剣に自分の持てるすべての力を出している。少なくともそういう風に私は見ていた。流石に私のスプレー缶にも慣れたのか、少々視界が悪くなっても気にしている様子はなかった。
石化によって最大体力の7割を削られたとはいえ、巨人の耐久力は膨大だ。そして今は身動きの取れないどころか、反撃すらしないという状態。これ以上のチャンスはない。ここで仕留めなければ、もう失敗するだけなのは誰もが分かっているだろう。
そんな中、一応とばかりに人形をけしかけていたベルトラルドと目が合う。どうやら後ろではなく前でずっと戦っていたようだ。
元々攻撃性能はそう高くない彼女は、暇なのか、私を見付けると器用に人形で攻撃を続けながらこちらへと歩み寄ってくる。
「何してるの?」
「彼にお薬を飲ませようかと」
適度に巨人に近寄った私は、やや重い薬ビンをその大きな石像へと投げつけた。後で効果のほどを戦闘ログで確認する必要があるだろう。いつかはこうして丸々一本原液のまま使っておこうとは思っていたので、いい機会だったと思うとしよう。
あと残っている私の攻撃手段と言えば……殴るのは今更だし、何より前衛の邪魔にしかならないだろう。道具欄を覗き込んでいた私は、ある実験用の薬が入っている事に気が付いた。
ああ、ティファニーの矢に使ったこれがあったか。
私は背後を振り返ると、レンカの詠唱を覗き込む。タイミングは大丈夫そうか。そもそも彼女の無属性の魔法を見た事がないし。
幾度目かの薬を浴びた彼に、彼女の火炎術が突き刺さる。あれからしばらくして魔力も回復していたレンカだが、今回の魔法はやや大技で、炎の鳥が飛んで行く綺麗な動きを見せるもの。
しかし、巨人の体にその炎が当たった瞬間、激しい爆発が空気を揺らす。それは火の鳥の形すらも崩してしまう程の衝撃だった。
魔法を使ったレンカは目を大きく見開き、その様子を驚愕の表情で見送る。元々こういう挙動の魔法ではないので当然だ。
今の爆発は私の毒液……いや、毒液と呼んでいいのか分からないが、薬の内の一本の効果である。
ヒューゴ先生が設定したエル式では、ラベルのない取り出し口が二つあった。冷却管から見て一番手前と一番奥の二つ。これは戦闘で使ってみてもよく分からない効果の頃から、とりあえず溜めるだけ溜めておいてあった物だ。
エル式の毒液の取り出し口は、毒性因子が炎への属性にどれだけ相性が良いか、つまり冷却管で冷却して気化エーテルをエーテル液に戻しやすいかで分類されている。
手前側にある程炎属性との相性が悪く、炎属性の影響を取り除いてエーテル液に戻しやすい。完成した毒液は基本的にその順番に並んでいる。純正の毒液なんかは水属性と相性が良いので手前側、神経毒はやや奥側から出て来る。
逆に、両端の二つは冷却管の長さが不十分で“エル式では分類し切れなかった”毒性因子だ。
その内、一番冷却管から遠いエーテル液は当然炎属性と相性が良い。つまりよく燃える。ゆっくり加熱したから気化しただけで、基本的に魔力因子の反応はもっと劇的になるのが普通だ。
これを薬として活用すればあら不思議。こうして炎魔法に反応してエーテル液が爆発するのである。ちなみにこれ、普通の炎では燃えない。魔力因子が反応するのはあくまでも炎属性であって、炎や熱そのものではない。
しかしそんな突然の爆発を目の前にして驚いたのは、自分の魔法が突然変わったと思ってしまったレンカだけだ。生徒達は誰かの攻撃なのだろうと気にも留めない。
使えそうなのは今の薬が最後で、本格的に攻撃手段が無くなってきたな。私はどうやら狂戦士らしいキンのパーティの前衛に狂化魔法を投げたりしつつ、ぼんやりと戦場を眺める。
そろそろかな。
私のおかげなのかそれとも誰かの奮戦のおかげなのか、体力を大きく減らした巨人。徐々にその体にひびが入り、パラパラと硬質化した肌が割れて行く。
しかしもう遅いだろうな。
キンが光り輝く特大剣を振り上げ、巨人の首元へと突き刺す。これできっととどめだろう。
顔が半分固まったままの巨人は、その一撃を受けて絶叫を返した。空気が揺れ動くような叫びを耳にし、私は顔を顰める。
それからようやく静寂が戻った頃には、巨人の姿はもう見えなくなっていた。
「っしゃあ! 勝ったぞ!」
誰かの声がそう響く。延々と魔物を吐き出し続けていた森はすっかり静けさを取り戻し、戦場は激戦の跡を残すばかり。
門の方では、警鐘とは違った鐘の音が響いている。まるで祝福しているようなその音色を耳にして、生徒達はわっと騒ぎ始めた。
彼ら彼女らは各々近くにいた仲間と、笑顔でお互いの健闘を称え合う。少し犠牲が出てしまったが、まぁあの捨て身の作戦をやり通した結果にしては上々だろう。というか、犠牲がこれ以上出ていたら時間切れで間に合っていなかったかもな。
私は急にうるさくなった周囲を見てふっと息を抜くと、偶々隣にいたベルトラルドに視線を向ける。
「……私達も騒ぎますか?」
「わー、お疲れ」
「はい、お疲れ」
目の前に出された手に、一応とばかりに自分の手を重ねる。ハイタッチを交わしても彼女の表情が大きく変化する事なかった。それを指摘したらお互い様だと言われたが。
さて、後は点数を一応確認して、今回の戦闘ログは見ておかなければならない。それに彼女の話も聞いてみたいし、できれば解散の前に捕まえたいところだが……。
私が今後の予定を考えていると、少し遠くでキンが声を張り上げた。
「おーい! 祝勝会だ、祝勝会! 全員参加するよなぁ!?」
「祝杯だーっ! 無料酒無料酒!」
やや人だかりになっている方を見て、私は小さく息を吐く。
「どうやら全員参加と言っているようですが、行きます?」
「……行く?」




