第117話 鎧袖一触2
前衛組も出来るだけ魔物を抑えてはいるのだが、多勢に無勢……というよりも主力がリーダー討伐に全力を注いでいる状況なので、まったく手が足りていない。
そのせいもあってかなりの量の魔物が柵の隙間を抜けようと迫って来ていた。彼らの目的は私達、そしてその背後にある門だ。魔物達は私達と戦えるならそれに応じ、人数が足りずにあぶれてしまった魔物は門へと向かう。
ちなみに私は一度も経験したことがないが、一応門が壊されて魔物が向こう側へ足を踏み入れてしまった場合は、防衛失敗で失格となる。尤も、余程の事がない限り基本的には降参か全滅の方が早いだろう。特に降参の方はそこまでの防衛報酬を受け取る事が出来る。
この第一の柵の通り道は左右に二つ。魔物は当然二手に分かれる。
向こう側の味方は魔物が目の前に来て慌ててしまったのか、歌詠みが子守歌を歌っていた。しかし、魔物達は一向に眠る気配がない。この集団は毒と昏睡にやや強いのだ。
もちろん完全耐性ではないのでいつかは通るとは思うのだが、それには時間が少々足りない。私は仕方なく麻痺の魔法を詠唱破棄で発動し、向こう側へと進んでいた魔物を足止めしておく。
対してこちらは、ベルトラルドが張り切って魔物を受け止めていた。
「いくらでも来て。負けない」
「いくらでもとは大きく出たな。じゃが、その意気じゃ! 私が居る限り負けはせぬぞ」
ベルトラルドの命令を受けた奇怪な骨格の人形は、その大きな図体と長い腕で柵の隙間を完全に埋めると、背中に取り付けた細長いシールドを地面へと突き刺す。そして、手近な魔物へとその長い腕を突き出した。
凶悪な爪が、人形を無視しようとしていた人型の虫の様な魔物へと突き立てられる。
しかし、当然と言うべきかベルトラルドの通常攻撃の一撃で倒し切れる程に甘い相手ではない。
魔物はその一撃を受けて人形を敵だと認識すると、刃の様な腕を人形へと振り下ろした。とはいえ、その程度ではしっかりと地面に足を下ろした人形はびくともしない。そもそも軽く攻撃した所で体力が減るわけでもない。衝撃を与える以外の攻撃に、何か意味のある様な物ではないのだ。
しかし、その後ろに居た猪のような魔物が激しく鳴き声を上げると、障害物を前にやや停滞気味だった魔物達が一斉に突撃を敢行する。
然しもの人形もこれには耐えられない。そう思った瞬間、人形が薄っすらと光を帯びる。
そして衝突した魔物を次々と跳ね返したのだ。人形が何かをしたわけではない。ただそこにあるだけだというのに、まるで慣性が翻ったかのような軌道で吹き飛ばされる魔物達。
これは人形士の魔法だ。人形を一時的に硬化させ、一切動かせなくなるというもの。もちろんこちらからも動かせないので、一長一短……というか正直なところかなり使い所が限られる魔法なのだが、今回のイベントに限っては凄まじい効果を発揮していた。
そうこうしている内に、どうやらキン達が再びリーダー格を倒したらしい。森の奥がキラリと光り、次の魔物がやって来る。
私は毒の魔法を使い……少し考えてから毒液も一緒に投げておいた。作戦にはなかったが、今回の集団ならばやっておいた方が良いだろう。
文字通りの毒ガスは私達の視界を僅かに塞ぎつつも、魔物達を覆っていく。効果は単純な毒だ。ただし、エル式で純度を高めたものなので影響力は今までの物の比ではない。
スプレー缶に入れて広範囲に影響を与える様にしてあるし、毒魔法も範囲特化にしてあるので双方共に私の最高効率とはいかないが、後2度ほど魔法を使えば深度は余裕で3を超えるだろう。
それに、何も言わずに私と連携してくれるコーディリアが、リーダーに向かって毒を撒く様に命じている。毒スプレーを使った時点で私の意図を汲んでくれたらしい。
「……ちっ、後ろが危ない。俺が戻るから先に倒しとけ!」
「はっ、いいぜ! やってやろうじゃねーか!」
「げげぇっ! 拙者、少々持病の癪が……」
戦況は私の思った通り、キンが戦線を抜けて後衛の補助へと回った。こういう時くらい火力補助をしてやらないとな。
私は今回のリーダーに毒が入った事を確認すると、恐怖や呪いといったダメージ補助系の状態異常を重ねて行く。リーダーにも呪いが入れば良かったのだが、残念ならがこちらは5倍耐性。出来れば深度は2以上欲しいので、狙うのは少々遠いな。
コーディリアと連携して毒の深度を上げつつ、混乱を入れてあわよくば同士討ちも狙う。
混乱はやはり乱戦では有用で、例え耐性持ちが1体居ても周りが低耐性なら問答無用で止めてしまう。一人裏切れば正常な奴も一人道連れにできるのが、裏切りの良い点だ。
まぁ今回に限って言えばこちらの人数も多いので、上手くいかない事も多いし妨害行為になってしまう場面もある。暗闇の同時使用で確率を上げるのでそれで許してもらうとしよう。
私は覇気用のモノリスに体重を預けつつ、昏睡の時限魔法を適当な位置に置いておく。
この状況では、保険をどこに置くのが最適かなんて事を考えるのは無駄だ。私に計算できるのは精々毒のダメージ程度。前衛がリーダーをいつ倒すのかなんて事は分からない。
だから置き場所はとりあえず無駄にはならなそうな場所でいい。次の集団を全員眠らせるなんて考えても意味がないだろうからな。
「私が行きます! 変身!」
少し自分の作業に余裕が生まれた私は、少し遠くから響くそんな声を聞いて視線を向ける。
そこにいたのは奮戦するアンナだ。
彼女が変身と唱えてポーズを決めると、制服姿だったアンナは眩い光を放つ。
その直後に姿を現したのは、髪色も服装もまるで違う女性だ。唯一身長や体格……いや、パッドが入っているのか胸は多少大きくなっている。身長くらいしか共通点が見当たらない。それも若干靴の関係か高くなっている様に見えた。まるで別人だな。
ピンクのミニ丈ロリータ衣装というべきその恰好は、大昔にやっていた変身少女モノ、もしくは少女戦士モノの主人公を思わせる。
彼女のその魔法には見覚えがなかったが、僅かに聞いた覚えのある話をうっすらと思い出す。確か絵筆がいつかなんか話していたな。一瞬で装備品を変える魔法があるとかないとか。おそらくはその魔法だろう。
確か名前は“演技士科”。魔法によって防具や武器の早着替えをすることが出来る変な学科だ。
演技士は複数設定できる“変身セット”によって、使えるアクティブスキルの属性や性質、本人の能力値をもがらりと変えるらしく、多彩な戦術を要求されるかなりテクニカルなキャラクターらしい。変身中は火力も防御力もトップクラスだ。ここまでこの二つを両立している学科も珍しい。
ただし、変身中は魔力をゴリゴリ消費する。強制的に減っていくので、その燃費の悪さは人形士の比ではない。そしてついに魔力が空になると文字通り、変身が解けてしまうのだ。正式名称はよく覚えていないが、演技とかそういう名前の魔法だったと思う。
逆に未変身状態では全キャラクター中最速の魔力回復量を誇るが、その状態の戦闘力はかなり低い。現に彼女は何度目かの変身を終えてから、今まで中距離からチクチクと戦っていたようだ。
それにしても演技士ってああいう感じなんだな。装備だけでなく見た目まで変わるとは……いや、そうかあれ、普通にウィッグとカラーコンタクトか。それなら服装の設定で何とかなるな。
シルクの様な質感のグローブを手に、魔物に果敢に殴り掛かるアンナを見ながら、私はそんなどうでもいい考察を深めていく。彼女の奮戦もあってキンが抜けた穴は、辛うじて塞がりそうだ。
はて、そう言えば姉の方はどこで何をしているのだろうか。
私はレンカに霊能状態を付与しつつ、少し視線を巡らせる。あの目立つ格好が視界に入らないというのも変な話だが、もしかして後衛にでもいるのだろうか。
「あれは……」
そうしてようやく見つけたのは、前衛でも敵の少ない場所で何かをしているシオリの姿だ。
彼女は何かもぞもぞと詠唱を繰り返しながら、自分と魔物に魔法を使い続けている。自身に掛けているのは回復のようだが、魔法視でちらりと見て見ると体力は既に回復し切っている。魔物に使っている攻撃魔法も紙吹雪の様な綺麗な魔法だが、ダメージは微々たるものだ。
私は一瞬サボっているのかとやや失礼な事を考えてしまったが、すぐに考えを改める。
回復と攻撃を両方覚えるが、能力値は極めて低いという存在に心当たりがあったのだ。こちらは妹の方と違ってある程度私にも馴染みがある。
彼女は自分にもう一度魔法を掛けると、右手で逆手に持っていた得物を構えて振りかぶる。魔法学部だと思うが、その武器は刃物。それもかなり独特な形をしている。
円から小さく弧を抜いたようなその形は、まるで深く抉れた細い月の様。それでも一応は剣なのだろう。20㎝程の柄があり、その鎌の様に大きく曲がった巨大な刃を支えている。
しかし、内側に向いている刃は鋸の様に細かく、切っ先は歪曲し過ぎて自身の方を向いている。なんという天邪鬼な武器だろう。切っ先で斬る、突くという剣としての基本性能を真っ向から否定する形だ。
大きく曲がっていながらも身長の半分もあるそれは、ロザリーのロマン武器すらも超えた、あまりに実用性のない武器に見える。
シオリはそんな玩具をえいと振るうと、目の前にいた骸骨戦士の槍を、その腕諸共絡め捕る。むき出しの肋骨に深く入った釣り針の様な刃は、小さな返しもあってそう簡単に抜ける事はないだろう。
そうしてお手軽に相手を拘束すると、シオリは一つの魔法を発動する。
それは今までと同じ様な低火力の魔法……しかし、一つだけ異なる点があった。
紙吹雪の魔法の発動直後、突如魔物の足元から火柱が立ち昇ったのだ。それは今までの魔法とは違い、先程後衛からの一斉攻撃を受け傷付いていた骸骨を焼き滅ぼすには十分な火力だ。もちろんレンカの魔法ではない。
……やはりな。姉妹揃って大層なクラスに入っているものだ。
いや、私が言えた義理ではないのだが。
彼女は魔物を一体倒し終えると、千鳥足のまま自分に回復魔法を使う。
そんな姿を見ている間に、アンナとキンのパーティが協力してリーダーを討ち取ったようだ。森の奥が輝き、黒い影が跳び出す。まるで待てと言われ続けた犬の様だ。
尤も、犬ではない。それは巨大な狼だ。
耐久力はやや低めだが、素早い上に火力が高い。今は後衛が近いのでそちらを狙われれば一溜りもないだろう。正直、今回の戦闘で最も危険視すべき魔物である。
しかし、彼は開戦直後にご退場することになった。
森から顔を出し、盾を構えた侍に跳びかからんとした直後、凄まじい勢いで何かが彼に直撃し、その首を斬り裂いた。
そして彼は慣性と重力に従って地面へと落ち、黒い霧として消えて行く。
一撃で瞬殺されたのだ。耐久力が低いとは言え、リーダー格の魔物が。そのあまりの光景を見て、前衛に居た誰もが動きを止める。
二人以外は。
「お姉ちゃん! 武器投げないでって言ってるでしょ!」
「ごめーん、取って取って」
アンナは突然飛来したあの天邪鬼な鋸鎌を易々と受け止めると、シオリへと投げ返す。
それはまるで今目の前で起きた事が日常茶飯事だとでも言うような行動だった。
……いや、とんでもないな。この場で一番無名だからと言って、実力を不安視していたのがバカみたいだ。
そう苦笑を溢した所でキンと目が合う。どうやら彼も同じ感想を抱いたらしい。
とにかく、一番の不安は振り払ったし、何より時間的に余裕が出来た。
ここまでお膳立てされてしまっては、後はもうやるしかないだろうな。




